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2011年10月31日 (月)

人生意気に感ず「中国視察。四川大地震の惨状を三国志の国で振り返る」

◇中国視察の2日目は四川省成都。三国志の蜀の国があった所である。東の上海から西の成都へ。この間1800キロ。四川省は山で囲まれた盆地である。そのためいつも曇っている。太陽は珍しく、昔から蜀犬日にほえると言われた。蜀の犬はたまに太陽をみると驚いて太陽に向かってほえるというのだ。豊かな穀倉地帯で、昔、天府の国と言われた。美人が多い事で有名だがそれ以上に有名なのは天才軍師諸葛孔明である。上海と異なり成都には街並にもまだ中国的雰囲気が残っていた。

 少数民族が多いのどかな町や村を突如巨大地震が襲ったのは08年5月12日の事であった。四川省人民政府外事弁公室の黄功元氏は資料を準備して私たちの到来を待っていた。彼は流暢な日本語で私たちを迎えた。私は、中国語を使う必要は無さそうですがと前置きしながら、中国語で挨拶した。

 まず驚いたことは、黄氏は東日本大地震の時日本に居て大きな揺れを体験した。そして日本人の秩序正しさに感動したと語った事だ。

 黄氏は、四川大地震につき死者行方不明は9万人を超え経済的被害は7717億元で作物の被災面積は214.5万歩、というように省内各地各分野の被災状況を詳しく説明した。また中国政府は初めて外国からの救援チームを受け入れ、日本の救援チームは一番早く駆けつけ重要な救援活動を担ったと語った。

 私は話を聞きながら当時の状況を振り返った。かつての中国は自由主義諸国と対立していたから大災害に際し救援を受け入れなかった。政治の都合で国民を犠牲にする事は許されない。四川大地震の時世界のマスコミは一斉に惨状を報じた。北京五輪直前という事もあって世界の目は釘付けになった。中国政府は外国の救済を受け入れざるを得なかった。今や大震災に対して世界は一つである。今回の日本の場合でもこの事は明らかだった。

 外事弁公室の研究員は被災時の映像を見せた。そびえたつ山が崩れ巨岩に押し潰される人や家、広がる瓦礫の山、天を仰いで泣き叫ぶ老婆、あわただしく動き回る軍、警察、民間人等、そこでは地獄のような世界が再現されていた。

 中国は3年間でほぼ90%の復興を果たしたという。国家権力が強い国の強みである。しかし、早い復興事業の影で泣く人々はいないのか。日本は救済や復興で政治が争っている。まさかの時に問われるのが民主主義の真価だ。

 今回の視察は大災害に立ち向かう政治の在り方と役割を改めて考えさせる機会となった。日本の復興の行方を世界が注目している事も改めて痛感した。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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2011年10月30日 (日)

人生意気に感ず「中国視察の第一報、中国経済の実態は」

◇日中議連訪中団の中国視察の第一日目。私は、午前4時前橋発の高速バスで出発。一行は、現地時間午前11時30分上海に着いた。中国第一の経済都市の偉容はかつての中国を知る者にとっては信じ難いものだ。人口2千2百万人。巨大都市を支えるエネルギーは何か、経済の発展はどこまで続くのか、政治制度と経済の食い違いはどうなるのか、現在進行中の民主化の嵐、「アラブの春」は中国の一党独裁にどのような影響を及ぼすのか。林立する摩天楼を私は好奇の目で眺めた。

◇この日のメインの調査は中国経済の動向。群馬銀行上海駐在員事務所首席代表三輪利夫氏の説明は現地経済の渦の中にあってその表裏を知る者としてはじめて語り得る大変示唆に富むものであった。

 最近は、日本から規模の小さな企業の中国進出が増えているという。これを聞いて円高で苦しむ日本国内の中小企業の姿が目に浮かんだ。しかし、中国の経済環境は、これら進出企業にとって厳しいという。例えば、インフレが進行しタクシー料金、ラーメンやブタ肉などの消費者物価が除々に上がり日本人駐在員の生活に影響が出始めている。

 インフレ抑制のため中国人民銀行は貸出し金利の利上げを実施している。基準金利は5.56%だが基準金利で借りられる企業はなく8.5%でないと借りられない。市中に出回る金の量が少なくなっているから、銀行は貸し渋り貸しはがしを行う。企業は運転資金を借りても、利益を上げないうちに厳しく回収を迫られ、現金の調達が出来ず夜逃げする企業が多くなっているというのだ。

 また、日本企業は安い賃金をあてにするが最低賃金が年に2倍になる程どんどん上昇している。さらに中国に於ける外国人の社会保険加入が本年9月から義務化された。中国駐在の日本人も医療、労災、失業等の保険に加入しなければならず日本企業にとっては大変な負担だ。中国進出企業はこれらの点も考慮しなければならなくなったという。

◇「アラブの春」の影響はどうかという質問が出た。天安門事件の頃と違って、現在はインターネット等により情報が瞬時に広まる。しかし直後にカットされるという。事故の新幹線車両が埋められたことも国民は直ぐ知った。ジャスミン革命やアラブの春も国民は知っている。経済が成長して豊かになっているから国民は騒がない。経済が悪くなった時、中国は大変だという見方が一般らしい。

 上海の夜はネオンで美しい。消費電力は膨大だ。ガイドに聞いたら上海も節電でやがてネオンは消えるという。11時過ぎカーテンの外を見たら本当にネオンが消えて黒い海が広がっている様子に驚いた。(読者に感謝)

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2011年10月29日 (土)

「上州の山河と共に」 第69回 新しい道を求めて

「新しい道を求めて」

 後ろを振り向かず、勇気を出して生きるのだと自分に言い聞かせても、すぐに言いようのない淋しさに襲われる。しばらくはこんな状態が続いた。

 塾で生徒に接することは、私にとって一つの救いであった。生徒の前にたって夢中で教えている間は、他の事を忘れることが出来たからである。

 そして、授業が終わると、戦場の跡のような雑然とした教室で、私は一人、中村塾の歩みを振り返り、感慨にふけることがよくあった。

 初めは、司法試験に合格するまでの間、生活費を得る手段として軽く考えて始めたことであったが、塾は、意外にも、自己増殖するが如く大きくなってしまった。そして、子供を教えるということが容易ではないということ、学習塾が抱える様々な深刻な問題、これらは、いずれも計算外のことであった。

 私は、いつしか、塾にすっぽり入り込んで塾の経営に自分のエネルギーのかなりの部分を注ぎ込んでいたのだった。

 塾で教えた様々な顔、そして、その一つ一つと結びついた思い出が次々と浮かぶ。片手にハンカチを握り汗を拭きながら、髪を振り乱して、時には大声で怒鳴ったりしながら夢中で話したこと、教えたことを、彼らはどう受け止めたのか。その一つ一つが彼らの胸に小さな根をおろし、芽を出して成長してゆくかもしれないと考えると、幾分救われる思いがするのだった。

 しかし、中村塾はこれからどうなってゆくのだろうか、私は、先の事を考えると自信がなかった。自由な立場で、自分の信念に基づいて子供達を教えられるということは、塾教育の大きな魅力の一つである。そして、社会的にも意義のある仕事に違いない。しかし、これからも本気で打ち込んでゆけるかと自らに問うと、明快な答えを見つけ出すことが出来ないのだった。(読者に感謝)

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2011年10月28日 (金)

人生意気に感ず「内部被曝の新基準。中国へ出発。地中熱」

◇昨日(27日)は慌しかった。29日から日中議連で中国へ行く為である。5日間に多くの行事が入り、私の挨拶が必要な所は代読用の文を書いた。地区七つの祝い、家庭健全グランドゴルフ大会、商工会鱒釣り大会、敬老会等々。

 そのいくつかを娘が受け持つ。ユニクロで中国で着る防寒用のジャンパーを選びながら、娘が言った。「お父さん、時代の曲がり角はもうやめてね」「……」私は横を向いて苦笑した。私が挨拶文の中で決まり文句のように「時代の大きな曲がり角に立って」とやるのを彼女はからかっているのだ。気付けば今回も書いていた。

◇29日は午後、群銀上海営業所で経済セミナーに参加する。世界の経済大国となった中国経済の実態に触れて学びたいと思う。来月6日には大澤知事もこの地を訪れる予定。

 30日は、四川省成都に飛ぶ。中国は何回も行っているが四川省は始めて。私が憧れた三国志の蜀が国を建てた所。劉備玄徳の墓や諸葛孔明の遺跡も訪れるがメインは08年の四川大地震である。現地の人の説明を聞き復興の状況等を学ぶ。北京五輪の年の大地震は記憶に生々しい。

 31日と11月1日は陜西省西安である。かつての唐の都長安だ。ここでは始皇帝陵、兵馬備博物館、西安外事学院大学、西安市役所等多くの視察先がある。大学は私が書物を送っている所で、県からも定期刊行物が送られている。学生との交流が予定されている。兵馬備などでは世界遺産への取り組みを視察する。毎日の主な出来事は現地からブログで紹介の予定。

◇生涯の内部被曝の累積放射線量が100ミリシーベルトを超えると健康への影響が出ると政府の食品安全委員会が答申。厚労省はこの答申を基に新たな基準をつくる。

 これ迄緊急的な暫定基準だった。食の安全、内部被曝は国民的課題。しっかりした基準がないために人々は不安に駆られた。国民の健康と生命に関わる基準が緊急的暫定的なものであってはならない。

 注目すべき点は、食品安全委員会が、子どもについては大人より放射線の影響を受けやすく白血病や甲状腺のリスクが高まると指摘した事。厚労省は、これを受けて、子どもを中心にした全体の基準を作る方向である。大きな前進だ。県の食品安全も新たな取り組みが求められる。

◇地中熱利用促進地域交流の会に出た。地中熱はマグマによる地熱とは違う。地表近くの一定の熱を利用する新たな方向だ。(読者に感謝)

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2011年10月27日 (木)

人生意気に感ず「タイの洪水。八ツ場ダム。人口爆発と日本の少子化」

◇本県に本社を置く企業のうち3社の4事業所が水の中にあって近寄れない状況にある。タイの洪水は大変な事態に至っている。3社とはサンデン・ジャパンケミカル・コガックス。これらの事業所はアユタヤ工業団地にあって水位は2~3mに昇り、1階は水没状態だという。トヨタや日産など県外大企業の生産活動にも影響が出ている。

 タイの洪水は水の恐ろしさを見せ付けている。巨大な地震と津波に襲われた日本人には、タイの惨状を他人事とは思えない。7月から9月にかけて過去50年で最大量の雨が降った。終末は大潮と重なりチャオプラヤ川氾濫の危険は増す。首都バンコクは全域が浸水の可能性があるという。タイの人々はノアの大洪水再来のような恐怖を抱いている事だろう。

◇タイの洪水は少年時代の洪水体験を思い出させる。昭和22年のカスリン台風の時、私は勢多郡旧宮城村で小学1年生だった。朝から激しい雨が降り学校は午前中で終わりになり早く帰された。通学路の川は濁流が逆巻き恐ろしい音を響かせていた。走り抜けるようにして渡った2つの橋は、その夜流された。同級生の兄が流され宮城村の犠牲者の第1号となった。関東大水害である。

 このカスリン台風は、吾妻川上流域には多くの雨をもたらさなかった。八ツ場ダム反対者は、その論拠の一つにカスリン台風時の降水量を基に八ツ場ダムが治水にとって効果が少ないことをあげる。今後、カスリン級の雨が吾妻上流に降った時、ダムがなければ、利根川下流域は大変なことになる。

 八ツ場ダム建設が治水利水にとって最善という国の「再評価」が出て、「八ツ場」は正念場を迎えた。明日(28日)、建設推進群馬県大会を開く。私は推進議連会長にして本大会実行委員長。県内の力を結集して、国と政府にダム実現を強く求める決議案を出す予定である。

◇少年の頃「人口爆発」と聞いても切実感がなかったが、今、その凄さに驚く。国連の白書によれば今月31日世界人口は70億人に達する。イエスの頃の世界人口は3億人と推定されている。この13年間に10億人増加。今世紀末の100億人は通過点と言われる。宇宙船地球号には定員に限りがある。このままでは地球環境は益々悪化する。タイの洪水も、八ツ場ダムの問題もこの流れに無縁ではない。一方、日本は人口減少期に入り少子化対策が叫ばれている。(読者に感謝)

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2011年10月26日 (水)

人生意気に感ず「小・中生の内部被曝。群馬も除染。妻4人認めるイスラム」

◇福島県の小中学生の内部被曝が明らかになった。これは、他にも同様な事態が多く存在することを暗示する出来事だと思う。病院における内部被曝測定装置によって527人中268人から放射性セシウムが検出された。多くは体重1kg当り10ベクレル未満であるが、30ベクレルから35ベクレル未満の者もいた。チェルノブイリ後の現地の研究所では子どもの場合、体重1kg当りのセシウムにつき70ベクレル以上を危険レベル、20ベクレル以上を要注意レベルとしている。

 私は、警鐘の意味で繰り返し書くが、内部被曝は少量でも危険という学説を信じ、年齢が低い程影響を受け、影響の度合いには個人差があると考える。

 児玉龍彦東大教授は次のように指摘する。内部被曝が特に怖いのは体内の特定の場所に集まり濃縮されるからだ、放射性ヨウ素は甲状腺にストロンチウムは骨に集まり、セシウムは尿管や膀胱の細胞に影響を与えると。

◇県内で被曝量が一定量以上の表土を除染することになった。年1ミリシーベルト以上の地域を「汚染状況重点調査地域」に指定、実施は市町村の判断、費用は国負担。対象地は沼田、中之条、高山、東吾妻、川場、みなかみなど10市町村位になるみこみと県は考える。

 年1ミリシーベルトは毎時にすると0.23マイクロシーベルト。膨大な費用で実施するのは、低線量でも発がん率を高めるとう考えに基づくものだ。

◇「国会は一体何をやっているのですか」と内部被曝の恐怖を訴えた東大教授児玉氏は、一刻も早く除染せよと警告する。教授は、「原爆20個分の放射性物質が大気や海水にまき散らされ土壌に降り注いだ」と指摘した。また、この大量の放射性物質は自然界のあらゆる領域で循環しその過程で内部被曝を起こすから、この循環を断つための除染を急げと教授は主張する。7月27日の国会における発言以来、児玉氏の警告は国を動かす大きな力となっていると思われる。

◇カダフィが死に新生リビアがスタートするがその基盤はイスラム法。銀行の利子禁止は分からぬでもないが妻が4人はどうも。「アラー」はアラビア語で神、神の言葉をまとめた書が「コーラン」。コーランには「声に出して読むべきもの」という意味がある。創始者ムハンマド「預言者」。予言者ではない。神の言葉を預かった人。11月の塾ではイスラム教にも触れる。(読者に感謝)

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2011年10月25日 (火)

人生意気に感ず「柏市の異常濃度。群馬のホットスポット。読者の疑問」

◇柏セシウムは他人事だろうか。ホットスポットを余り心配する必要はないというムードが静に広がっている。放射能、放射線に関する無知が根底にある。放射線の影響には個人差がある、低線量でも健康へのリスクはある、体内に入った場合の内部被曝は放射性物質が特定の場所に集まり濃縮されるから怖い、等の事を私は政治家として真摯に受け止めねばならないと思う。

 そこで、ホットスポットには重大な関心を寄せている。知らずに子どもがいつもその場所で遊んでいたら、あるいは、そこで汚染された水や食物を体内に入れたら大変だ。だから、柏市の高濃度汚染地点の事は他人事ではない。私たちの回りにも存在すると見なければならない。

 柏市の市有地から毎時57.5マイクロシーベルトの放射線が検出され、それは、福島第一原発事故の影響の可能性が高いという。本県もホットスポットの発見に官民が協力すべきた。県、市、町、村の行政の力には限りがある。そこで、民間の要請に対して計器を貸し出し、異常地点の報告があったら専門家に調べさせる。これを子どもが遊ぶ公園、幼稚園、学校、などに限定したところから始めるべきではないか。官民協力が進むことにより行政への信頼回復につながると思うのだ。

 最近の国の調査では、福島第一原発事故の放射性物質を運ぶ雲の帯が群馬の上空に流れている。あれを見れば誰でも放射性物質が地上に落ちていると考える。ホットスポットを捜すことは差し迫った問題だ。

◇「県のホームページで前橋市の水道水の検査結果を見たが3月18日以降のデータしか掲載がないのはなぜか、とても気になり心配です」というブログの読者の声が寄せられた。

 私が県の担当課に尋ねたところ、国が18日以降の調査を指示したので、それ以前は測定しなかった、つまりデータが存在しないとのことであった。この点については、17日迄のデータを意図的に隠したのではないかという声も2、3寄せられた。こんなところにも行政に対する不信が現れていると感じた。県はホームページで丁寧な説明をすべきであった。

 私が今月13日の特別委で原発事故直後の放射性ヨウ素の検出につき質した際も、企業局は、3月18日に14ベクレル、3月24日に16ベクレルと答えた。17日迄の間、自主的に測定すべきであったと考える人は多いだろう。(読者に感謝)

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2011年10月24日 (月)

人生意気に感ず「廃炉を決めた県議会。独裁者の末路。国会議員のおかしな挨拶」

◇福島県議会が県内全原発廃炉の請願を採択した経緯は考えさせられる。常任委員会では採択不採択同数で自民党の委員長が不採択と決定した(同数の場合のルール)。委員会の審議を踏まえて本会議が決定するが、通常、委員会通りになる。しかし、今回、本会議はこれに反して採択とした。異例の事だ。しかも、共産系の市民が提出した請願を自民党が多い本会議が支持したのだ。

 福島県の放射線被害は酷い。自民党議員も。県議選が来月10日に迫る状況で、圧倒的な脱原発の県民感情を考慮したに違いない。佐藤知事は、採択の意義は本当に重いと表明。県議選の主張と有権者の反応に注目したい。原発事故の本家本元の県議選は前代未聞。日本全体の世論と国の政策に大きな影響を与えるのは必至で世界も注目するだろう。

◇カダフィの悲惨な最期は衝撃的だ。私は直ぐに、ルーマニアの独裁者チャウシェスクが革命軍によって公開処刑された映像を思いうかべた。失敗した独裁者の最期はなぜこんなに悲惨なのだろうか。正義と理想を掲げ、理不尽な独裁政権を打倒した若者がやがて自らも残虐な独裁者になっていく。根本は民主主義の土壌が育っていないからだ。

 カダフィはスエズ運河を国民の手に取り戻したアラブの英雄エジプトのナセルにあこがれて王政を倒した。27歳の若者だった。政権を掌握すると秘密警察で国民を監視し政府に反対する者は容赦なく殺した。

 リビアは、テロ支援国と烙印を押されたがそれ以上にテロ国家でもあった。あるテレビのキャスターは、いかれた独裁者と評したが、全身を派手な勲章で飾った姿は漫画的だった。逃げ込んだ土管から引きずり出されてネズミのように殺された。リビア国民は、この革命から真の民主主義を学んで育てることが出来るか、世界史の転換点に注目したい。11月19日の「ふるさと塾」は、「アラブの嵐」と題して、アラブ世界の歴史と現状を取り上げる。

◇つい最近の大きなスポーツ組織の発会式での事。ある女性国会議員は、遅参したことからお分かりのように私はスポーツ神経がよくない、今日は雨だが明日は良い天気になって運動が楽しめるといいですねと挨拶にならない挨拶をした。会場の人々は、スポーツの本質とか本県スポーツの将来などに関する見解を期待していたに違いない。人々の反応を見ながらそう思った。国難の時、このような議員に国政を任せると日本の民主主義もおかしくなる。(読者に感謝)

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2011年10月23日 (日)

「上州の山河と共に」 第68回 再入院・別れ

 前橋カトリック教会で行なわれた葬儀には、信者の方々、中村塾の教え子や父母など多数が参加してくれた。

 妻の墓は、亀泉町の市の霊園の一画につくられた。緑の芝生の中に置かれている、十字架と聖書の言葉が刻まれた小さな石がそれである。

 妻の死は、私にとってかつて経験したことのない大きな出来事であった。妻がいなくなって、このことがよく分かるのである。体の中を冷たい風が吹き抜けていくように感じる。

<これから先、ゆりとどうやって生きていったら良いのか>私は、荒野に取り残されたような、言いようのない淋しさを感じていた。

 むなしい日々が続いた。私は時々妻の墓を訪ねたが、ある時、墓を前にして考えた。

<癌との闘いはどんなに辛かったことか。死を受け入れてゆくのは、どんなに悲しかったことか。お前との生活、お前の死、それを無駄にしてはならない。それを生かして、前向きに生きることこそ、俺のつとめだ。

お前は、短い人生を純粋に燃焼し尽くして行った。そして、お前の死に様は立派だった。俺は、お前に負けないように生きてゆく。それがおまえに対する俺のつとめなのだ。俺は、後ろを振り向かないで生きてゆく。俺の生き様を天国で見ていてくれ。>

 私は、勇気を出して生きねばならぬと、自分に言い聞かせながら、墓を後にしたのだった。(読者に感謝)

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2011年10月22日 (土)

「上州の山河と共に」 第67回 再入院・別れ

「お前には、ずい分苦労を掛けた。すまなかった。俺は幸せだった。ありがとう。

 お前には、いろいろ教えられた。お前に恥ずかしくないように立派に生きるから安心してくれ」

 妻は、目を閉じたまま小さく頷くと、そのまま静かな眠りに落ちていった。その表情を見て、私は妻の死期が近いことを悟った。

 私は、ゆりを呼び寄せて言った。

「お母さんが天国へ行く時が来た。しっかりするんだよ。」

 既に覚悟をしていたのであろう、ゆりは、目にいっぱい涙を浮かべてうなずいた。

 妻の意識は既に大分薄れていた。

「千鶴子、ゆりだよ」

 妻は、その声に、うっすらと目を開けた。そして、ぼんやりとした視線がゆりの顔を捕えると、口許に微かな微笑が浮かんだ。

「ゆりちゃん……」

 殆ど聞き取れないような声が、わずかに開いた唇から漏れた。

「お母さん」

 ゆりは、わっと声を出して泣いた。

「ゆり……」

 続けて何かを言おうとするが、それは殆ど聞き取れない。ただ、その表情は、娘に対して、安らかに語りかけているようであった。

 妻は、そのまま昏睡状態に落ちていった。そして、815日の深夜、ついに帰らぬ人となった。40年の生涯であった。(読者に感謝)

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2011年10月21日 (金)

人生意気に感ず「ホットスポットの意味。内部被曝と低放射線量。個人差」

◇このところ、至る所で局所的な高濃度地域・「ホットスポット」が見つかり、騒がれている。広島型原爆20個分の放射性物質が飛散したのだから当然と言えば当然。私が注目するのは民間の力で発見されている点だ。背景には国や電力会社の情報発信に対する不信がある。人々の動きは自衛の為だ。行政は協力し官民一体となって対応すべきである。

 児玉龍彦東大教授は各地方自治体に「コールセンター」と「すぐやる課」を作ることを提案。住民が不安に思ったらセンターに電話、すぐやる課が専門家の指導の下線量計で測る。本県では県立健康科学大学放射線科の先生、先生のOB、学生たちが対応すればかなりのことが出来る。

◇原発事故から7ヶ月以上が過ぎ、本県でも人々の反応は様々だ。無関心は人、心配ないと高を括る人、過敏な程心配する人等。この違いは放射線に関する知識と事実の認識度の差によるといえる。内部被曝や低放射線量の影響に関する知識及び広島・長崎・チェルノブイリの歴史的事実は、現在私たちが無関心でいることを許さない。放射線の影響は何年もたってから現れる。「もしも数年後放射能汚染の悲惨な影響が続々と出たら誰もが政治に背を向け本当の意味で日本はだめになる」というブログの読者の指摘は痛烈である。

◇一番問題なのは、内部被曝による低放射線量の影響である。文科省がこの度作成した放射線に関する「副読本」の中学・高校生の部には次のような同一の記述がある。「内部被曝は空気を吸ったり水や食物を摂取したりすることによりそれに含まれている放射性物質が体内に取り込まれることによって起こります。内部被曝を防ぐには放射性物質を体内に取り込まないようにすることが大切です」と。

◇児玉教授は、低線量内部被曝の冷厳さを科学的に指摘する。それは、体内の特定の場所に集まり濃縮される事が特に怖い、年齢の低い子ども程影響が大きい、放射線の影響を受けやすい人がいる(個人差のこと)等である。

◇「個人差」には重大な意味がある。大部分が大丈夫だからという理由で少数を無視してよいかという問題、及び、個人差はやがて明らかになる重大な事実に対するシグナルの意味があることだ。来年度から中学の理科の授業に放射線が登場する。県民は注目すべきだ。このような時代の潮流の中で私は情報を発信し続ける。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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2011年10月20日 (木)

人生意気に感ず「放射線副読本を勧める。暴力団排除条例。山本龍の大会」

◇昨日は9月議会の最終日(19日)で自民党県議団の朝食会が7時半より行われた。飯を食べながらの団総会である。批判を受けて中断していた海外調査の再開に関して意見が交わされた。必要性と成果を示せることがポイントである。

 その他の項で、私は、放射線に関する小・中・高生向けに文科省が作成した副読本を紹介し、「この議会の最大の問題点の1つは放射線の問題です。県民の不安に応える為には先ず我々が学ばねばなりません。良い教材です」と勧めた。この席で山本龍君は市長に臨む決意を語った。夜、ドームで「出発の会」が行われることも。

◇福島県の1億円恐喝未遂事件は暴力団排除条例の施行に関して起きた。暴力団関連の建設会社に仕事を出せば同条例が禁ずる利益供与に当る。そこで、東急建設は取引中止を通告した。事件はこれに対する報復として起きた。

 私がこの事件に注目するのは、群馬の暴力団排除条例が福岡の同条例を見本として作られたこと、及び、そこには私の提言も関わっているからである。

 発端は、暴排条例成立直後、文教警察常任委員会が福岡県議会を視察したことに始まる。福岡県警の説明は衝撃的だった。同県警はスナックに手榴弾を投げ込むなど市民に銃口を向ける暴力団・工藤会の撲滅を最大の使命とし、福岡県議会は苦肉の策として全国初の暴力団排除条例を作った。

 平成15年の三俣事件(前橋市のスナックの暴力団抗争、3人に死刑判決)が頭にあった私は、視察直後から、本県もこの条例を作るべきと主張(昨年2月定例議会で再度)し、昨年の9月議会で成立、今年4月に施行された。

 福岡の今回の事件は、全国に広がった暴排条例と追い詰められた暴力団との摩擦を象徴するものだ。安全安心なまちづくりを脅かすものは何か。今や最大の脅威は自然災害と放射線であるが、人間界の暴力団の脅威を忘れてはならない。

◇議会終了後、中国視察の打ち合わせを行った。29日から上海、成都、西安を訪れる。視察先からブログを発信する。荒れ狂うかに見える巨竜の実態を見て報告するつもりだ。

◇この日の夜、山本龍の「出発の会」がグリーンドームで行われた。参加者は5千円の会費でよくこれだけの人がと驚いたであろう。推薦者は、行動力と正義の男、直球を投げる人と評した。夫人の手を握り、人の絆の大切さを訴える演出は相当なものだった。(読者に感謝)

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2011年10月19日 (水)

人生意気に感ず「お母さんの切なる叫び。低線量内部被曝の深刻度」

◇毎日のように私のブログに若いお母さんの放射線についての痛切な不安の声が寄せられる。不安は見えない恐怖に対するものだ。お母さんたちは、灰色の霧の奥に広島・長崎の原爆、スリーマイル島やチェルノヴイリの原発事故が放った巨大な怪物の影を感じているのだ。

 一例を紹介させてもらう。「学校給食の牛乳は育ち盛りの子どもが毎日飲んで本当に心配ないのでしょうか。私たち母親は何としても少しでも我が子の将来を明るいものにしてあげたい。母親は今神経質になっています。小さな事にも敏感に反応してしまいます。でもチェルノヴイリでは神経質すぎるほど神経質だった母親の子どもだけが健康を守られたという記事を読んだことがあります。どうか私たちの叫びに耳を傾けていて下さい」

◇私は、このお母さんに代表される不安を、低線量・内部被曝の問題として受け止める。私は7月27日、児玉龍彦東大教授が衆議院で発言した内容に衝撃を受けた。文藝春秋10月特別号には同氏の次のような指摘がある。「21世紀に入り遺伝子研究が飛躍的に進んだため、低線量放射線による内部被曝のメカニズムがかなり明確にわかってきたのです。放射線を浴びて癌などの病が発生する過程が一歩一歩解明されてきたのです。(略)、そうであれば、政府と国民は内部被曝は少なければ少ないほどいいという考えに立つべきではないでしょか」

本県大学の、ある放射線専門家も私に寄せたメッセージで次のように記述する。「内部被曝は少量でも影響が出る可能性があり摂取する放射能は少ないに越したことは無い」と。

◇今月文科省が発表した小中高生のための放射線副読本は注目に値する。「中学生用」及び「高校生用」の中に内部被曝に関する次のような、同じ内容の記述がある。国がここ迄認めたことをうかがわせる。「国際的な機関である国際放射線防護委員会は、一度に100ミリシーベルトまで、あるいは一年間に100ミリシーベルトの放射線を受けた場合でも、線量とがんの死亡率との間に比例関係があると考えて、達成できる範囲で線量を低く保つよう勧告しています」

◇放射線につき学ぶことは、今日、生きるための国民的課題。ゼロから学ぶための国民共通の教材として、文科省の今回の3冊が挙げられる。教養とは何か。生きるための糧だ。今やその第一が放射線の知識。皆で学ぼう。(読者に感謝)

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2011年10月18日 (火)

人生意気に感ず「決算特別委員長として。内部被曝は少量でも心配」

◇決算特別委員会は午後4時半、幕を閉じた(17日)。平成22年度、会計決算の総括質疑及び採決が行われた。他の委員会と異なり、会議は本会議場が使われ、全議員及び知事以下の執行部幹部が出席し、会場の耳目は委員長席の私に集まる。昨夜は5時間足らずの睡眠だった。重要な会議でも瞬間的に眠くなりはっとする事がある。そんな事があってはならないと身構えていた。身にまとう緊張の殻を突き破るように時々睡魔の影が近づいた。

 初めに5つの分科会の報告がなされ、続いて各党、各会派の総括質疑に入った。所属議員の数に応じて配分された時間は、自民党109分、リベラル40分、新星会27分、公明党27分、爽風24分、共産党23分、みんなの党20分だった。全ての総括質疑の後、採決に入り、歳入歳出決算等全ての案件が原案の通り認定された。

◇次の私の委員長挨拶からこの特別委員会の意義、役割、会議の状況が分かると思う。要旨である。「今日、私たちは大きな時代の転換点に立ち国難の時を迎えています。加えて、東日本大震災は様々な課題をこの社会に突きつけています。私たちは厳しい財政状況の中、県政の課題を解決し新しい道を切り開かねばなりません。従って、決算特別委員会の役割と使命は極めて重要であります。全議員による委員会の設置、常任委員会単位の分科会の審査形式はこのような委員会の使命を果たすために工夫されたものであります。委員の皆様は、今日の時代背景と本委員会の役割をよく認識されて、各分科会及び本日の総括質疑において熱心に、そして、十分な審査を尽くされました。お陰をもちまして全ての決算審査を滞りなく終了することが出来ました。」

◇いろいろなメールが届く。非常に重要なものもある。その1つは、政府が発信する情報が信用できないというもの。「もしも数年後放射能汚染による悲惨な影響が続々と出たら国民を騙し続けた政治に誰も背を向け何を言っても信用せず本当の意味で日本はだめになる」

その2、放射線の専門家の指摘。「飲食物の放射線が暫定基準値以下なら内部被曝の影響は無視出来るか」の問いに「内部被曝は少量でも影響が出る可能性があり摂取する放射能は少ないに越したことはない」と答える。その他多くの不安の声や質問が寄せられている。私の力でも出来る範囲の答えを続けていきたい。(読者に感謝)

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2011年10月17日 (月)

人生意気に感ず「小中の放射線副読本。TPPの潮流。休日・公開の事業仕分け」

◇今議会では来年度から中学理科で登場する放射線教育につき論じられた。また、委員会が招いた講師は、日本では長いこと放射線教育が行われなかった事を指摘した。いずれも、放射能に対する今日の不安と混乱の背景を問うものだ。

 文科省は14日、放射線の基礎知識を学ぶための小中高生向けの副読本を公表した。小学生用では、「放射線って何だろう?」から始めて、「放射線から身を守るには?」まで平易に書かれている。小学生用、中学生用、合わせて読むとよく分かる。また、そこでは、放射線を大量に浴びるとがんになること、低線量の場合、明確な証拠はないが健康リスクを考え被曝量は出来るだけ少なくすべきことなどが記されている。

 世の父母は子どもと共に放射線の基礎を学ぶべきだ。教師は使命感をもって、来年度を待たず、今から自ら放射線を学んで語るべきだ。

◇福島第一原発によって飛散した放射線の総量は広島型原発の20個分に当たると7月27日、東大教授が国会で指摘。放射線に関する今日的状況、及び今後の課題は全てこの事実から始まっている。太平洋に放出された膨大な放射性セシウムは魚介類を汚染して食卓に迫る。これは、食の安全を脅かす恐怖である。県土の3分の2を森林が被う森林県群馬にとって森林がセシウムで汚染されることは深刻な課題だ。森林は飲料水の源であり、樹皮は家畜の敷きワラの代わりになる。森林県から林業県に脱皮しようとするとき、県産材の風評被害を何としても防がねばならない。県政はかつてない正念場に立つ。

◇日本及び本県の産業界を揺する一大問題はTPPである。関税が撤廃されれば安い農産物がどっと入り農業は壊滅的打撃を受けると心配されている。しかし、世界は大きく動いている。米国は韓国製品の乗用車やトラックに対する関税を撤廃する。自動車だけではない、また、競争相手は韓国だけではない。日本は輸出立国だから太平洋を囲む諸国との経済連携を深めることは不可欠だ。これらの地域の大勢がTPP参加の方向なら日本だけ不参加は不可能だろう。とるべき道は、農業生き残りのための思い切った政策を同時に進めることである。農業再生のチャンスにしなければならない。

◇県は21事業につき、今月土曜日(29日)と日曜日(30日)を使い公開の事業仕分けを実施する。無駄な事業等の見直しは行政改革の為に不可欠。私は、昨年2月の本会議で外部の有識者を入れた事業仕分けを主張し、知事はこれを約束。更に12月の本会議では公開の事業仕分けを求め総務部長は検討すると答えた。これらが実現する事に。(読者に感謝

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2011年10月16日 (日)

「上州の山河と共に」 第66回 再入院・別れ

 次の日、妻は朝から目を醒まし、枕許に立てかけた聖書にぼんやりと視線を投げていた。それは、聖書を読んでいるというよりは、聖書を眺めて何かを考えている風であった。私は、ただ黙ってそれを見ていた。

 妻は落ち着いていた。それは私の目には、既に死を乗り越えているように思えた。彼女の目は透明に澄んで、それは、全ての感情や執着を超越しているように見えた。

「あなた」

妻は、静かに顔を向けて言った。

「あの子は、神様のお恵みです。あの子が生まれたのも、私がこうなったのもみな神様の御意志なのです」

 妻は、私を見詰め、諭すように、低いが確かな声で話し始めた。

「私の命は、もう長くはありません。そこであなたにお願いがあります。

 あの子を立派な子に育てて下さい。思いやりのある優しい子、健康で心の広い子に、どうか育てて下さい」

 私は、黙って頷いて、妻の手を取った。その上に涙が止めどなく流れ落ちる。

「あなた、私のことを悲しまないで下さい。私は天国に行くのです。その時期がほんの少し早いだけなのです。それが神様の御意志なのです。

 神様が私を必要としてお召しになろうとしているのです。どうか、ゆりのことを頼みます」

「わかった。ゆりのことは心配しないでくれ。きっと、お前のように優しく思いやりのある、立派な女性に育てるから」

「ありがとう、それを聞いて安心して行けます。

 私は、あなたの足手まといになってしまいました。ごめんなさい。あなた。これからは、あなたの新しい理想に向って生きて下さい。神様のご意志にかなうように生きて下さい」

 妻の声は、次第に小さくなってきた。(読者に感謝)

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2011年10月15日 (土)

「上州の山河と共に」 第65回 再入院・別れ

 その寝顔を見て、私は、妻の体が、今にも内側から、ぐずぐずと崩れてゆくのではないかという恐怖に襲われた。

 その晩、妻は、僅かに開けた口許から、ぜえぜえという苦しそうな息を漏らして、ほの暗い明かりの中に横たわっていた。唇はかさかさに乾いて、すっかり艶を失っている。頬の肉はますます落ちて、頬骨が皮膚を突き破りそうだ。私は、唇を噛んで窓の外を見た。そこには、黒い闇が深く静かに広がっている。何一つ聞こえない静かな夜である。闇を見詰めていると、その中に妻もろとも呑み込まれてしまうような恐怖心にかられる。

 私は、そっと廊下に出た。長い廊下は人影もなく、静かである。そこには、妻の部屋と同じような特別室が続く。私は、ふと足を止めた。耳を澄ますと、地の底から響くような低いうめき声が聞こえる。ここにも妻と同じような人がいるのか。私は足音を忍ばせてそこを離れた。廊下を進むと他の部屋からも、何とも形容し難いうめきが聞こえる。私は、長い廊下に目をやりながら、背筋が寒くなる思いがしたのであった。

 私は、一つ一つのドアを眺めながら思った。ドアの向こうでは、どのような人がどのような思いで病気と闘っているのだろうか。目前の死に直面している人もいるだろうが、その人は、どんな気持で死を迎えようとしているのか、また、その人を愛する者は、その傍らでどんな心を抱いているのだろうか。

 私は、妻のことを想像しながら考えた。人にとって死ほど過酷なものはない。その死を、人は、果たして受け入れることが出来るだろうか。人は皆、死の重みに耐えられず、それに押し潰され、淋しさと悲しみにもがきながら消えてゆくのだろうか。

 少なくとも、妻は、そうあって欲しくない。神を信じ、死を受け入れて行って欲しい。せめてクリスチャンとして全うして欲しい。そして、私自身も妻の死を受け入れなければならない時がついに来た。私は、こう思いながら廊下を引き返して部屋に入った。(読者に感謝)

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2011年10月14日 (金)

人生意気に感ず「放射性ヨウ素の不安。防災計画の見直し

◇大規模地震対策特別委員会は午後4時頃迄続いた(13日)。この委員会は東日本大震災を契機に、今日の状況と今後の災害への対策を審議するために設けられた。総勢15人の大所帯で1年生が7人いる。委員長を除く14人が質問した。私はトップバッターで約30分質問した。

 放射能については情報が錯綜し多くの県民が不安の渦の中にいる。情報を引き出し政策を提案し行政を導くことが私たちの使命だ。前日のこの委員会で私が質問したことは、「18歳以下に甲状腺検査。県検討、有識者会議で判断」と新聞で報じられた。

◇13日の委員会では放射性ヨウ素につき更に質(ただ)した。放射性ヨウ素の半減期は8日だから現在では検出出来ない。しかし事故直後は飛散した筈で、それは子どもの体内に入った筈だから検討すべきだというのが12日の私の質問のポイントだった。13日、私は、事故直後、県は放射性ヨウ素を実際に検出していたか否かを問題にした。企業局の関係者は、3月18日(14ベクレル)、3月24日(16ベクレル)の放射性ヨウ素を検出していたことを明らかにした。だとすれば、この時点で、子どもの甲状腺対策につき何らかの取り組みを始めるべきではなかったか。

 人類史上の大事故に国も自治体も右往左往しているのが現実の姿だ。事故本元の福島県でさえ、36万人の子どもを対象に甲状腺検査を始めたのは今月9日の事である。後手後手に回っている。本県も反省すべき点は反省し、今後に活かさねばならない。

◇NPOの仲間と被災地を訪れた時、支援活動に当たっている本県職員に会った。多くの職員が各被災地に出張していたのである。県の目的は救援に尽きず、本県に災害があった時の対応を学ぶことにあった筈。その為に職員の体験とそこから得たアイデアをまとめるべきだと、この日の委員会で提案した。例えば、多くのボランティアへの対応や被災者の心理などを学んだ筈。危機管理に備える重要な人材に育てるべきだ。

◇昨日の委員会では県防災計画の見直しに関しても議論された。大災害は従来の防災計画では対応出来ない自然の威力を見せつけた。

 見直しの主な項目は、県境を越えた避難者の受け入れ、他県で原発事故が起きた際の対応、大規模地震への対応等。平安初期の赤城南麓の弘仁の大地震、活動層の存在などを研究し群馬は大丈夫という安全神話を乗り越える時。(読者に感謝)

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2011年10月13日 (木)

「首相トラクターに。TPPの動き。甲状腺検査を訴える」

◇10日、野田首相が川場村を訪れた。のどかな秋の日差しの下で黄金色に実った稲田が広がる。トラクターに乗る首相の姿は、この地に高濃度の放射能の雲が流れた事も、厳しい農業問題が迫っていることも、一見忘れさせる平和な光景だ。

野田首相は川場村の記者会見で、TPPにつき議論を進め早急に結論を出したいと強調した。TPPとは、環太平洋連携協定のことで、太平洋を囲む国々が全物品の関税を撤廃して自由貿易を進めようとするもの。

 外国の安い農産物がどっと入り日本の農業は壊滅的打撃を受けると農業関係者は恐れる。一方輸出関連業界は一刻も早く進める事を望む。

 交渉を進めることが大勢とすれば、日本農業の再生と両立させねばならない。この点、首相は「食と農林漁業の再生実現会議」で農林漁業強化の基本方針を月内に作る方針を明らかにした。

 打撃は雇用問題にも及ぶ。安い労働力が入ってくるからだ。私たちは農業に目を奪われているが、TPPにつき踏み込んだ情報を掴む事が必要だ。

◇大規模地震対策特別委員会は12・13の両日にわたって開かれる。傍聴人は唯一人。放射線対策につき、活発な議論が交わされ、重要な情報が得られる場なのに残念だ。かつては、委員会は非公開だった。

 本県北部に広がった高濃度汚染雲の下は本当に大丈夫なのか。放射線の量は30万ベクレルといい、又、健康に対する影響度の点では0.10.5マイクロシーベルトだという。私は、情報を分かり易く提供することは行政の使命である、一般の人は放射能に関しては知識がゼロに等しいことを前提にして情報の発信をすべきだと主張した。

◇この日の委員会で特に放射性ヨウ素につき質した。主にセシウムが問題にされていてヨウ素に関して論じられないのは半減期が8日間であることから現在ではほとんど存在しなくなっているからだ。県が本格的に調査を始めたのは8月以降。それ以前、3月の事故直前には放射性ヨウ素も飛来した筈だから、それによる内部被曝が心配である。年齢が低い程リスクが高く、影響が現れるのは4・5年後といわれる。最近、長野県で福島から避難した子どもを検査したところ甲状腺機能に変化があったことが判明した。本県でも多くの若いお母さんは不安にかられているに違いない。私は、調査すべきだと主張した。県当局は、有識者会議を開いて検討すると答えた。(読者に感謝)

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2011年10月12日 (水)

人生意気に感ず「県全域汚染マップ。広大な除染域。米のセシウム。」

◇私は5月議会以来、県全域の汚染マップ作成を提案してきた。県は、8月23日から9月8日にかけて、文科省と共同で全域の汚染状況を調査した。「航空機モニタリング」と称している。航空機は県の防災ヘリのこと。モニタリングは監視を意味する。ヘリには、米国エネルギー省から借用した航空機モリタリングシステムを搭載して測定した。ヘリの飛んだ幅は3km、高度は150mから300m。対象は放射性セシウム。

 この結果として、沼田市北部から川場地域、桐生・みどり市北部等に高濃度の可能性の地域が判明。新聞、テレビで報じられた、福島から延びた汚染の帯である。そこで県は、この地域の地上1mの状況を9月27日、68地点で緊急調査。その結果は、毎時、0.12から0.48マイクロシーベルトで、問題ない範囲だと言っている。

 しかし、このような説明に、多くの県民は安心出来ない。ある人は、ヘリの飛ぶ間隔が3kmというが、その間に隠れたホットスポットがあるかも知れないという。県は、今後、更なる詳細な調査を実施する予定である。13日の特別委員会で、私は県民の目線でこの問題を議論するつもりだ。

◇災害対策特別委で、その他に取り上げることは、放射性物質の廃棄物の処理、米の放射性物質調査、学校の放射線量測定など多岐にわたる。新たな情報は、このブログで発信するつもりだ。

◇環境省は、国の責任で除染する地域を、年1ミリシーベルト以上と決めた。報道によれば、これにあたる地域は8都県で約1万3千平方キロに及ぶ。8都県の中では最大の地域をもつのは福島県で、第2位が群馬県と知って驚いた。それは、放射性セシウムの被曝量が年1ミリシーベルトから5ミリシーベルトの地域。被曝マップによれば、例の福島から出て栃木を通り群馬の北部に延びる汚染帯に一致するように見える。1~5ミリに当たる群馬の面積は2100平方キロ。8都県の合計は気が遠くなるような広さ。原発による電力はコストが低いことが推進論の一つの根拠となっているが、一端事故が発生した時のこの費用を考えればかえって高くつくのではないか。

◇安中市の米ぬかから基準値を超える放射性セシウムが検出された。県は家畜用飼料としての利用自粛を要請。今後のコメが心配だ。(読者に感謝)

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2011年10月11日 (火)

人生意気に感ず「夜の10キロを走る。高濃度汚染帯の不安。甲状腺調査」

◇昨日、10日は体育の日。テレビは大学駅伝を報じていた。11月3日の県民マラソンが近づいた。私は意を決して、夕方、例年の10キロコースを走った。敷島公園の外縁、利根川沿いの国体道路は、5時半が少し回ったばかりなのに早くも夕闇に包まれていた。

 本番をイメージしながら走る。いつも、スタート直後から激しい人の波に押し流されるように走る。当日、いつも前半が苦しいのは、この奔流に合わせるからだ。空には丸い月があった。利根の流れが白く揺れている。グリーンドームの黒い影、その前方には月光の下に県庁舎がそびえ立つ。マラソンは人生の過程に似る。日頃の小さな努力の積み重ねが成果をきめる。苦しい一歩一歩は自分との闘いだ。10キロを走り終えた達成感は格別。汗がにじんだ肌を夜風が心地よくなでた。今年は中国から帰った翌日がマラソン日。やるぞと心に叫んだ。

◇私のブログに市民の不安の声が多く寄せられている。県防災ヘリが測定した汚染マップに関するものだ。放射性セシウムの高濃度の汚染帯が群馬の北部に色濃く延びている。それは、1平方メートルあたり10万から30万ベクレルにのぼる。チェルノブイリ事故では3万7千ベクレル以上が汚染地域とされた。一方、これら県北部の高濃度汚染帯の放射線量は毎時0.5から1.0マイクロシーベルトだから問題ないと報道されている。

 ベクレルは放射線の強さを表す単位であり、シーベルトは健康に対する影響度を示す単位である。だからシーベルトに注目すればよいと言っても、一般の人は納得しない。30万ベクレルはなぜ大丈夫なのか分からないのだ。

 県農政部関係では一平方メートルあたり百万ベクレルは心配ないレベルと表明しているとか。行政は、高濃度汚染の帯につき県民の不安を解消するような平易な説明をすべきだ。

◇福島県では18歳以下の子ども36万人の甲状腺を調査する。放射性ヨウ素は甲状腺に集中する。とくに子どもの甲状腺が侵される。チェルノブイリ事故では約6千人の子どもが甲状腺ガンに罹った。被曝後4~5年で増え始まるという。先月の「ふるさと塾」では、旧ソ連の事故後の対応の遅れを紹介した。日本でも投与が可能であったにもかかわらず対応薬を与えなかった事実が報じられた。長野県では福島県から避難した子どもの甲状腺ホルモンの異常が発見されている。(読者に感謝)

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2011年10月10日 (月)

「上州の山河と共に」 第64回 再入院・別れ

「人間にとって、一番大切なものは、優しい思いやりの心よ。母さん、病気の間辛かったけど、父さんやお前の温かい支えがあったから頑張ってこれた。母さんは本当に感謝しています。

 お前は、そういう心を貫ける人になっておくれ。その為に、正しい心と健康な体を持つように心がけるのよ。

 お前が神様に恥じない立派な人になるのを母さんは楽しみにしています」

 妻の声は次第に小さくなった。その張りつめた気力も限界に近づいたのだった。

 妻は話すのを止め、手を伸ばしてゆりの手を握った。その小さな手から伝わる温もりを確かめるように、又、その感触を自分の脳裏に刻み込もうとするかのように、娘の手を何度も何度もさすった。

 その表情は、この世に、こんなにも心の安らぎを与えてくれる温もりはないと感激しているように見えたのだった。

 妻の容態は、ゆりと会った後、更に悪化した。張りつめた緊張が弛んだ為か、その気力もまた著しく衰えてゆくようであった。

 それから、二,三日すると、食物が殆どのどを通らなくなった。腹水が一層溜まり、それは、外から見ても分かる程に腹がふくれてきた。最早、打つべき手は何もなかった。そして、更に三日程が過ぎた日の午後のこと、妻の下腹部からどす黒い汚物がどっと流れ出た。汚物は見る間に広がって、白いシーツを赤黒く染めた。そして、鼻を突く異臭が部屋に満ちた。

 看護婦たちが慌しく動き回る。妻は、意識を失ったかのように目を閉じて動かない。

 大量の汚物がはき出された為か、妻の腹のふくらみは幾分小さくなったように見える。そして、静かな寝息を立て始めた。(読者に感謝)

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2011年10月 9日 (日)

「上州と山河と共に」 第63回 再入院・別れ

「だって、初めにお腹を切る時から、お父さんも、お母さんも何だか変だから、もしかすると、と思っていたの。そして、今度、又、入院でしょう。心配していたの」

 私は深くため息をついた。苦しんでいたのは、私たちだけでなかった。ゆりまで、小さな胸を痛めていたのだ。

「お母さんは、必死で頑張っている。今一番大変な時なのだよ。でも、お母さんには、神様がついているから大丈夫、ゆりが会って力づけておくれ」

「お母さんは、本当に大丈夫なの」

ゆりは、私の目を探るようにのぞきこんで言う。

「うん。神様がついているんだ。死んだりするものか」

 ゆりは、安心してうなずく。

 私たち親子は病室に入った。

 ゆりは、目が凹み、頬骨が出て、血の気のない母の顔を見て、一瞬顔色を変えた。

「ゆりちゃん、母さん大丈夫よ。心配しないでね」

ゆりは、母親の笑顔を見て安心したのと同時に気が弛んだらしく、目に一杯涙を溜めている。

「母さんね、重い病気をして、いろいろな事が分かったの。人間って体が弱くなると、今まで気づかなかった事がいろいろ見えてくるのよ。それを、忘れないうちに、ゆりちゃんに話したかったの」

 妻の声には、先程までとは別人のように張りがあった。目にも、力が蘇っている。

 肉体が殆ど駄目になっているのに、これだけの精神力がどこから湧いてくるのか、私には不思議に思えるのだった。(読者に感謝)

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2011年10月 8日 (土)

「上州の山河音共に」 第62回 再入院・別れ

 長いことそうしていた後で、妻は、何かを決意したような目を私に向けて言った。

「あなた、明日、ゆりに会わせて下さい。明日、どうしても、ゆりに会います」

それは、自分自身に言い聞かせているように聞こえた。

「あの子は、私の死後、どんな娘に育ってゆくのでしょう。どんなきれいな花嫁になってどんな人と結婚するのでしょう。ああ、それが見たい。お産の時は、手伝ってやりたかった。しかし、どれもこれも、もう無理なことなのですね。私の哀れな姿を見せるのは辛いのですが、自分で自分の気持を伝えることが出来るうちに会わなければなりません」

 妻は思い詰めた表情で言った。

 一夜が明けた。その日は、ゆりが病院にやって来る日であった。妻は、朝から落ち着かないようである。時々、遠くを見るように窓に向けて視線を投げかけているかと思うと、目を閉じて両手で顔を被ったりしている。

 妻の胸には、ゆりと過ごした日々のいろいろな思い出が去来しているに違いない。

 そう思うと、私の胸にも懐かしい一コマ一コマが浮かぶ。ゆりが生まれて初めて見せた笑顔、よちよちと歩き出した時の姿、幼稚園での出来ごと、入学式、遠足、そして、親子揃ってのハイキングなど。

 妻も、同じ場面を追っているに違いない。

 しかし、妻は、これらの思い出と永遠に別れを告げなければならない。その心情を思うと胸が痛むのだった。

 午後になると、妻は髪を整え、口紅をひいたりして、ゆりとの対面に備えていた。

 私は、もはやその時が来たと考え、ゆりに母は癌であったことを話した。

 ゆりは、承知していたようであった。(読者に感謝)

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2011年10月 7日 (金)

人生意気に感ず「小沢一郎の公判。魚の産地表示。決算委の様子。ジョブズの死」

◇小沢一郎氏の公判が始まった。49の傍聴席を求めて2千人を超す長蛇の列が出来た。政治資金規正法違反事件である。検察が不起訴としたことに対し、民間人から成る検察審査会が強制起訴の判断を下した。市民感覚による怒の表現というべきだ。

 被告人小沢一郎の姿は田中角栄の再来かと思わせる。その表情からはダーティな暗さがにじむ。剛腕と言われる。多くの修羅場をくぐってきて最大の難関にぶつかった。あの強気の内面に何があるのか興味が湧く。判決は来年の4月らしい。大変なストレスをどう耐えるのか。一大法廷ドラマは民主主義と現実の政治の教材だ。

◇福島原発沖で事故前比58倍のセシウムが検出された。今、放射線による食の安全が心配される。中でも魚介類が。それは産地(とれた海)がはっきりしない為。水産庁はとった水域の表示を徹底させる方針。例えば福島県沖と。回遊性魚は三陸沖北部などと。従来は、水揚げ港を表示したため、どこの水域の魚か不明だった。スーパーの表示の変化に注意すべきだ。

◇決算特別委員会(分科会)の2日目(6日)。私の発言の1部からこの会の様子を紹介したい。先ず、平成22年度の県一般会計の収入未済額は、102億3千万円。主なものは県税の滞納額・89億8千万円。また、不納欠損額といって債権を放棄したものが5億8千万円もある。

 私は、税に関しては公平性が最も重要であり、滞納や不納欠損の対策をきちんとしないと汗を流して真面目に税を納める人を失望させると発言した。「決算」の主な目的は、このような予算執行の結果を次年度に役立てることである。

 「総務事務センター」と「事業評価」についても取り上げた。この2つは、行財政改革の目玉といえる。出張とか物品の購入等の総務事務をかつてはそれぞれの部局が行っていた。共通の仕事を「センター」に集めることで、人手を減らし効率を上げることが出来る。

事業評価は、事業の中味を有効性、効率性、必要性の観点から見直して、廃止、休止、縮小、統合などを検討するもの。県全体では、昨年度1038件が評価の対象となった。

この事業評価を適切に行う為には、事業仕分けを行うメンバーに外部の人を参加させる必要がある、職員だけだと身内に甘くなって大胆に鉈を振うことが出来ないと私は発言。

◇アップルの創業者ジョブズ氏が56歳で亡くなった。無限の富をもってしても、寿命を伸ばすことは出来ない。遺した言葉「ハングリーであれ、愚かであれ」の重みをかみ締める。(読者に感謝)

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2011年10月 6日 (木)

人生意気に感ず「決算特別委の意義。玄海原発の事故。議会基本条例」

◇決算特別委員会の分科会があった(5日)。行政改革の重要な一環として決算特別委員会にも改革がなされた。5つの常任委員会がそれぞれ分科会として、所管事項に関する決算審査を行う。私は、全体の委員長であるが、分科会(総務企画常任委員会)では一委員として、行政改革、財政改革の観点から発言した。

 決算とは税の使われ方に関することだから県民にとって極めて重要だがよく理解されていない。決算とは、予算とその実績(いかに使われたか)を対比して数字で示すこと。無駄があったとかもっとこうすればよかったとか、場合によっては廃止すべきだとかの資料として次の予算編成に活かすことができる。

 予算の概要は県のホームページで公表される。私は、一般の人には数字の羅列は理解できない、分かり易く公表すべきだと求めた。

◇九州玄海原発4号機でトラブルが発生し、原子炉が自動停止した。放射性物質の漏れはなく、人的被害もないという。4号機は08年にも人為的ミスで自動停止した。今回の事故停止も他の停止中の原発と同様ストレステストの対象になる。この停止で全国で稼動する原発は、54基中10基のみとなった。

 2号3号は定期検査で停止、今回4号が停止、稼動は1号機のみとなった。ところで、この1号機は運転開始以来36年が経過し老朽化が進んでいる。また、原子炉圧力容器の材質の欠陥が指摘されるなど、日本で最も危険な原子炉の一つといわれる。唐津市議はこれ迄に、県に対して安全性の検証を求める意見書を可決していた。

◇野田首相は5日、衆院で重要な発言をした。福島第一原発の事故につき、政府も事業者も科学者も安全神話にどっぷりと浸かりすぎてきたことが今回の事故につながったというもの。

 多くの科学者、そして事業にたずさわる多くの人も、この事に気付きながら大きな流れに逆らえなかった点に問題がある。この思いを今後の事故防止に活かさねばならない。

◇県議会基本条例を作ることになった。議会の最高規範であるが、県議会の存在意義と役割を明確に示し議会の存在感を高めるのが目的。議会改革の大きな砦となる。

 私はかねて、党内でこの条例制定を主張してきた。今年の5月議会では、「県議会の憲法ともいうべき議会基本条例を制定することが議会改革を進める上で大きな課題」と発言した。(読者に感謝)

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2011年10月 5日 (水)

人生意気に感ず「高濃度汚染帯は県北に。若い母の不安。脱原発を示せ」

◇県は文科省と協力して防災ヘリで放射性セシウムの蓄積量を測定した。高濃度の帯は福島県から栃木県を経て群馬の北部に伸びている。放射性物質を含んだ雲が風に乗って山地に沿って動き県北部を高濃度に汚染したのだ。場所によって、放射性セシウムの量は1平方m当り、10万から30万ベクレルに達した。

 なお、チェルノブイリでは、3万7千ベクレル以上が「汚染地域」とされたことからして、本県北部の汚染度はかなりのものというべきだ。

 ところで、ベクレルとは、放射能の強さを表す単位。放射能の発見者ベクレルの名に由来する。人体への影響度については、放射線量を表すシーベルトを使う。県北部の高い汚染地域の放射線量はといえば、毎時0.5ないし1.0マイクロシーベルト。これは人体に対して問題ない値とされる。ちなみに校庭で除染を行う目安は1マイクロシーベルト以上ということになっている。

◇このようなデータを示されて多くの県民はよく分からないと言う。そして、分からないから不安にかられる。放射線は目に見えない。臭いもない。それにもかかわらず細胞内の遺伝子を傷つけ発がんの原因となる。

 今や県民の不安は、体内に入った放射線に集中する。内部被曝である。これは「食の安全」の問題でもある。心配ないといわれる低線量の放射線を子どもが継続して浴びた場合どうなるのか、学者にもよく分からないという。

 この不安の先にチェルノブイリがある。そこで多発する健康被害、奇形児の出産、そして発がん等の惨状。日本の若い母親が子どもの将来を考えて不安を募らせるのは当然だ。過度に心配するなというが、極度の政治不信が根底にあるのだから、そのように抑えようとすれば不安は更に増してしまう。

◇放射線の汚染の環境を断ち切る手段は除染である。膨大な汚染土壌を管理する方法が示されない。被災地の汚染した瓦礫を本県が引き受けるには、県民の同意が得られそうにない。

◇最大の関心事は、将来の原発政策の行方だ。原発に関する政治不信を断ち、国民に安心を与える唯一の手段は、脱原発の方向を明示する以外にない。

◇知事選の祝勝会が反省会と銘打って行われた(3日)。知事は「本当に反省するのは私」と挨拶で述べた。待ったなしの激流を乗り切るために、知事は船長として最善を尽くすべきだ。(読者に感謝)

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2011年10月 4日 (火)

人生意気に感ず「議会の放射線研修。オゾン層破壊。仏の転換」

◇健康科学大学を訪ね診療放射線学部長河原田教授と話した。今月12日、県議会で教授に放射線について講演してもらうことになった。この企画の提案者として話の中味につき要望を伝え打ち合わせする必要があると考えたのである。

 私が属する大規模地震対策特別委員会が取り組む主な課題として原発事故による放射線対策がある。議員の中には、原発や放射線の原理につき基本知識を持たぬ人が多いようだ。議員が先ず学ぶことが重要である。教授とは、食の安全、内部被曝、低線量放射線の影響、汚染物質の除染などにつき話した。

◇放射線の恐ろしさは、それが、細胞内の遺伝子を傷つけることによって生ずる発がんの危険性である。今、自然界の有害な紫外線により遺伝子が傷つけられ皮膚がんが増加する恐れがクローズアップされている。

 北極上空のオゾン層破壊に関してである。これ迄、オゾン層破壊によるオゾンホールの出現は南極だけの事と思われてきたが、北極でも生じたことが明らかになった。

 酸素の同素体オゾン(0

は地上の生命を守る役目を担う。地表から20キロのところにあるオゾン層の厚さはわずか31ミリ。これが太陽から来る紫外線のうち有害な成分を吸収してくれる。オゾン層がなくなると皮膚がんが増え、植物に突然変異が増加し食糧生産に大打撃を与えるといわれる。原因は日常生活に使われてきたフロンである。

 北極のこの異変は中緯度で暮らす私たちに影響する可能性がある。日本上空のオゾン層も薄くなり有害な紫外線が増えるからだ。南極に近いオーストラリアで皮膚かんが多いことが参考になる。原発事故とオゾンホールは、今や私たちは化学や物理の知識なしでは生きられない時代に入ったことを教える。県議会も認識を新たにしなければならない。

◇世界の原発大国フランスに大きな変化が始まっている。先月フランスの原子力施設で死亡事故が起きた。日本の大事故の波紋が衝撃を与えているところにこの事故が追い撃ちをかけた。電力の8割を原発に頼るフランスで依存度を下げる世論が高まり、来年の大統領選ではこの問題が争点になるという。

 仏の変化は、世界のエネルギー政策が転換する象徴だと思う。技術大国日本は脱原発の先頭に立つ覚悟を持たねばならない。日本の各地で新エネルギーを進める動きが進む。日本再生の方向だ。それは、政治の決断と国民の自覚にかかる。(読者に感謝)

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2011年10月 3日 (月)

人生意気に感ず「国のやらせ。事故調査委。地獄の王プルトニウム検出」

◇白根開善学校の理事会に出る(1日)。理事長の報告事項の中に放射線問題があった。吾妻の草津に近い山地は高濃度汚染地帯である。線量計を用意して細かく測定し、グランドに土を入れたり努力している。私は求められて県の放射線対策を説明し、寮生活を送る生徒の内部被曝に注意すべきことを求めた。飲料水は湧水なので山中のセシウムによる汚染が心配だった。山のキノコなども注意しなければならない。理事は各地から集まっているので他県の状態も聞くことが出来た。

◇白根の理事会で、私は、放射能の危険性を隠して、国策として国と電力会社が「安全神話」をつくり上げてきたことは国家的犯罪といえると発言。今国会で、福島第一原発事故の調査委員会を国会に設ける法律が成立した。強制的に証人喚問が出来、原則公開。全国民が注目する。そこで明らかにされることを今後の教訓とすべきだ。全世界も注目する。原発につき世界の新しい方向をつくる契機となるからだ。

◇国と電力各社が一体となって原発の安全性を演出してきた驚くべき事実が明かになった。国のやらせ要請を調査する第三者委員会の最終報告である。それは、国主催のシンポジウムで国が電力関係者の動員や賛成意見を述べることなどを求め、会場が住民で埋まって賛成意見が相次ぐように演出していたことを明らかにした。国の関与が認定されたのは、泊原発、浜岡原発、伊方原発、玄海原発。

◇娘夫妻が経営するシネマまえばしの試写会で、「チェルノブイリ・ハート」を見た(2日)。続出する奇形児出産の惨状は見るに耐えない。これまでに、スリーマイル島事件(1979年)、チェルノブイリ事件(1986年)と続く中で、原発の放射能の恐怖は明らかだった。それにもかかわらず、「いかさま」で国民を欺いてきた国の責任は重い。映画を見てその思いを強めた。多くの人に見て欲しい映画だ。

◇文科省は、福島第一原発周辺の土壌汚染マップを公表しその中で、ストロンチウムとプルトニウムの敷地外での検出を明らかにした。プルトニウムの検出は民間の科学者はすでに明らかにしていたが国の公表は初めて。微量で問題ないというが原発事故の深淵の恐怖を窺わせる。

◇プルトニウムの語源は地獄の王・プルートーン。この世で最も毒性の強い元素。肺がんの原因となるが肺に対する許容量は400万分の1グラム。半減期は2万4千年。検出は原発事故による放射能の恐怖を示す象徴的な出来事である。(読者に感謝)

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2011年10月 2日 (日)

「上州の山河と共に」 第61回 再入院・別れ

私は、目の前の妻に語りかけるようにつぶやいていた。

顔を上げると、目の前に、私を見下ろすようにキリストの像が立っている。

<神様、どうか妻を助けて下さい。もう、あなたにお願いするより他にないのです。妻はあなたの御意志に忠実に生きてきた女です。どうか妻の命を助けて下さい>

祈りの言葉すら知らない私であったが、両手を合わせ、ただ祈っていた。

しかし、妻の容態は急速に悪化していた。頬骨が突き出るかと思われるほど頬はこけ、皮膚の色もめっきり悪くなった。

 私は、妻が坂道を転げ落ちるように悪くなってゆくのをただ見ているだけの自分が歯痒かった。

 妻は、時々、ひどく落ち込む風であった。

「私は、まだ、死ぬということが分からない。神様の御意志がどこにあるのか分からない」

そんな言葉を口に出す妻の心があわれであり、また、それを聞くのが辛かった。

 入院4日目、5日目位になると、妻は、肉が削ぎ取られてゆくように、一段とやつれていった。失われてゆくもの、衰えてゆくものは、肉体だけではないようであった。

 入院した夜は、大声で泣き叫びたい感情や物を投げつけたり、誰かに掴みかかりたいような狂おしい感情があったに違いない。しかし、今、彼女の目のそのような感情の色は、次第に薄れてゆくように思われるのであった。

 妻は、そっと手を伸ばして、枕元の十字架を手に取った。それは、神父から贈られた金属製の小さな十字架であった。彼女は、その感触を確かめるように十字架の上に手を乗せている。※土日祝日は中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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2011年10月 1日 (土)

「上州の山河と共に」 第60回 再入院・別れ

 入院二日目の午後であった。妻の腹は、樽のようにふくれていた。肛門の筋肉がすっかり動かなくなって、糞やガスが腸に一杯になっているということである。

「ああ、苦しい、何とかして下さい」

 妻は額に汗を滲ませて呻いている。

 医師も手を焼いていたが、遂に、肛門から細いビニール管が差し込まれることになった。この方法には、ビニール管が臓器を傷つける危険が伴ったが、それも止むを得ぬことであった。

 医師が妻の腹を摩ったり揉んだりすると、挿入された透明なビニール管を伝って、どす黒い液体がドロドロと流れ出た。そして、その後を追うようにガスが低い音を立てて放出された。異臭が鼻を突く。妻の呻きが止まった。

 医師の後を追って廊下に出ると、医師は、昨日からの検査の結果を話してくれた。

それによると、腹のふくらみは、糞やガスの他に癌性腹膜炎による腹水のせいだという。そして、妻の容態は予想以上に悪く、ほとんどの臓器が癌で侵され、もはや手の施しようがないということであった。医師の目は、もはや、見込みのないことを語っていた。

 私は、病室に居た堪れず外に出た。あてもなく車を走らせると、何かに引き寄せられるように、車はカトリック教会へ向っていた。

 礼拝堂の中は静かで、私の靴音だけがこつこつと響いた。私は、妻に癌を告知したあたりに座っていた。あの時と同じように、私の前の席には、天井から光の束が差し込んでいる。私は、ふと、その光の中に妻がうつむいているような錯覚にとらわれた。

<お前は、どんな気持で俺の言葉を聞いたのだ。俺はかえってお前を苦しめてしまったのだろうか。お前に事実を知らせたのは誤りだったろうか>

(読者に感謝)

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