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2011年6月19日 (日)

「上州の山河と共に」 第28回 東大受験を決意

試験の会場は本郷である。広い構内を全国から集まった受験生が埋めていた。誰の目にも緊張感がみなぎり、構内は興奮が高まっていた。私は、三四郎池の木陰に腰を下ろし、定時制での勉強やダンゴ売りのことなどを思い浮かべながら、とうとうここまで来たという感慨に浸っていた。

英語は長い文章で、その中に空欄の括弧がいっぱいあって、そこを適当な語で埋める問題が中心であった。国語は、誰か女流作家の随筆が出て、わりかし楽に中味に入り込むことができたという感じであった。

英語と国語は驚く程のこともなかったが、問題はやはり数学であった。大きな問題が5問、それぞれに四つの小問があった。一つ一点で、15点位がボーダーラインと聞いていた。4問までは無我夢中であったが、手応えもあった。いわゆる三角方程式というやつで、sin xcos yなどから成り立っている連立方程式である。

 これを見て、それまでは何とかなると思って進めてきたのに、ああ、これで駄目か、と思った。しかし、気を落ち着けて考えてみると、Ⅹ,Yの値は、30度、45度、60度、あるいは90度と言った特定の角度である可能性が強いと気付いた。そこで、最後の五分間、必至の思いで、サイン30度なら1/2、コサイン45度なら1/2と、あてずっぽうに当てはめていった。一次の試験は答えだけが求められ、式は要らないのである。連立方程式にちょうど当てはまる数字が見つかった時、カランカランと終わりを告げるカネの音が聞こえた。兎に角、終った。全力を出しきった快感と興奮に浸りながら私は前橋へと急いだ。

 私の留守の間、家では代わりに妹の恭子がバイクでダンゴの配達をしたりで大変であった。一次は、幾日も経たずして発表になるから、普通の受験生は宿舎に留まって結果を待つのである。しかし私には、そのようなことは許されない。発表の日も、朝の仕事は済ませて上京した。

 発表は駒場のテニスコートに番号をはり出して行われる。落ちる気もしないが、合格するとも思えない、複雑な気持ちであった。テニスコートには、発表の時間はとうに過ぎ、もう人は去って誰もいない金網に受験番号を書いた白い紙の張られた板が付けられている。胸が高鳴り、心臓の音が聞こえるようである。私の視線は、数字の列の上を突き刺すように走る。

「あった」

 私は、声を出して叫んでいた。自分の番号を見つけてみると、改めて、信じられないことに思える。東大が俄にての届くところに来たように思えた。しかし、そんなに甘いものでないことを間もなく思い知らされることになる。※土日祝日は中村紀雄著「上州の山河」を連載しています。

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