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2011年6月 5日 (日)

『上州の山河と共に』 第24回東大受験を決意

安保反対闘争の中心として連日新聞テレビを沸かす全学連の動きは私の目には社会正義に燃える若者の叫びと映った。その中心は東大の学生達であった。

35年には、この安保闘争の中で東大生樺美智子が死亡し、数千の学生による抗議集会が国会構内で行われる。安保条約の中身がよく分からないまま、私は平田宏と、岸内閣はけしからん、ということを盛んに議論し血をたぎらせた。

この頃、岸内閣に対する反対とは別に、私の中で、東大というものに対する憧れが高まっていた。それまで、学問の最高峰ということで、雲の上の存在として遠くから眺めていた東大であったが、何とか入れないものであろうかと思うようになり、いつしか、よし、挑戦してやろうと思い込むようになっていた。

今から振り返れば、自分のおかれている情況からして全く無謀のことであったが、体力も気力も人生のピークに立つその頃の私には、不可能なことには思えなかったのである。木下藤吉郎が一介の足軽の分際で大望を抱き、勢力的に動き回った様を自分の姿と比べながら、私は意気軒昂であった。

東大への思いは日毎に募るが勉強方法も分らないし、指導者がいるわけでもなかった。煥乎堂で手に入れた確か、石田道夫という人の「東大への道」という本を心をときめかして読んだ。

東大の受験科目は、英語、数学、国語の他、理科二科目、社会二科目の計七科目であった。私は、受験を決意して以来、トイレの中にも、英語や社会の暗記物を置いて頑張った。一つの単語を覚えること、一つの歴史の事柄を頭に入れること、これらの一つ一つが東大への距離を一歩ずつ縮めるのだと思うと勇気が湧き疲れも消えるのであった。 

※土日祝日は、中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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