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2011年6月 4日 (土)

『上州の山河と共に』 第23回ダンゴ屋になる

私の家は、ダンゴのお陰でやっと御飯が食べられるようになった。ダンゴ屋が繁盛することは、一家にとって大変嬉しいことであったが、私の心は複雑であった。今まで煎餅が売れないときは、こんな商売をいつ迄していても仕方がない、勉強をして、いつかこの境遇から抜け出さなければと思って、私は寸暇を見つけて勉強に心懸けていた。大学に進めるかどうかは漠然としていたが、チャンスがあれば、大学へ行きたい、その時のために少しでも実力をつけておこう、という考えであった。

ところが、ダンゴの売れ行きが良くなると、父や母も、当然のことながら、商売として、これを大きく伸ばしたいと考え、私がその方向で一層努力することを期待するわけである。

私はジレンマに陥った。このまま商売に徹して商人として大成する道を取るべきか、それとも、もっともっと勉強し、夢を求めて未知の世界に飛び込むべきか。

勉強を捨てて自分の全知全能を商売に注いだなら大金を手にすることは、それほど難しくない現実的な目標と思えた。しかし、私の中で脈々と流れているものは、目先の現実よりも、未来の夢に私を駆り立てるのであった。

宮城村の山野で耐えられた体力や気力、福島浩や、上野和仁等と歴史上の人物につき語り合うなかで憧れ、育てた理想像、これらは極貧の生活の中にあっても、心までも泥沼につかることのないように私を支える力であった。

「東大受験を決意」

この頃、世相は騒然として、社会の底辺に生きる私達にとっても刺激的な政治的社会的出来事が次々に起きていた。昭和34年は岸内閣の時代であり、安保の時代の始まりであった。

※土・日・祝日は、中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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