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2011年3月 9日 (水)

人生意気に感ず「走らなければダメ。昔の同志の熱い心」

*昨日は、朝、メンテナンスがあり、その後、入れるのを失念しました。今日は、昨日の分も入れます。

                          

◇背広の重さが苦痛に感じられるほど肩が凝る。長いこと走らないからだ。思いきって芳賀グランドを5周した(8日)。忘れていた壮快な充実感を味わった。時間がないという切迫感ゆえに走らないでいると、かえって時間を無駄にする。体が鈍(なま)り、気力が衰えるからだ。人体という機械は走らないと錆び、指令を出すコンピューターの勢いも悪くなる。県議選スタートまであとわずか。戦いの最大の武器は自分自身の心体だと改めて思った。

◇横浜の友人O君が駆けつけてくれた(8日)。生まれ故郷・富士見の同級生たちの所へ私を案内するためである。友情の温かさと人間の絆の大切さを肌で感じた。

 彼が導く富士見の農村部には、時代の流れから取り残されたような懐かしい日本の風景がいたる所にあった。昔、小鳥気違いと言われながらあの山を走り回っていた、この家には、いつも自分の家のように遊びに来て囲炉裏でおじいさんの話を聞いたと0君は、少年時代に戻ったように嬉しそうである。腰の曲ったお婆さんがくしゃくしゃの顔を笑顔にかえて出迎えるかと思うと、野菜に取り組んでいた男がまっ黒な手を差し出す。0君と人々の絆は長い時を経て今なお健在であった。

 富士見には、選挙に関してよそ者を受け入れないモンロー主義があるとよく言われてきた。私は、O君と人々の対話の様子を見て、これがモンロー主義の実態だと思った。一度築いた人間の絆を大切にし、それが地域社会の連帯感をつくっているのだ。亡くなった金子一郎君の選挙の光景をふと思い出していた。

◇O君は、夜間高校の時の同志である。振り返れば、密度の濃かった少年時代の一コマ一コマが甦る。彼は私に触発されて勉強し、難関といわれた4年生大学に進んだとかねて話していた。夕食をとりながら、彼は、大学卒業後の波乱の歩みを語った。明日は一人で富士見地区を回ってくれるという。遠来の援軍は疲れた私の心に限りない勇気を与えてくれた。

◇いよいよ秒読みの段階になった。10日は午後6時半から小坂子町公民館で事務所開きを行う。回を重ねているのに、慌ただしさは初回と変わらない。むしろ混乱の中からエネルギーが生まれると感じる。戦国時代の武将の心が偲ばれる。自分なりにいろいろな修羅場をくぐってきたが、今回は大変な戦いになる。(読者に感謝)

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