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2011年3月22日 (火)

中村のりお・人生意気に感ず「被災地の人間の絆。原発の恐怖。東海地震」

◇夫を探して瓦礫の山をめぐり歩く女性がいる。掲示板を杖の先で辿る老人がいる。被災地の惨状は肉親の情、人間の絆を浮き彫りにしている。巨大地震と大津波の残酷な爪跡は10日を過ぎても語りつくすことは出来ない。

◇80歳の女性と孫の16歳の少年が9日ぶりに救出されたことを全てのメディアが報じている。約217時間ぶりの奇跡の生還である。発見当時少年は頭にタオルを何枚も巻いて震えており、体温が28度まで下がっていたという。生死を分ける要素は精神力だ。極限の状況で、生きる力が発揮された例である。教育界は「生きる力」を教育の目的としている。ならば、今日の惨状下の人々の姿を最大の教材として活かすべきではないか。

◇原発事故の恐怖がじわじわと広がっている。群馬のホウレンソウ、カキナからも放射性物質が検出されたため、出荷できなくなった。農家の被害は甚大だ。どうなるのだと農家から電話が届く。県は国に補償を求めていくと語っている。

 巨大地震の実体が分かってきて、専門家は、千年に一度のものと分析している。ここで生ずる疑問は、原発の設置管理の責任である。不可抗力として責任は問えないのか。千年に一度といえど、想定は可能なのだから、その対応をしていなかった責任を問うべきか。原発事故の怖さと日本の技術力の高さからすれば、後者というべきだろう。

◇ここで、直ぐに懸念されることは、東海地震とこの地域の原発の関係である。東海地震は、駿河湾西から遠州灘東部を震源域として近い将来必ず起こるとされている。専門家はいつ起きてもおかしくないといっている。フィリピン海プレートとユーラシアプレートとの境界型地震である。浅い所で起きるM8程度の巨大地震と想定されている。先日静岡県で大きな地震があった時、東海地震の始まりかと思った。

 この地域には、中部電力が設置する原発がいくつも存在する。迫る巨大地震に対して、今回の事故を教訓として最大限活かさねばならない。

◇23日、県議団総会を開いて、選挙カーの使い方などにつき協議する。従来のような連呼の繰り返しは、今回の選挙の重要性と社会状況からして許されないだろう。巨大地震は選挙のやり方まで変えようとしている。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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