« 第五章 地獄の満州 | トップページ | 人生意気に感ず「県議選の出陣式。甲子園初出場の球児。人間の絆」 »

2011年3月 6日 (日)

『上州の山河と共に』中村のりお著より①

1-1「福島浩の死」

「いよいよ最後の時が来た。頑張ってくれ」目は閉じたままである。低いが確かな声で、福島浩の声は私の胸に重くつきささった。

「おい、しっかりしてくれ」これだけ言うのが私には精一杯であった。小高い丘の上に立つ病院の一室である。

 福島浩の死期が確実に迫っていた。それは、東京の癌センターから、ここに運ばれた経緯とその後の病状から明らかであった。しかし、私には、まだそれが信じられなかった。いや、信じたくないというのが正直なところであった。ベッドの向こう側には、奥さんの智恵子さんがじっと下を向いて動かない。重々しい空気が部屋に満ちていた。福島浩は、この期に及んでまだ冷静であった。そして、<頑張ってくれ>と他人(ひと)の事を心配している。このことも、私には信じ難いことであった。彼の苦しそうな、ぜえぜえという咽の音が時を刻んでゆく。気付くと、その音が静かになり、彼の表情もいく分平静になったように見える。奥さんが顔を上げて、小声で囁いた。

「お薬が効いて、眠ったようです」私は、彼の表情を見ながら、一年数か月に及ぶ彼の闘病を振り返っていた。彼は、肺がんと知ってからも、狼狽(うろた)えた様子をついに一度も、私たちには見せなかった。

 この強靭な精神力はどこから来るのか。こう思う私の頭に、彼と過ごした宮城村の少年時代のことが浮かぶ。食べ物も、着る物もない終戦直後のあの時代、私達は、ありったけ手足を伸ばし、宮城村の山野を駆け回った。丈夫な身体と根性も、そのもとは、あの時、作られたに違いない。あの頃と比べ、世の中はすっかり変わった。あらゆる物が有り余る時代に生きる今日の子どもたちは、果たして幸せなのか。この社会はどこへ向かって流れてゆくのか。福島浩とはこのような事をよく話し合うが、私たちの価値基準、物差の原型も、あの少年時代に作られたものだ。

 福島浩は、少年時代の夢を追うような目つきで、ある時、<中村、県議選に出てみないか>と勧めた。その目は、少年時代、無鉄砲な悪戯を誘った時のそれと似ていた。しかし、<お前なら、きっと出来る>という信頼を表す目つきでもあった。思えば、彼のこの言葉が、私の中に燻っていた何かに火をつけることになったのだ。

 「頑張ってくれ」という彼の言葉は、間近に迫った県議選を指している。この期に及んでも心配してくれている。閉じた目の下で、彼は、私の選挙と少年時代の思い出とを重ねているのだろうか。彼の渇いた口元を覗き込みながら、私は涙が流れ落ちるのを押えることができなかった。

 数日後、福島浩は、北橘村の北関東循環器病院の一室で息を引き取った。50歳の生涯であった。平成2111日のことである。

|

« 第五章 地獄の満州 | トップページ | 人生意気に感ず「県議選の出陣式。甲子園初出場の球児。人間の絆」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『上州の山河と共に』中村のりお著より①:

« 第五章 地獄の満州 | トップページ | 人生意気に感ず「県議選の出陣式。甲子園初出場の球児。人間の絆」 »