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2011年3月11日 (金)

人生意気に感ず「2月議会終わり去りゆく人々。事務所開きの妻の笑顔」

◇2月議会最終日は、私たち県議にとって特別の日であった。早朝の自民党県議団の朝食会では、今期限りで議会を去る田島、原、金田、中島、平田の各氏が退任の挨拶をした。残る議員たちも選挙に勝てなければ、同じ運命になる。選挙を目前にした議員たちを不思議な緊張感が包んでいた。

◇産経土木常任委員会の新井委員長は、委員長報告の中で、群馬県尾瀬憲章、ぐんま星空憲章に次ぐ、本県3番目の憲章として「群馬県中小企業憲章」の制定を求める決議が提案され、全会一致で発議したと述べた。私は先日、提案者として委員会で提案説明を行った。中小企業憲章制定に関わったことは、今期の議員活動の主要な成果の1つとなった。

◇議会が終わり、いつものように知事が自民党控室を訪ねて挨拶。自ら退任する議員には労をねぎらい、選挙に出る議員には奮闘して又戻って来て下さいと訴えた。議員たちは、机の上の書類の山を整理して言葉を交わしながら去っていく。アイシャルリターン、ツァィチェン(再見)と私の周りでは英語や中国語も飛び交った。一ヵ月後、この控室の様相も一変するだろう。ガランとした控室の空間が私の緊張感を高める。いよいよ決戦の時がきたと思った。

◇10日の最大の出来事は事務所開きだった。今回の前橋市区の県議選では最北の地になる。戦いを左右する要素は、地の理、人の和、時の運と言われる。時の運はいかんともし難いが、他の二つは人間の努力の及ぶ範囲である。地の理に関して言えば、小坂子公民館は、合併で拡大した前橋北部一帯を結ぶ広い農免道路に面した要衝の地にある。

 午後6時半、広い大ホールは遠来の支援者で溢れた。真冬のような寒さの中、よく来てくれたと胸が熱くなる。10日から頑張ると秘かに宣言していた妻が私の傍に立って笑顔で人々を迎えた。長く頭痛で悩んできた妻のめずらしくきれいな表情だった。選挙には協力出来ないと言っていた妻である。

 来賓として大澤知事、中曽根弘文県連会長、佐田玄一郎さん、山本一太さんが挨拶した。私は厳しく苦しい戦いを勝利して、北関東の時代と言われる状況の中で、歴史に残る良い仕事をしたいと決意を述べた。全域に広がった支援者がこの山の砦を中心にして、心を合わせてくれることが戦いのカギとなる。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「上州の山河と共に」を連載しています。

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