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2011年2月28日 (月)

人生意気に感ず「山本一太氏の集い。ある報告会の出来事。林健太郎」

◇山本一太新春の集いに出た(26日)。会場の雰囲気は最近の参議院の存在感の変化を物語っていた。長いこと、参議院は、不要論まで含めて存在意義を問う議論があった。参議院本来の役割を果たしていなかったからである。とかく、党利党略と政争に走り勝ちな衆議院は、判断を誤る可能性がある。解散もなく任期も長い参議院は冷静に理性的に判断して衆議院の行き過ぎや誤りを正す、これが参議院の本来の役割である。

 参議院は野党が多数というねじれ国会のもとに、にわかに参議院の存在感が高まった。「新春の集い」で、応援に駆けつけた参議院幹事長は、「参議院はコピーといわれ、再考の府と言われてきたが、今は、政策の府となった」と訴えた。一太さんの演説も例によって誠に勇ましいものであった。

 私が思った事は、参議院の存在感の高まりが一時的なものであってはならないということだ。次の選挙でねじれが解消した時、もとの参議院の姿に戻ってしまうというのでは、情けない。政策の府という新たな伝統を築いて欲しいと思った。

◇ある町の県政報告が終わったとき、一人の若い女性が私にかわいい封筒を手渡した。中に「前回の報告会で、私が小学生の時に花束を贈呈させて頂いた林先生が亡くなられたと伺いとても寂しく思いました」と書かれているのを読んで大変驚いた。この女性は、婚約者の住所地の報告会に2人で出席するため2度目の参加となったのである。

 県政報告会では30コマ位の映像を使うが、前回、その1つに元東大総長・林健太郎先生が県民会館で私の応援演説をする写真があった。最初の出馬の時、西洋史のゼミの恩師である林先生が駆けつけてくれたのである。私は、政治家としての原点を振り返る中で、この出来事を紹介し、同時にこの先生は数年前に亡くなった事を話したのである。

 忘れていたが、その時、2人の小学生が先生に花束を贈呈したが、先日の報告会に出席した女性はあの時の小学生であった。今、少女の記憶に引きずられるようにあの時の光景が甦る。林先生は「訥は仁に近し」という論語の言葉で私を形容し、政治家には歴史観が必要だ、大学で学んだ歴史を活かせる政治家になれと言って励ましてくれた。先生のあの激励が初当選につながったのである。それは私の原点でもある。(読者に感謝)

間もなく、土・日の「炎の山河」の連載も終わります。次は、「上州の山河と共に」を連載します。私の歩みが内容となっています。振り返って感慨深いものがあります。今の思いに立って、加筆しながら進めます。御愛読下さい。

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2011年2月27日 (日)

第五章 地獄の満州

「冗談でなく、歴史を振り返って、現在の世の中を考えるということは大切なんですね。今の世の中、豊かな点を別にすれば、昭和の初めと似ているような気がする。政治不信は今、すごいですよ。若い連中、政治家など信用してないですよ。豊かだから余計なんじゃないですか。何か金もうけをしているという感じ。血盟団の井上日召が今生きていたら、ターゲットにされる政治家がうんといるんじゃないですか」

 木村誠は興奮している。そして、驚くほど雄弁になって話しを続ける。

「今年は、参議院の選挙があったでしょ。そして、テレビで名を知られたタレントが何人も出たでしょ。自民党がいつもああいうことをやっている。俺は、国民を馬鹿にしていることだと思う。モリとか何とかいう幹事長だったと思うんですが、このことで、テレビで弁解しているんです。タレントだからということで出すのではない。タレントであっても中身が立派だから出すんだというような説明なんです。理屈は通っているけれど、何かすっきりしない。やはりうまいこと言って欺していると思っちゃうんです。タレントが出れば、多くの人は、その中身なんかに関係なく、ああ、あの人だ、テレビのあの人だということで入れちゃう。出す方だって、それが狙いなんでしょ。こんなことずっとやっている。それが現在の参議院ですよ。昔、中村塾で公民の時間に、参議院の役割というのを習ったけど、こんな状態で参議院が衆議院と違った役割を果たせるわけがないでしょ。政治改革、政治改革っていいながら、こういうことをやっているんです。衆議院の方だって、やっと小選挙区制になっても、政治家は自分の選挙の都合ばかり考えて、特に群馬県自民党は、全然、調整が進んでいないというじゃないですか。これでは、政治不信はますますですよ。これでは、先生、また血盟団ですよ。そして、今、松岡洋右がまた群馬会館で同じような演説をしたら、昔と同じように、皆拍手するんじゃないですか」

※間もなく、この連載も終わります。次は、「上州の山河と共に」を連載します。私の歩みが内容となっています。振り返って感慨深いものがあります。今の思いに立って、加筆しながら進めます。御愛読下さい。

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2011年2月26日 (土)

第五章 地獄の満州

「日本のどういう点が好きですか」

「日本は、政府のことが何でもテレビで見られる。中国は一生懸命隠そうとするのに、日本は隠さずに見せる。このことが一番良いと思います。日本は、今、オウムの事件などがあって揺れていますが、それでも、日本は、一番穏やかな国だと思います」

私の質問に答える彼女の表情は、ほんのり上気して若やいで見えた。

 中国帰国者の忘年会があってからしばらくした12月のある夜、木村誠、李沢民、そして私は、久しぶりに会食のテーブルを囲んでいた。前橋市のロイヤルホテルの地下のレストランは、この日も相変わらずにぎやかであった。

「先生、先生の原稿、おもしろかったよ。いろいろなことが出てきて、整理しないと頭の中が混乱しちゃうけど、歴史が分かってきたという感じです。というより、歴史に、前よりずっと興味がわいてきて、もっと勉強したいという感じです。受験と関係ない勉強ってすごく楽しいことが初めて分かったみたい。受験と関係のない中村塾を始めてくださいよ、先生」

「うん、それはおもしろいかもしれないね」

「そしたら、私も入る。日本人に話したい中国のことがいっぱいあるよ。その時は、私、塾長よ。ハハハ」

李沢民は楽しそうに笑った。

※間もなく、この連載も終わります。次は、「上州の山河と共に」を連載します。私の歩みが内容となっています。振り返って、感慨深いものがあります。今の思いに立って、加筆しながら進めます。御愛読下さい。

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2011年2月25日 (金)

「山本龍という男。我が選挙事務所。妻の姿勢」

◇山本龍君の「飛躍の集い」がグリーンドームのサブイベントエリアであった(24日)。かつての尾身代議士の新年会と同程度と思われる盛会振りであった。

 私は挨拶の中で「龍君の並外れた決断力、行動力、燃える情熱を高く評価しています」と述べた。山本龍という男は規格外の人物である。長く彼を見てきた。初めの頃は、激情に駆られて突っ走る素頓狂な男に見えた。知事選で孤軍奮闘、群馬県中を走り通した経験は彼を一回りも二回りも大きくしたようだ。今期の県議会に於ける彼の言動にそれが現れている。

 選挙は全身全霊を賭ける勉強の機会である。龍君は県内を隈無く回って人に会い演説する過程で政策を研究し人間を磨いたに違いない。

 今日の八方塞がりの混沌とした状況を切り開くには非常識の勇気と決断が要る。私は挨拶の中で更に述べた。「私は前橋を浄化するクリーン前橋作戦会議の代表を務めてきました。その志を継ぐのは龍君です」と。

◇早朝7時から幹部役員会を開いた(24日)。事務長、幹事長、選対本部長、事務局長等が決まった。また、選挙事務所の予定地と準備のための事務所開き日程も決めた。

 選挙事務所は、芳賀北部の小坂子公民館を使うことになった。北部にかたより過ぎるとの声もあったが決断した。この公民館は東西に走る広い農免道路に面し、西は富士見地区、東は宮城、大胡地区に通じる、そして地元の芳賀をまとめる上でも有利であると判断した。事務所開きは、3月10日、午後6時半となる。

◇大変嬉しい出来事が生まれた。妻に立ち直りの兆しが現れたことである。妻は長いこと大変な頭痛に苦しみ、選挙に参加するどころではなかった。それは長いこと選挙で心身を痛めた悲しい姿でもあった。そこで、私は、妻をあてにせず、選挙を戦う決意を固め、妻を選挙のわずらわしさの外に置いてきた。妻にとってはその事が、また、心労の種であった

 最近、やや頭痛が軽くなり、27日に予定した故郷宮城地区の県政報告会には出席して挨拶すると言ってくれた。この会には、妻の同級生が多く出席する。参加することが良い刺激として作用することを祈るばかりだ。

妻の顔に生気が甦ってきた事を感じる。最少の協力でいい。長年の人生の同志の姿勢は戦況に影響するばかりか私の心を揺り動かす。(読者に感謝)

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2011年2月24日 (木)

「中島県議の質問。詐欺が狙う選挙事務所」

◇本会議一般質問2日目のトップは中島篤議員。目前の高崎市長選に向けて正にグットタイミングな登壇である。中味も高崎市民向けで、GTVの生中継を利用した効果は抜群と思えた。公選法上も文句の余地はないのだから市長の座を競う候補予定者は悔しい思いを抱いたのではないか。中島議員は、今期限りで県議を辞して高崎市長選に挑戦する。

◇中島さんは、今回は最後の節目の質問で、37万5千人の高崎市民の心に響く質問をしたいと前置きした。彼の傍らには手話通訳者が立った。16年前、中島さんが高崎市議会に導入したときは全国初で注目を集めたという。

 中島さんの質問では、高崎競馬場跡地の有効利用と道州制問題に注目した。いずれも県政の大きな課題である。道州制は、私も強い関心を持つ。北関東自動車道の全線開通による3県連携の先には道州制があると私は県政報告会で主張している。大澤知事は、質問に答えて、道州制より当面は、隣県との広域連携を進めると述べた。

◇詐欺にあっている県議事務所があるらしい。昼食時、県議団長が注意を呼びかけた。何とかいう出版社と称し、1万円の領収証を持って各地の選挙事務所を回っている男があるというのだ。「前回もお世話になって」とか上手な説明をするらしい。1万円払った事務所が、少なくても2か所あることがその場で分かった。選挙事務所というものは、ある種のアプローチには弱いものだ。1万円というのも付け入り易い額である。選挙事務所をターゲットにするとは敵もさる者。統一地方選が本格化すると選挙事務所は様々な業者が出入りし金も動く。詐欺師たちにとって格好の稼ぎ場になるのだろうか。面白いが要警戒だ。

◇ある会合で、ある人が、「県議会に留まって欲しい」と私に話しかけた事があった。市長選への転出が話題になった頃の事である。その言葉は私の胸にずしりと響いた。県議選を目前にして今、この言葉を思い出す。

 多くの仲間が首長選に転出していった。この動きは現在も続く。現職3人の県議が市長選や知事選への出馬を表明している。県議会は通過点なのかと思ってしまう。私の願いは、県議会の存在感を高め県議会の役割を果たすことだ。県議の古い衣を脱ぎ捨てる時が来た。県議として誇りを持てる議会にしたい。このことが戦いに臨む私の大義である。(読者に感謝)

☆土、日、祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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2011年2月23日 (水)

人生意気に感ず「本会議の光景。狂気のカダフィ。大地震は」

◇一般質問の初日は10時から始まり午後5時迄続いた。登壇したのは、計6人。質問時間は会派の人数に比例して配分されるから、自民の2人の時間は、90分と68分、その他の4人は、67分、39分、38分、38分だった。

◇国の「子ども手当て」をどう評価するかという質問に対する知事と担当部長の答弁が注目された。知事曰く「少子化対策か、子育て支援か理念がはっきりしない。少子化対策ならフランスのように第一子には支給しないという方策もあるし、子育て支援なら裕福な人にも一律に支給するというのはどういうものか」知事は、政策を立てる場合には、地方の意見を聞くべきだと批判した。

 また、部長は、子ども手当の効果についての質問に対して「厚労省の調査では41.6%が貯蓄にまわっている」と説明、また、政局の乱れで子ども手当関連法案が不成立の場合はどうするかと訊かれ「その場合には、法の定めで児童手当を支給することになるが、対象も小学生となり、その準備は厳しい」と答えた。事実上、実行不可能となる見通しを示した事になる。

◇児童虐待に関する質問に答える中で、知事は、「本日も、前橋の虐待事件が新聞に出ていた」と発言した。父親が小学3年の男の子をしつけと称してバットで殴ってけがをさせた事件である。小学校から児童相談所を通じて警察に通報があったという。

 この種の事件が跡を絶たない。平成21年本県における児童相談所に対する相談件数は9343件で、そのうち21.9%が虐待に関するものであった。

◇「狂犬」と呼ばれたリビアの独裁者カダフィ大佐の言動は、私たちには劇画的に映る。41年間もこのような男の独裁下に置かれた国民は哀れだ。積りに積もった国民の不満が一挙に爆発した。リビア炎上の光景は目を疑うようだ。

 米パンナム機を爆破し270人を殺した狂気の男は、事態がここに至っても「血の一滴まで戦う」と叫ぶ。800人が死亡したと報じられる。カダフィはどう幕引きをするのか固唾を呑む瞬間だ。

◇ニュージーランドの地震は深刻で正に他山の石。地震国日本でも、その時は刻々と迫っていると見なければならない。昔は、政治が乱れた時に大地震が起きると考えられた。雰囲気的には今がそのような時に当る。新燃岳の爆発は日本列島に異変が起きる予兆か。(読者に感謝)

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2011年2月22日 (火)

人生意気に感ず「葬式が変わる。菅内閣の末期。リビヤの衝撃」

◇最近、後援会員の葬儀に出席しようとしたら、新聞のおくやみ欄に家族葬で行うとあった。近ごろ家族葬が増えている。職業柄、葬儀に出席する機会が多い。そこで感じるのは葬儀の在り方がこれ迄に変化してきたし、現在も変わりつつあることだ。現在の変化には著しいものがあり、葬儀観の本質に迫るものを感じる。

 かつては、自分の家で葬儀を行うのが常態であったが現在ではそれは姿を消し、業者が経営する祭場で行うことが通常になった。業者任せ、そして、業者に仕切られる葬儀はワンパターンとなり、僧侶の読教もコマーシャルリズムに乗った形式的で空々しく響くものと感じられるようになった。

 日本消費者協会の調査によれば、家族だけの葬儀でよいと考える人は48.4%、形式やしきたりにこだわらない人は56.9%にのぼるという。葬儀の在り方が変化することは日本人の宗教観や社会の変化とどう関わるのか興味がある。

 最近面白いデータを読んだ。葬儀費の平均は各県によって異なる。1位は千葉県の約206万円で最下位は沖縄県の約90万円、群馬は18位で約143万円、そして、全国の平均は約137万円とか。家族葬が増える背景には葬儀に金がかかり過ぎるという事情もあるのだろう。

◇2つの大新聞が菅内閣支持率20%を報じるに至った。世論調査が大きな意味を持つのは、民主主義国の主権者の声だからだ。中央の混乱は地方に直ちに波及して影響を与える。県議会で審議中の予算案も国の予算待ちのものが多くある。

 ねじれ国会では予算は成立しても、予算を執行するための法案の成立は難しい。県政報告会で予算と法律の成立の違いにつき質問を受けた。

 憲法上、予算は衆議院で成立すれば、参議院が反対しても、30日経てば自然成立するが、法律の場合、衆議院で3分の2以上で再議決しなければならないのだ。

◇リビヤのデモは私たちの想像以上のものらしい。死者は200人を超え、デモは、複数の主要都市を掌握し、独裁者カダフィ大佐の退陣も時間の問題といわれる。

 チュニジア、エジプト、リビヤと独裁政権が民衆の力で倒れれば、その影響は中国や北朝鮮に及ぶのは必至だ。歴史の舞台が、今大きく回る。(読者に感謝)

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2011年2月21日 (月)

人生意気に感ず「佐田後援会の新年会。シベリヤ強制抑留。自殺訴訟」

◇佐田玄一郎後援会の新年会(20日)に私が出席するのは初めてのことである。私は尾身後援会の幹部だったからだ。不敗を誇ってきた尾身陣営が一昨年、民主党の嵐の進撃にまさかの敗北を喫し恒例の新年会はなくなった。

壇上からいつもと違う光景を見て感慨ひとしおであった。私は、「今日の日本は天下大乱の状況で、必ず解散総選挙があります。その前哨戦として目前の県議選は重要です」と挨拶した。

 佐田後援会の連合会長町田錦一郎さんは、私の後援会の出納責任者でもある。錦ちゃんの愛称で広く知られている人である。町田さんは挨拶で国政を担う政治家はしっかりしなければ中国やロシヤに圧倒されると訴え、メドベージェフ大統領が北方領土に入ったことに触れ憤っていた。

◇町田さんが創設した戦争博物館は見ごたえのあるものである。「シベリアコーナー」を作って完成する。その主要部分は私が担当することになっているが、4月の県議選が終わってからになる。私は、シベリヤ強制抑留・「望郷の叫び」を書いたとき、ハバロフスクに渡り、貴重な資料を入手した。北方領土を呼び戻すためにもシベリヤ強制抑留の真実を、今、見詰める意義は大きい。会場で町田さんとこの事を話した。

◇上村明子さんの自殺訴訟の口頭弁論が遂に始まった(18日)。昨年の12月議会で私は明子さんの自殺問題を取り上げた。それに先立って上村宅を訪ね両親に会ったとき、両親はやがて訴訟に踏み切るだろうと感じたが、その通りになった。「ウエゴリ」(うえむらゴリラ)とからかわれ、いじめの一因になったと言われるフィリピン人の母の表情が印象に残っている。

 原告は両親で被告は市と県。明子さんの死による損害賠償を求める民事訴訟である。原告の主張が認められるためには、いじめによって自殺したこと、つまり因果関係の存在及び、学校側の責任、つまり学校側はいじめを知っていながら放置したかなどが明らかにされることが必要だ。あんなに大騒ぎされた事が急速に忘れられようとしている。訴訟の経過、県と市の対応を見守りたい。

◇ボーイズリーグの新年会に出た(20日)。顧問の市会議員が挨拶の中で高崎市長選には中島篤さんを、県議選では中村のりおさんをと発言してくれた。私は豊かな社会で子どもたちの心身を鍛えることは難しい。スポーツ、特に野球は貴重な存在だ。県議選を乗り越えて、県政の場でスポーツの振興に全力を尽くすと挨拶した。(読者に感謝)

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2011年2月20日 (日)

第五章 地獄の満州

本当に夢かと思った。振り返れば、昭和20年に日本を離れてから40数年がたっている。この間、想像もできなかったかずかずの出来事があった。それを思えば、今、自分がここに生きているのが不思議であった。日本を離れるとき一人であったのが、この40数年の間に中国大陸で10人を超える人々と固い絆をつくり、その人たちとこの前橋で新しい一歩を踏み出そうとしている。彼女は運命の不思議さを感じた。

中国の人々は、かねてから準備を進めていたので、出国の許可が降りてからの行動は早かった。平和2年5月30日に、12人の人々は中国を出発し、松井かず念願の大家族の日本呼び寄せが、ここに実現したのだった。人々は、現在、前橋市広瀬団地の県営住宅に済み、大人はそれぞれの職場で、子どもたちは、あるいは幼稚園、あるいは小、中、高校と、みな日本の社会に溶け込んで逞しく、生きている。

平成7年11月19日、高崎市の小高い丘の上にあるしずかレストランで、中国帰国者が集まって忘年会が行われ、私も参加した。日本の演歌や中国語の歌もうたわれ、また、語らいの輪があちこちにでき、楽しいひとときであった。

松井かずの一族も多くの人が参加していた。

「私の子供やその相手が、みな、日本に来て良かったと言っていることが、私は本当に嬉しいです」

娘たちやその夫が楽しげに語らう様子を見ながら、彼女は言った。

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2011年2月19日 (土)

第五章 地獄の満州

 天安門事件をみると、日本にはあふれる程の自由があると思う。政府を批判して罰せられるということはない。表現の自由・政治活動の自由が憲法によって強く保障されているからだ。しかし、私たちは、これらの自由や権利を大切にしているだろうか。政治を批判する人が増える一方で、政治に無関心な人々がますます増えている。

 最近の選挙に示される投票率の低さは、その端的な表れだ。特に、若者の政治的無関心が指摘される。中国の若者たちが血を流してまで手にいれようとする権利の大切さに日本の若者たちは気付かず、物の豊かさのなかにどっぷりつかっている。彼らを待つ21世紀の日本はどうなるのだろうか。

 平成7年は、オウム真理教に関する事件で終始した。この事件の中心は、人の命があまりに軽く扱われ、簡単に奪われていることである。オウムの事件だけでなく、人の命を軽く奪う事件は新聞やテレビで毎日のように報じられ、この種の事件に対する私たちの感覚は麻痺しているとすら思える。オウムに関する事件は、これら無数の事件の典型である。

 オウムに関する事件は、物の豊かさに目を奪われて人命の尊さを軽視した世相に対する警鐘として受けとらなければならない。人命の尊重は、多くの基本的人権の中で最も貴重な権利である。従って、人命の尊さを忘れた社会は、当然、その他の人権の尊さも忘れる。政治への無関心はその現われと言える。

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2011年2月18日 (金)

人生意気に感ず「市街地の県政報告会。弘仁大地震は赤城南麓で」

◇中心市街地・桃井地区の公民館で県政報告会を行った(17日)。23年度の当初予算案の説明が中心である。民度が高いというべきか厳しい意見が出された。行政改革のところで林業公社の廃止について話したら、国の林業政策が悪いのだ、その廃止後、そこで働いていた人の人的救済はどうするのかと、又、元総社の塩漬け土地に県営住宅を建てる計画については、今時、民業圧迫だ、民間に任せるべきだ等、中々手厳しい。

 話が横道にそれたところで、桃井小出身の2人の人物、鈴木貫太郎と小林桂樹が話題になった。ある老人は鈴木貫太郎の言葉、「正直に腹を立てずにたゆまず励め」が桃井小の石碑に刻まれていることを話した。この地域の人々が、鈴木貫太郎を尊敬していることを肌で感じた。私は、日本を救った宰相として、この人をふるさと塾で取り上げた事を話した。

中心市街地の県政報告会は盛り上がって活気があった。私は、4月の戦いに勝って、県都の歴史と文化を守るために県政の場で活躍する決意だと述べ拍手を得た。

 会が終わって帰るとき、良い話が聞けて勉強になったと私の手を握る人がいて、大いに勇気づけられた。県政報告の強行軍は続く。明日は、昭和町地区で行う。

◇大地震を想定した図上訓練が県庁の県民ホ―ルで行われた(16日)。避難者の支援や破壊されたライフラインの復旧対策などについて対応を確認する作業である。

 私はかつて、委員会で図上訓練の必要性を訴えた事があった。災害の混乱時、何をしてよいか分からずパニックになることが容易に考えられる。必ず為すべき行動の種類、優先順位、作業の手順などを普段から確認しておくことが、いざという時に役に立つ。

◇大地震を想定した図上訓練のことを話したら、群馬県は地震と無縁ではないかと首をかしげる人がいた。私は、この人に、群馬にも活断層があるし、かつて平安時代、弘仁の大地震があった事を話した。

 赤城山南麓では大地震による地割れの遺跡が発掘され弘仁9年(818年)の大地震の可能性が極めて高いとされている。類聚国史には、この年上野国に大地震が起き人や物などに大きな被害が出たことが記されている。歴史的な視点から見れば群馬も地震とは無縁ではない。(読者に感謝)

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2011年2月17日 (木)

人生意気に感ず「知事発言のポイント。群響の手拍子。無投票」

◇2月議会が始まった(16日)。恒例の朝食会では公認の新人が紹介された。県議団総会を経て10時半からの群響のコンサートは心に響くものだった。カルメンの前奏曲はスペインの太陽と情熱をあらわすもので疲れた神経には頼もしいカンフル剤であった。

最後の曲、ラデッキー行進曲では、指揮者の特別の演出が議員たちを演奏の中にひき込んだ。指揮者沼尻竜典さんは、何と、議員席に向かって手拍子の指揮を取り出したのだ。大きく両手を広げて強く誘い、あるいは手の間隔を縮めて弱さを示す。私たちは我を忘れて強い手拍子と弱い手拍子を操られるように繰り出した。

群響への補助金予算の可決は間違いなさそうだと感じた。因みにこの曲はニューイヤーコンサートの定番となっている。

◇大澤知事は、提案説明に先立って、来る4月10日の県議選に臨まれる各位には、再びこの議会でお会いできることを切に期待し御健闘をお祈り申し上げますと述べ、2月議会は選挙モードの中にあるとこを実感させた。

◇知事提案説明における発言のポイントを1、2紹介する。まず、政府に対する要望として「国民の立場、地方の立場からすると、政府に意見を出しても聞き入れられない、約束していたことが実現されないという不安やもどかしさが鬱積しています。県政を預かる立場としては、国に対して、地方が真に信頼できる対応を強く望むとともに一日も早く、確固とした基盤の上に国政の安定が図られるよう期待します」との発言があった。八ッ場ダム問題に関する政府の対応、最近の内閣支持率の急落などが直ちに私の胸にうかんだ。

 次に、北関東自動車道の全線開通に関しては、「高速道路の十字軸の完成により群馬県のポテンシャルは一段と高まります。まさに本県にとって夢が広がる極めて大きな転換期となります。」と述べた。

 その他知事の提案説明で注目されたのは、県がん対策推進条例の制定を踏まえて「がんに強いぐんま」の推進、年間500人を超える県内自殺者対策、市町村と連携した「買物弱者対策」等であった。

◇県会議員の表情が変わってきた事を感じる。それぞれの選挙の事情を微妙に反映していると思うと興味深い。無投票の見通しの人が数人いるらしい。むしろ気の毒に思う。議員にとって選挙は政策を磨く最高の試練の場である。(読者に感謝)

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2011年2月16日 (水)

人生意気に感ず「50年前の日本のデモ。民主主義を支えるもの。2月議会」

◇私の目の前に目を見張る空前の大群衆の写真がある。立錐の余地もないデモ参加者は33万人と言われた。エジプトのデモと比べても勝るとも劣らない熱気に包まれたデモ隊は、昭和35年6月の安保反対を叫んで国会を囲む人々である。人々を衝き動かしたものは、民主主義の危機であった。憲法の平和主義に反すると考えられた安保条約改定を阻止することが目的であった。エジプトのデモは、独裁政権を打倒させたが、日本の反安保のデモは、岸総理を退陣させるにとどまった。岸信介は自分の信念を貫き安保改定を実現させて退陣した。空然のデモは革命を起こすことはなかった。

◇エジプトのデモは、国家の体制を崩壊させたのだから、革命である。インターネットで叫びかけるデモが突如ふくれ出したのは、同じくアフリカの独裁国家だったチュニジアが民衆のデモによって倒れたという情報が伝えられたからである。デモの連鎖反応の始まりだった。

 そして、エジプトの影響は、中東の独裁国家、バーレーン、イエメン、イランなどに及んでいる。この衝撃波はどこ迄続くのか。私たちは、今、世界史的な変化の瞬間に立ち会っているのだ。

◇民主主義は理想の政治形態だがベストではないし、実を結ぶには前提条件がある。それは、支える民衆の民度の成熟である。アフリカや中東の国々がこの条件を満たすとは考えられない。従って強権を倒した後の新たな混乱が予想される。

 日本は成熟国であり、民度もなかなかだと思うが、民主主義が十分に成果を上げているか疑問だ。良い民主主義をつくる手段は選挙である。民主主義の中味は選挙によってきまる。

最近の選挙の特色はマニフェスト選挙と呼ばれるものだ。勝たんがためのマニフェストは、有権者をあざむく事になり、民主主義を傷つける。民主党政権の誕生とその後の経過は、この事を証明した。目前の統一地方選挙は、この反省の上に行われなければならない。有権者は、より厳しい目で、候補者の公約をチェックするだろう。

◇今日から2月県議会が始まる。当初予算を審議するという点で重要な議会になる。そして県議選を目前にしている点でも重要だ。有権者は普段とは違った視線で議会の動きを注目するだろう。このブログでも報告したい。(読者に感謝)

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2011年2月15日 (火)

人生意気に感ず「県民局の懇談会。議会の存在感。場外乱闘」

◇中部県民局の県政懇談会に出た(14日)。県内には、いくつかの県民局がある。その目的は、地域県民の意見や実態を県政に反映させることである。私は、出席県会議員を代表して挨拶する中で、今回の会議は特に重要です、それは、間もなく議会で当初予算の審議が始まるからですと述べた。

 様々な分野の団体の代表が参加していた。予算審議の上で、また、成立後の予算の執行の面で、県民の意見を活かす事が重要である。

 私は、今、各地で県政報告会を行っているが、そこでは、23年度の当初予算案を取り上げている。私の胸には、県議会の存在感を高めたいという思いがある。世間には議会に対する不信感があるからだ。

 県議会は、議会改革を重ねてきたが、まだ十分とはいえない。長い伝統の中には悪習もあった。4月の県議選が目前に迫ったが来期は、議会の存在意義を高めるために政治生命を賭けようと思う。それには、自民党という村社会の中で孤立を恐れない勇気、見識、忍耐力が要る。

◇議会制民主主義は油断すると形式に走り、形骸化する。現在地方議会の抱える大きな問題点の一つは議員の勉強不足ではないかと思う。官僚と十分に対応するには、議員力を高めなければならない。この議員力が不足すると議会は形式化してしまうのだ。

◇前橋医師会幹部との懇談会があった(14日)。当初予算案にも県民の医療については対策が盛られているが、医療現場の医師からは学ぶ点が多い。

 医師からは、看護師不足、医師不足の実態と問題点について発言があった。ある医師は、医師の配分をコントロールする必要があると述べた。小児科とか産婦人科など、医療訴訟が多い分野には医師が行きたがらないというのだ。この医師は「血生臭い分野」という表現を使って、昔は、こういう分野で敢えて頑張ろうという若者がいたが今は少なくなったと振り返っていた。どこでも同じように日本人の心の問題があることを感じた。

◇日本人の心の問題を象徴するのが八百長問題ではないか。相撲界は救いようのない程腐敗している。八百長を告発して敗訴した出版社が今度は訴訟詐欺だといって再度相撲界を訴えようとしている。裁判所を欺き訴訟を詐欺の手段にしたことを追求しようとしている。正に場外乱闘である。外国人力士を通して日本の恥が世界に広がっていることは悲しいことだ。(読者に感謝)

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2011年2月14日 (月)

人生意気に感ず「パーキンソン病の会。民衆革命とネット。農道開通」

◇パーキンソン病友の会・患者と家族の集いに出た(12日)。私は同会の顧問である。来賓は難病連会長と私だけだから挨拶の時間に遅れる事は許されないのに、1時間以上も遅れる羽目になった。

 その為に、パーキンソン病についての講演の後の患者と講師の質疑応答の場面に同席することになった。私の挨拶はこの後になったからである。「足が痛いです。氷に入れたようになる時や、熱湯をかけられたように感じることがあります」、「歩き出す時、タツタツタツと体が前に出て止まらなくなります」、「幻覚があったり、ひどい夢を見ます」、このような症状を訴え、原因は何かとか、どうしたらよいかと、会場から様々な質問の声があった。

 群大医学部の2人の先生は懇切に壇上から答えていた。難病患者の苦しい実態を図らずも知ることになって大変勉強になった。私は、患者の皆さんの団結と助け合い、それをサポートする行政の役割の大きさを痛感しましたと挨拶した。

◇エジプトの現代のファラオが遂に民衆のデモで倒れた。民衆改革と呼ばれている。自由と権利を求める100万人とも言われる民衆を結びつける力としてネットが大きな役割を果たした。今や、極めて日常的な、子どもも操るケータイが革命の有力な武器になり得ることが明らかになった。これは大変なことなのだ。

 30年の強権独裁がネットで結ばれた民衆の力によってあっけなく崩壊した事実は今後の世界情勢に測り知れない影響を与えるだろう。その第一は、地上に残された独裁国家の国民を目覚めさせることだ。

 人間が自由を求める欲望は根源的である。かつて、人間の自由を掲げて王権を倒したフランス革命の思想は、直ちにフランス植民地の奴隷を目醒めさせた。奴隷たちは白人を倒して世界初の黒人の共和国をつくった。昨年大地震に襲われたハイチである。

 エジプトの出来事の意味は、このような自由に対する人間の根源的な欲望とネットが結合することによる威力を示した事だ。連鎖反応が起こると思う。

◇勢多東部農免農道が全線開通し、開通式で挨拶した。宮城地区と粕川町が境を接するところである。あたり一面は白一色で雪面を渡る風は冷たかった。私は、この時期に農免道が開通することはタイムリーで意義があると挨拶した。

 危機が叫ばれている農業を再生させ、地域観光を活性化させるにために、この道は重要だからである。(読者に感謝)

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2011年2月13日 (日)

第五章 地獄の満州

 人々が政治に無関心となり、投票所に行かないというのは、民主主義を支える重要な権利の放棄である。民主主義は、確かに効率の悪い制度である。しかも、自分の利益ばかりを追求するかに映る政治家を見れば、民主主義に対して失望感を抱くのも無理はない。

 しかし、この書で触れてきた血盟団のテロや、民主主義を否定しムッソリーニを賞賛した松岡洋右の群馬会館における演説を、今、思い出すべきである。松岡洋右の演説に熱狂した数千の人が、現在生きていたら、その多くは、歴史を振り返って、あれは誤っていた、我々は、敗戦という大変な犠牲を払ってそのことに気付いた、そして、民主主義の大切さを知ったと考えるに違いない。

 日本が戦争に入っていった過程を辿り、また、戦争で命を失った多くの人たちや満州開拓民の悲しい出来事などを振り返れば、私たちは、民主主義を育てることが私たちの幸せと社会の発展にとって唯一の正しい方向だと気付く。また、現在、私たちは、大きな時代の節目に立って新しい一歩を踏み出そうとしているが、戦争を振り返り、そこから正しい教えを学びとらなければ、私たちの21世紀は開けないと思われる。

⑭1族12人を日本へ呼ぶ

 松井かずは、テレビや新聞を通して伝わる天安門事件の報道から、また、中国で文化大革命より恐ろしい内乱が始まったと思った。そして、中国にいる家族のことが心配になった。文化大革命では、多くの日本人がいわれのない迫害を受けた。今度も、事態はどのように発展するか分からない。家族を何しても早く日本へ呼び寄せなければならないと思った。

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2011年2月12日 (土)

第五章 地獄の満州

天安門事件をみると、日本にはあふれる程の自由があると思う。政府を批判して罰せられるということはない。表現の自由・政治活動の自由が憲法によって強く保障されているからだ。しかし、私たちは、これらの自由や権利を大切にしているだろうか。政治を批判する人が増える一方で、政治に無関心な人々がますます増えている。

 最近の選挙に示される投票率の低さは、その端的な表れだ。特に、若者の政治的無関心が指摘される。中国の若者たちが血を流してまで手にいれようとする権利の大切さに日本の若者たちは気付かず、物の豊かさのなかにどっぷりつかっている。彼らを待つ21世紀の日本はどうなるのだろうか。

 平成7年は、オウム真理教に関する事件で終始した。この事件の中心は、人の命があまりに軽く扱われ、簡単に奪われていることである。オウムの事件だけでなく、人の命を軽く奪う事件は新聞やテレビで毎日のように報じられ、この種の事件に対する私たちの感覚は麻痺しているとすら思える。オウムに関する事件は、これら無数の事件の典型である。

 オウムに関する事件は、物の豊かさに目を奪われて人命の尊さを軽視した世相に対する警鐘として受けとらなければならない。人命の尊重は、多くの基本的人権の中で最も貴重な権利である。従って、人命の尊さを忘れた社会は、当然、その他の人権の尊さも忘れる。政治への無関心はその現われと言える。

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2011年2月11日 (金)

第五章 地獄の満州

かつての日本帝国主義や中国国内の封建的な力にかわって、そこには、共産党の一党独裁の壁があり、党幹部、特権階級の独裁があった。天安門広場に立ち上がった若者の心には、五四運動のときの若者と、抑圧をはねのけて民主化を求めるという点で共通のものがあったと思われる。北京の長安街を進む装甲車の映像を見て、私は、その昔、日本軍が中国に兵を進めた時もこうだったのかと思った。

 天安門事件は、我々日本人にとって、いろいろな意味で重要である。天安門事件を遡れば、そこには五四運動があり、これを起こさせた日本の侵略がある。中国の民衆は、この五四運動によって目覚め、民族主義はとどまるところを知らず燃え上がっていったが、日本はそれを理解せず、中国の民衆を敵に回して日中全面戦争に突入し、その後は、雪ダルマが斜面を転げ落ちるように太平洋戦争の敗戦に向かって突っ込んでいった。敗戦の結果、私たち日本人は、世界で最も進歩的というわれる憲法を手に入れた。そして、この憲法の下で自由と豊かさを謳歌しながら、隣の国・中国の天安門事件を他人事のように茶の間のテレビで見ている。

 天安門事件が私たちに教えることは、まず、人権の大切さである。自由や平等といった基本的人権が保障されていることが、個人の幸せ、社会の繁栄にとっていかに重要であるかということである。中国の人々には、表現の自由がない、政治を自由に批判することができない。政治を批判する人々の声は、銃口と流血によって押さえつけられた。天安門事件は、中国の人々が政府に対して不満をぶつけると最後はこうなるという例を示した。いわば、換気装置のない部屋に閉じ込められた12億の人々。12億の人々の不満が募り、汚れた空気が部屋に積り積もって極限に達したら、どうなるのだろう。

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2011年2月10日 (木)

人生意気に感ず「不安は力を生む妙薬。相撲道の道が泣く」

◇夜中に、はっと目を醒ますことがある。迫った県議選のことが心の深層にあって表層の意識を刺激するのだろう。目が醒めた時は、無理に眠る努力しても効果がない。起きて仕事をして眠気が生ずるのを待つのが得策である。

 選挙は見えない対象も相手にしなければならないので不安が募るのだ。全市に広がる後援会は目に見える部分だが、それも役員の高齢化が進み、あるいは、死亡した役員の後継が決まらないなど悩みは多い。

 戦力は何かと自問するとき、答えは内なる力だと気付く。不安に追われて予想外の力を引き出すことがある。人間には誰にも潜在的な力が隠されているものだ。不安や恐怖の観念には、それを引き出す妙薬の効果がある。

 選挙は人間の心が相手だけに、心理学の応用場面であると思う。しかし、人間の心理を対象化して小細工することは禁物である。人間の心理をときに冷静に分析することは必要だが、大切なことは、細かいことに目をつぶって人を信じることだ。

 今回の戦いは、宮城、元総社の両地区は同級生が動いてくれている。人間の絆を有難く思う。4月が何とかクリアできたら来期は政策を磨きその実現に全力を尽くすつもりだ。

◇2月もかなり進んだのに、最近、県柔道連盟の新年会があった。私は顧問を務める。柔道の「道」は武士道の道と同じです、この「道」はいまや、貧しくなったといわれる日本人の心を支える柱の役割を果たさねばなりません、と私は挨拶した。

 私が、顧問を務める弓道や柔道には、八百長は有り得ない。相撲は、相撲道といわれ、しかも、他の「道」にはない、国技という特権を与えられているのに、八百長づけになっているのは情けない。相撲界の危機を指して、土俵際に追い詰められたと言っているが、既に土俵を割っているというべきではないか。

国技というが、日本の品格が限りなく落ちていることに対応した国技である。相撲の国技の実態は堕落した日本を象徴していると言っても過言ではないだろう。相撲の国技を正すためには、日本という国が姿勢を正さねばならない。それまでは、国技というレッテルは休眠させたらどうか。

 そんな中で、八百長を絶対しないガチンコ力士も少数ながらいると言われる。そういうサムライが核になって大相撲を再建して欲しい。(読者に感謝)

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2011年2月 9日 (水)

人生意気に感ず「小寺氏の県民葬。山本龍の決意。新年度予算」

◇小寺前知事の県民葬の会場には、群響の楽団が奏でるメロディが静かに流れていた。祭壇の花は尾瀬の山を形づくり、上部の稜線を縁取る白い花は雪をあらわしていた。祭壇上部の大画面には、在りし日の小寺さんの姿が年を追って映し出される。

 平成3年の知事初当選時の小寺さんは若者のようだ。平成4年の八ッ場ダム調印式で署名する横顔も登場する。平成13年のパプアニューギニアにおける慰霊巡拝の姿は懐かしい。思わず画面に私がいるか捜した。当時副議長だった私は、小寺知事に同行していたのだ。写し出される「眠る男」の製作、「天文台」建設などの業績を見て、晩年の選挙のつまずきがなければ、歴史に残る知事になった事だろうと思った。

 特に感じた事は、画面の端に時々写る県職員の表情についてだ。知事への崇拝の念が現れている。これは、現在の大澤知事に対する職員の比ではない。このような雰囲気が小寺さんを裸の王様にしてしまったという見方もあるのだ。だとすれば残念なことであった。

◇2月議会は16日から始まる。その直前の県議団総会があった(8日)。当初予算、選挙関係、質問等重要項目が議題にのぼった。

 選挙関係では山本龍君の県議選公認辞退が認められたことがある。表向きは一身上の都合となっているが来年の市長選が目的である

 この人並外れた行動力には下を巻く。かつて県議会を飛び出して知事選に挑戦した。この時は孤軍奮闘、群馬県中を走り回った。この決断と経験は彼を大きく成長させたに違いない。県議団総会に先立つ常任選対会議で決意を語る横顔にそれが現れていた。  ◇総会では23年度当初予算案が示された。真下幹事長は自民党の努力の成果に胸を張った。総額は6700億円余り。3つの柱は、県政改革の一層の推進、県民生活の安心・安全の確保、県内経済の活力向上である。 県民生活の安心安全確保策には次のようなものが見られる。救急医療対策(6億8千万円、ドクターヘリ整備など)。がん対策(1億2千万円、がんに強いぐんまを目指す)。医師看護師の確保(9億5千万円)。子育て支援(54億円、子ども医療費無料化等)。高齢者障害者福祉の充実(67億円、介護人材確保等)。その他、自殺者予防対策、新型インフルエンザ対策、警察官の増員、いじめ不登校対策、さくらプラン・わかばプランなどがある。(読者に感謝)

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2011年2月 8日 (火)

人生意気に感ず「早朝ランニング。高齢者抑制。エイズ拡大」

◇先日、久しぶりに芳賀グランドを5週走った。走れなかったのは、寒さが厳しかったことと、時間的余裕がなかったためだ。毎朝走ると発言する私にぽっくりゆくよと忠告した同僚県議がいた。厳しい寒風の中を走った後の達成感はたとえようもないが、ぽっくりは恐い。しかし、しばらく走らないでいると、筋力が落ち心のパワーが下がる恐怖を感じる。

県議選では、運動靴で車から出てかなり走るのがいつもの例だ。そんな思いが私を衝き動かす。呼吸も乱れず走り終えると汗のにじんだ肌に朝の風が心地よかった。春の訪れは戦いの季節の到来を意味する。走れる力が重要な戦力であることも改めて感じた。

◇群馬抑制廃止研究会主催の身体拘束廃止に関するシンポジュームに出た(129日)。新前橋の社会福祉総合センター大ホールは満員だった。発足以来10年、時代の要請もあってこの会は発展してきた。壇上に立つと、かつて設立趣意書の原案を書いた私の胸に感慨が湧く。

 日本は国是として人間を大切にする国です。ところが、誰もが避けられない人生の先に身体拘束が広く行われていることは、国家的重大問題です。私はこのような始まりで挨拶した。

 基調講演は、中谷雄二弁護士の「一宮身体拘束事件を語る」。一宮事件とは当時80歳の病院入院中の女性を看護師がベッドの柵に縛るという身体拘束を行い、これを外そうとした患者が傷害を負った事件である。一審は原告敗訴、名古屋高裁で原告勝訴、最高裁では原告が敗訴した。身体拘束が抱える深刻な問題を理解する上で重要な教材である。

 機会を得て、県議会でこの事件を教材にした質問をしたいと思う。県議会では、介護に関する身体拘束の問題は、委員会で私が取り上げたことがあるが、未だ本格的に議論されていない。

◇エイズ患者が増えているという報道に注目。感染し発症した患者が、昨年、過去最多の453人に達した。感染者、患者ともに増えている。エイズはかつて大騒ぎされた。私は厚生常任委員会の時、横浜で開かれた世界のエイズ展に出て戦慄した記憶がある。今では、すっかり関心が薄れた観があるが、感染したら大変な事になることを、再認識するべきである。

 青少年に対する啓蒙は特に重要だ。本県では、保健所などでプライバシーを守りながら簡単に検査するシステムが出来ている。早期に発見すれば薬で発症を抑えられる時代になった。(読者に感謝)

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2011年2月 7日 (月)

人生意気に感ず「春場所の中止。死刑囚永田洋子の死。愛知の選挙」

◇八百長の語源となったといわれる八百屋の長兵衛があの世でどんな顔をしているだろうか。下界では、毎日、朝から晩まで俺の名が出て蜂の巣を突いたように騒がしい。挙句の果てに大相撲が中止となった。冗談じゃねえ、俺とは関係ねえ、今の日本人の性根が腐っている証拠じゃねえか、力士の教育もなってねえで国技とはちゃんちゃらおかしい。こんなことをいっているかも知れない。

 大相撲春場所が八百長問題が原因で中止となる。中学校では、平成24年度から相撲が必須の課目になるが、その背景には日本の伝統と文化の真髄たる国技を子供たちに伝えたいという社会の強い願いがある。国技って何という声が児童生徒の中から聞こえてきそうだ。

◇死刑囚の永田洋子が病死した。永田は連合赤軍の最高幹部の一人だった。軽井沢の雪の浅間山荘の攻防戦に全国の目が集中した。昭和47年2月のことであった。

 銃をもって山荘にたてこもる連合赤軍と多勢の警察官との戦いは映画のシーンのようだった。私は白黒テレビでみていたが、クレーンに下げられた2トンの鉄球が山荘の壁を砕く様子は今でも脳裏に焼きついている。警官2人が死んだ。

 その後、群馬県の榛名の山中からリンチで殺された多くの赤軍仲間の遺体が発見された。一連の事件の責任を問われた永田洋子の死刑は当然だった。長い間、執行されなかったのは彼女の病気の故だったのか。

連合赤軍は、「銃口から政権が生まれる」という毛沢東思想を信じていた。現実が見えず幻想に衝き動かされる若者の姿は、その後のオウム事件の若者たちと似ている。逮捕時、27歳だった永田洋子は死亡時65歳になっていた。病によって処刑を免れたとすれば、病は哀れな人生の中で得た一つの幸せだったかもしれない。

◇民主党王国の愛知県で民主党が惨敗した。6日投開票の愛知県知事選、名古屋市長選の結果である。票の動きを見ると構造的変化が見られるようだ。既成政党が大きな打撃を受けている。名古屋市長選を制した地域政党「減税日本」の河村たかし氏に、自民党の票も多く流れたようだ。河村氏は議会との対決姿勢を強く示して有権者の支持を得た。地方議会に対する市民の批判と不満がうかがえる。鹿児島県の阿久根市長は議会無視が問われたが、そこにも地方議会の抱える問題点があった。4月の県議選では県議会の在り方が問われるだろう。(読者に感謝)

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2011年2月 6日 (日)

共産党の幹部は、いつしか特権階級となり、その腐敗ぶりは目に余るようになった。党幹部の地位を利用した金もうけ、汚職、コネによる人事が日常化した。

 資本による搾取を否定し、無産階級、労働者の独裁ということを目指すはずが、これでは、特権階級の独裁ということになる。だから、学生たちにすれば、大学を出ても政治に参加する道は閉ざされており、政治的自由がないということになり、また、市民一般にとっては、社会的公平が著しく欠けることが不満の種であった。

 振り返れば、民主化を求める中国民衆の声は連綿と続いてきた。その出発点は、1919年(大正8年)の五四運動であり、その五四運動の契機は日本の侵略であった。かつて、日本の侵略に講義して立ち上がった学生たちの運動は、広く一般の市民や労働者を巻き込んだ反帝国主義、封建の運動に発展した。当時、外国から入ってくる革新思想、特に直前(1917年)のロシア革命の成功による社会主義の思想に啓発されて、この五四運動は、抑圧からの開放、すなわち、民主化を求めた運動へと発展した。その意味で、五四運動は中国民主化の原点としての意味を持つ。

 この五四運動の青年たちの波の中に、若き鄧小平の姿もあった。この五四運動から始まる流れの中から中国共産党が生まれ、やがて、中国共産党は社会主義の国家を建設した。人々は、これで抑圧のない自由の社会が来たと信じた。しかし、時がたって、気づくと、人々は新たな抑圧の下にあった。

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2011年2月 5日 (土)

第五章 地獄の満州

そして、6月4日未明、ついに最悪の事態を迎える。戒厳部隊は、4日午前零時過ぎ、天安門広場に向けて移動を開始。数千人の兵士を乗せた何十台ものトラックがバリケードを突破。そして、数両の装甲車が天安門を全力で駆け抜ける。学生たちのテントの群が踏み潰される。学生たちが建てた高い民主の女神像がごう音と共に倒される。突然、広場の照明灯が一斉に消えた。パンパン。暗闇の中で銃声が起こり、光が走る。逃げ惑う群集、絶叫。闇の中、天安門広場の惨劇が始まった。新聞は、信頼できる情報だとして、死者2千人、負傷者5千人と報じた。また、別の新聞は、死者5千人以上と報じている。

 天安門事件は何故起きたのか、学生たちの民主化要求運動とは何を目指していたものか。新聞もテレビも、学生や市民の動きを“民主化”を求める運動だと報じた。危険を冒してまで民主化を求めるのは、人々が民主的な権利を侵害されているからである。では、人々の民主的な権利を侵害しているものは何かというと、それは、共産党の一党独裁であった。

 中国には12億の人々がいる。12億の人々からみれば極く一握りの共産党員が国を支配している。中国のこの政治システムは「民主集中制」といって、民主主義の一つの形体であるが、それは、民主という言葉に値するようにうまく機能してきたのかというと、実際はそうではなかった。

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2011年2月 4日 (金)

人生意気に感ず「八百屋の長兵衛。豆まきの風景。振り込め詐欺」

◇八百長とは、不正な勝負のことで、八百屋の長兵衛の名に由来するという。小学館の大辞泉には次のような説明がある。相撲会所に出入りしていた長兵衛という八百屋が、ある相撲の年寄と碁を打った際に、いつも一勝一敗になるように手加減していたことから出た言葉で、勝敗を打ち合わせておくなれあいの勝負のこと。

 国技とされる相撲界で大変なことが起きている。八百長相撲の証拠がみつかり多くの力士が事情聴取を受けている。相撲界の八百長問題は度々世間を騒がせてきた。大きく取り上げた週刊誌との間で訴訟にもなった。最近ある元力士はテレビで生々しい八百長の実態を語っていた。元横綱の八百長にも触れている。

 暗い病巣は深く広い。国技の名を汚し公益法人に値しない。暴力団、薬物、賭博など現代社会の悪に容易に染まる体質をもっている。神代から続く日本の伝統は守らなければならない。しかし、そのためには根本的な改革が必要だ。相撲を志す少年がなくなってしまうことを懸念する。

◇昨日は節分の神事に出た(3日)。総社神社の境内は例年の通り賑やかだった。裃(かみしも)をつけ神事の間に座る。右に市長、左に上野参院議員がいた。

 祝詞(のりと)の声が流れる中、私は間もなくこの同じ場所で行われる県議選の祈願祭を想像した。初当選以来、毎回ここで必勝を祈ってからスタートし勝利してきた。乾坤

擲の勝負は精神力で左右される。戦国時代の武将たちが必勝祈願に臨む気持ちが分かる。

 私はこの神社の近くで貧しい少年時代を過ごした。社会は激しく変化するが、それをつなぎ止めているのが神社である。豆をまきながら見た欅の巨木が大変頼もしく思えた。

◇県内犯罪の認知件数は減っているが、振り込め詐欺は一向に減らない。次々に考案する巧妙な手口には呆れる。

 私の携帯に振り込め詐欺の警察情報が入った。それによると、警察官を名乗る男が「あなたの口座からカードで下ろされています。カードは証拠品として預かります」と言って暗証番号を聞き出し、通話中に警察官を名乗るもう一人の男が現れ、カードを騙し取り金を引き出したという。少しの眼力があれば見破ることが出来るに違いないが、同時進行の連携プレイに虚を突かれたのだろう。私はこの手の詐欺罪を厳罰化することが解決の一方法と思う。(読者に感謝)

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人生意気に感ず「八百長の長兵衛。豆まきの風景。振り込め詐欺」

◇八百長とは、不正な勝負のことで、八百屋の長兵衛の名に由来するという。小学館の大辞泉には次のような説明がある。相撲会所に出入りしていた長兵衛という八百屋が、ある相撲の年寄と碁を打った際に、いつも一勝一敗になるように手加減していたことから出た言葉で、勝敗を打ち合わせておくなれあいの勝負のこと。

 国技とされる相撲界で大変なことが起きている。八百長相撲の証拠がみつかり多くの力士が事情聴取を受けている。相撲界の八百長問題は度々世間を騒がせてきた。大きく取り上げた週刊誌との間で訴訟にもなった。最近ある元力士はテレビで生々しい八百長の実態を語っていた。元横綱の八百長にも触れている。

 暗い病巣は深く広い。国技の名を汚し公益法人に値しない。暴力団、薬物、賭博など現代社会の悪に容易に染まる体質をもっている。神代から続く日本の伝統は守らなければならない。しかし、そのためには根本的な改革が必要だ。相撲を志す少年がなくなってしまうことを懸念する。

◇昨日は節分の神事に出た(3日)。総社神社の境内は例年の通り賑やかだった。裃(かみしも)をつけ神事の間に座る。右に市長、左に上野参院議員がいた。

 祝詞(のりと)の声が流れる中、私は間もなくこの同じ場所で行われる県議選の祈願祭を想像した。初当選以来、毎回ここで必勝を祈ってからスタートし勝利してきた。乾坤擲の勝負は精神力で左右される。戦国時代の武将たちが必勝祈願に臨む気持ちが分かる。

 私はこの神社の近くで貧しい少年時代を過ごした。社会は激しく変化するが、それをつなぎ止めているのが神社である。豆をまきながら見た欅の巨木が大変頼もしく思えた。

◇県内犯罪の認知件数は減っているが、振り込め詐欺は一向に減らない。次々に考案する巧妙な手口には呆れる。

 私の携帯に振り込め詐欺の警察情報が入った。それによると、警察官を名乗る男が「あなたの口座からカードで下ろされています。カードは証拠品として預かります」と言って暗証番号を聞き出し、通話中に警察官を名乗るもう一人の男が現れ、カードを騙し取り金を引き出したという。少しの眼力があれば見破ることが出来るに違いないが、同時進行の連携プレイに虚を突かれたのだろう。私はこの手の詐欺罪を厳罰化することが解決の一方法と思う。(読者に感謝)

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2011年2月 3日 (木)

人生意気に感ず「エジプトのデモの行方。天安門事件。新型インフル」

◇現在進行中の最大の歴史的事件はエジプトの大衆デモである。一つの独裁政権が民主主義を求める大衆の波に呑み込まれるかの如く消えようとしている。民衆は一斉に、「ムバラク去れ」と叫ぶ。失脚した独裁者の未路は哀れだ。広場の周辺には、いかめしい戦車を配置した軍の光景がみられる。巨大な銃口は民衆に向かって火を吹くことがあるのか。世界は固唾を呑んで見守っている。

 大波がうねるような民衆の姿を見て思い出すのは、1989年(平成元年)の天安門事件である。民主化を求める学生の渦はふくれ上がり、それに一般市民が加わって、デモの数は遂に百万人規模に達した。6月4日未明、戦車と装甲車は、遂に天安門広場に突入した。突然、天安門広場の照明が一斉に消え、暗闇の中で銃声が起こり光が走った。逃げ惑う群集の絶叫が聞こえた。ある新聞は死者五千人以上と報じた。テレビで報じられる映画のシーンのような信じ難い光景に全世界の目が釘付けになった。この天安門事件について私は拙著「炎の山河」の中で書いた。

 今回ノーベル平和賞を得た劉暁波はこの時以来の中国民主化運動のリーダーである。中国は急速に世界の経済大国になり人々は物の豊かさを享受しつつあるが、人間にとって一番大切な自由を手に入れていない。

 人権という精神的自由だ。私たちにとって空気のような存在になっている物を言う自由や政治を批判し参加する自由だ。私たちは、天安門事件、エジプトのデモを見て、民主主義の有難さを再確認すべきである。

◇インフルエンザが爆発的に広がっている。多くは「新型」である。一昨年から昨年にかけて、全世界がパニックに陥ったことを人々はすっかり忘れてしまったかのようだ。弱毒性で被害が予想外に少なかった事もある。特に日本はそうだった。それでも、昨年3月の時点で全国で197名、群馬では3名の死者が出た。一休みした後の「新型」の襲来は決して侮れない。

 間もなく始まる県議会では、新型インフルエンザ対策費として1億7千万円余の予算を組もうとしている。私がかねてから議会で警鐘ならしているのは鳥インフルエンザ由来の「新型」であった。現在、宮崎県を中心に広がる鳥インフルエンザの勢いは、この「新型」が近いているかのような不気味さを感じさせる。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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2011年2月 2日 (水)

人生意気に感ず「政権の末期。小沢起訴。県予算の動向」

◇通常国会が始まったが、政局は政権の末期症状を示している。このような中、小沢一郎元代表が強制起訴され、民主党は分裂の様相を深めている。更に閣僚を出している連立与党の国民新党も、予算を通さない首相はあり得ないと言って、予算が年度内に不成立の場合には辞任を求めるという構えをみせている。

 菅総理は、追い詰められて、森元総理の時のように辞任するのではないか。しかし、その先に民主党の新顔が出ても混乱を収拾する見込みはないから結局解散になるだろう。最近の国会議員の動きからは、解散を意識した様子がうかがえる。愛知の知事選、名古屋の市長選、4月の統一地方選と、政局を占う大きな動きが続く。4月の前に大きな変化があるかも知れない。それは群馬の県議選にも影響するだろう。

◇愛知知事選と名古屋市長選は今月6日が投開票である。愛知県は、前回衆院選では15小選挙区で民主党が完勝した民主王国であるが、目前に迫った両選挙の中盤の状勢は民主の歴史的惨敗が予想されている。苦境に立つ候補者の心中はさぞ辛いことだろう。選挙の苦しさは経験した者でなければ分からない。

◇小沢一郎民主党元代表の強制起訴が大きく報じられている。検察が不起訴としたものを市民の判断で起訴することになった。小沢一郎の強気の表情がテレビに登場する。

 小沢一郎は「私が無実であることは裁判でおのずと明らかになる」と言って、あくまで法廷闘争を貫く意志らしい。公判前整理手続きに長くかかり初公判は夏以降になる。その後の判決はいつになるか分からない。この大掛かりな法廷闘争は多くの弁護人が支えることになる。莫大な資金力があるからこのような法廷闘争が可能になる。小沢一郎の強気を支えるものは、無実であるとの信念かそれとも資金力か。裁判の行方すら、金力に影響されると思えてしまう。

◇当初予算に関する知事折衝の2時の会議にぎりぎり飛び込んだ(1日)。これ迄行ってきた我が党の要望をほぼ満たす内容だ。知事は雇用対策には特に力を入れ、産経部に雇用担当の副部長を置くと発言した。

 健康福祉部関係では、がん対策(1・2億)、新型インフルエンザ対策(1・7億)、児童虐待防止対策(9・1億)などが注目される。「新型」については一般の関心は薄いが、私たちが大いに警戒していることが分かるだろう。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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2011年2月 1日 (火)

人生意気に感ず「2月は逃げる。日赤移転。エジプト騒乱の意味」

◇いよいよ2月。昔から2月は逃げると言う。わずか2日違いで随分短いように感じるのが例年のことだ。ましてや今年は目前に4月が控えている。2月議会もある。熟慮の上時間を有効に使わないとあっという間に、2月に逃げられる。勝敗を左右する月である。「計は我が方寸にあり」を肝に銘じて寝ても醒めても考えているこの頃である。方寸とはと訊かれて答えた。心のこと。昔の人は心の大きさを一寸四方と考えた。

◇芳賀の自治会が、日赤移転先として芳賀の地を提案した(31日)。健康科学大(旧医療短大)と衛生環境研究所の東方に広がる約10万坪の通称端気田んぼである。大学と研究所は前から日赤との連携を望んできた。同地は癒しの環境桃乃木に沿い、上武国道にも近い。副知事も最適地ですねと話していた。

◇宮崎、鹿児島両県境の新燃岳の天を突く噴煙は火山の威力と恐ろしさを示している。巨大な溶岩ドームが出来つつあり、専門家は大爆発が近いことを予想する。長い眠りから醒めた火山の状況は江戸中期の大爆発(1716年)に似ているという。

寒さの中で避難する人々、降り積もる火山灰の惨状が報じられる。浅間山をもつ本県は他人ごとではない。歴史に残る天明の大爆発は、1783年のことで未曾有の大参事を起こした。まき上げた噴煙は地球的規模の気候の変化を生じさせた。6年後のフランス革命の一因とする説もある位だ。

新燃岳の爆発は、今年が大災害の年になるのかと懸念させる。東海地震も近いといわれ久しい。

昔は自然の大災害は乱れた政治に対する天の戒めと考えられた。今日の中央の政治状況はこのことをふと連想させる。

◇エジプトの騒乱、独裁的強権に怒る民衆のエネルギーの凄さを、世界の独裁国の指導者はハラハラして見ているのではないか。民主主義に向かう世界の潮流は止まらない。

 エジプトの動きは北朝鮮の国民にも伝わっているに違いない。時代錯誤の前世紀の亡霊のような北朝鮮の国家体制が世界の潮流に呑み込まれて姿を消す日は遠くないと思う。

 エジプトの民衆の怒りの動きは、民主化を求める中国の人々にも大きな影響を与えているだろう。天安門事件以来の民主運動のリーダー・劉暁波氏がノーベル平和賞を得た事は中国の民主化に測り知れない影響を与えている。

日本はしっかりとした政治的基盤を作らないと中国の巨大な波に耐えられないだろう。

(読者に感謝)

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