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2011年1月18日 (火)

人生意気に感ず「阪神大震災は時代を変えた。震災の年の県議選」

◇昨日(17日)は、阪神大震災発生から16年目、兵庫県各地で様々な追悼行事が行われた。大地震は1995年(平成7年)1月17日午前5時46分に発生した。日本中の目はテレビに釘付けになった。日本の観測史上最大の激しい揺れ。建築技術の粋を尽くした筈の高速道路がもろくも横倒しになった光景は衝撃的だった。死者は6434人に達した。この直下型大地震は都市災害のすさまじさを見せつけたが地震の影響はそれだけではない。

 この大地震を振り返るとき、私は、この出来事が、社会を大きく変えるきっかけになったことを改めて痛切に思う。1年間にのべ約140万人の人が救援にかけつけた。そして、ボランティアの社会的意義に誰もが注目した。

 この年閣議で、1月17日を「防災とボランティアの日」とすることが決まった。そして、平成10年にはNPO法が成立する。平成12年度の国民生活白書は、「ボランティアが深める好縁」という題をつけ、内容は全てボランティアとNPOにさき、経済企画庁長官堺屋太一は、ボランティア活動が次の時代の基本的な人間関係を規定する主要な要因となる可能性があると指摘した。その後の社会の流れは、そのようになっていると思われる。なお、世界のメディアは、この大震災の際、略奪が全く起きなかったことを驚きの目で報じた。大震災は、物の豊かさの中で享楽に耽る日本人を目覚めさせる天の戒めだったかもしれない。

◇平成7年は、病める日本を象徴するような出来事としてオーム事件が発生した年でもあるが、私にとっても特筆すべきことがあった。

 この年4月の県議選である。定数8の前橋選挙区は相変わらずの激戦であったが、いくつか特別の事情があった。社会党(当時)はかつて2議席有していたが前回ゼロになり、この年1議席に絞って必勝を期していたし、前回初出馬で次点となった金子泰造氏は、政治生命をかけ必死に頑張っていた。菅野氏と私の選挙事務所が大胡県道沿いに隣接して建ったことも前代未聞として注目を集めていた。

 結果は金子、中村がそれぞれ1位2位を占め、ベテランの萩原弥惣治、町田一三の各氏は苦戦してそれぞれ7位8位で当選。2人の現職、高木(現前橋市長)、菅野の両氏は落選した。

 この頃から無党派層が著しく増え選挙の動向に影響を与えるようになった。今振り返って選挙戦もずい分変わった。前橋市選挙区は今回も激戦である。私は、初陣の時のような心境である。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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