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2011年1月22日 (土)

第五章 地獄の満州

その経済大国の故か、2月24日の大喪の礼には、世界の163ヶ国、28国際機関が弔問のため、代表や使節を日本に送り、史上最大規模の葬儀となった。昭和64年は新しい時代の始まりとなり、時の官房長官小渕恵三は、新元号“平成”を発表。ここに、平成の時代がスタートした。

 松井かずは、この昭和天皇の死に関する日本の動きをテレビの前に座り、目を丸くし、固唾をのんで見ていた。日本の国はすごい、と思う一方で、昔の満州のこと、そこで死んでいった多くの開拓民、そして、今でも日本への帰国を求めている残留婦人など多くの日本人のことを考えると、戦争はまだ終わっていないという思いがするのであった。

 このような騒ぎが治まってしばらくした時、松井かずにとってもっと衝撃的な映像が飛び込んできた。天安門事件である。中国は、松井かずが中国にいた間も内乱の連続であった。日本が破れた後も、共産軍と国民党軍の争いがあったし、近くは、文化大革命の混乱があった。目の前のテレビに映し出される映像は、文化大革命よりひどい内乱の到来に思えるのだった。

⑬日本のテレビに映る中国の悲劇 ―天安門事件、また内乱かー

 北京の広い天安門を埋め尽くした民衆の中に、戦車が突入したのだ。パンパンという乾いた銃声。暗い中にオレンジ色の光が走る。人々の絶叫、黒いかたまりとなってにげまどう群集。テレビは、夜の天安門広場の、まさかと思える場面を写し出していた。

※土・日・祝日は中村著「炎の山河」を連載しています。

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