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2011年1月15日 (土)

第五章 地獄の満州

「お前も苦労したね」

母は目を閉じたまま、ぽつりと言った。

「早くお前の家族に会いたい」

「できるだけ早く家族を呼ぶから、早く良くなってください」

松井かずは、こう言いながら母の額の汗を拭った。

 ふじは、松井かずの帰国後19日して、この世を去った。84歳であった。わずかな間ではあったが、母の看病ができ、死をみとれたことは、彼女にとってせめてものなぐさめであった。

 松井かずは、前橋に移り、広瀬町の市営住宅に入って、ひとまず自分の生活を安定させながら中国の家族を呼び寄せる準備を進めることにした。彼女は、家族を全部日本へ呼び寄せたいと考えていた。しかし、その準備はなかなか容易ではなかった。迎える日本の側と、送り出す中国の家族の側と、両方にいろいろな条件が整わねばならないからである。数年はあっという間に過ぎた。

 この間、末娘が日本に来て、しばらく母子の生活が続いた。この末娘は、その後中国で結婚式を挙げることになっていたので、そのときは、松井かずは末娘と一緒に中国へ行き、結婚式に出席した。やがて、この末娘の夫婦がまず日本に定住することになり、その後、その姉である三女が日本に住むようになった。これだけでも、松井かずにとって大仕事であった。残りの家族につき、保障人をさがし、男性については職場を確保して、それは並大抵のことではなかった。このような努力を続ける中で昭和63年が終わり、64年を迎えた。この年は、日本、中国両国にとって大変な年、それぞれにとって、歴史の曲り角となるような出来事が起きた年であった。

※土・日・祝日は中村著「炎の山河」を連載しています。

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