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2011年1月 5日 (水)

人生意気に感ず「私の原点、釣り堀の里を訪ねて」

◇「まあ、せっかく来たんだからひとっぱなししていかねえかね」急ぐからという私を腰の曲った主人はひき止める。年始の挨拶回りは時間との競争であるが、ここでは時がゆっくりと流れているのだ。この老人は福二さんといい、この人については私が小学校へ入る前からの幼少時のとても楽しい思い出がある。

 嫁さんは隣村富士見の人。馬に引かれた荷車に嫁入道具と共に迎えられた。その時の美しい姿に子ども心をときめかした事が遥かな記憶の中にある。

 福二さんは、私が留まることを確認すると、ポケットから笛を取り出して、曲った腰を伸ばすようにして、顔を天に向け、ピィーピィーと吹き出した。笛の音はまわりの木々を伝い眼下の鱒釣り池の辺りまで届いたようだ。間もなく、お婆さんと息子が現れた。この小さくなったお婆さんこそ、あの荷車で引かれて来た美しい花嫁であった。笑った時のシワ顔の奥に昔の面影がのぞいて見えた。

 靴のまま入れる応接間には衝撃的なものがあった。何と、壁にあるのは、20年以上前の初出馬の時の私のポスターではないか。昔の私に再会したような驚きもさることながら、このポスターを応援間に掲げ続けてくれた福二さんの心に感激した。私は大いに勇気づけられたのであった。

 私は、この落合という部落で少年期を過ごした。夏は、今は鱒池となっている近くを流れる川をとまえて泳いだ。ランプの下で母と代わる代わる声を出して本を読んだ。鼻毛石の小学校まで裸足で通った。長い通学路では青大将に出会ったりヒバリの巣を発見したりした。「宮城村は私の原点」という一文を書いたが、原点の中の原点がこの落合なのであった。

 このあたりは、釣り堀が四件ある。一番規模が大きくて有名なのが、福二さんの釣り堀から数百メートルの距離にある「大崎つりぼり」である。これらの事業は、赤城の懐から流れ出した清流を活かしたもので、名山赤城の恵でもある。

 この地域の釣り堀は、今年の県の一大事業であるDCの一つのポイントに期待されている。「釣り堀銀座」と呼ぼうとしているが、「銀座」という表現は緑と純朴の環境にはふさわしくない。「釣り堀の里」がいいのではないか。

 大崎つりぼりの若い後継者大崎浩樹君が新春群馬の50人の一人に選ばれ、上毛新聞紙上で抱負を語っている。表情はフレッシュで逞しい。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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