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2010年6月30日 (水)

人生フル回転「パラグアイの熱狂。布川事件再審とDNA鑑定。」

◇布川(ふかわ)事件の再審で、検察と弁護団がDNA型鑑定をめぐって対立している。4兆7千億人の中から1人を識別できるという最新のDNA型鑑定も対象とする資料の選び方によって恐ろしい結果となる事を考えさせられる例である。

 私は布川事件に強い関心を抱いてきた。強盗殺人で無期懲役を科せられた2人の男は、29年ぶりに仮釈放で出獄した。無期懲役は終身刑ではない。服役中、再審請求するが認められず、出獄後の再審請求がなされ、最高裁は昨年12月再審開始を認めた。

 再審とは確定した判決についてもう一度審理することで、裁判のやり直しである。再審は有罪をくつがえすに足る決定的な証拠が現れた場合等に限られる。簡単に再審を許すようでは裁判の権威に関わるからだ。

 布川事件の場合、2人の自白と目撃証言が決め手となって有罪が確定したが、「2人とは違う人物を見た」という別の目撃証言が判明したため再審が開かれることになった。

 事件は、1967年に、茨城県利根町布川で起きた。1人暮らしの62歳の男が首を絞められて殺された。事件当日、家の前に2人の男が立っていたという目撃証言を手がかりに警察は近くに住む不良仲間を次々に調べ、桜井昌司氏(当時20歳)と杉山卓男氏(当時21歳)の2人を別件で逮捕した。警察で自白した2人は公判では否認したが認められず最高裁で無期刑が確定していた。

◇DNA型鑑定で対立とは、検察側が、保管していた遺留物のDNA型鑑定を求め、弁護側はこれに猛反対している事実を指す。

 弁護側が反対する理由は、元被告のつばなどが付着している可能性があるからだ。元被告は、かつて、犯人の遺留物を前にして厳しく取り調べられたのだ。その遺留物から、万一元被告のDNAが検出されたら真犯人にされかねない。無実を訴えて、やっと再審にこぎつけたことが水の泡になりかねない。超科学の成果というべきDNA型鑑定も扱い方によっては単純なミスを招きかねない事を教えている。

◇深夜の対パラグアイ戦を観た。サッカーというスポーツの激しさに、今さらながら驚く。選手の運動量とエネルギーには脱帽の他はない。

 日本は負けたが、世界の強豪と互角に闘った。今朝は、多くの人々が眠い目で運転しているのではないか。交通事故に要注意だ。

 パラグアイ出身の堀口礼子さんと話した。故国の肉親や知人から早速多くのメールが寄せられたという。パラグアイは国を挙げて興奮の渦の中にある。イグアスの滝の轟音と共にパラグアイの人々の熱狂ぶりが目に浮かぶ。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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2010年6月29日 (火)

人生フル回転「参院の役割は。タレント候補。消費税。パラグアイ」

◇28日午前、富士見、大胡、宮城の各地区で中曽根陣営の演説会があった。私は、前座として挨拶した。その中で、参議院の役割について触れ、だから中曽根のような人物が参議院で求められていると結んだ。

 私は地区を回っていて、多くの人から、国政に対する厳しい批判を聞かされた。その中には、「参議院は要らないのではないか」、「タレントを立候補させるのは、国民を馬鹿にしていることだ」といった意見がかなりあった。多くの人が現在の参議院の姿に疑問をもっていることが分かる。

 このような参院に対する批判にこたえて、中曽根候補も参院の役割や改革について語っていた。この点は、これまでの参院選ではあまり見られなかった現象である。

 私は、「参議院は、良識と慎重な審議によって衆議院の行き過ぎをおさえる再考の府でなくてはなりません」と訴える。だから、それにふさわしい人物を選ばなければならないという論法である。

 衆議院の現実は、激しい政治闘争の場である。だから、国家的な重要問題が党利党略によって決まる危険性がある。それを避けるのが参議院の役割である。現実には、今日の参院はその役割を果していない。

 テレビで名の売れたタレントやスポーツ選手の擁立を批判することに対して、選ぶのは有権者だと反論する人がいる。しかし、資質に欠ける人物を目先の当選を目的に立てることは国民の無知を悪用する行為であり、結果として大きな政治不信を招いている。私は、短い持ち時間の中で、このような思いをこめて、「再考の府」、「良識の府」を論じた。

◇消費税が参院選の論点になっている。「10%もとられるなんて許せない」、「貧しい人はいよいよ苦しくなる」、「消費税は上げないと言っていた筈だ」こんな声がいろんな所から聞こえてくる。

 菅首相の発言が世論を前にしてくるくる変わっている。10%の引き上げを公約とするような発言をしながら、今度は、「議論をしようと提案するところまでが公約」だと修正した。

 こんなぐらぐらした態度では国民を納得させることは出来ない。消費税は何に使うのか、また、生活必需品については例外として上げないとか、議論すべき点が多くあるのに、いきなり消費税上げを打ち出した。これは、責任ある政権のとるべき態度ではない。演説会では、消費税問題を例にあげて、「民主党に政権を任すことは出来ない」という発言がなされていた。

◇南米大陸がサッカーで燃えている。ブラジルがチリを下した時の凄いパワーを見た。ブラジルの活躍に刺激を受けているのは隣国パラグアイではなかろうか。今日、日本はパラグアイと対戦する。(読者に感謝)

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2010年6月28日 (月)

人生フル回転「次の対戦相手は手ごわい。私はパラグアイを訪ねた。大相撲の危機」

◇ワールドカップ勝利の熱狂は凄い。日本は、カメルーンに続けてデンマークも降した。ニッポンと叫ぶ声は怒涛のように日本列島に響いている。純粋な国を愛する心がスポーツ以外にも広がればいいと思う。

 次の対戦相手はパラグアイである。私は05年8月議長として南米各国の群馬県人会を回った際パラグアイを訪ねた。地の果て貧しい国の姿が、今サッカーと共に甦る。

 南米で海のない国は、ボリビィアとパラグアイである。南米のヘソといわれるパラグアイは、地図の上では極く小さい国であるがその面積は日本の一割大で、人口は約5百万人である。

 首都アスンションでは、桃色のきれいな花を咲かせた木が目立った。木の肌は黒く感じが桜に似ている。ラパチョといってパラグアイの国木なのだ。故国を離れた人々は桜を思いだして懐かしむという事だった。

 県人会のパーティでは会長の関実五郎さんや知人堀口礼子さんの母に会った。礼子さんは、パラグアイ生れの日系人である。前橋の国際交流協会で働いていたが、文京町の堀口さんと結婚して堀口姓となった人である。

 今回のワールドカップでは南米が優勢で、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、チリ、パラグアイが決勝に進むことになった。パラグアイについては、あの貧しい農業国がいかにしてサッカーを育てたのか不思議であった。

 堀口礼子さんに聴くと、「パラグアイの娯楽は、サッカーくらいしかない。ワールドカップの時は企業では仕事を休んで観るし、学校も休むところが出るだろう」と言っていた。

 どちらを応援するのと尋ねると、「パラグアイです」と即座に答えた。礼子さんにとって、ワールドカップの観戦は、遠く離れた故郷の人たちと熱い心を一つにする瞬間なのだろう。

 パラグアイの国境ではイグアスの大瀑布がごう音を轟かせている。29日の日本戦では、これにパラグアイ国民の大合唱が加わる。

 ハングリー精神を忘れた日本にとってパラグアイは手ごわい相手となるだろう。

◇大相撲の賭博問題に対して特別調査委員会は厳しい勧告を出した。大嶽親方は除名か解雇、そして、琴光喜等15人の力士が謹慎休場の勧告を受けた。これを受け入れることが名古屋場所開催の条件だという。また、NHKは放送を中止するかどうかを検討中といわれる。

 相撲協会の今回の騒ぎは積年のうみが限界に達した現われである。うみを作り出す根本的な体質をなおさなければならない。国技とされて甘やかされた環境が何でもありのおかしな集団をつくってしまった。思い切った体質改善をしないと相撲にあこがれる少年がいなくなってしまう。それが一番恐いことだと思う。(読者に感謝)

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2010年6月27日 (日)

②敗戦、原爆、玉音放送

この、いわゆる玉音放送を人々はどのように受けとったか。八月十六日の毎日新聞は、第一面に宮城前の異様な光景を掲げている。彼方に黒くたたずむのは皇居の森である。そちらに向って頭を地につけてひれ伏す人々の姿。写真の説明には、“忠誠足らざる”を詫び奉る、とある。

どの新聞も、この調子で報じている。その見出しを拾うと、「玉音雲らせ給ふ、全国土熱涙に震ふ」(毎日)。「玉音を拝して感泣嗚咽」(朝日)、「玉砂利を握りしめつつ、宮城を拝し涙」(朝日)等々である。

 ここに、8月15日の宮城前の人々の様子を描く朝日新聞の記事がある。当日の興奮をよく伝えているので、少し長いがここで紹介する。

「溢れる涙、とめどなく流れ落ちる熱い涙、ああきょう昭和20年8月15日、“朕は帝国政府をして米英支蘇四国に対して其の共同宣言を受諾する旨通告せしめたり”との大詔を拝し、大君の在します官居のほとり、濠端に額づき、私は玉砂利を涙にぬらした。唇をかみしめつつ、またかみしめつつ、道ゆく兵隊の姿を見ては胸かきむしられ、“作れ飛行機”の貼紙を見ては、宮城への道々、悲憤の涙を流し続けてきた私であった。胸底を抉る8年余の戦いのあと、歩を宮城前にとどめたその時、最早、私は立っておれなかった。抑えに抑えてきた涙が、いまは堰もなく頬を伝った。ひざは崩れ折れて玉砂利に伏し、私は泣いた。声を上げて泣いた。しゃくり上げ、突き上げてくる悲しみに唇をかみ得ず、激しく泣いた。男子皇国に生を亨けて、またいつの日か、かくも泣くときがあろう。拭うべき涙ではない、抑えるべき嗚咽ではない。泣けるまで泣け。涙ある限り涙を流せ。寂として声なき淨域の中に思わず握りしめる玉砂利。拳を握って私は、“天皇陛下・・・・・・”と叫び、“おゆるし・・・・・・”とまでいってその後の言葉を続けることができなかったのである。

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2010年6月26日 (土)

②敗戦、原爆、玉音放送

 「朕は帝国政府をして、米英支蘇四国(しそよんごく)に対しその共同宣言を受諾する旨通告せしめたり」支とは中国、蘇はソ連のことであり、共同宣言とは、四国が日本に無条件降伏をつきつけたポツダム宣言のことである。

続いて、米英との戦いを開いたのは、帝国の自存と東亜の安定を計ろうとしたからであって、他国を侵略することはもとより自分の志ではないこと、そして交戦すでに4年を経過し、将兵、国民、最善を尽くしたが戦局は好転せず世界の大勢は我に利あらずと述べ、

「敵は、新たに残虐なる爆弾を使用し・・・・・惨害の及ぶ所、眞に測るべからざるに至る。しかもなお、交戦を継続せんか、終に(ついに)我が民族の滅亡を招来するのみならず、延(ひいて)、人類の文明をも破却すべし」

 これが共同宣言を受諾した理由である。そして犠牲となった多くの国民のことを思うと、私は「五内為(ごだいため)に裂く」つまり、はらわたが裂ける思いだとし、「今後、帝国の受くべき苦難は固より尋常にあらず、なんじ臣民の衷情も朕よくこれを知る。然れども、朕は、時運のおもむく所、耐え難きを耐え、忍び難きを忍び、以て萬世の為に大平を開かんと欲す」そして、私は、忠良なる臣民の「赤誠(せきせい)」を信じ、常に、「なんじ臣民と共に在り」と述べ、更に、国民が感情的になって事を起したり互いに争ったりして、「大道を誤り信義を世界に失うが如き」は、私が最もいましめる所であるとし、国中力を合わせ、神州の不滅を信じ、道は遠いが将来の建設のために総力を傾けなければいけないと訴え、最後に次のように結ぶ、

「道義をあつくし、志操をかたくし、誓って、国体の精華を発揚し、世界の進運に後れざらむことを期すべし、なんじ臣民、其れよく、朕が意を体せよ」

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2010年6月25日 (金)

人生フル回転「必勝祈願の朝。暴力団排除条例が出来る。」

◇早朝、八幡様で必勝祈願祭を行った(24日)。選挙に伴う恒例の行事である。選挙戦というが、この祈願祭に出ると、選挙が戦いなのだという事をつくづくと感じる。織田信長、武田信玄、上杉謙信など戦国の武将もこのようにして、戦の朝、必勝祈願祭を行ったのか。いやいや、一族郎党の文字通り首をかけた戦なのだから、極限の緊張感がはりつめた凄絶な光景が展開されたに違いない。こんな想像をめぐらしながら、玉串奉奠に臨んだ。

 出陣式は、夕方、グリーンドームで行われた。事務長は元総理の福田康夫、選対本部長は小渕優子という豪華な布陣である。昨年8月の総選挙の時とは全く違った空気が会場を支配していた。

 負けるとは思えないが、何が起きるか分からないのが選挙である。定数が1となって、現職が1人必ず落選する全国でも珍しい選挙区である。中曽根候補の長女も笑顔を振りまきながらきびきびと動いていた。

◇相撲協会の前代未聞の不祥事の中には、暴力団との関わりも指摘されている。特別席を暴力団に利用させた事などである。今回の出来事は、大相撲が国技であることから暴力団との関わりが特に問題とされているが、この事件を契機に暴力団排除の動きは加速するに違いない。

 群馬県も遂に暴力団排除条例を作ることになった。9月議会での制定を目指す。そのために県民の意見を募集するパブリックコメントを実施する。その期間は今日(25日)から、7月26日までの32日間で、その結果は8月上旬に公表する予定である。

 同種の条例は、福岡県、愛媛県で既に作られている。第1号は、福岡県のそれである。福岡県は指定暴力団工藤会対策を主目的に昨年10月この条例を成立させ、私たちは、その直後に福岡県警を視察した。以来、私は、本県でもこの条例を作るべきだと議会で発言してきた。県警本部長は、私の質問に対し、本県の実情に合った条例を作る旨答えたが、今回の動きはその具体化である。

◇条例案につき主要な点をいくつかあげてみる。

①県は、県が管理する施設について、暴力団員の利用の承認、許可を与えないことが出来る。

②警察は暴力団排除に協力する県民を保護する措置を講じる。

③事業者が暴力団に金品を供与することを禁止する。

④ホテル、ゴルフ場などの事業者は、暴力団を利する施設利用をさせてはならないとする。

⑤不動産取引をする者は、暴力団事務所に使われる不動産の仲介行為をしてはならないとする。

⑤の点については、違反者に懲役などの罰則を設けることが注目される。07年6月に成立した県営住宅から暴力団を排除する条例改正は、今回の条例の先駆となるものであった。(読者に感謝)

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2010年6月24日 (木)

人生フル回転「政治不信の深刻さ。有権者と激論を交わす。シベリアの遺品」

◇ある所で底知れぬ政治不信の暗い渕を感じさせられた(23日)。ある建築会社の資材置き場での事だ。数人の人々が立ち話をしている所に私は飛び込んだ。県会議員だと告げると彼らの表情が変わった。次の瞬間、私は厳しい言葉の銃弾にさらされていた。

「政治家の給料は日当制にしろ。居眠りをしている時間は給料からさっ引け」「選挙したって意味がねえ。選挙の時はぺこぺこ頭を下げるが当選すれば、俺たちを苦しめる法律を作る。だから選挙なんかいかねえ」

「ずっと自民党を支持してきた。一度、民主党にやらせてみべえと民主党に入れたが、こっちもどうしようもねえ。今は入れる政党がねえ。だから選挙はいかねえ」

「選挙に行かなければ、任せたことになってその結果は自分にはねかえってくるではありませんか」と私が口をはさむと、「構うことはねえ、俺たちはすぐにくたばるんだ」と男は吐き捨てるように言った。

 こんな調子であった。この場面で、人々の口調は特に激しかったが、このような政治に対する批判ムードは決して例外ではない。日頃地域を回っていてこの事を肌で感じる。

 政治不信が政治離れを加速させている。この状態が進めば、政治は、投票所へ行く一部の人によって支えられるものになってしまう。民主主義がその名に値しないものになりつつあることを感じる。

資材置き場の議論は無駄ではなかった。言いたいことを言った後で彼らは私の話に耳を傾けてくれたのである。私は参議院の役割とか中曽根さんの政治姿勢について話した。

◇先日亡くなったシベリア帰りの塩原さんの遺品が届けられた。生前、私にくれることを約束していたのである。

その中に防寒服の上下がある。上着はずしりと重い。ズボンはシミがつき、ところどころに穴があいている。零下30度の酷寒で重労働に耐えた塩原眞資さんの姿がしのばれる。

私は平成16年の夏、塩原さんと共に、塩原さんがかつて苦しんだ強制抑留所跡地を訪ねた。ハバロフスク市郊外の日本人墓地で塩原さんは声をあげて泣いた。塩原さんの遺品は、シベリア強制抑留の真実を静かに物語っている。私は塩原さんの事を「望郷の叫び」の中で書いた。

◇シベリア帰りの石田益雄さんにお会いした(23日)。間もなく96歳になるが、とても年に見えない。声も驚くほどしっかりしており、考え方も柔軟である。石田さんは、シベリア抑留の問題点を的確に振り返っていた。この日、沖縄の慰霊祭が行われたが、「沖縄」と「シベリア」に接して、あの戦争がまだ終わっていない事を感じる。(読者に感謝)

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2010年6月23日 (水)

人生フル回転「いよいよ出陣式。群響の危機。がん新薬開発」

◇いよいよ明日(24日)、参院選が公示される。迷走する民主党政権に対して国民の審判が下される。八ッ場ダム、子ども手当て、沖縄基地など争点は多い。沖縄は遠くの問題だという人がいるが決してそうではない。国の安心と国民の生命をこの政権が守れるかという問題なのだ。

 24日、我が陣営は、午前7時半、八幡様で必勝祈願祭、8時半選対出発式、そして午後6時、グリーンドームで出陣式を行う。

◇群響が経営の危機に直面している。群馬交響楽団が財政難に陥り、その先き行きが心配されている。群響の赤字は県議会でも報告されている。県は多額の補助金を出しているからだ。

 群響の赤字を大きくさせている要因に、09年度の新型インフルエンザの影響、本年度は事業仕分けによる国の助成金の減額などがある。群響は、財政状況悪化のため、税制上の優遇措置が受けられる新公益法人制度への移行が危ぶまれるに至っている。

 09年度は、新型インフルエンザの流行により「移動音楽教室」が相次いで中止となった。移動音楽教室の歴史は、昭和25年にさかのぼる。戦後の子どもたちの心に春風のような音楽を送り込んできた。群響が果たしてきた役割は大きい。

 群響の前身は、終戦間もない昭和20年11月の高崎市民オーケストラである。これは、終戦が8月15日であることを考えると驚くべきことだ。

 廃墟の町の再建が音楽による心の再建から始まったことを、私は今更のように振り返る。

 高崎市は、終戦前夜の8月14日の夜、日本最後の空襲を受けた。死者14人、罹災者は、3243人に及んだ。このような状況下でのオーケストラの発足には、それにたずさわった人々の並々ならぬ決意がこめられていたに違いない。子ども達の心にうるおいと勇気を与えた音楽の意義を、今、かみしめるべきだ。文化庁の事業仕分けは、群響への助成金を前年度比1700万円減額した。これに対して群響の歴史をいかに守るか、本県の文化に対する姿勢が問われている。

◇数ミリのがんも発見出来る新薬が本県で開発された。重粒子線治療開発に続く本県医療界の朗報である。

 これは高崎にある原研(原子力研究開発機構)と群大医学部との共同の研究の成果である。新薬は副腎などで発生する褐色細胞腫の発見に効果がある。このがんは、早期発見により根治が見込めるのだという。

 原研は何度か視察したが、原子力の平和利用として、県内企業の物づくりに重要な情報を提供する役割を果している。スタートした重粒子線治療施設との連携を進めて本県医療の水準を高めて欲しい。(読者に感謝)

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2010年6月22日 (火)

「ツバメと共生する農家。参院選の仕組み。獣医師不足」

◇富士見地区のある大きな農家に入ると広い土間の天井に、ツバメの巣が6個もあり、親がしきりに出入りし、子ツバメが顔を出してピイピイと騒がしい。懸命な子育ての様子は、最近の若い人間の親より涙ぐましい。黒いはりに、ツバメ用の板が打ち付けてある。巣の下には、新聞紙が広げられている。その上に落ちた糞を処分するためである。夜は早く静かになるが、朝は4時前からうるさいそうだ。「さわがしいけれど、来なくなったら淋しいだろう」この家の主人は語った。

 昔は、どこでも見られた農家の光景だが、最近は少なくなった。建物が近代化したところには、ツバメは家の中に巣をつくれない。建物の構造もさることながら、建物の近代化と共にツバメを受け入れていた人々の心も変わってしまったのだと思う。

 見ると入口の一角に障子がはめられており、戸を閉めたとき、その一マスをツバメは、ヒラリと翼を触れずに見事に飛びぬけるという。人間とツバメが見事に共存している姿であり、小動物に対するこの家の愛情が感じられた。

 今年は、異常気象のせいか、ツバメが来ないという声も聞く。「ツバメが来なくなる時は、日本も終わりですね」と言うと、主人はうなずいていた。親たちは、子ツバメを育て、やがて何千キロの旅をして南の国に帰っていく。彼らは、来年も日本に来られるだろうかと思った。

◇参院選が秒読み段階に入ったが、参院選の仕組みについて理解していない人が余りに多いのに驚く。最近、ある地方議員と話していたら、この人は、比例区の順位の決め方を知らないようであった。従って、一般の有権者の多くが選挙の仕組みを理解しないのは当然とも思える。選挙は、民主主義の基盤を作る手段なのにこれでいいのかと憤りを覚える。

「中曽根にするか小寺にするか迷っている」とか、中曽根を頼むと言ったら、「悪いけど参院選は小寺だ」などといった声が聞かれる。

 これらは、地方区と比例区の候補者の違いをわきまえないのだから論外だ。

 参院比例区の順位は、初めから決まっているのではない。個人名の票数の多さによって順位が決まるのだ。例えば、「自民党比例区候補者A」に関して、有権者は、「自民党」と書いても、「A」と書いてもいい。ただ、Aの順位は、個人名「A」の数によって決まるのだ。複雑な参院選の選挙制度が、参院の地位を軽くする一因をなしていると思う。

◇まちの獣医師と会った時、現在、家畜検査に当たる公務員獣医師の不足が深刻だと聞いた。原因は、ペットの獣医師を目指す学生が多いためだという。公務員獣医師は、口蹄疫戦争の最前線に立って、牛や豚を検査し、殺処分を行う。本県も万一に備えて、この問題を真剣に考えねばならない。(読者に感謝)

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2010年6月21日 (月)

人生フル回転「八ッ場ダムの会の慎太郎。相撲界の腐敗。抑制廃止」

◇「八ッ場ダム推進議連1都5県の会」の総会が都庁で開かれた(18日)。ダム推進を求める署名が今回は7万8千人余り、前回分を合わせると12万5千人余りとなった。これを国交省に届け今後の推進を強く求めていく事などが決められた。

 「八ッ場ダム建設は、国と地元、国と1都5県との契約だった」、「沖縄と八ッ場は民主党政権のアキレス腱である」こんな言葉が挨拶に立った人々の口から飛び交った。

 知事が出席したのは東京都と群馬。石原知事は、今度の菅政権は「とっぽい」と表現した。会場にはうなずく人々がいた。だから油断できないぞ都知事が言わんとする意図が伝わる。

こんな席で、来賓の挨拶でとっぽいを持ち出すところは石原さんらしいと思った。この言葉は、私たちも、「奴はとっぽい」などと時々使う。粋(いき)がっている、とか生意気だという意味を含めている。辞書を引くと、他に、ずるい、抜け目がないという意味もあるようだ。

 マスコミは、そんな菅氏を煽(あお)り、大衆は、風に舞う木の葉のようにマスコミに動かされている感がある。参院選は大変だ。

 若い頃の慎太郎はキザと軽薄さが目について私は嫌いだった。その後の人生の激流が彼を磨いたのだろう。慎太郎の魅力を最近は感じるようになった。

◇大相撲の腐敗振りは目に余る。大関琴光喜が野球賭博に関わった事を認め、大嶽親方や豊ノ島、雅山等の名もぞろぞろと出てきた。

 日本相撲協会は、文科省に、野球賭博の29人を含む65人が賭博に関与したことも報告した。これまで、暴力団との関わり、薬物事件なども報じられてきた。

 今回の賭博事件の様相を見ると、相撲界が腐りきっている事をうかがわせる。今まで週刊誌で度々報じられてきた八百長問題も、今回のことから真実だったのかと思う人は多いだろう。

 国技とされ、公益法人として優遇され、NHKで毎回特別に放映されていることと、現在の相撲協会の体質はどのように整合するのか。公益法人の返上が叫ばれ、来場所の開催も危ぶまれている。力士たちの慌て方をみると体は大きく強いが心は弱くて小さいようだ。この事は協会にもあてはまる。相撲の歴史は神話の時代にさかのぼる。この歴史と伝統を今日の社会で維持できるかが問われている。

◇抑制廃止研究会の総会で短い講演をした(19日)。これは、介護施設等の身体拘束廃止を研究する会で、私は平成13年の設立に参加した。鬼石町で起きた御嶽特養ホーム事件(04年)や東京都のさくら苑の性的暴言事件(06年)などを取り上げ身体抑制の廃止は、人間の尊厳を確保し介護の質を高める問題であり、民間の私たちが取り組む点に意義があると訴えた。(読者に感謝)

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2010年6月20日 (日)

第4章 第二次世界大戦・そして敗戦

一つの物語が終局を迎える時がついに来た。極東の小さな島国日本の国民が、明治の開国以来、天皇を中心として繰り広げてきた民族発展の物語である。それは真面目で勤勉な国民の血と涙でつづる感動のドラマであった。

 日清、日露の両戦争に勝ち進み、勢いを得た日本は上昇気流に乗って、ついに世界の五大国に仲間入りするまでに至った。長い日本の歴史の中で、日本民族がこのように世界に羽ばたいたことはかつてなかった。まさに奇跡である。そして、この奇跡は、神である天皇に全てを捧げた国民の忠誠心によって成し遂げられた。

果てしない中国大陸に戦線を拡大していったときも、一匹の狼が巨象に立ち向かうようにアメリカとの開戦に踏み切ったときも、国民は、神の国日本、神州不滅を信じた。

 しかし、神も万能でないことを知らされる決定的瞬間を迎えねばならなかった。日本の上空を閃光で引き裂いて落下した原子爆弾によって。

②敗戦、原爆、玉音放送

 -天皇の声を、人々は震えて聞いていた。「不忠をおわびします」-

終戦を告げる天皇の声は、これまた、大きな衝撃となって全ての日本人の心に突き刺さっていった。8月15日正午、重大な放送がある旨予告されていた国民は、緊張してその時を待った。それが玉音放送であった。その要点を取り上げる。

放送は、「朕(ちん)、深く世界の大勢と帝国の現状とに鑑み、非常の措置をもって時局を収拾せんと欲し、ここに忠良なるなんじ臣民に告ぐ」という言葉で始まった。

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2010年6月19日 (土)

第4章 第二次世界大戦・そして敗戦

また、原子力に関する問題は、人類の未来を左右するといっても過言ではない。その平和利用を進めるためにも、武器として使用された場合の恐ろしさを全人類がしっかりとわきまえなければならない。我々日本人は、唯一の被爆の体験を持つ国民として、この問題に関して世界に貢献しなければならない。それがまた、日本が繁栄してゆく道でもある。

 私は、長崎の原爆について書いてきたが、当時の新聞は、みな広島の惨状を伝える。8月15日の毎日新聞は、

「史上空前の残虐“原子爆弾”吊革を握ったまま、一閃で全乗客黒焦」という大きな見出しの下、次のように描写している。

「中心地の近くのこと、一台の電車が、焼けた残骸のまま停まっていた。遠目から見ると、その中に人がずらりと並んでいる。奇妙なところで休息しているものだと近づいてみると、なんとこれはすべて死体なのだ。走っている電車の中で突如新型ばくだんの一閃を受け、その爆風を受けた人々が、腰かけた人はその姿のまま、吊革に下がっていた人々は吊革に下がったままの姿で折り重なっている」

 また、8月15日の朝日新聞は、トルーマン大統領の次のような談話を載せている。

「・・・トルーマンは、この爆弾は、日本のポツダム勧告拒絶に対するアメリカの答であると称している。また、トルーマンの説明によると、新爆弾はいわゆる原子爆弾で、その爆発力は、これまで世界で一番大きな爆弾とされていた英国製の地震爆弾(重量10トン)の2千倍に当たるという桁違いに大きな力を持つ。爆弾の生産には20億弗(ドル)を費やし、12万5千人の労働者が働いている」

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2010年6月18日 (金)

人生フル回転「参院選迫る。消費税と子ども手当の行方。口蹄疫」

◇第二回中曽根総合選対会議が開かれた(17日)。選挙に向けて全体の作業説明と確認が行われた。緊迫した場面もあった。「決死の覚悟がなければ勝てないのに、これでは単なる説明会ではないか」とある出席者が発言したのだ。危機感が現れていた。

 参院選は規模が大きいので、足下が疎(おろそ)かになりがちだ。ムードにあおられて、なすすべもなく流されてしまうと大変である。選挙の原点に立って、着実に小さな努力を重ねることが重要である。先程の危機の声は、このような事を気付かせる効果があった。

◇菅政権誕生後初の通常国会が閉会した(16日)。菅内閣は閣議を開き、参院選を24日公示、7月11日投票と正式決定した。新聞は、これによって「事実上」の選挙選に入ったと報じるが事実上の戦いは既に終盤に入っているというのが実態である。

◇国会の参院選の動向は地方の住民にとっても極めて重要である。民主党が打ち出した公約に対して信任するか否かという意味をもつからだ。

 民主党の参院選マニフェストが明らかになった(16日)。気になる点は、消費税と子ども手当てに関するものがある。

 鳩山内閣は、当面消費税は上げないと公約していたが、新しい今回のマニフェストでは、消費税率引き上げを含めた税制の抜本改革の実現を明記している。

 問題の子ども手当では、先のマニフェストでは、2011年度から満額(一人に月2万6千円)支給するとしていたが、満額を断念するという。「現行の1万3千円から上積みする」と修正した。そして、上積み分は、保育所定員増や保育料軽減などの現物サービースにも代えられるようにすると明記する。

 これらの点は、民主党が昨年衆院選の時打ち出した公約に違反することを明確に示すものだが、新たな公約が現実的なものだけに自民党としては攻撃しにくい面でもある。「民主党は、何一つ公約を守れない、国民を欺く党である」と攻撃することになる。この点は非常に重要な論点である。

◇この日の選対会議では、元農水相の谷津さんが隣りで、口蹄疫について話す機会があった。谷津さんが農水相のときも宮崎県で発生し、この時は北海道にも飛び火した、だから今回、宮崎県だけで終息することは考えられないというのだ。

 宮崎県では、16日、国富町の農場で新たに感染症の牛が見つかった。被害は5市6町に拡大した。殺処分対象は、19万9千頭に上がっている。こんな状況でも鹿児島県や熊本県などの隣県に飛び火しないのが不思議だ。(読者に感謝)

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2010年6月17日 (木)

人生フル回転「アフリカでのワールドカップの意義。はやぶさギネスに」

◇アフリカ大陸初のサッカーワールドカップに世界中の目が注がれている。私が、小学生の頃、アフリカに興味をもったきっかけは、山川惣治の「少年王者」だった。探検隊、人食い人種、ゴリラに育てられた少年王者真悟などが登場する劇画に夢中であった。アフリカは謎の暗黒大陸であった。実際アフリカは21世紀になっても、世界で最も送れた地域であった。

 そのアフリカでサッカーのワールドカップが行われることは、正に、奇跡に思われる。それを可能にしたのは、開催国南アフリカ共和国がアフリカで最も豊かな国でインフラ整備も進んでいるという事実である。

 しかし、ここに至るまでには、この地で白人と黒人の大変な闘争があった事を忘れてはならない。黒人勝利の象徴的出来事が、黒人の指導者ネルソン・マンディラが南ア初の黒人大統領に選出された(1994年)ことであった。

 マンディラは、非人種主義を掲げて白人政権の人種隔離政策を打ち破った。11日の開幕式に出席を期待されていたが、91歳のマンディラは出席できなかった。

 サッカー戦は人種を超えた熱戦に湧いている。この光景こそ、マンディラの非人種主義の成果だと思う。こんな視点でサッカー戦を見ると面白い。

 今、アフリカは急激に変わりつつある。携帯電話やインターネットが急速に普及し、アフリカ人の若い起業家も増えている。そして、日本の企業にとって新しく有望なマーケットになりつつある。「少年王者」の世界が近代化の波にのまれてしまうのは淋しい気もする。

◇惑星探査機「はやぶさ」の事は、先日のブログで書いたが、その興奮はいまだ冷めない。日本の技術の素晴らしさを世界に示したものだ。はやぶさの偉業と共に、私たちの宇宙への夢は限りなく広がる。

 私が、子供の頃、熱中した雑誌には、「少年王者」の他に手塚治虫の「鉄腕アトム」があった。アトムの世界で描かれたことが今実現しつつある。「はやぶさ」の快挙も、アトムの先に広がっていると思える。

 アトムは末来の世界からやってきた科学ロボットという設定であった。末来とは、2003年とされていた。偶然の一致か、この年に「はやぶさ」は旅立った。今の子どもたちは、心にどのような夢を描いているのか。

◇JAXA(宇宙航空研究開発機構)は、「はやぶさ」の快挙を、「世界で最も長い年月の宇宙航海から戻った」としてギネスブックへの申請を行った(14日)。これまでの最長記録はアメリカの彗星探査機「スターダスト」のものだった。「はやぶさ」は、それより28日長い2592日であった。JAXAは、60億キロという航海距離についても近く申請するという。(読者に感謝)

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2010年6月16日 (水)

人生フル回転「五月議会終わる。議長祝賀。カメルーンに勝つ」

◇五月議会が終わった(15日)。恒例によって、終了後、群馬会館に移動し、正副議長就任祝賀会が開かれた。議長は、関根圀男(第84代)、副議長は松本耕司の各氏である。因(ちな)みに私は第79代であった。

 関根さんは、地方分権が進む中、議会の役割は重大である。議会改革を進めその役割を果したいと決意を語った。

 テーブルには、ウーロン茶や軽食が並び、立食形式でしばし歓談が行われた。外に出れば戦場で闘う人たちも、矛(ほこ)を隠して会を盛り上げているように感じられた。

 最後に私は指名されて登壇した。苦難の船出となりました、正副議長を先頭にして、県議会が一丸となって前進し、県民福祉に全力を尽くすために御唱和下さい、といって万歳三唱した。

◇議会が終わると一挙に参院選ムードに突入する。この日、午前7時半から中曽根事務所では、24日の公示に備えた選対会議が開かれた。

◇この日、高崎のメトロポリタンホテルで、司厨士協会の懇談会並びに会員の厚生労働大臣賞受賞祝賀会が行われた。

 司厨士とは、西洋料理の調理人のことである。会員は多くのホテルやレストランで働いている。この協会は食文化を支える大きな組織なのだ。私は、会の顧問として、また来賓としていつも挨拶する。「口蹄疫が発生し、また、様々な食の安全の危機が叫ばれる中、皆さんの使命は極めて重大です。来年、県では、デスティネーションキャンペーンという一大事業が行われ、多くの来客がありますが、それを陰で支えるのも皆さんの役割です。大部(おおべ)さんの大臣賞受賞は、日頃の皆さんのご健闘に対する評価であります」と述べ、最後に目前の参院選では中曽根弘文さんを頼みますと結んだ。

◇ワールドカップで、日本がカメルーンに勝った反響は凄い。国際競技になると、こんなに純粋に日本という国を意識して燃えることが出来る。極限の攻防が選手の一蹴によって勝負が決まるというのもサッカーの醍醐味だ。

◇今回のワールドカップがアフリカで行われることは人類史的な意味があると思う。私の子供の頃は、暗黒大陸と呼ばれ、今でも様々な難問を抱える人類発祥の地である。

 南アフリカでは最近までアパルトヘイトが行われていたし、カメルーンのあたりは、かつて奴隷貿易が盛んであった。カメルーンは、アフリカ大陸の大西洋岸に位置する国で、面積は日本の約1.3倍である。かつてドイツの植民地であったが、第一次世界大戦でドイツが敗れてからは、フランス及びイギリスの統治となりやがて独立した。カメルーンの善戦に拍手を送りたい。(読者に感謝)

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2010年6月15日 (火)

人生フル回転「はやぶさ60億キロの旅。ある老婆との出会い」

◇小惑星探査機「はやぶさ」が7年間60億キロの宇宙の旅を終え地球に帰還した(13日夜)。それは息を呑む瞬間だった。大不況、口蹄疫、毎年3万人を超える自殺者、日本の国際的地位の低下等々で自信喪失の日本人にとって久々の胸がすく快挙である。

 イトカワと名付けられた天体は、地球から3億キロかなたにある長さがわずか535mの小惑星である。小さすぎて地球からは見えない天体に正確に軟着陸させた技術は正に驚嘆に値する。

 しかも、度重なる絶望的なトラブルを克服しての成功であった事が、この事業の価値を一層高めている。この探査機が有人のものであったらと想像する。その日は、将来必ず来るに違いない。少年の頃、SFの世界のものであった宇宙旅行が現実しつつあるのだ。

 学校教育の現場は、この出来事をどのように受け止めているのだろうか。今、小学生、中学生の理科離れが深刻である。これは、理科教育の現場が子ども達に夢と感動を与えることが出来ない事の結果である。理科の勉強や実験が今回のような宇宙の快挙にもつながっている事を子ども達に教えることが出来なければ、理科教育は無力といわれても仕方がない。今回の成功も、理科教育のすそ野がしっかりと広がらなければ先の展望がないというべきだ。

◇換乎堂に古書コーナーが出来たと聞き、先日、さっそく訪ねた。月刊の科学雑誌・「ニュートン」のバックナンバーが大量に目にとまり、10冊ほど買った。定価980円のものが200円であった。「ブラックホールへの旅」、「木星衝突」、「地球外生命を求めて」、「相対性理論」などの特集である。

 県議会の図書室でも、ある時期から、私の提案で「ニュートン」を置くことになったが、読む人は少ないらしい。宇宙や科学技術に興味を抱くことは、政治家や行政マンにとっても必要なことだろう。議会図書室は一般県民にも開放されている。

◇富士見町山間部のある農家を訪ねたら、老婆と、その息子らしい人がラッキョーの作業に取り組んでいた(14日)。笑顔がきれいなこの女性は、作業の手を進めながら男に目で指示して突然の客にイスがわりのかごを出させた。私はうなずいてそれに腰かける。

 女性は81歳だという。「これがおなかにいる時は」と息子に視線を移しながら、昔の苦しかった子育ての話を始めた。そして、「子どもは親が苦労して育てるもんだ。それを見て子は育つ。政府が金をくれるなんて間違っている」と、子ども手当てを批判した。私は、亡き母の面影を重ねながら老婆との会話に身を乗り出した。このような出会いと会話が地域を回ることの大きな収獲なのである。中曽根さんの名刺を渡すとにっこりとうなずいていた。(読者に感謝)

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2010年6月14日 (月)

人生フル回転「口蹄疫の国家的危機が進む。消防団員たちと。」

◇富士見地区北部の農場を視察した(12日)。この地帯には多くの牛や豚の農場がある。どの農場も入口付近には石灰がまかれている。ある農場の奥さんは、「宮崎県の人には気の毒だが口蹄疫は、宮崎県だけで終わってほしい」と不安気に語っていた。また、別の農場の主人は、「もう止められないのでは。日本中に広がるのではないか」とつぶやいていた。

 東国原知事は、そのブログで都城市で新たな感染が確認された事に触れ、ショックだった、一瞬、背筋が凍る思いがした、都城を中心とする地域は日本有数の大畜産地帯である、この地域で感染が拡大したら九州の畜産産業は壊滅的打撃である、と書いている。

 また、菅首相は、宮崎県を訪ね、「日本の農業の国家的危機」、「大きな危機的状況がさらに広がっていると痛感した」と語った。

◇宮崎県の状況は、正に非常事態である。宮崎市では感染拡大を防ぐため市立図書館や体育館など多くの人が集まる公共施閉鎖をした。農水省は、宮崎県に隣接する熊本、鹿児島、大分の3県全域に消毒ポイントを設け、そこを通過する車両に消毒を義務づけた。しかし、無数の抜け道があるに違いないから移動する全車両を消毒することは不可能だろう。

◇感染した家畜を抱える農家の精神的ストレスは大変なものらしい。殺処分された牛の鳴き声が聞こえると訴える人もいるとか。農家を訪ね、牛や豚に餌をやっている姿を見ると、愛情を注いで育てていることが分かる。殺されて肉にされる運命の動物とは言え、異常な手段によって目の前で殺処分されるのは、耐え難いことだ。

先日、ある畜産農家を訪ねた時、庭先につくられた畜魂碑が目に付いた。正常な過程に従って屠場へ送られる家畜に対してさえ、農家の人は心を痛めているのだと感じた。殺して汚物のように埋められる家畜に対して罪の意識を感じる人は多いに違いない。

◇参院選に向けて、中曽根氏を宣伝する目的もあって富士見地区を歩くと若い消防団員の集まりに出会った(13日)。「セールスマンです」「何のセールスマンですか」「人間のセールス」。こんな会話を交しながら私は畳の部屋に上がりこんで若者たちの輪に加わった。私の営業活動の腕はなかなかのものである。

石井19分団第3部はこの日、消防活動の競技で優勝したのだそうだ。命がけのボランティア活動に対して行政はもっと温かい配慮をしてほしい、後継者の勧誘が難しく団員が少なくなっているなどと若者たちは発言した。「うちの子は」と親が断るケースも多いという。社会への貢献を否定する利己主義が広がっている。人とうまく付き合えぬ若者が増えている。若者たちの輝く表情を見て、こんな良い体験学習の場はないのにと感じた。(読者に感謝)

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2010年6月13日 (日)

第4章 第二次世界大戦・そして敗戦

②原爆

家という家、樹という樹、電柱もなにもかも一刷毛に払拭されつくし、しかも、それらのすべてが等分に粉々に砕かれ、バラスを敷いたような道となっていた。(中略)死者のすべてが虚空をつかんだ幽霊の姿で焼けている。火の海の中で塗炭の苦しみをなめた現われであろう。もはやこの惨状に対して、あらゆる語彙が、今日限り私にとっては無力となった。

 たまたま、三十がらみのバケツを下げた婦人が、爆心にほど近い被災地に茫然として、無神経に立っていた。この辺は、爆風によって生物や物体が粉々にされた地域なので、焼死者の姿はとぎれていた。

 軍関係の者だと前置きして、この婦人に事情を訪ねると、突然バケツの中を指した。驚くべきことには、その中に首がある。しかも、5、6才になる女の子の首ではないか。

 やがて、もはや涙も涸れたその母親が、一種口走るような調子で投げ出す言葉はこうであった。「私はあの時、ひと山向こうの実家へ行っていたので助かったが、夫と息子と娘は家にいたのでやられてしまった。夫と息子の死体はなく、娘の首だけが壕の中に転がっていた。からだはない」(後略)

 7月16日に実験成功、8月6日と9日に日本に投下、8月15日終戦。この驚くべき推移のはやさは、早期に戦争を終結させるために原爆を使用したというアメリカの目的が見事に成功したことを物語る。私たちとすれば、この非人道的な超兵器が人類史上初めて日本人に対して使用されたという事実を忘れてはならない。それは、アメリカを恨むとか非難するとかいう小さな観点を問題とするのではない。戦争がいかに惨酷なものであり、また、いかに狂気を生むかということを、民族の貴重な体験を生かして子孫に伝えてゆかねばならない、ということなのである。

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2010年6月12日 (土)

第4章 第二次世界大戦・そして敗戦

②原爆

 その上、次の数字が示すように、爆風のすさまじさは想像を絶する。

爆心地からの距離     秒速

0.2キロ        360メートル

0.5キロ        250メートル

1.0キロ        170メートル

2.0キロ         90メートル

3.0キロ         31メートル

3.5キロ         27メートル

 台風でも、風速27メートルのものは群馬でもめったにない大型である。このような熱と爆風にさらされたなら、人間は溶けてなくなるか即死であり、建物はあとかたもなく吹っ飛んでしまう。事実、爆心地から1キロ以内の地では、ほとんど全ての人が即死だったという。

 長崎市が編集した長崎原爆戦災誌「ナガサキは語りつぐ」には、次のような陸軍報道部員の記述がある。(100~101頁)

“悲劇の谷、浦上”の午前三時は、世紀の大爆風が去って、三日月の下に広がる死の砂漠であった。まだ、ところどころに劫火が残って、さながら悪魔のべろのように不気味に動く閻羅の庁に私たちが第一歩を印す感慨は、けだしこの世のものではありえなかった。興奮は私たちを無我夢中に爆心地へ急がせた。

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2010年6月11日 (金)

議員日記・人生フル回転「口蹄疫は止まらない。これはウィルスと人間との戦いだ」

◇10日夜、牛を飼う農家の人から口蹄疫の話をきいた。都城市で新たに発生したことでショックを受けていた。群馬で発生しないという保障はない、万一発生すれば、その深刻さは狂牛病の時の比ではないと不安そうだった。

 口蹄疫の疑いの牛が見つかったのは9日。今まで発生していたところから約50キロ離れた鹿児島県境の農場である。今回の宮崎県の対応は驚く程速かった。遺伝子検査の結果を待たずに殺処分を終了した。

 報道は処分にたずさわった市職員の声を伝える。「大量の牛を殺した。最後の鳴く声を聞き恐ろしさを実感した」、「逃げまどう牛を見るのが辛かった」。現場は、恐らく地獄のような光景だったに違いない。

 今回の迅速な対応は、3月末の段階で適切かつ大胆な手を打っていれば口蹄疫を封じ込めた事を示している。もはや手遅れという声も聞こえてくる。

 都城市の発見は9日であるが、10日には、宮崎、日向、西都の3市で新たに感染の症状を示す牛や豚が発見されていれている。白い防護服の職員、逃げ惑い鳴き叫ぶ牛や豚、自衛隊の出動、これらの光景は、正に戦場である。人類とウィルスとの戦いが宮崎で行われているのだ。

 隣接する鹿児島、熊本、大分に戦線が拡大するのは時間の問題だろう。これだけ物流が激しい時代だから本県とて油断は出来ない。宮崎県のこれまでの経過を教訓にして対策を進めなくてはならない。

 県は、家畜を殺処分した場合の埋却場所について調査を始めた。当然である。宮崎では、埋却の土地がないため、殺処分が遅れ、その間にウィルスの増殖が進んでしまった。

◇菅首相は、「最小不幸社会」を目標に打ち出した。政治の役割は、人間が不幸になる要素をいかに少なくしていくかだと語った。異論はないだろう。問題は、いかなる理念に基づき、いかなる政策によって何を実現するかだ。

 今日の社会の深刻な問題として格差の広がりがある。人間尊重を国是とする日本であるから基本は平等でなければならない。格差の拡大と固定は平等原則に反する。

 格差の現われとして貧困がある。地域を回ると豪邸に住む人と生活に苦しむ人の差を見せ付けられる。

 厚労省によれば、09年度、生活保護を受給した世帯は127万世帯に上る。17年連続の増加である。本県でも増えている。不況による失業や収入減が背景にあると思われる。中央も地方も全力をあげて景気の回復につとめねばならない。(読者に感謝)

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2010年6月10日 (木)

人生フル回転「疑惑の元総社用地に県営住宅、太陽光発電の推進を」

◇9日の土木常任委員会で私は2つの質問をした。元総社の疑惑の塩漬土地に計画された県営住宅建設問題、及び、公共工事の入札に関する問題である。

 元総社の土地は、県道安中線沿いの染谷川に面している。それは、小寺前知事の下で発生した疑惑に絡む土地で、14年間も未利用のまま放置されその損害は莫大なものである。

 私たちは、特別委員会を設けて問題点の解明を目指して努力したが残念ながら目的を達成することは出来なかった。

 しかし、疑惑の核心に迫ることは出来なかったとはいえ、別に大きな成果があった。それは、行政トップ(知事)の責任が議論された事と、この問題を契機として行政改革が大きく前進した事である。

 平成20年の9月議会で私は、元総社の土地に関して、小寺前知事が個別案件には一切関与していないから責任はないと発言した事を取り上げ、この点に関する大澤知事の見解を求めた。これに対して、大澤知事は、「最高責任者としての小寺前知事の責任は極めて重いと言わざるを得ません」と明言した。

 このような背景がある元総社用地にやっと県営住宅が建てられる事になった。問題追及の中心にいた私は、大澤知事の発言を思い出しながら、全県民が注目し、特に周辺住民が重大な関心を寄せる県営住宅建設はどのようなものかと質問した。

 担当者は、周辺の住宅に配慮した3階位の低層の建物とし、周辺住民が、敷地内を散策したり、集会所を使用できるようにし、染谷川右岸には生活支援施設を作る構想を明らかにした。

◇公共工事の入札については、平成12年12月の県議会議決に基づいて、県内企業の優先を図るべきだ、現状はどのようになっているかと質(ただ)した。

平成12年の決議とは公共事業の発注に当って従来以上に県内業者を優先すること等を求めたものである。担当者は、総合評価方式の下で、県内企業の優先を進めていると答えた。

◇私はかつて、このブログで、クリーンエネルギーに触れ、とくに太陽光は無限にくまなく地上に降り注ぐからこれを建物の屋上で受け止め電気をつくる政策を県は進めるべきだと主張し、役所、学校、病院など公的建物の屋上は全て発電所にすればいいと提案した(2月3日)。

 今、その動きが大きく広がり始めた。太田市は太陽光を使って、庁舎の電力を自前で作る研究を始めた。すでに、20市町村が太陽光発電システムを導入している。県は市町村と連携してこの動きを加速させるべきだ。小中校に導入することは理科教育の上でも有意義である。(読者に感謝)

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2010年6月 9日 (水)

人生フル回転「産経常任委で北関東道を。秋葉の惨劇、池田小の惨事」

◇常任委員会が開かれた(8日)。私は、1年間、産経土木常任委員会に属することになった。この委員会は、私にとって、久しぶりの事である。

 この委員会の所管は、産業経済、県土整備、労働委員会と別れ、この日は、産業経済と労働委員会関係であった。産業経済の動向は、本県の活力と県民の生活に直接関わることだから極めて重要である。

 「質疑応答」では、私が口火を切って発言した。「北関東自動車道の完成は、本県産業の発展にとって絶好のチャンスであります。問題は、このチャンスをいかに活かすかであります」

 私は、こう前置きして、このチャンスを活かすためには、他県との連携が非常に重要であるが、その点はどうか等、いくつかの具体的な質問に及んだ。

 また、このような状況の中で、県が力を入れようとしている、健康科学産業、ロボット産業、アナログ技術立県、ものづくりの人材育成等を取り上げた。

 ロボットについては、鉄腕アトムと共に育った世代として大いに興味がわく。本県は、自動車産業などで培った技術を活かして、お掃除ロボットや介護用ロボットなどを目指す。

◇秋葉原の惨劇・無差別殺傷事件は2年前の6月8日に起きた。病める社会を象徴する事件であり、ひと事と思わぬ若者は多い。

 8日、秋葉原では、「派遣労働を改善しろ」、「生きづらい」等と書かれた横断幕を手にした若者たちのデモがあった。

 加藤被告は何ヶ月も前から携帯のサイトにおびただしい書き込みをしていた。「負け組みは生まれながらにして負け組みなのです」、「私より幸せな人を全て殺せば私も幸せになれますかね」「他人の不幸は密の味、みんな死ねばいい」、「みんな敵、本当の友達が欲しい」等々。2年前の私のブログから拾った。

 この事件は、当時、様々な問題を私たちに投げかけた。この事件に際し桝添厚労相(当時)は、格差社会の問題に触れ、「派遣制度を考え直す時だ」と発言した。この事件は、今も、私たちに様々なことを突きつけている。

◇6月8日は、池田小で8人の児童が殺された日。学校における無差別大量殺人は全国の教育現場を震撼させた。この事件を機に、全国の学校は門を閉ざし固くガードされるようになった。地域社会に開かれた学校を求めねばならぬ教育現場の悩みである。

 池田小では、校内に建てられた塔の8つの鐘が鳴らされた。校長は事件を風化させたくないと語った。事件を機に学校の安全に取り組んだ池田小は、今年、国内で初めて、世界保健機関から「インターナショナルセーフスクール」の認証を受けた。同校の教育環境を視察したいと思っている。(読者に感謝)

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2010年6月 8日 (火)

人生フル回転「ツィッター。ドギーバッグともったいない」

◇簡易ブログ「ツィッター」が注目され、また「なりすまし」といった問題も生じている。自分の偽者に勝手に発言されたら大変だ。これは、ネット選挙に伴う問題点でもある。菅直人と名乗るつぶやきが書き込まれ、民主党は本人とはかかわりがないと発表した。

 Twitter(ツイッター)とは、「(小鳥の)さえずり」とか、「くすくす笑い」を意味する。そして、現在、「つぶやき」として使われている。本来の意味が小鳥の「さえずり」だから、軽い意味である。ツィッターをする議員が増えているが、政治家の発言を一層軽くする危険性を含むともいえる。

◇食べきれなかった外食を持ち帰る社会習慣が出来つつある。毎日、膨大な量の食べ物が捨てられているのだから、この習慣が広がることには大きな意義がある。

 議会の開会日には群馬会館食堂で必ず朝食会を行う。私は、朝はバナナ1本ときめているので、出されたものの中から野菜などを選んで食べ、あとは持ち帰りにしてもらう。

 群馬会館食堂は快く応じてくれるが、他のホテルで持ち帰りを頼んだら拒否されたことがある。食中毒などを心配しているのかも知れない。

 持ち帰り用の容器を「ドギーバッグ」という。現在。ドギーバッグを携帯する人が増え、専用のドギーバッグを用意する外食店も増えているといわれる。

 doggyとはdogの派生語で、「犬の」とか「犬好き」と言う意味である。食べ残しを持ち帰る際に家の犬にという表現を使ったことに始まるのではないか。

 ドギーバッグの普及によって、生ゴミなどの廃棄物が大幅に減っている。世界では飢えている人が多くいる。今年の1月巨大地震にみまわれたハイチは一日一食が常態だといわれる。日本では飽食時代などといわれ、食べられる食物を大量に捨てている。なんと「もったいない」ことか。これは、今日の日本の「物」を大切にしない風潮の象徴であり、日本人の心を貧しくしている遠因でもある。物の軽視は人間の軽視につながっている。

◇アフリカ人女性として初めてノーベル平和賞を得たワンガリ・マータイさんは、05年に来日した時、「もったいない」という言葉を知り、この精神こそ、環境問題を考える上で重要だと感じ、また3Rの精神を表わすのに適切だと考え、多くの国際会議でもったいない(MOTTAINAI)をアピールしている。

 3Rとは、廃棄物に関する、発生の抑制(Reduce)、再利用(Reuse)、再生利用(Recycle)のRである。3Rは日常生活の「もったいない」と結びついている。「ドギーバッグ」の最近の動きを「もったいない」の精神に結びつけたい。(読者に感謝)

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2010年6月 7日 (月)

人生フル回転「アンコールワット展。ゲルニカとDC」

1 ◇アンコールワット展を見た。晴天に恵まれ群馬の森は駐車場も超満員であった。今議会で金子浩隆議員が取り上げた「ゲルニカ」の事も私を近代美術館へ誘う動機の1つであった。

 世界遺産アンコールワット展には、「アジアの大地に咲いた神々の宇宙」という副題がついている。カンボジアというと、170万人もの命を奪った血生臭いポルポト派の大虐殺をすぐに連想する。しかし展示されている数々の石造は穏やかな微笑をたたえ、かつてこの地に平和で高い文化をもった王国が栄えたことを物語っていた。とぐろを巻く大蛇の上に座す神の石像や美しい曲線の妃像などが印象的であった。

 アンコール・ワットはカンボジア民族の誇りである事が展示からうかがえる。カンボジアの王国政府の旗にはアンコールワットが真ん中に描かれている。シァヌーク国王がフランスからの独立闘争を指導したとき、民族の団結の象徴として、アンコールワットを国民に意識させたといわれる。

 上智大学が遺跡の調査、研究、発掘、修理に深く関わり大きく貢献している。内戦時、ポルポト派は遺跡群を傷つけ、遺跡の研究者の多くを殺した事も紹介されていた。

 展示された解説で注目されたものに、17世紀初めに日本人がアンコールワットを訪ね仏像を奉納したという事実があった。遺跡には墨書があって、寛永9年(1632年)肥州(熊本のこと)の住人が数千里の海を渡り仏像を奉納したとある。

◇群馬の森近代美術館にはピカソの作品がいくつかあるが、その中で、金子浩隆県議がこの議会で取り上げたのは、ゲルニカである。来年のDCに際し、これを特別展示すれば、県内外の人がつめかけて列をつくるだろうと提案した。ゲルニカのタペストリー(つづれ織り)は世界に3作あるが、近美所蔵のものはその一つである。

 アンコールワット展の後、館長とこの件で話した。来年のDCでの展示に向けて、準備を進めるとのことであった。これは、県が、1983年1億円近い巨費で購入したものである。

 金子県議は、「ゲルニカ」のエピソードも議会で語っていた。ナチスの兵がピカソにこの絵を描いたのはあなたですかと質問したのに対し、ピカソは、それはあなたたちだと答えたという。1937年の作品である。

 ゲルニカは、スペインの小都市の名。1937年のスペインの内乱で、ナチスはゲルニカを爆撃した。ピカソは抗議して直ちにこの絵を描いた。この内乱を描いた映画「誰が為に鐘は鳴る」を私は何度もみた。機関銃にすがるゲーリークーパー、「ピエール」と叫ぶイングリットバーグマン。ヘミングウェイがあの作品で訴えることはピカソと共通だったと思う。(読者に感謝)

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2010年6月 6日 (日)

第4章 第二次世界大戦・そして敗戦

②原爆

 アメリカは、早くも、1942年(昭和17年)に、原爆製造のための大規模な計画に着手した。これは、マンハッタン計画と呼ばれ、20億ドルという巨費を投じて懸命な研究が続けられたのである。原爆製造に従事した人々は、工場で働く雇用人員を含め最高潮時12万5千人に達したという。実験は、1945年(昭和20年)7月16日、ニューメキシコの砂漠で行われ、結果は成功であった。ドイツは、この年5月、既に無条件降伏しており、当初ドイツを目標にした原爆は日本に向けられることになった。

私は、平成7年9月、県議会の視察で長崎を訪ねた。経済大国の中でにぎわうまちの様子から50年前の悲劇を想像することは難しい。しかし、原爆資料館の様々な資料は、原爆の凄さと戦争の悲惨さが決して遠い過去のものでないことを物語っていた。

昭和20年8月9日の午前、原子爆弾を積んだ飛行機は、目標地小倉の上空を旋回していた。しかし、小倉の市街は厚い雲におおわれついに原爆投下をすることができず、機は、小倉をあきらめて、第二目標地長崎に向かった。長崎の上空も雲で覆われていたが、雲の割れ目を見つけ、ついに、ここで投下したという。9日午前11時2分であった。

資料は語る。爆発の瞬間、火の玉の中心温度は数百万度に達し、それは、急速に膨張する。0.2秒後には火の玉の直径は400メートル、その表面の温度は7千7百度に達する。これは、まさに太陽の表面温度である。ちょうど、直径400メートルの太陽が地上に落とされたのと同じであった。

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2010年6月 5日 (土)

第4章 第二次世界大戦・そして敗戦

    太平洋戦争への軌跡

   ―空襲、県議会の動きー

前橋は、8月4日から5日にかけ空襲を受けた。8月5日夜の爆撃は2時間にも及び、535人の死者が出、町の大半は焼失した。

当時4歳だった私は、防空頭巾をかぶり、眠い目をこすりながら、母に手を引かれ、県庁裏の防空壕に入り息を殺していたことが記憶に残っている。

このように日本の主要都市に対する爆撃が続けられる中、8月6日広島に、そして、8月9日には長崎に、それぞれ、人類史上最初の原子爆弾が投下された。この新型爆弾の威力は想像を絶するもので、広島、長崎の惨状はまさに地獄であった。これによって、政府及び軍首脳は、8月10日ポツダム宣言の受諾を決定し、14日、これを連合国側に通告。そして8月15日の天皇のラジオ放送で戦闘は停止された。

②原爆

悪魔の武器ともいうべき原子爆弾は、そのようにして生まれたか。相対性理論で有名なアインシュタイン博士は、1933年(昭和8年)ヒットラーのナチス政権ができると共に、ユダヤ人学者であることからドイツを追放されアメリカに渡ったが、ここで、大統領ルーズベルトに、ナチスドイツが原子爆弾を開発する可能性があることを警告する手紙を送った。これが、アメリカが原子爆弾計画に乗り出す発端となった。

実はこの頃、原子核の分裂によって生ずる莫大なエネルギーの利用の可能性について、世界各地で議論されるようになり、その軍事面での応用とされたのが原子爆弾であった。アインシュタイン等ドイツ亡命科学者は、原爆の製造競争が第二次世界大戦の行方を決めると考えたのである。

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2010年6月 4日 (金)

議員日記・人生フル回転 「北関東自動車道の夢。DC。子ども手当ての開始」

◇大不況、政治不信、口蹄疫、凶悪犯罪といった重苦しい雲が立ち込める中でスカッとした明るい夢と結びつく話題もあるのだ。その一つは、2日の一般質問でも取り上げられた北関東自動車道の全面開通に伴う効果である。

 群馬県、栃木、茨城の3県を結ぶ北関東道は、23年の歳月をかけ、来年のゴールデンウィーク前に全面開通する。起点の関越道・高崎JCTから終点のひたちなかICまでの150キロが約1時間半で結ばれる。群馬が太平洋に直結する瞬間である。

 この道路は大きな可能性を持っている。その可能性を実現するカギは、3県の連携とその熱意である。3県は、それぞれ優れた財産を持っている。例えば、自然、文化遺産、研究施設、産業等だ。

 これらを、北関東自動車道を活かす事によって、多くの人々は県境を超えて利用することが出来る。その相乗効果は測り知れない。3県が一つになれるように感じられる。

 今日の日本の社会の閉塞状況を打破して地方の力を引き出すために道州制が叫ばれているが、北関東道を3県が連携して活かす姿は、道州制へのステップと感じられる。北関東道は、新たなる価値を生み出す動脈なのだ。

◇群馬県では、来年、JRのデスティネーションキャンペーン(DC)が行われる。観光資源を活かして地域を活性化させることが狙いである。県外から多数の客を呼び込もうとしているが、DCを成功させるカギは北関東道の活用である。

 DCの中心は観光であるが、今や、観光について発想の転換を図る必要がある。医療や農業も観光の重要な要素として活かすべきだ。

 観光の要素を組み合わせコースを作り、栃木や茨城の人々に提案すべきである。私は、赤城山を健康と農業と結びつけてピーアールしたいと思う。赤城山には、水、緑、紅葉、林道など魅力がいっぱいだ。これらを真に活かすためには、DCを一回限りのお祭りで終わらせてはならない。

◇今議会で、子ども手当てに関する議論も行われている。その中に、市町村によって30%未申請があるという指摘があった。

 この欠陥の多い制度につき智恵を出して対応している市町村がかなりある。国の悪政に対する先端行政の抵抗ともとれる。

 給食費などの滞納者に対し、子ども手当てを支給する時、滞納分をその金から支払うように要請する自治体がある。太田市は「給食費などを滞納しながら、子ども手当てが子どもと関係ない用途に用いられることは、法の趣旨にそぐいません」と書いた紙を配布している。政変の中で、この制度の行方も気になる。

◇政局の混乱のために、この夏の参院選でのネット選挙の解禁が間に合わなくなった。残念である。来年の県議選の時はどうなっているか。(読者に感謝)

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2010年6月 3日 (木)

議員日記・人生フル回転「鳩山辞任の衝撃。前工跡地訴訟。安愚楽牧場の事」

◇本会議が始まる前に自民党控室には静かな衝撃波が走っていた。鳩山首相が幹部に辞意をもらしたらしいというのだ。そして、昼前の本会議場には、小沢幹事長と共に辞任したことが確実というニュースが、質疑応答の間を風のようにすり抜けて走った。

 私は驚かなかった。鳩山辞任は時間の問題だと思っていたからだ。参院選を目前にした自民党とすれば、鳩山・小沢体制が存続した方が、戦略的には若干よかったかもしれない。

 最近の鳩山首相は見ていて哀れだった。せっかく獲得した政権を必死で支える側近はいなかったのか。軽い言葉、自分の首を絞めるような発言を聞くとそう思ってしまう。

 鳩山政権の最大の功績は、全ての国民に政治を考えさせる状況を作った事だろう。地域社会を回ると、どこでもそして誰もが、このままでは日本が危ないといって、日本の防衛問題や国の借金について語っていた。自ら国民に醜態を晒すことによって国民の目を政治に釘付けにさせた鳩山首相は偉大な反面教師であった。

 また、私たち政治家は、政治に対する信頼が音を立てて崩れる現実を突きつけられて、政治家の言葉や行動の大切さを、鳩山首相から教えられた思いである。

◇本会議2日目、旧前工跡地に関する前橋と県の間で行われている訴訟について、その進捗状況と今後の見通しをたずねる場面が注目された。その中味は小寺前知事の重大な責任問題にも関わることもあり得るものであった。

 市が受け取った前工跡地には予想以上の土壌汚染があったから契約は「要素の錯誤」により無効だと市は主張し、県はそれを否定する。答弁に立った茂原副知事は、訴訟の行方につき自信を見せていた。そして、裁判官が「要素の錯誤は認められないのではないか」と指摘したことを明らかにした。県と市が交わした契約の背景にある複雑な事情が訴訟の場で明らかになることを期待する。このブログで、それを説明する時がやがて来るだろう。

◇次の総理は菅氏の名があがっている。民主党は国民の支持を失って出直すのだから、ゴリ押ししてきた政策は、ある程度変更せざるを得ないだろう。

当面、群馬県が注目する課題は八ツ場ダムである。これは、群馬県だけでなく利根川下流都県全体の治水、利水に関わることだから新政権は真剣に考えるのではないか。

◇鳩山首相は、次の総選挙に出馬しないと明言した。首相の表情を見ると非常に疲れている感じだ。ここに至るまでの精神的なストレスは想像を超えるものであったろう。

このような追い詰められた状況で、政治家としての進退を決められるものかと気にかかる。掲げた理想の旗は素晴しいものだったのだから、それを政治家として追求する道もあったと思う。(読者に感謝)

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2010年6月 2日 (水)

人生フル回転「一般質問の口蹄疫。重粒子線始まる。老婆と歌う」

◇一般質問の初日(1日)、登壇した4人のうち2人が口蹄疫を取り上げた。宮崎の現状はますます酷(ひど)い。猖獗

(しょうけつ)をきわめるという表現があてはまる状態だ。

 本県では、調査の結果、異常は見つかっていない。宮崎の感染状況は、5月30日現在、238か所で発生、その数は16万頭を超えた。この中には、ヤギ、ヒツジも含まれている。

 様々な情報が入る。豚を引き出すある農家の男性は、一頭一頭にごめんなと声をかけていた。種牛49頭も遂に殺処分された。幻の種牛といわれた安平(やすひら)もこの中にいた。育てた永野さんは安平が処分された方角に向かってご苦労様と手を合わせた。凄いやつだった、生後8ヶ月で271キロになったと永野さんは振り返る。

 この日の夕方、畜産農家の機材を扱う業者に会った。口蹄疫の影響で仕事が激減しているという。この若い経営者は、万一群馬で発生したら大変な打撃をうける、こういう間接的な事業は補償も受けられないと語っていた。

 宮崎ナンバーのトラック運送業者は、畜産以外の運送でも仕事を断られるケースが増えているといわれる。口蹄疫問題は、今や、ますます、社会全体の問題になりつつある。

◇重粒子線治療がいよいよ始まる。私たちは、昨年、建設現場を視察したが、現代物理学の粋を集めた研究所という感じをうけた。群大病院では来週から治療を開始する。

 初めは、前立腺がん、頭頸部腫瘍、肺がんが対象となる。初めの年は、1週間に4人までの治療で、全体として治療件数は50件位となる。既に夏までに重粒子線治療をうける前立腺がん患者がかなり待機している。

 この画期的な医療施設は、本県の医療レベル、とりわけガン治療のレベルを大きく引き上げる契機となるが、経済の活性化にも大きく役立つことが期待されている。また、重苦しい世相の中で県民の心に希望の光を投げる話題でもある。320万円ほどの費用がかかる。県民の心を真に活気づけるために、早く公約保険制度が実現することを望む。

◇この日心温まる出来事があった。既に夜のとばりがおりていた。富士見地区皆沢のある農家を訪ねると一人の老婆がテレビを見ていた。名刺を渡して2、3言葉を交わすとこのおばあちゃんは人と話しがしたかったと言って、初対面の私に上がりませんかとすすめる。芳賀だというとわしの実家は小坂子だと嬉しそう。話すことは整然として記憶力がいい。おばあちゃんは頭がいいねと感心すると、骨粗しょう症だがこちらはねとにっこり笑って頭を指した。

 ぼけない節という歌を作ったといって紙片を広げる。「歌や踊りの好きな人ヨイヨイ、仲間いる人ぼけません、いつも気持の若い人、人に感謝のできる人サノヨイヨイ」3番まであり、炭坑節の曲で歌う。2人は声を合わせて繰り返し歌った。老婆の顔は嬉しそうに輝いていた。(読者に感謝)

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2010年6月 1日 (火)

「国会異常の空間。世界禁煙デー。口蹄疫」

◇後援会で国会見学をした(30日)。激しい政争の場を見たいという要望があった。日曜日のことだから国会の動きはないが、傍聴席に座った人々は、緊迫した場面を想像して緊張しているようであった。

 ここが日本丸の操縦席かと思う。前方の大臣席のあのあたりが鳩山首相か、岡田外相はどのあたりか、福島消費者担当相はどこかと、政権が交替してすっかり変わった議場の様子を想像した。

 議場の入口のところに、「国会は国権の最高機関であり唯一の立法機関である」と書かれた表示板が揚げられていた。

 廊下を進む人々が足を止める場所があり、並んだ2つの部屋の看板に目を注いでいる。それらには、「民主党小沢幹事長不正資産追及チーム」、「鳩山総理巨額脱税追及チーム」と書かれていた。

 社民党は福島党首が大臣を罷免されたことを受け連立政権を離れた。民主党の支持率は遂に10%台となった。私たちの国会見学は、国会が劇的に変化する時期になされたものとして忘れられぬ出来事となるだろう。

◇昨日(31日)は、世界禁煙デーだった。また、5月31日から6月6日までは、我が国の禁煙週間である。この禁煙週間の今年度のテーマは、「女性とこどもをたばこの害から守ろう」である。

 ここで改めて注目されるのは、神奈川県が全国に先がけて実施した禁煙条例である。

 神奈川県は、「吸わない人には吸わせない。神奈川からなくそう受動喫煙」をキャッチフレーズに、平成22年4月に、「公共的施設における受動喫煙防止条例」を施行した。

 1年間に世界の受動喫煙による死者は約60万人と推定される程受動喫煙の深刻な害が叫ばれている折、この条例の意義は大きい。

 1条は、次のように記す。「受動喫煙による県民の健康への悪影響が明らかであることにかんがみ、県民・保護者・事業者及び県の責務を明らかにするとともに、禁煙環境の整備及び県民が自らの意思で受動喫煙を避けることが出来る環境の整備を促進し、並びに未成年者を受動喫煙による健康への悪影響から保護するための措置を講ずることにより、受動喫煙による県民の健康への悪影響を未然に防止することを目的とする」今後、このような自治体の取り組みは広がるだろう。

◇口蹄疫で苦しむ東国原知事の悲痛な気持ちがそのブログから伝わる。「このウィルスは何もかも破壊していく。人間関係、信頼関係、夢や希望まで。彼らも自己保存のため必死だ。変異し、増殖しながらあらゆるものにダメージを与えあらゆるものを奪っていく。しかし、負けない。(要約)」と。口蹄疫問題はウィルスと人間社会との戦いなのだ。今日から始まる一般質問でもこの戦争が取り上げられるだろう。(読者に感謝)

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