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2010年5月 4日 (火)

③大陸の花嫁

Photo 先住農民の指導者、日本農民の代表者、移民の先駆者だなどと恥ずかしくて言えるもの」ではありませんよ。勿論、実に立派で、これこそ日本人だという人も居ります。あの荒野に居って、世人から屯匪と侮称されながらも、建設作業に専念している者も居りますが」

 この時、寺嶋萬治は、いろいろ移民地を見てきた経験から、東宮に対して次のように答えた。「私は移民地を廻ってきましたが、結局、どこの移民でも婦人が第一ですね。花嫁ですよ。あちらの移民団は土地の事情が多少異なっていますが、家族がすぐ入ります。写真結婚も大抵入植後一年でやっていますよ。移民地には女が欲しいですね。女がいるとどことなく和やかになりますね。アメリカ大陸の開拓の始め、7人の男に女は一人だったことがアメリカの女尊男卑の思想の芽生えだとさえ言われてますからね。案外女は強いものですよ。いや、女の方が強いかも知れません。子供を抱いた女は戦場における武人ですね。開拓に花嫁と家族はつきものです。開拓史をひもとけば、どこまでも女はついていっています。カリフォルニアの山の奥の奥に伐採に入っている日本人、そこそこ人跡なしといった所へでも、夫に従って子供を抱いて山小屋で留守居をしているのが日本の女ですよ」

 満州の治安の悪い所へ花嫁を招くことに迷っていた東宮は、この寺嶋の話を聞いて思わずひざをたたいたという。現地の実情と東宮たちの花嫁招致の運動に動かされて、政府も「大陸の花嫁」に本腰を入れていった。日本国内各地に、「女子拓務訓練所」という名の大陸花嫁養成所がつくられていった。また、大陸にもこのような訓練所がつくられ、それは「開拓女塾」と言われた。これらの訓練所では、食物調理、生花、裁縫なども教えたが、皇国臣民道とか皇国農民道などの精神講座に力を入れた。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています

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