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2010年5月16日 (日)

③大陸の花嫁

―新日本の少女よ大陸に嫁げ。彼女たちの行手に待つ地獄―

折りしも、春、満州は長く厳しい冬の寒さから開放され、一斉に草花が咲き乱れる。見渡す限りの曠谷には、色とりどりの絨毯を敷き詰めたようにお花畑が展開する。これが満州の春であった。振り上げる鍬も軽く感じられ、畑のあぜに子供を遊ばせながら農作業に励む若い二人はいかにも幸せそうであった。

しかし、若い人たちのこのような幸せは、長く続かなかった。この頃、日本軍が各地で繰り広げていた血みどろの戦の中に、地の果て満州の開拓団も引きずりこまれてゆく。その時はせまっていた。では、この頃、日本はどのような状況に置かれていたのであろうか。そして、開拓村は、それにどのように関わっていったのか。

要約すれば、昭和16年太平洋戦争に突入、緒戦は調子が良かったが、戦いが長びくにつれアメリカの物量作戦に圧倒され、日本は窮地に追い込まれてゆく。そして、開拓団の若者たちも皆南方などに招集され、開拓団では、北満のソ連との国境近くに、若い女と子供だけが取り残されるという状態に置かれた。そして、昭和20年8月の敗戦を迎える。この時、この無防備な開拓村に怒涛のようにソ連軍が攻め込み、中国人の襲撃も重なって、まさにこの世の地獄が展開されることになった。このような日本の動きは、世界の動きと連動していた。そこで、当時の日本は、世界の大きな渦にどのように関わっていったかを大まかにみることにする。

第4章      第二次世界大戦・そして敗戦

    太平洋戦争への軌跡

   ―空襲、県議会の動きー

1914年(大正3年)に始まった第一次世界大戦では、ドイツはイタリアと手を結んでロシア、フランス、イギリス、アメリカから成る連合軍と戦った。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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