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2010年5月 1日 (土)

②満蒙開拓青少年義勇軍

―“われらは若き義勇軍、祖国のために鍬とりて、万里涯なき野に立たむ”―

内地訓練所から抱き続けてきた中国人に対する軽蔑感の為に、五族協和の理想も、仲良くせよ、他民族を敬せよの心得も、絵に書いた餅に等しくなっていたのが実情であった。故に、小盗児義勇隊の乱行の迸り(ほとばしり)を受けた現地住民こそ災難であったし、本来受けなくても良い危害を与えられたのだった。真に恥ずかしき重大な汚点の一つであった。一年八か月の訓練を積み重ねた我が中退の規律が斬く如きであったから、騒擾(そうじょう)、暴行、略奪等の事件が満州各地の義勇隊訓練所で頻発した事実は押して知るべしであった」と。そして、また、「こんな野蛮人に何故なった。“誰がした!”“他人に親切にせよ”を何故忘れたのかと後悔の念に責め苛まれる年頃であった」と述べている。

 当時、中国人蔑視の風潮は満州全土にみなぎっていた。少し横道に話はそれるが、このことは、青少年義勇軍を含め満州の日本人にやがて大きなつけとなって帰ってくることなので、当時の風潮につき触れる。

 江口圭一が昭和の歴史4(小学館)の中で引用する「満州縦横記」(群馬県選出の政友会代議士篠原義政の作)では、次のような記述が見られる。「悪いのは紳士も苦力(クーリー)も見分けなく支那人を侮辱する。これがため反日気分がみなぎってきた。町の中で支那の立派な婦人をからかう。停車場で入場切符も買わずに入る。何だ俺の顔を見ろ、日本人だぞとどなる。汽車の一等車へ入る。食堂車を占領して大酒盛をやる、拳を打つ、歌をうたう。ハルビンの郵便配達にその中に俺の郵便があるだろう、見るからおろせといった、そうはいかぬとことわると殴って大怪我をさせた」

 また、同じく同書が紹介するところによると、陸軍省が派遣した満州中華民国視察団の報告書(国立公文書館蔵)の中で、次のような報告が見られる。

「邦人には支那人に対し徒らに優越感を発揮する通弊あり。国法を以って禁止するアヘンの密売者は殆ど邦人に限らるる等不正をなすもの、満人を奴隷視する者、悪辣なる手段を弄して利益は壟断せんとする者等、満人の嫌悪を招くもの少なからず」

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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