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2010年5月 2日 (日)

②満蒙開拓青少年義勇軍

―“われらは若き義勇軍、祖国のために鍬とりて、万里涯なき野に立たむ”― 「戦勝者そして大和民族なるがための優越感のみをもって鮮人、満人、漢人、蒙古人に接し彼らの民族性に対する理解並びに同情心なく圧迫を事とするに於いては、彼らの人心離間し将来事ある場合に非常に不利なる事故発生するに至るべし、実に肌に粟を生ずるの感を深くす」 ここで、「実に肌に粟を生ずるの感を深くす」と報告しているが、先ほどの「満州縦横記」でも、奉天居留民団長が、「非常に不安、付属地から一歩も外へ出られぬ」と述べているのである。 やがて訪れる日本人と中国人の間の逆転劇、そしてそこで生じた悲惨な事態は、すでに日本人自らの手によって準備されつつあったと考えるべきである。  右の報告書にあるように、異民族と接する時は、民族性に対する理解する必要である。そして、そのためには、自国の価値だけを基準にしてはならない。文化の違いを理解すると共に、長い歴史の過程で、どの民族にも様々な変化や段階があることを知れば、中国人の貧しさや汚さなどは、少し前の自分たちの姿であることに気付くはずであった。今日、国際化の時代を迎え、諸外国の人たちと接する時、我々の先輩たちが体験したことは、私たちがこれからの社会で歴史の教訓として生かすべきことと思われる。 ずい分話しが横道にそれたが、義勇軍の少年たちのこのような逸脱行為の多くは、いわゆる屯墾病といわれる一種の集団ノイローゼを原因としていた。心身ともに環境への順応性が高いからということを一つの理由として青少年義勇軍が創設されたわけであるが、不安定な情緒を特色とする青少年は逆に成人よりノイローゼに陥りやすい面を持っていたといえる。 ☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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