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2010年4月17日 (土)

②満蒙開拓青少年義勇軍

―“われらは若き義勇軍、祖国のために鍬とりて、万里涯なき野に立たむ”―

第三章②③の粗筋

第一次、第二次の移民は失敗。そこで、環境に対して心身共に順応性の高い青少年を訓練して送り込むことに。しかし、若者たちも過酷な環境に耐えられず自暴自棄に。そこで彼らを支える女性をということで大陸の花嫁を送り出すことに。戦争の激化にともない、男は現地で召集され、北満の果てに女と子どもがとりのこされる。そして、敗戦。そこへソ連軍が。

1937年(昭和12)日中戦争

1938年(昭和13)青少年義勇軍送出始まる

1940年(昭和15)大陸花嫁養成始まる

1941年(昭和16) 太平洋戦争

 1932年・昭和7年3月に満州国が成立し、同年8月に移民案が議会を通過、そしてこの年の10月には第一次移民団が松花江沿岸の佳木斯(ジャムス)に到着と、ここまでは急速に進んだが、この第一次移民は、結果的に失敗であった。

前記のように、到着の夜、早くもゲリラの襲撃を受け、それはその後も頻繁に繰り返された。昔から満州は馬賊や匪賊が横行、人々は自衛組織をつくり、武器を持ってこれらと戦ってきたが、彼らにとって、日本移民は馬賊や匪賊よりも恐ろしい存在だったに違いない。なぜなら、これらの賊も土地や家までは奪わなかったからである。だから、土龍山事件のような大規模なゲリラ事件も起きたのである。

 これらゲリラの襲撃に加え、満州の過酷な生活環境が移民を苦しめた。妻子と離れ、酷寒の中、狼の声におびえながらの生活には、人々は精神的に耐えられず、集団的ノイローゼに落ち込んでゆくのも無理はなかったと思われる。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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