« 人生フル回転「時効廃止の衝撃。検察審小沢起訴相当」 | トップページ | 人生フル回転「死刑を破棄した最高裁。ブナの木の法要」 »

2010年4月29日 (木)

②満蒙開拓青少年義勇軍

―“われらは若き義勇軍、祖国のために鍬とりて、万里涯なき野に立たむ”―

草と土と煉瓦でできた今にも崩れ落ちそうな家々とみじめそうに見える農民の姿、これらが当時の満州の農村の現実の姿であった。

 私は、平成5年に中国残留帰国者協会の人と黒龍江省へ行き、その省都ハルビンから数百キロの奥地、海倫(ハイロン)県の双禄(ソウロク)という村を訪ねたことがある。昔、その近くに群馬県からの開拓の人たちがいた所であるが、黒い泥の海のようなぬかるみの中に音もなくたたずむ家々と、その中で営まれる人々の生活の実態を見た時の衝撃を忘れることができない。だから、50年前の義勇軍の少年たちがどのように感じたかおよその想像がつくのである。

このような現地の人々の実態を見た時、少年たちは何を考えたであろうか。神としての天皇をいただく国民として日本人は優秀な民族なのだということを訓練所で叩きこまれてきた少年たちの心に、このような中国人に対する軽蔑の念が生ずるのは自然なことではなかろうか。

 李沢民の母が、日本人は中国人をいつも軽蔑していた、だからあんなひどいことができたのだと言ったというが、それは恐らく事実であった。李沢民の母が言ったという「あんなひどいこと」とは、土地や家を取り上げたことだけを指すのではない。婦女に対する暴行や掠奪、そして日常生活における蛮行が頻繁に行われた、そういう全体を指しているのだ。見方を変えれば、日本人の思い上がったこのような行為こそ、みじめな、そして軽蔑すべき行為であった。これでは、五族協和による王道楽土の実現は始めから不可能であったと思われる。

 先にも触れた「曠野に消えた青春」では、次のような記述が注目される。(240頁)。「現他人に対する非行に対しては寛大であったから、小盗児(ショートル・泥棒のこと・注 中村)を満州国警察官に咎められても、訓練所内に逃げ帰れば中隊長裁量の罰則で、「反省者」として衛兵所内に軟禁される程度であった。正に義勇隊訓練所は治外法権領内であって、恐いのは関東軍憲兵隊のみであった。

(読者に感謝)

|

« 人生フル回転「時効廃止の衝撃。検察審小沢起訴相当」 | トップページ | 人生フル回転「死刑を破棄した最高裁。ブナの木の法要」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ②満蒙開拓青少年義勇軍:

« 人生フル回転「時効廃止の衝撃。検察審小沢起訴相当」 | トップページ | 人生フル回転「死刑を破棄した最高裁。ブナの木の法要」 »