« 第三章 満州の嵐 ―開拓民の苦難と中国人の抵抗― | トップページ | 人生フル回転「中曽根さんの集い。身代わり投票。中学生の大麻 »

2010年4月 4日 (日)

第三章 満州の嵐

―開拓民の苦難と中国人の抵抗―

 当時の新聞や文献を見ると、匪賊とか匪襲という言葉が目立つ。匪賊とは、本来、武装した盗賊の集団のことであるが、彼らの中には、日本によって土地を奪われて匪賊になるものも多かったという。抗日運動が盛んになるにつれ、このような匪賊も運動に加わって日本農民を襲うようになった。だから、本来抗日を目的とするゲリラと、匪賊は区別がつかない状態になっていたと思われる。

 私は、もと埼玉村開拓団のある人から次のような話を聞いた。それは、昭和14年12月末のこと、開拓団員の一人がゲリラに惨殺されたのである。雪の中を二人の団員が、部落から4キロ程離れた森にそれぞれ橇を走らせて薪を取りに入った帰りにゲリラに襲われたのであった。彼らは、丘の向うにゲリラが進んでくるおびただしい人馬の音を聞いた。必死で逃げたが一人が捕まった。逃げ帰った者の知らせを受け、全団の男が武装して現場付近の捜索に当たった。被害者は、死体で雪の中に放り出されていた。身につけていた物は全て剥ぎ取られ、顔は殴られて、元の顔が識別できぬ程腫れ上がり、その上、全身数十ヵ所をナイフで刺され、喉はえぐられていた。体の血は全て流れ出して、辺りの雪を真っ赤に染めていた。そして、血を抜かれた死体はコチコチに凍って、白いミイラのようになっていたという。

 満州至る所の開拓団がこのようなゲリラの襲撃を受けていた。中でも土龍山(どりゅうざん)事件と呼ばれる事件は、非常に大規模なものであった。これは、謝文東(しゃぶんとう)を頭とする農民の武装蜂起で、最大時、6万7千人の農民が武器を取って参加した。先程の李沢民の話にある、彼の祖父が加わった抗日ゲリラというのがこれである。

 李は、自分の祖父が日本軍に殺されたというだけに、この事件について聞かれると熱っぽく語り出した。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

|

« 第三章 満州の嵐 ―開拓民の苦難と中国人の抵抗― | トップページ | 人生フル回転「中曽根さんの集い。身代わり投票。中学生の大麻 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 第三章 満州の嵐:

« 第三章 満州の嵐 ―開拓民の苦難と中国人の抵抗― | トップページ | 人生フル回転「中曽根さんの集い。身代わり投票。中学生の大麻 »