« 人生フル回転「たまゆらの悲劇。八ッ場ダム勉強会。」 | トップページ | 誤導事件 »

2010年3月 6日 (土)

誤導事件

 また、竹腰徳蔵議員は次のような賛成意見を述べる。「今秋、本県中心の特別大演習が挙行されるに当り、県として万般の緊要施設をなすべき経費850,617円の大演習予算に対し慎重審議の結果賛成意志を表し得ることを欣快とする。明治26年には大演習に天皇陛下を迎え奉り、40年後の今日、再び錦旗と共に行幸を迎え奉る栄誉を辱しうる次第と相成った。この感激に燃ゆる県民代表たる我々は、県の面目上、万、遺憾なき準備を了せねばならぬ」

 マスコミの反応も大変なものであった。次は、天皇陛下が11月10日、予定どおり前橋駅に到着した時の様子を伝える東京朝日新聞11月11日、群馬版の記事である。

「錦旗さん然、仰ぎ奉る民草ただ感激の極み、上毛の山河、光栄に輝く。大元帥陛下には、陸軍特別演習御統裁のため昨10日上毛の地に錦旗を進めさせ給う。この日、北関東の空は一片の雲もなく、上毛三山紅葉に映えて、100万県民は、或いは御道筋に奉迎、或いは神社仏閣にて遥拝の式を行い全県、光栄と感激のるつぼと化した」

 このような興奮ぶりであったから、関係者の緊張ぶりは大変であったらしい。演習の後、天皇は県内を行幸したが、前中(現前橋高校)も予定地の一つだった。当時英語教師だった大村武男は、前中講堂で英語の天覧授業を行った。伝え聞くところによれば、大村はこの日に備えて英語の教材を100回も読んだという。なお、大村武男は、平成7年12月私がこの書を執筆中に死亡。93歳であった。

 この行幸に関して一つの事件が起きた。有名な誤導事件である。天皇の車を先導する警察官が緊張のあまり、予定地を一つ跳び越してしまったのである。

場所は桐生市であった。天皇を迎える桐生高等工業学校(現在の群大工学部)では、半年も前から準備にとりかかっていた。そして2ヵ月前から寮では、刺身などの生物を禁止し、学生にはチブスの予防注射を始め健康診断を再三行い、また、校内を清潔に維持し、学校を挙げて奉迎の練習を繰り返し、万全の体制でこの日に備えていた。

 

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

|

« 人生フル回転「たまゆらの悲劇。八ッ場ダム勉強会。」 | トップページ | 誤導事件 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 誤導事件:

« 人生フル回転「たまゆらの悲劇。八ッ場ダム勉強会。」 | トップページ | 誤導事件 »