« 人生フル回転「振り込め詐欺の首領に懲役20年。ドクターヘリのこと。」 | トップページ | 第三章 満州の嵐 »

2010年3月27日 (土)

第三章 満州の嵐 ―開拓民の苦難と中国人の抵抗―

①満州開拓民、勢多郡宮城村出身の東宮大佐の活躍

―中国人から農地を取り上げる。抗日の嵐。抗日の英雄謝文東―

第三章・①の粗筋

 満州開拓民を真剣に考えていたのが民間では加藤完治、軍では、石原莞爾と東宮鉄男だった。東宮は勢多郡宮城村の出身。第一次武装移民。関東軍の指揮の下で、強制的に土地を買収。これに対するゲリラの襲撃。ゲリラの頭・謝文東は抗日の英雄。

1932年(昭和7年)3月満州国建国

同年5月       東宮鉄男・松花江一帯を調査

同年10月      第一次移民、ジャムス着

 昭和の初めの頃、中国大陸、満州への移民の声が次第に高まっていた。また、折りからの農村不況は、満州開拓の必要性を高めていた。そして、この動きを本格化させる大きなきっかけとなった出来事が、1932年、昭和7年の満州国建国であった。

 満州国は実質的に日本の植民地であったから、この建国は、開拓移民の大きな受け皿ができたことを意味した。また、満州国における日本の支配の実体をつくるためには、大地に根づく日本人農民が必要であった。だから、国策による指導があれば、当時不況のどん底にあった日本農民が、水が低きに向かうようにこの満州国へ流れ込むのは必然のことであった。

 当時、日本国民高等学校の校長加藤完治が早くから満州農業移民の構想を練っていた。この学校は農村の中心となる立派な人物を育成しようとしていたが、やがて満州開拓が本格化する中で、満州移民の訓練機関としての役割を担うようになる。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

|

« 人生フル回転「振り込め詐欺の首領に懲役20年。ドクターヘリのこと。」 | トップページ | 第三章 満州の嵐 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 第三章 満州の嵐 ―開拓民の苦難と中国人の抵抗―:

« 人生フル回転「振り込め詐欺の首領に懲役20年。ドクターヘリのこと。」 | トップページ | 第三章 満州の嵐 »