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2010年3月31日 (水)

人生フル回転「長官銃撃時効。オウム。小泉毅の死刑」

◇警察庁長官銃撃事件は、30日午前0時に、事件発生から15年が経過し時効が成立した。時効の制度については疑問をもつ人が多い。殺人罪については時効をなくす法案が国会に提出されている。

 注目されるのは公安部長の記者会見の内容である。事件は、オーム真理教グループの組織的計画的犯行だったと断定した。これは、おかしいのではないか。確たる証拠がないから起訴できず、その結果時効となった。なのになぜオームの犯罪と断定するのか。オームの犯罪が許し難いこととは別の問題である。

 国松警察庁長官が自宅マンションの前で狙撃されたことは、警察に対する威信を傷つける行為だった。しかし犯人を逮捕出来なかったことは更に警察の威信を傷つけた。そして、今回の記者会見は、恥の上塗りだと思う。

◇オウム真理教が地下鉄サリン事件を起こしたのは1995年3月20日であり、国松長官(当時)が襲撃されたのは10日後の3月30日であった。

 日本の今日の治安情況は、地下鉄サリン事件抜きに語れない。日本の治安に関する安全神話はこの事件によって崩れた。高学歴の若者がオウムに走ることも社会に衝撃を与えた。死刑判決を受けた若者たちは、今何を考えているのだろうか。

◇元厚生次官らを連続殺傷した小泉毅被告に対して埼玉地裁は死刑判決を下した(30日)。

 08年11月にこの事件が起きた時、マスコミは年金行政を恨む者のテロ行為とみた。ある新聞は「問答無用」の暴力という表現を使った。五・一五事件の時、犬養首相が「話せばわかる」と言ったのに対し、暴漢は「問答無用」と叫んで射殺したのである。

 数日後逮捕された男は思想犯とは無縁な、保健所に犬を殺された事を恨む46歳の凶悪な人相の中年男だった。

死刑判決を受けた事で改めて考えさせられるのはこの男の経歴である。中学生の頃は数学がクラスのトップクラスのよく出来る生徒だった。その頃の写真は利発そうなきれいな笑顔で模範的は生徒に見える。佐賀大の理工学部に進み中退。そして現在の暴力団顔負けの凶暴な人格。この間に何があったのか。何が彼の人生を狂わせたのか。法の世界ではこの男を死刑にせざるを得ない。しかし、社会全体の問題とすれば、それでいいのかという大きな疑問が残る。

◇2人に1人ががんに罹る時代、タバコの害は気にかかる。止めたのに吸わされる結果になる受動喫煙は迷惑だ。神奈川県は、刑罰付きの受動喫煙防止条例を4月から実施。公共空間での受動喫煙禁止の傾向は全国に広がる傾向である。がんには総合的な対策が必要である。県がこのような条例を作ることは県民の自覚を促すことになる。本県も検討すべきだ。(読者に感謝)

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2010年3月30日 (火)

人生フル回転「中国毒ギョーザ事件の解決。ブルブルの花見」

◇中国毒ギョーザ事件が解決に向けて大きく動いた。千葉県や兵庫県で中国製ギョーザを食べた10人が中毒症状を訴えたのは08年1月こと。

 この度、中国公安当局は、天洋食品の元従業員が殺虫剤メタミドホスを注射器でギョーザに混入させたことを明らかにした(28日)。呂容疑者は正社員になれないことなど工場に対する恨みから犯行に及んだという。

 容疑者の呂は山間部から出稼ぎに出ていた。彼の実家は、水道や電話もなく年収は2万7千円余りという貧しさ。この事件から、貧しいながらも落ちついていた中国の農山村地帯が自由主義経済が進む中で大きく変容しつつあることを感じる。

 中国産食品から有毒物質が検出されたという報道は、この事件以前も跡を絶たなかった。しかし、この毒ギョーザ事件は、故意に毒物を混入した疑いがある点で、それまでの残留農薬検出事件とは質的に異なっていた。中国当局が異例の記者会見をして一部のメディアに容疑者拘束の事実を公表したのは、不正に対して断固とした姿勢を示す事により中国製品に対する世界の信用を回復したいと考えたからに違いない。

◇忘れている人が多いだろうが、このギョーザ事件は、本県でも大騒ぎになった。08年2月1日の私のブログには次のような記述がある。

「県食品監視課は、千葉県、兵庫県で食中毒を起こした中国製ギョウザと同一食品の2種類が県内店舗で販売されていることを発表した。それは、『CO・OP手作り餃子』と『中華deごちそうひとくち餃子』で、これまでに『CO・OP手作り餃子』を食べて下痢や吐き気を訴えている人が8人いる。相談窓口、問い合わせ先は、県食品監視課及び各保健福祉事務所である。県は、販売店に販売の自粛を要請した。全国の多くの県で被害が発生、その数は400人を超え中には意識不明の重体になった人もいた。中国は眠りから醒めて金もうけに狂い出した巨大モンスターのようだ。モンスターの吐く毒気に国の検査機関はお手上げなのか。信用できない状態だ」と。

 今回、中国当局が長い時間と努力を払って自ら容疑者を突き止めて公表した事は、巨大モンスターが冷静さと余裕を示した姿にも見える。

◇月1のバスツアー。今月は花見コースだった(28日)。横浜の三渓園、東京は千鳥ヶ渕と北の丸公園、いずれも花は5分咲きであった。予定よりも大幅に遅れたのは寒さのせい。真冬に戻ったような寒さだ。花は寒さに敏感である。黒いごつごつした幹の下に繊細な神経が通っていて開花をためらっているのだろう。北の丸公園近くでは、靖国神社の春の大祭が行われており露店が並び人がごった返していた。人の波の中に入ると寒さもやわらぐ。異常気象は複雑な波をつくって押し寄せる。今年の夏が心配だ。(読者に感謝)

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2010年3月29日 (月)

人生フル回転「保育園児の未来。菅家さんの無罪。桑原氏の質問」

◇久しぶりに保育所の終了式に出て驚いた(27日)背筋を伸ばしてイスに腰かけているピカピカの児童たちの顔つきが入所時と格段に違っている。視線にしっかりした意志が感じられるのだ。目前の小学校入学が小さな心に緊張感を生んでいるのだろう。

 子どもたちの心は純白の状態である。彼らを待ち受ける競争社会の中で、彼らの心はどのように変化するのだろうかと思った。私は挨拶の中で、お父さん、お母さんに申し上げますといって、子どもたちの前途には大きな可能性と共に様々な困難が横たわっています、その中を逞しく生きる力を身につけさせるように頑張って頂きたいと存じますと述べた。

◇最高裁で無期懲役が確定していた菅家さんの無罪判決が再審で言い渡された(26日)。逮捕から18年余りが経っている。一度確定した裁判に対して再審が開かれるのは非常に難しい。菅家さんの場合、最も進歩したDNA型鑑定が行われなかったら菅家さんは無期懲役の暗闇から救い出される事はなかった。

 菅家さん逮捕の経緯を見れば他人事とは思えない。まじめに生活していた人がある日突然疑いをかけられ凶悪事件の犯人に仕立てられる。冤罪の恐怖。それは民主主義の社会の陰に潜むワナである。宇都宮地裁に26日、1500人の人が傍聴を求めて列を作った。このことは、多くの人々が菅家さんの事件を身近なことと感じていることを示している。

 菅家さんのケースは無期懲役だったが、死刑の確定判決が再審で覆された例もある。死刑が執行された後に冤罪だったことが明らかになるとしたら、恐ろしいことだ。飯塚事件は、現在、死刑執行後の再審が求められている。あのピカピカの保育所の児童の行く手にはこのようなワナも待ちかまえているのだ。

◇民主党の桑原衆院議員の国会質問に注目。桑原さんは、地方議会が国に対して提出する意見書の扱いについて質問した(26日)。この2月県議会でも、永住外国人への地方参政権付与に反対する意見書や子ども手当財源の地方負担に反対する意見書など、重要な意見書10本の提出が可決された。

 地方自治法が地方議会に意見書提出の権能を認めている趣旨は、国が地方の意見を重視すべきものとしていることである。しかし、多くの意見書がどのように扱われているのか一向に伝わってこない。全国からはおびただしい量の意見書が常に提出されている筈だ。地方議会への回答、あるいは少なくともどのような意見書が提出されているかの公表位して欲しいと思っていた。

 桑原さんは元県議の経験も踏まえて、回答の必要性を訴えた。千葉法相は、意見書は重く受け止めなければならない、地方議会にどう答えるか検討すると述べていた。(読者に感謝)

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2010年3月28日 (日)

第三章 満州の嵐

―開拓民の苦難と中国人の抵抗―

 また、関東軍内部では、石原莞爾中佐らが北満移民を検討していた。そして、この石原中佐の下で、満州移民に大きな役割を果した人が東宮鉄男大尉であった(後に大佐となる)。東宮鉄男は勢多郡宮城村苗ヶ島の出身で、前橋中学校を経て陸軍士官学校を卒業し、若い時から大陸に関心を持っていた。

 実は、私は小学校一年生の時から、この東宮鉄男のことは良く耳にしてきたのである。私が宮城村の小学校に入学した時のクラスに東宮文雄という腕白がいて、私は彼と仲良しになった。そして、彼がいつも自慢していたのが東宮大佐のことだった。「俺んちの本家は東宮大佐だ」と彼からよく聞かされて、どういう人だか知らないが偉い兵隊さんなのだろうと子供心に思っていた。

 東宮文夫は、現在、宮城村苗ヶ島湯之沢の赤城温泉の当主である。また、私の妻の実家は宮城村の大崎家であるが、妻の祖父佐四郎は、苗ヶ島の同じ東宮家から大崎家に入った人であった。私は、このように身近に感じてきた東宮鉄男が満州移民において果した役割を知って驚いたのであった。

 関東軍司令部付満州国軍事顧問東宮鉄男は、1932年・昭和7年5月(満州国建国はこの年三月のこと)、北満の平野を滔と流れる松花江を下りハルピンに至り、松花江の両岸に広がる沃野を眺めて、「大和民族の大量移住地はここだ」と叫んだという。東宮は、北満の松花江一帯を調査し、意見具申書を関東軍に提出する。

 石原莞爾、加藤完治、そして、東宮鉄男たちの考えは、日本農民を満州に永住させて、民族の協和を図り、王道楽土を実現することであった。これらの人々の考えは政府の移民政策の基礎となった。また、彼らの行動は、政府の政策をリードしていったといえる。

 この頃、日本の政府・会議も満州移民政策の推進に大きな一歩を踏み出す。1932年・昭和7年3月に満州国が成立すると、この年8月、「満州試験移民」の計画が政府から発表され、この月の臨時議会では総額20万余円の予算も認められ、直ちに移民の募集がなされ、この年の末には基礎的訓練を受けた者が満州を目指して東京を出発するというスピードぶりであった。

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2010年3月27日 (土)

第三章 満州の嵐 ―開拓民の苦難と中国人の抵抗―

①満州開拓民、勢多郡宮城村出身の東宮大佐の活躍

―中国人から農地を取り上げる。抗日の嵐。抗日の英雄謝文東―

第三章・①の粗筋

 満州開拓民を真剣に考えていたのが民間では加藤完治、軍では、石原莞爾と東宮鉄男だった。東宮は勢多郡宮城村の出身。第一次武装移民。関東軍の指揮の下で、強制的に土地を買収。これに対するゲリラの襲撃。ゲリラの頭・謝文東は抗日の英雄。

1932年(昭和7年)3月満州国建国

同年5月       東宮鉄男・松花江一帯を調査

同年10月      第一次移民、ジャムス着

 昭和の初めの頃、中国大陸、満州への移民の声が次第に高まっていた。また、折りからの農村不況は、満州開拓の必要性を高めていた。そして、この動きを本格化させる大きなきっかけとなった出来事が、1932年、昭和7年の満州国建国であった。

 満州国は実質的に日本の植民地であったから、この建国は、開拓移民の大きな受け皿ができたことを意味した。また、満州国における日本の支配の実体をつくるためには、大地に根づく日本人農民が必要であった。だから、国策による指導があれば、当時不況のどん底にあった日本農民が、水が低きに向かうようにこの満州国へ流れ込むのは必然のことであった。

 当時、日本国民高等学校の校長加藤完治が早くから満州農業移民の構想を練っていた。この学校は農村の中心となる立派な人物を育成しようとしていたが、やがて満州開拓が本格化する中で、満州移民の訓練機関としての役割を担うようになる。

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2010年3月26日 (金)

人生フル回転「振り込め詐欺の首領に懲役20年。ドクターヘリのこと。」

◇平成21年版警察白書は、特集「日常生活を脅かす犯罪への取り組み」の中心に振り込め詐欺を取り上げている。

 警察の使命の第一は、市民の日常生活の安全を守ることである。そして、今日、あたかもビジネスを行うように、市民の日常生活に食らいつきその生き血を吸い続けるのが振り込め詐欺である。従って、警察は、威信をかけてその撲滅に全力をあげているのだ。

 東京地裁は、24日、仲間からキングと呼ばれた振り込め詐欺団首領に懲役20年を言渡した。

 グループは、計約一億四千六百万円をだまし取った。裁判長は、「グループは高度に組織化され職業的に振り込め詐欺を繰り返した、そして被告は、複数の実行グループを統率した犯罪集団全体の主宰者」と指摘した。

 このキングと呼ばれた戸田被告等に対しては、被害者役100人が訴訟を起こし、うち34人分約一億七千万円の賠償を命じる判決が出ている。

 この種の犯行グループは20歳代と30歳代前半の若者が多くを占めるといわれる。厳しい判決が出たことは、罪の意識をもたない彼らに対する効果的ないましめになるに違いない。

◇金融機関で口座を不正開設して詐欺容疑などで逮捕された者が、本県では昨年1年で47人いた。他人に利用させる目的を隠して自己名義の口座を開設し、口座やキャッシュカードを手に入れる行為は、金融機関を欺して物を得ることだから詐欺罪になるのだ。

 このような口座の不正開設が急増し、それは、振り込め詐欺の温床になっているといわれる。逮捕されたある男は、ヤミ金融業者に、通帳を渡せば元金や金利を減額するともちかけられて犯行に及んだという。

 自分の口座を開くことには、罪の意識をもたない人が多いと思われる。現代社会は、油断すると、犯罪に加担し、また犯罪に巻き込まれてしまう。振り込め詐欺は、現代社会の難しく便利なシステムを悪用する犯罪で、これを許すと、信頼関係で成り立つ市民社会の基盤が崩れてしまう。

日赤病院の知人を見舞い、その折、事務局を訪ね、建て替え問題やドクターヘリについて話した(25日)。私は、前橋日赤病院の経営審議委員をしている。

 日赤は県が始めたドクターヘリの拠点である。ドクターヘリは、医師が乗り込んだ救急ヘリコプターで、空飛ぶ病院である。ヘリの維持費は、県と国が半分ずつ負担する。

 県内どこでも約20分で行ける。医師が少ない山間部などには大きな救いとなり、医療の地域格差を埋めることにもなる。

 昨年2月18日にスタートして1年が経った。今年3月18日迄の出動件数は328件。ヘリが離着陸できるランデブーポイントは、校庭、公園など県内473ヶ所。出動の判断は消防署が行う。市民との接点は119番である。(読者に感謝)

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2010年3月25日 (木)

人生フル回転「卒業式の国旗・国歌。県立女子大の活躍」

◇学校行事で一日の大半が終わった(24日)。午前中は、地元芳賀小学校の卒業式。体育館の壇上に貼られた「日の丸」に登壇者は、軽く敬礼する。全員が起立して「君が代」を歌う。名を呼ばれた子ども達は、一人一人、「ハイ」と答えて進み出て卒業証書を受取っていた。違和感のない快い緊張が会場を包んでいた。

 学校での日の丸掲揚と君が代斉唱には今でも反対する声がある。昔、ある教員が生徒を回れ右させ君が代を歌わせなかった事件があった。過去の軍国主義を否定する平和憲法の下で、国家と国旗を自然体で子ども達に教えることが大切なのだ。県議会議場正面にも、ある時期から正式な国旗が付けられるようになった。「国旗は日章旗とする」、「国歌は君が代とする」と定めた「国旗及び国歌に関する法律」が施行されたのは平成11年8月13日のことである。県議会の国旗掲示もこの法律に基づくもの。

◇午後は県立女子大の学位授与式と評議委員会に出た。大澤知事、原議長等と共に壇上に上がると、和服の女子学生の並ぶ姿がお花畑のように見えた。

 富岡学長はよく学生のレベルが高くなったことを自慢する。その事がうなずける会場の雰囲気であった。

 先輩の県会議員たちが中心的役割を果して実現したこの大学も創立以来30年が経つ。評議委員の目で見ると、学校も学生もなかなか頑張っていると思う。大学は、少子化と社会の変化が進む中で厳しい試練の場にある。魅力のない大学は生き残れない時代である。

 学生たちの注目すべき活躍として「県立女子大パトロールの会」の動きがある。夜の9時から10時まで青色回転灯が点滅するパトロールカーで町内を巡回している。自立した女性を育成するという大学の理念を地域の防犯に活かそうとするものだ。

 県立女子大のこの動きは、県の新年度の政策の先駆的役割を果たすものといえる。県は2月議会で、大学と協力して防犯活動をするための予算を可決した。学生ボランティアを募集し、県、県警と力を合わせ、犯罪抑止に取り組もうとするものである。この試みの中で、県立女子大の例を参考にしようとしている。

 県内の国公私立の学生ボランティアを防犯という目的で結びつけることには大きな意義がある。学生運動は遠い過去の語り草となった。学生たちは無気力となって社会のために情熱を傾けることを知らない。この弊風を打破する契機になることを期待したい。

◇大連外語学院大学の陳さんが県立女子大に留学生として来月から入学することになった。私が会長を務める日中議連が中心となって、県立女子大と大連外国学院は08年、正式に連携の調印をした。それに基づく留学生第一号である。旅順に移った広大な新しいキャンパスにおける冬の日の調印式の光景が甦る。(読者に感謝)

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2010年3月24日 (水)

人生フル回転 「ネットの発信が名誉棄損罪に。女の郵便局強盗」

「ネットの発信が名誉棄損罪に。女の郵便局強盗」

◇他人の名誉を傷つければ名誉棄損罪となる。今日の社会の大きな特色として、インターネット上の表現が他人の名誉を傷つける危険性をもつことがあげられる。

 インターネットは新しい表現の舞台である。そこでは、誰でも自由に参加して情報を発信し、それは不特定多数の人の目に触れる。その内容によっては他人を傷つけることになるのだから名誉棄損罪が問題となるのは当然だ。

 自分のホームページにラーメンのチェーン店が「カルト集団」と関係があるかのような書込みをしたことが名誉棄損罪に問われた。トラブルの多いネット社会に警告を与える最高裁の判断である。

 名誉棄損罪については、公共性のある内容を公益目的で公にした場合には、罰せられない場合がある。ラーメンのチェーン店がカルト集団と関係しているとすれば、多くの人の口に入る食品が危ないという意識があったのだろうが、事実関係を確認せず発信した被告の行為を最高裁は有罪とした。

 無秩序になりがちなインターネットの世界に最高裁は毅然とした姿勢を示した。インターネットに関するトラブルは急増している。インターネットを悪用した人権侵害も増加の一途といわれる。安全・安心なインターネット社会をつくらねばならない。インターネットで情報を発信する者は注意しなければならないことをこの判決は示している。

◇女が郵便局強盗をやる時代になった。前橋地裁は、40歳の女強盗犯に、懲役4年6ヶ月を言渡した(19日)。

 女は伊勢崎市の郵便局に押し入り、女性局員に包丁を突きつけて脅迫、更に近くにいた女性客を羽交い絞めにして100万円を奪ったというのだから凄まじい。逃げようとした車にカラーボールを投げつけられたことから間もなく逮捕されたという。

 犯行の動機は、自ら会長をつとめる子ども育成会の会費を着服し、その返済の金欲しさというから、地域社会の身近な犯罪のように思えてならない。この女は、白昼の金融機関に対する強盗が本当に成功すると考えたのであろうか。この女の家族はこの事件でどうなるのだろうか。地域の対応も気になる。

◇また、衝撃的な事実が報じられている。死刑が確定後収容中に死亡した男の再審請求に関することだ。一家3人を殺し死刑が確定した「三崎事件」の荒井政男は収容中82歳で死亡したが、再審請求が出されていた。

 横浜地裁は、唯一の証拠とされた血痕のDNA鑑定を実施することを決めたというのだ。血痕は元死刑囚の大工道具の袋に付着していたもので、地裁では、被害者の血液型とされたが、元死刑囚は自分の血だと主張していた。最新技術の鑑定で死刑判決がくつがえることも有り得る。死刑執行後の再審が求められているのが「飯塚事件」である。(読者に感謝)

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2010年3月23日 (火)

人生フル回転「超科学の成果にも人為ミス。外国人参政権反対論」

◇先日閉会した2月議会では国に対する多くの意見書の提出が議決された。地方自治法は、地方議会がその自治体の公益に関する事柄につき意見書を国会又は関係行政庁に提出することが出来ると定めている。その中から特に話題性が高いものを取り上げる。

 「選択的夫婦別姓のための民法改正に反対する意見書」、現在の制度は、夫又は妻の姓を名乗ることになっている(夫婦同一姓)が、選択的夫婦別姓制度の導入により親子別姓をもたらし家族の一体感や絆をそこねかねないというもの。

「教員免許更新制の存続を求める意見書」、平成21年度から更新制がスタートした。それまでは一度得た免許はいつまでも続いた。更新制の下では期限内に講習を受けなければならない。ところが民主党政権は、更新制を抜本的に見直すことを表明した。意見書は良質の教員を養成する上で更新制は必要だから、これを是非存続すべきだとするもの。

 「永住外国人に対する地方参政権付与に反対する意見書」、永住外国人に対して地方参政権、つまり投票権を認めることは、民主主義の根幹にかかわることであり憲法上も問題があるから反対であるというもの。

 この点について、2月17日の「朝日(ちょうにち)友好新春の集い」で角田儀一さんは、今年は日韓併合百年に当たることそして、日本は、朝鮮半島の人々に多くの屈辱を与えたことを挙げて参政権を認めるべきだと激しく主張した。「屈辱を与えた」点は歴史的事実であり謝るべきだと思うが、そのことと彼らに参政権を与えるか否かは別次元の問題である。角田さんの発言は、「参政権を得たい方は帰化すればよい」という意見に対し、それは、屈辱を受けた歴史を踏まえれば民族のプライドが許さないということを主張するものであった。

◇超科学の成果、そして、究極の極め手というべきDNA型のデータも、単純な人為的ミスがつきまとうことが最近明らかになった。

 菅家さんは今月26日再審判決でほぼ確実に無罪が言い渡されるが、その極め手は、「4兆7千億人の中から1人を識別出来る」といわれる最新のDNA型鑑定技術であった。

 この技術でDNA型が一致したとして神奈川県警は今年初め容疑者としてある男の逮捕状を取ったが、全く別人と判明。警察庁が管理するDNA型データベースに誤った情報が登録されていたのだ。専門家によれば、資料の取り違えや結果の誤入力という人為的ミスの危険性は常に存在するのだという。

 本県の科学捜査研究所にも、この最新の装置が配備されることになった。昨年7月の臨時議会で配備のための1億1千万円が議決された。2度と足利事件のような冤罪を起こさないためである。

 このDNA型鑑定体制に備え科学鑑定に当たる職員の募集を行ったところ、2人採用のところ70数人の応募があった(昨年6月30日の私のブログ)。これらの人の責任は重い。(読者に感謝)

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2010年3月22日 (月)

遂に日中全面戦争へ

「そのとおりよ。歓迎どころか、皆、日本人を恨んだ。日本人は、私たちの土地や家を強制的に取り上げたよ。土地や家を取られて黙っている人はいない。抵抗するの当然よ」

「では、先生が書いている満州の抗日ゲリラの中には土地を取られた人たちも」

「そのとおり。私の祖父もそうだった」

李沢民は、こう言って、じっと私を見すえた。彼の言葉には何か異様な重みがあった。また、私を見つめる視線にも尋常でないものが感じられ、私も木村も黙って李の次の言葉を待った。少しの間、緊張した沈黙が続いたが、李は決意したように、ふっと柔らかい笑顔になって言った。

「日本のやり方があまりひどいので、謝文東という地主が中心となって抵抗運動に立ち上がったのです。私たち一家も土地を取り上げられ家を追われていたので、祖父は謝文東の仲間に加わり戦ったのです。そして、日本の兵隊に殺されました」

「えっ」

 私は思わず叫んだ。

李沢民は静かな笑みを浮かべ、じっと私を見ていた。

「先生がこれから満州のことをどのように書くか楽しみにしています」

「これは、責任重大だ。また、時々、大事な所で教えて下さいよ」

「承知しました。日中友好のために、また、犠牲になった祖父や日本の開拓の人たちの霊に報いるためにも」

「昔の中村塾の歴史の話より面白くなりそうですね。私も満州の歴史を勉強する気になりました。満州のできごとを正しく理解することが、50年前の戦争を正しく理解するためにすごく大切だと思うんです。先生、期待しています」

 久しぶりの会合は、有意義なものであった。そして、3人の心の中に、何か新しい出発点が生れたように思えたのであった。

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2010年3月21日 (日)

遂に日中全面戦争へ

炎の山河また、この年11月の通常県会では土屋正三知事が開会に当り次のように挨拶した。

「目下帝国は未曾有の非常時に際会致しまして、我が忠勇なる皇軍は、或は北支に、或は上海の方向に、暴戻(ぼうれい・荒々しく道理に反すること)なる支那軍を懲して、赫たる武勲を中外にあらわしております。此の時局に対処しまして、特に国防に関係ある産業の振興を図り、出征軍人遺家族の生活の安全を期することは、銃後の護りに任ずる国民と致しまして、最も緊要なることと存ずるのであります。これらに関する諸般の方策につきましては、政府の方針に順応致しまして、地方の行政におきましても、できる限り努力を払わねばならぬのであります。」

このようにして、地方社会においても、戦争への準備が進んでゆき、やがて国を挙げての臨戦体制へと突き進んで行った。

ところで、中国大陸では、このように、全体を後戻りできない泥沼に引き込むような事態が進展していたが、それに引きずられるようにして、一般の国民が中国大陸の黒い渦の中に、それと知らずに巻き込まれてゆく。それが、満州開拓農民の姿であった。

私がこの原稿を書いているある日、元塾生の木村誠と中国人の李沢民が訪ねてきた。3人は、あの傍聴の日の出会い以来、何となく意気投合し、時々会ってお茶を飲みながら日本や中国の歴史について、あるいは、私が今書いていることについて話に花を咲かせていた。

「中国の人は満州という言葉を今も使うの」

「いや、使わない。満州と言う時は、偽満(ウェイマン)と言うよ。本当の満州ではなく、日本が勝手につくった偽の満州ね」

 私の質問に対して、李は即座に明快に答えた。私はこれを聞いて、この偽満という言葉は日本の満州進出の本質を衝いていると思った。

「先生、日本が不景気で農家の人や失業者が困っている時、満州という国ができて、みんなどっと出て行った。しかし、それは、現地の人に歓迎されなかった。そのわけは、本当の満州国ではなく、偽満だからなのですね」元塾生の木村が尋ねた。すると、李沢民がすかさず口をはさんだ。

  

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2010年3月20日 (土)

遂に日中全面戦争へ

 ここで、中国における日本の行動の筋道を大まかに整理しておく。1931年(昭和6年)、柳条湖で、関東軍が鉄道を爆破し、それを中国のしわざだとして攻撃、ここに満州事変が始まり、関東軍は次々と満州の支配を進める。1932年(昭和7年)、満州支配のために満州国を建国する。満州国の建国は中国民の反日感情を刺激し、また、国際世論の非難を浴びた。その影響は大きく、まず、ソ連は極東の軍備を増強させる。そして、中国の抗日ゲリラは、ますます勢力を広げ満州国を脅かす。また、米英との対立はますます厳しくなっていった。軍部はこの行き詰まりを打開するために遂に万里の長城を越えて華北の支配を目指す。そして、このことが原因で日中全面戦争へと進んだ。

 この日本の行動は、明らかに中国に対する侵略行為だった。最初の侵略行為が中国の反撃を招き、また、諸外国の非難を生み、行き詰まり状態をつくり出す。そして、これを打開するために、次の軍事行動を起こす。この連続だった。

 最初の行為が侵略でなく自衛だと説明されている国民に、その後の一連の行為がすべて自衛のためと見えるのは当然のことであった。事実、日本国民のほとんどは、日本が中国を侵略しているとは思っていなかったのである。

 当時の群馬県議会の様子を見ると、そのことがよくうかがえる。

 昭和12年8月の臨時県会では、まず、星野元治議長は、「不幸にして7月7日北京におきまして、日支の衝突に端を発した実に容易ならざる時局に立ち至りました」と事変について触れ、続いて、同議長が将兵に対して感謝の電報を送りたいとはかり、次の電文が全員賛成の下で打電された。「帝国政府の毅然たる決意と照応し、灼熱を冒し重大なる任務に就き日夜、皇軍の威武を輝かされつつある閣下、並びに将兵各位の御労苦に対し、ここに群馬県会は満場一致の決議をもって謹んで深甚なる謝意を表し併せて武運の長久を祈る。呉ら県民は一致協力誓って銃後の護りに万全を期す。   群馬県議会議長 星野元治」

 

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2010年3月19日 (金)

人生フル回転「元死刑囚金賢姫来日と拉致問題。強姦魔懲役30年」

◇金賢姫元死刑囚の訪日に向けて日韓両政府は調整を始めたといわれる。日本政府の目的は拉致問題について情報の提供を求めることである。

 大韓航空機を爆破した金は記者会見で、彼女に日本語を教えた李恩恵は日本人であることを明らかにし、警察庁は、この李が拉致被害者の田口八重子さんと確認した。警察庁のこの確認で拉致問題が日朝の懸案問題として新たに登場した。金賢姫は拉致問題の重要なカギを握る人物なのである。

 県議会では、拉致議連が出来ている。多くの日本人が北朝鮮に拉致されていることに日本国民が怒るのは当然であり、地方議会の議員が拉致問題の解決に向けて行動を起こすことは政治家としての使命であるからだ。

 今、県議会で外国人の参政権を認めるか否かが問題となっているが、そのネックは在日朝鮮人(特に北朝鮮系)問題である。また、高校生の授業料無償化の対象から朝鮮人学校を除外すべしという意見も北朝鮮の拉致問題と関わっていると私は考える。

◇金賢姫が115人乗りの大韓航空機をビルマ沖で空中爆破させたのは1987年(昭和62年)11月29日の事。世界の目は逮捕された美貌の若い女に集まった。もう一人の犯人の男は隠し持っていた毒をのんで自殺、金賢姫は毒を飲む直前にとらえられた。二人は金正日書記の特別の指示で犯行に及んだことが明らかにされた。

 大韓航空機爆破の目的は翌年に迫ったソウル五輪を妨害するためとされた。自分こそ、朝鮮半島を代表する国だと自負する北朝鮮にとって、韓国がオリンピックを成功させることは、プライドが許さないことであったと言われた。

 韓国の航空機が爆破され多くの犠牲者が出て、それは、韓国の内紛によるとなれば、ソウル五輪は治安上の問題で開催不能になるとたくらんだのである。

 金賢姫は死刑判決を受けたが大統領によって特赦された。北朝鮮の政策が誤りであることを知った金が豊かな国で幸せに生きるのを許すことは、韓国の正統性を世界に示す効果がある。

 逆に北朝鮮にとっては許し難い裏切り行為に他ならない。北の工作員がうじゃうじゃいる日本に、彼女が来るとなれば、その身辺警護も大変なことになる。又、同時に、それを期に、低調な拉致問題に日本国民の関心が集まることになるかも知れない。私はこの方を期待する。

◇広島高裁は、元小学校教諭に懲役30年を言渡した。有期懲役の最高限である。その事実は驚くばかりである。一審が認定した事実は、教え子の女児に対し、強姦罪46件、強姦未遂罪11件、強制わいせつ罪25件、児童福祉法違反罪13件であるという。ここに至るまで犯罪を防げなかった学校と教育委員会にも責任があるというべきだろう。(読者に感謝)

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2010年3月18日 (木)

人生フル回転「怪人鳩山邦夫の離党。八ッ場。集団強姦」

◇鳩山邦夫の自民党離党は、熟慮と冷静な計算に基づく決断なのか。遠くから見ている限りではどうもそう見えない。鳩山内閣の支持率が急落している今こそ、自民党にとって絶好のチャンスなのに、それを活かせない自民党の混乱ぶりは歯がゆい限りだ。鳩山の離党騒ぎは軽率な利敵行為に思える。

 鳩山は、当選以来、政党や会派をめまぐるしく動き回ってきた。信念はどこにあるのか疑いたくなる。衆院当選11回を数え、この間、新自由クラブ、自民党、無所属、改革の会、自由改革連合、新進党、無所属、自民党、そして今回、離党して無所属となった。

 彼の政治家としての行動で印象に残ることが2つある。1つは、文部大臣として偏差値による進路指導を廃止したこと、もう1つは、法務大臣として異例な数の死刑執行を命じたことだ。

 偏差値教育の弊害は私も痛感していたので、鳩山文相の態度は英断だと思った。しかし、死刑の連発には異様なものを感じた。

 鳩山法相の命令で死刑を執行された死刑囚は13人(08年6月の時点)で歴代法相の中では際立っていた。鳩山法相は、「正義を実現するために粛々と執行している」と発言してはばからなかった。

 08年6月17日、3人の死刑が執行され、その中には、4人の幼女を殺害した宮崎勤も含まれていた。その翌日、朝日の夕刊は、「素粒子」の欄で、「永世死刑執行人鳩山法相、またの名、死に神」と書き、テレビは、この記事に激怒する鳩山法相の姿を放映した(08年6月27日の私のグログより)。

 今回の離党行為をこれまでの彼の政治行動歴と重ねて見て、怪人鳩山邦夫の今後に興味をそそられる。彼のもとに集まる議員が誰もいなかったらどうするのだろう。そんなリスクを承知しながらも、離党に踏み出せたのは、金があるからに違いない。

◇17日の八ツ場ダム対策特別委員会では、激論が交わされた。国会における自民党と民主党の対立構造が県議会に反映されているようだ。有毒なヒ素が流れ込んでいて下流の人々は毒水を飲まされているという記事が問題となったが、ヒ素は健康に影響がない程度の微量であることが報告された。

 途中で招かれた茂原副知事は、地元住民の立場に立ってダム建設に向けて全力を尽くすとダムに向けた県の決意を述べていた。

◇前橋地裁では16日、2つの判決が言い渡された。1つはおれおれ詐欺に6年の懲役刑。高齢者の自宅を訪れて現金をだましとる手口で、重刑の理由として、犯行は計画的、職業的で悪質とされた。

 もう一つは、集団強姦等を繰り返した21歳の男に22年の懲役刑。裁判官の言葉に、「人間としての理性が欠落」、「陵辱の限り」、「性犯罪被害の深刻さ」などが見られる。本県の犯罪は減少傾向にあるが決して油断出来ないことを、これらの判決は示している。(読者に感謝)

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2010年3月17日 (水)

「司法界の破廉恥な事件。八ツ場の野口茂四郎のこと」

◇「安全安心なくらし特別委員会」である議員が警視庁の警察官や検察庁の検事がやるのだから一般の人がやるのはしようがないと発言し失笑が起った。カメラ付ケータイで女性のスカートの中を写した事件のことだ。

 このところ、取締り側の破廉恥な事件が余りに多い。こんな状態では、司法の権威は失墜してしまう。スカートの中を盗撮するのは、迷惑防止条例違反といった微罪であるが品位を著しく欠く行為である点が重要なのだ。なぜなら、権力が効果を発揮するためには品位が必要だからである。

 検事の盗撮事件とは、名古屋高検の検事が、バス停の女性のスカートの中をケータイで盗撮した容疑で警察の事情聴取を受けたもの。16日のニュースで報じられた。検事よお前もかと言いたい。

 また、同じ16日の、ケータイのニュースでは、JR総武線で法務省入国管理局の課長補佐が女性会社員の尻を触ったとして逮捕されたことが報じられた。

◇司法の権威を失墜させた昨年の2つの事件を忘却の渕から引き出したい。一つは、ストーカー行為で逮捕された現職裁判官が国会の弾刻裁判で罷免されたケース、もう一つは、福岡高裁の判事が高速バスの中で眠っている女子短大生のショートパンツに手を入れ準強制わいせつ罪で逮捕されたケースである。昨年2月10日の私のブログでも取り上げた。

 司法の権威は、社会の治安と秩序を支える砦である。今、司法の分野に於いてこのような不祥事が続いていることは、日本人の心に大きな変化が起きていること、そして、日本が内面から崩れていく危険を暗示しているように思えてならない。

◇15日、八ツ場ダムの現地視察で、国道145号を進んでいる時、案内をする国交省担当者の説明の中に野口茂四郎が登場した。現在の国道145の基礎となった道路を開くことに功績のあった明治の県会議員である。説明を聞きながらやんば館に着くと、資料室に展示された長野原のかるたの中に、「ぐんまの政治家野口茂四郎」とあるのが目にとまった。

 野口茂四郎(もしろう)の大きな功績は、長野原町誌によれば、道陸神(どうろくじん)峠の開削である。県の費用では足らず、彼は自分の所有地、工事道具、足場材料まで投入した。群馬県議会史1巻では、寄付をした者に工事を請け負わせることの可否が論じられている。(明治22年11月議会)

◇当時の県会の最大の課題は廃娼問題であった。取県令の時可決した「廃娼」に野口の時の佐藤与三県令は反対であった。佐藤は議会の多数派の猛反発を受け免職に追い込まれる。

 野口は少数派の論客で、娼妓を廃しても淫売はなくならないのだから娼妓を公許して取り締まった方がよいと主張した。私は、ふるさと塾で、「廃娼運動」を取り上げたことがあった。(読者に感謝)

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2010年3月16日 (火)

人生フル回転「現地でみた八ッ場ダムの現実。暴力団排除条例」

◇私が久しぶりに目にした光景は、吾妻渓谷に展開する凄じい建設現場だった。谷の上空にかかる橋、山の中腹を抉(えぐ)る無数のトンネル、山の斜面を切り開いて設けられた住宅用地、その間を縦横に走る新しい道路等々。これらは皆、ダム建設を目的として計画されたものであった。今さら、ダムを中止するとは何たることかと改めて思った。

 15日、八ッ場ダム対策特別委員会は朝9時に議事堂をたって八ッ場ダム現地を視察した。雁ヶ沢ランプ、雁ヶ沢トンネル、茂四郎トンネル、川原湯地区代替地、湖面2号橋などを見た。

午後、やんば館で町長や町議会の人たちと意見交換会を行った。八ッ場ダムの問題は長野原町等地元だけの問題ではない。むしろ下流都県の治水・利水に関わる問題なのだ。

 しかし、利根川下流の人々の意識は薄れつつあるのに対し、地元の人たちは毎日、24時間、八ッ場の重圧と緊張から逃れることが出来ない。そして、時の政権と直接対峙の場におかれている。地元、県、そして、下流都県が一体とならねば道は開かれない、と改めて痛感した。

 「地元の私たちを犠牲にしないでくれ」という町長の声が胸に刺さった。また、町会議員・星川由紀子氏の、「大人は子どもをだましてはいけない、そして、大臣は子どもをだましてはいけない」という声は、「八ッ場」が教育の問題に深く関わっていることを人々に訴えていた。

◇私は視察のバスの中で、橋脚の耐震性について工事事務所所長に質問した。最近、大きな地震が頻繁に起きている。東北地方で震度5の地震が起き、群馬でも震度3のゆれが生じたのは、2、3日前のことだ。天にそびえるように立つコンクリートの橋脚は、大地震のエネルギーに対していかにもひ弱に感じられた。答えは、阪神大震災程度の地震に耐えられる構造になっているとのことであった。

◇私は、12日の常任委員会で暴力団排除条例の制定につきただした。暴力団は社会の最大の敵である。これを撲滅するためには、地方の官民が一体となって協力するための環境とシステムを作らねばならない。それが暴力団排除条例の意義である。私は、これ迄にも、この条例の制定を提案してきた。

 県警は、条例制定に向けてアンケート調査してところ、5550人中、4212人、75.9%が条例の制定に賛成したことを明らかにした。

 手本とすべきものは昨年10月13日福岡県議会が可決した全国初の条例である。その直後私たちは福岡県議会を訪ねてこの条例を調査した。

 条例のポイントとして、暴力団員に対する利益供与の禁止、暴力団が利益供与を受けることの禁止、中学生高校生等を暴力団に加入させないための教育、暴力団の排除に資する民事訴訟のための費用の貸付等がある。本県の特色を活かした条例をつくるべきである。(読者に感謝)

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2010年3月15日 (月)

「巧妙な手口で999万円詐取。秋田犬の展覧会」

「巧妙な手口で999万円詐取。秋田犬の展覧会」

◇12日の常任委員会で、私は、主に、振り込め詐欺と暴力団排除条例に関して取り上げた。

 振り込め詐欺の本県の実態は、昨年1年間で126件、被害額は約2億円だった。これは前年比で、件数で199件、額では約3億円の減少である。

 振り込め詐欺は、金のためなら手段を問わないという現代社会の病弊を象徴するものだから撲滅しなければならない。警察は、そのためにいかなる対策をとるのかという私の質問に対して、担当官は、被害と手口についていち速く情報発信すること、金融機関、市町村、ボランティア等と連携をとることなどを挙げた。敵は次々に新たな手口を工夫するから、手口についての情報を知らせて予防させることは特に重要である。

◇12日、振り込め詐欺で999万円を詐取されたという届出が前橋署になされた。これは、今年の振り込め詐欺の最高額である。

 その手口は、次のようなものだ。「会員制有料サイトの延滞金があり、裁判になるかもしれないから電話してくださいとのメールが送信される。電話をすると、訴訟差し止めを代行する会社だが、裁判を取り下げるのに200万かかる」と言われ送金すると、「ほかのサイトの退会処理もされていない。訴訟差し止めに300万円必要」と言われる。このようにして、何回も送金した。裁判になって社会的に知られることを恐れる心理を巧みについたものだ。

◇秋田犬の展覧会に出る(14日)。社団法人秋田犬保存会群馬県支部の展覧会は、この日第68回目を数える。久しぶりの青天の下で、各地から集った秋田犬(あきたいぬ)が華麗な姿を競った。私は顧問として挨拶した。

 日本犬と言えば誰もが先ず秋田犬を挙げる程、代表的な品種で国の天然記念物となっている。ピンと立った耳、美しい鼻のライン、長いあし、全体としての風格等は秋田犬のファンが自慢する点だ。渋谷駅の忠犬ハチ公も秋田犬である。

 ハチ公をモデルにした米映画「約束の犬」が作られた。戦後間もなくアメリカに渡った秋田犬はアメリカンアキタとして広がっている。

 私は、青山墓地の「ハチ公の墓」を訪ねたことがある。忠犬ハチ公の主人で東大教授だった上野博士の片隅にハチ公を顕彰する小さな碑があった。

 出品された秋田犬の雄姿を眺めながら、我が家のナナも、手入れをして、ここに出してやりたいと思った。血統書によれば、ナナの正式な登録名は菜花号で父は上州勘九郎、母は優華という。

 まだ異性を知らぬお嬢さんは、今月21日満10歳の誕生日を迎える。窓の下で、我が家の喜怒哀楽を敏感に嗅ぎ取って成長してきた家族の一員である。殺伐とした社会にあって秋田犬の美しい姿は大きな癒しの存在だ。(読者に感謝)

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2010年3月14日 (日)

遂に日中全面戦争へ

その結果、満州における日本の兵力はソ連と比べ年と共に劣勢になっていった。しかも、ソ連は、中国国内で日毎に増大している共産党勢力と結んで満州包囲作戦を展開していると考えられた。

このような状況からすれば満州を守るために、いずれはソ連と戦わねばならない、そしてソ連と戦うためにも華北を支配することによってこの方面から満州国がゲリラに脅かされるのを防ぐ必要があった。

そこで、1936年、昭和11年、広田内閣は華北五省を日本の勢力下に置く方針を決定し、この地における兵力の増強を行った。しかし、日本のこのような行動は、中国の反日感情をますます刺激し、抗日運動は一層高まっていた。

中国の抗日救国運動の高まりの中でそれまで国内で争っていた毛沢東の共産勢力と蒋介石の国民党勢力は、手を結んで共に日本と戦う体制をつくりあげていった。また、日本が華北支配を進めることは、ここに利害関係を持つ米英との対立を一層深めることになり、米英は、中国側についてこれを支援する方向で動いていった。

このように、中国国内の反日感情が盛りあがる中で、北京で対峙する日中両軍は、何かきっかけがあれば、ブレーキがはずれて激突してしまうという、まさに一触即発の状態となっていた。

1937年、昭和12年7月7日、相対峙する日中両軍の間で起きた発砲事件をめぐり両軍は衝突し、ここから、日本は泥沼の日中全面戦争に入っていった。この発砲事件のあった所が盧溝橋という橋であることから、これを盧溝橋事件と呼ぶのである。これは、北京市の西を流れる永定河に架けられた石造りの橋である。

果てしない泥沼に足を踏み入れようとする時、政府では、戦争の拡大を抑えようとする意見もあったが容れられず、戦いは拡大していった。

 

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2010年3月13日 (土)

誤導事件

 この事件は、県議会でも問題になり、金沢知事は、全責任は自分にあると発言した。

 この事件は、天皇がいかに神格化されていたかを示すものと言える。神の前で人々は冷静な理性を働かせることはできない。この意味で、全ての国民が神である天皇によってマインドコントロールを受けていたと言えよう。より正確には、このような天皇を動かす背後の力によって国民はマインドコントロールされていたと言うべきかも知れない。そして、日本全体が、そのような力によって誤導されていたと言えよう。群馬県警の二人の警部の誤導より、もっと大きな、日本全体を誤導する構図の存在に、理性を失った世論もマスコミも気付かなかった点を、我々は、この事件を通して歴史の教訓として学ぶべきではなかろうか。

⑧遂に日中全面戦争へ

―軍の動きはますます泥沼に。未曾有の事態に県会も重大決議―

第2章・⑧の粗筋

 抗日ゲリラはますます盛んになり、彼らは万里の長城を越えてやってくる。遂に、日本軍は、満州を確保するために、長城をこえて華北に兵を進める。そして、昭和12年日中全面戦争へ。県議会は、満場一致の決議で、中国の皇軍に感謝の決議。

 1931年(昭和6年)満州事変

 1932年(昭和7年)満州国建国

 1933年(昭和8年)国連脱退

 1937年(昭和12年)溝橋事件、日中戦争

 前にも触れたが、満州国が建国されても、これを抗日ゲリラから守り治安を維持してゆくことは容易なことではなかった。関東軍がいくらゲリラを討っても、ゲリラの波は華北から万里の長城を越えて後から後からやってくる。そこで、満州国を維持する為に、日本軍は万里の長城を超えて華北まで支配する必要性に迫られることになる。

 一方、満州国建設によって日本が満州を本格的に支配することは、満州と国境を接するソ連から見れば、新たな脅威であった。そこで、ソ連は極東の軍事力増強に懸命の努力を払った。

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2010年3月12日 (金)

人生フル回転「体罰のガイドライン。最高裁判決」

◇昨日(11日)の教育関係に関する常任委員会で、県教員は、現在、体罰に関する16頁からなるガイドラインの作成に取り組んでいることを明らかにした。そして、参考にする資料として、学校教育法、文科省通知、最高裁判決をあげた。

 ここに至る経緯の中で、平成21年の5月定例議会における私と教育長の間の次のような質疑応答があった(平成21年6月4日)。

 中村「先日、体罰について最高裁判決が出た。体罰がいけないことは法律で定められているがどこまでが体罰に当たるかは法律に書かれていない。現場の先生が必要以上に萎縮してはいけないし、やり過ぎてもいけない。今回の最高裁判決を分析して、どこまでが許されるかの基準を教育委員会が定める必要がある」

福島教育長「今回の最高裁の判決でしっかりとした視点が示されたと考える。今後スタンダードな基準を作っていくことが大切だと考える。当面は、そのスタンダードに近づけるガイドライン的なものが作れればと考える(要旨)」

中村「学校現場では、モンスターペアレントと呼ばれる親たちに混乱させられることも報告されているのでしっかり基準を作って欲しい」

◇09年(平成21年)4月28に結審した最高裁判決は、教員の行為は、目的、態様、継続時間などから判断して教育的指導の範囲を逸脱するものではなく、違法性は認められないとした。

 事案は、天草市の小学校に通う当時小学2年の男児が教員から体罰を受けたとして市を相手取って損害賠償を請求したもの。この男児は上級生を蹴るなどして教員から注意されると、教員のでん部を蹴って逃げた。腹を立てた教員は男児の胸元をつかんで壁に押し当てて大声で「もうすんなよ」と叱責した。これを機に男児は夜中に泣き叫ぶ、食欲が低下する、円形脱毛症が見られるなどと訴えていた。

◇教育委員会がガイドライン作りの際に参考にするという他の2つの要素のうちの文部科学省の通知とは、「児童生徒に対する物理的な力の行使により行われた懲戒は、その一切が体罰として許されないというものではない」とするもの。

◇この日の委員会では、また、小中学生の問題行動が取りあげられた。そして、小学生については暴力がすごい勢いで増えていること、中学生では器物損壊行為が多いことが指摘された。

 これに関して義務教育課長は、学校が一枚岩となって対応することが重要だと答えた。先徒に対する先生の接し方が異なるようでは、彼らを正しく指導することが出来ないというのだ。

 学校が一枚岩の対応をするためにも、体罰に関するガイドラインは必要である。それは、教師が萎縮せず、毅然とした指導を行うための基準となるからである。良いガイドラインを作りたいと思う。(読者に感謝)

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2010年3月11日 (木)

「コンビニ強盗逮捕の意味。振り込め詐欺をなくせ。学校裏サイトの実態」

「コンビニ強盗逮捕の意味。振り込め詐欺をなくせ。学校裏サイトの実態」

◇各地でコンビニ強盗が発生している。24時間営業で、夜間も極く少数の店員で営業しているコンビニは、強盗犯にとって手頃なターゲットに違いない。コンビニ強盗の検挙率は高くない。成功率が高いとなるとますますコンビニは狙われることになる。

 コンビニの語源はコンビニエンスで便利なものという意味であるが、コンビニ店が強盗にとっても便利な存在であることを許してはならない。

 10日、私の携帯に、県警からコンビニ強盗逮捕の情報が入った。昨年12月31日未明、伊勢崎市と前橋市内のコンビニが相次いで強盗に狙われた。伊勢崎市のは未遂であったが、前橋市のは現金約16万円が強取された。同一犯の犯行で、3人は共謀の上犯行に及んだとされる。

 逮捕されたのは、伊勢崎市境上武士の運送業者(55歳の男)、前橋市上佐鳥町の無職の男(31歳)、住所不定無職の男(42歳)であった。

 被害者側は、セブンイレブン伊勢崎西久保店は、当時23歳と19歳の2人の男性店員、セーブオン前橋東大室店は、当時20歳と19歳の2人の男性店員であった。

 私がコンビニで代金を払うとき、手の届く位置にレジが開いていて札が見えることがよくある。俺が強盗なら成功してしまうだろうと思った。無防備は犯罪を誘発する一因となる。店主は、夜間の店員には、犯罪対策上の注意を徹底させるべきだ。コンビニは、市民が、緊急の避難を求める場所でもあるから安全な所であってほしい。県警は、そういう意味からもコンビニ強盗対策を指導すべきだ。今回の逮捕は大きな成果である。

◇本県の犯罪で依然として深刻な状態なのは振り込め詐欺である。私の携帯には、県警から頻繁に振り込め詐欺の情報が入る。今月4日には、「アダルトサイトの利用料金が未収となっていると電話をかけ指定口座に現金を振り込ませた」という事件が報じられた。

 振り込め詐欺は、市民生活という「建造物」を食い荒らす白アリである。現代社会の複雑な仕組みを逆手にとってあきれるような新たな手口を次々に考え出す。白アリ退治の最良の防虫剤は日常生活における私たちの警戒心である。

 平成21年版警察白書は、特集として、「日常生活を脅かす犯罪への取り組み」を取り上げ、その中で振り込め詐欺対策に重点を置いている。思い切って発想の転換を図り白アリ撲滅の成果をあげたいものだ。

◇学校裏サイトは生徒を脅かす存在になりつつある。対策をたてるには先ず実態を把握する必要がある。県教委は学校非公式サイトの調査(2回実施)をまとめた。

 第1回目の調査では、対象64校全てで投稿が検出され、「個人情報の流布」が最も多く全体の75%を占め、「いじめ中傷」に関する投稿も約5%あった。いじめの手段として携帯という怪物が広く使われることを何としても防がねばならない。(読者に感謝)

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2010年3月10日 (水)

人生フル回転「愛子さまの不登校。免許証返納。北関東道の夢」

◇愛子さまが登校出来なくなったのは、男子から乱暴な振る舞いを受けたためと、宮内庁が発表した。報道から知るかぎりでは、男児たちの行動は大したことではない。学習院側は、「給食に遅れそうになった男児二人が早退する愛子さまと廊下ですれ違いざまに接触しそうになった。過去に男児が乱暴なことをしたことを思い出して不安を感じたのではないか」と説明している。過去の乱暴なこととは、別のクラスの男児がかばんを投げる、廊下を走る、大声を出すなどの問題行動だという。

 男児のこの位の行動はどこでも見られることだ。公表することで、マスコミが大騒ぎをし、愛子さまのためにもマイナスになってしまった。学校の雰囲気も活気がそがれ、児童の自由活発な交流が抑えられてしまうのではないか。

 宮内庁は、じっと静観すべきであった。学校側の勇気と見識が問われるところだ。この問題は、愛子さま、学習院、宮内庁という、通常とは異なる要素が絡むが、学校の管理者と教育委員会は参考にすべき点があると思う。いわゆるモンスターペアレントなどが問題をつき付けた時、毅然とした対応をとれない校長をよく見るからだ。

◇5日の警察関係の常任委員会で高齢者の交通問題について質問した。本県でも高齢者の交通事故が多い。認知能力が低下した高齢者の免許証を打ち切るルールはまだ整っていない。そこで、高齢者の免許証自主返納がすすめられ、それを支える官民の努力が行われている。

 私は、この日、自主返納支援事業としてどのようなことが行われているかの資料を求めた。入手した「支援事業一覧」の要点を紹介する。〇「桐生市の事業」、返納者に、平成21年4月から路線バスの運賃を1年間無料とする。(平成21年12月未現在の申請状況101人)〇「前橋市の事業」、平成21年8月から、「運転経歴証明書」の交付手数料千円を助成。平成21年12月未現在、この証明書の申請者は238人である。この証明書を提示するとタクシー運賃が1割引となる。前橋市では、その他2、3の支援事業を行っている。

 今後、このような自治体の動きは広がるだろう。県は、それを支える政策をとるべきだ。県下全自治体にこれが広がることで高齢者の交通事故は確実に減少すると思う。

◇県内の商工会幹部と自民商工議連が会合した(4日)。話題は北関東3県の連携。北関東自動車道が来年中ごろ全線開通し高崎JCTから終点ひたちなかICまで1時間半で結ばれる。群馬、栃木、茨城の3県にとって大きな可能性が生れる。前橋にとっては上武国道の完成も大きなメリットになる。

 私は、このビッグチャンスを赤城山の観光振興に活かしたいと思う。先日の議会でこの事を発言したが県政もその方向で動き出した。夢を実現するカギは官と民の協力である。(読者に感謝)

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2010年3月 9日 (火)

人生フル回転「300mの津波。木星に彗星衝突。重粒子線治療始まる」

◇チリ地震の津波が10mとかいわれその威力に驚いているが、300mの津波といったら想像を絶する。これは、かつて恐竜絶滅の原因をつくった小惑星が地球に衝突した時発生した津波の高さである。恐竜絶滅の原因は直径約15キロの小惑星の衝突であることが、最近証明されたという(5日付の米科学誌サイエンス)。

 衝突時のエネルギーは、広島型原爆の10億倍に達し生物の約6割が絶滅したといわれる。

 このニュースに接し、私たちも宇宙的な危機に常に晒されていることを感じる。6550万年前に恐竜を絶滅させた直径10キロ級の小惑星は、ほとんど軌道が確認され、衝突の危険はないが、太陽系内には数百メートル級以下の未確認のものは数えきれない程あり、それがいつ地球に衝突するか分からないといわれる。

◇地球的な時の流れの中では、極く極く最近、1908年6月30日、直径約100mの巨大隕石が果てしなく広がるシベリヤのタイガ上空で爆発し東京都を上回る広さの森林をなぎ倒した。衝撃波はベルリンやロンドンでも記録された。

◇太陽系内の地球の仲間まで視野を広げれば、1994年に、彗星が次々と木星に衝突するという出来事がハッブル宇宙望遠鏡でとらえられた。衝突点の温度は太陽の表面温度の3倍を超える2万度以上、その大きさは、地球がすっぽり入るほどだったという。

 木星は表面がガスであるが、地球は岩石だから、衝突時の衝撃のおおきさは木星の比ではない。木星に彗星が衝突したということは、地球にも同じことが起りえることを示す。その時は大変なことになる。

 児童の虐待死、八ッ場ダムの行方、民主党内閣の支持率が36%に下落等々、地上のわずらわしい出来事から、目を宇宙に転じてみた。昔、学習塾をしていた頃、数学や英語から話しを脱線させて宇宙のことを語るとき生徒が目を輝かせたことが思い出される。

◇群大の重粒子線治療がいよいよ6月から始まる。日本国内だけでなく世界が注目するがんの最先端治療施設だ。私は、これまで、中国を訪ねる度に、宣伝を兼ねて説明した。大連外国語学院の職員から父親のがんを治したいと連絡があったのは昨年2月のことであった。将来、中国人の重粒子線治療への関心は高まるだろう。

 採算ラインは、年間治療件数600人である。当面、医療保険の適用がないので、300万円以上の患者負担となる。県は、県民が金融機関から治療費を借りた際の利子の一部を補填する制度を設ける。そのための予算措置が、この議会で審議される。

 この治療施設が全国的に増え、世論が高まれば医療保険の適用が可能になる。速くそのようにならないと、所得の高い人のための治療だと批判を受けることにもなり兼ねない。医療格差は克服しなければならないのだ。(読者に感謝)

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2010年3月 8日 (月)

人生フル回転「奈良と埼玉の虐待死。交通事故対策に科学力を」

◇報じられた2つの児童虐待死は悲惨である。奈良県の智樹ちゃん(5歳)は、両親から食事を十分に与えられずやせ細り、紙おむつで寝かされていた。餓死と報じられている。埼玉県の力人ちゃん(4歳)は、歩けない程衰弱しており病院に運ばれ急性脳症でなくなった。力人ちゃんは路上生活をしていた両親の元で生れたという。

 昔は、どんなに貧しくても、家族の中に温かさがあったから子どもは逞しく育った。地域社会にも貧困家庭を支える連帯感があった。戦後の貧しい社会で子ども時代を生きたものとして今日の状態には正に隔世の感を抱く。そして、この間、日本は、大切なものを失ってしまったことを痛感する。

 2つの虐待死は今日の日本の歪(ゆが)んだ社会を象徴するものだ。死には至らない虐待は無数に存在する。本県の状況も深刻である。

 人間は環境の影響を大きくうけて成長するから、両親の愛情を知らず、虐待を受けて育った子どもは、誠に不幸である。社会を恨むような大人になるかも知れない。児童虐待は日本の社会の根幹を揺るがす問題なのだ。

◇児童虐待防止法は平成12年に施行された。同法は、児童虐待が児童の人権を侵害し、人格形成を妨げ、国の将来世代の育成を妨げることから、国や地方がその防止の施策を進めて児童を守ることを目的とするのだと定めている。

 又、虐待の定義として、身体に外傷を与えるような暴行を加えること、わいせつな行為をすること、心身の発達を妨げるような著しい減食、長時間の放置などを定めている。

 そして、虐待を受けたと思われる児童を発見したものは速やかに児童相談所等に通告しなければならないと定める。

 2つの事件は、「防止法」をもってしても虐待を妨げなかったことを示している。健全な地域力が試されているのだ。

◇これから始まる警察関係の常任委員会では交通事故対策が重要議題となる。年間の交通事故死100人以下は、昨年達成したものの、今年早々の状況は予断を許さないし、高齢者の交通事故が急増しているからだ。高齢社会、そして車社会が進む中で、人命をいかに守るか、その有効な手段は科学力を活かすことである。

 栃木県警の施策は多いに参考になる。光る道路標識を有効に使うことによって、交通事故の死者数を7割減らしたという。同県は、05年人口10万人当りの交通事故死数が全国ワースト1位だった。

 設置したのは、「高輝度道路標識・表示」。太陽電池で発電し夜間に発光ダイオードが赤く点滅する一時停止の標識やセンターライン上で点滅する道路びょうなど。つまり、標識等を科学の力で認識しやすくした事の成果である。高齢者の事故の原因の一つは認識力の低下である。良い政策は見習うべきである。(読者に感謝)

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2010年3月 7日 (日)

誤導事件

 桐生駅からの先導役は、群馬県警部本多重平と見城甲五郎であった。二人は極度に緊張していた。その上、沿道は、歓迎の人で埋め尽くされ、町並みの様子も、練習の時のそれとは一変していた。そこで、彼らは曲がるべき角を間違えて、予定地の桐生西小を跳び越して30分も早く、桐生高工に着いてしまったのである。

 桐生高工の西田博太郎校長は、この時、本館の2階から校門の方を見ていた。彼の胸には、半年間の準備の苦労が去来していたであろう。日本中が注目している今日の一瞬に間違いは絶対に許されない。だからこそ、今日まで細心の注意を払って準備を進めてきたのだ。もう心配はない、全て予定通りに進むはずだ、と彼は自分に言い聞かせつつも、胸が痛くなるような緊張感に身を固くして時計の秒針が時を刻むのを聞いていたに違いない。彼の目の前では、生徒たちが整列を始めていたが、まだ、あちこちに散らばっている者もいる。しかし、彼らもすぐに列に加わり、練習の時と同じように定規で線を引いたような見事な隊列をつくる筈だ。彼がそう思いながらふと校門に目をやった時、彼は、おやと思った。異様な一団が校門を通過してくる。彼は目を疑い、まさかと思ったが、次の瞬間彼は、はるか彼方の校門の近くに生じたただならぬ気配を感じ取っていた。

 西田校長は、2階から転げ落ちるようにして玄関に立った。天皇はまだ車の中であった。天皇の車を運転する者が先導車の間違いに気付き、わざとスピードを落として玄関に近づいたために、天皇が着いたときに出迎えがいないという間違いは避けることができたのだった。西田は後で振り返って、「私が玄関御出迎えに間に合ったのは、誠に奇跡的でありまして、私が一秒遅れれば、大変な事件が起っていたのであります。」と述べている。

 本多警部は責任を感じ、御召列車の発車を知らせる花火と同時に、日本刀で自殺を図った(幸い命は取り止める)。彼の妻は、この時、おなかに子供を宿していたという。直接の責任者とはいえ、世間は本多警部に同情を寄せた。

 

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2010年3月 6日 (土)

誤導事件

 また、竹腰徳蔵議員は次のような賛成意見を述べる。「今秋、本県中心の特別大演習が挙行されるに当り、県として万般の緊要施設をなすべき経費850,617円の大演習予算に対し慎重審議の結果賛成意志を表し得ることを欣快とする。明治26年には大演習に天皇陛下を迎え奉り、40年後の今日、再び錦旗と共に行幸を迎え奉る栄誉を辱しうる次第と相成った。この感激に燃ゆる県民代表たる我々は、県の面目上、万、遺憾なき準備を了せねばならぬ」

 マスコミの反応も大変なものであった。次は、天皇陛下が11月10日、予定どおり前橋駅に到着した時の様子を伝える東京朝日新聞11月11日、群馬版の記事である。

「錦旗さん然、仰ぎ奉る民草ただ感激の極み、上毛の山河、光栄に輝く。大元帥陛下には、陸軍特別演習御統裁のため昨10日上毛の地に錦旗を進めさせ給う。この日、北関東の空は一片の雲もなく、上毛三山紅葉に映えて、100万県民は、或いは御道筋に奉迎、或いは神社仏閣にて遥拝の式を行い全県、光栄と感激のるつぼと化した」

 このような興奮ぶりであったから、関係者の緊張ぶりは大変であったらしい。演習の後、天皇は県内を行幸したが、前中(現前橋高校)も予定地の一つだった。当時英語教師だった大村武男は、前中講堂で英語の天覧授業を行った。伝え聞くところによれば、大村はこの日に備えて英語の教材を100回も読んだという。なお、大村武男は、平成7年12月私がこの書を執筆中に死亡。93歳であった。

 この行幸に関して一つの事件が起きた。有名な誤導事件である。天皇の車を先導する警察官が緊張のあまり、予定地を一つ跳び越してしまったのである。

場所は桐生市であった。天皇を迎える桐生高等工業学校(現在の群大工学部)では、半年も前から準備にとりかかっていた。そして2ヵ月前から寮では、刺身などの生物を禁止し、学生にはチブスの予防注射を始め健康診断を再三行い、また、校内を清潔に維持し、学校を挙げて奉迎の練習を繰り返し、万全の体制でこの日に備えていた。

 

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2010年3月 5日 (金)

人生フル回転「たまゆらの悲劇。八ッ場ダム勉強会。」

◇昨年3月23日の私のブログには、次のような記述がある。「田畑が広がるのどかな丘の斜面に生々しい惨劇の跡はあった。火災の死者は10人に達した。木造建物の黒く焼かれた柱や壁面は猛火が激しかったことを示していた」いうまでもなく、「静養ホームたまゆら」の火災現場を視察した時のものである。

 早いもので、あれから1年になる。3日、前橋地検は、この施設の幹部責任者を業務上過失致死罪の容疑で起訴した。理事長高桑五郎(85歳)と施設長久保トミ子(73歳)の2人である。

 2人は、火災が発生すれば入所者の生命に危険が及ぶことを予見できたにもかかわらず安全管理が不十分なまま施設を運営し9人を死亡させたとされる。

 「たまゆら」は無届けの施設で、個室内には煙感知器などがなく、建物は燃えやすい材料を使い、夜間は徘徊防止のため避難経路上の引き戸に南京錠がかけられていた、宿直職員は女性1人だった等が指摘されている。

 私は、昨年、焼け残った木造建物の残骸を見て起きるべくして起きた事故だと思った。認知症の方もおられたと思われるが、宿直職員が女性一人ではあっという間に広がる猛火を前に何も出来ないだろう。カギがかけられていたことは、より深刻な問題につながる可能性があるので、当時、マスコミも警察も神経をとがらせていたようだ。

 たまゆらは無届けの施設だった。無届けだと行政の目もなかなか届かない。世の中にはこのような施設が多いに違いない。背景には、世話をする身寄りもない高齢者が多いという高齢社会の実態がある。

 火災後、県の調査でわかった無届け有料老人ホーム28施設のほとんどは届け出の方向にあるという。85歳の高桑理事長は、「すべては私に責任がある」と話している。

◇八ッ場ダム推進議員連盟の勉強会が行われた(4日)。会は、議連会長である私の、「八ッ場ダムは正念場を迎えています。私たちの役割は極めて重要です」という挨拶で始まった。

 先日の本会議では、大澤知事がダム本体を進めるための予算措置を進める決意を示し、国会でも、3日、自民党の脇雅史議員と前原国交相との間で、八ッ場ダムをめぐり激しい攻防があった。

 議事としては、特ダム課長から八ッ場ダムの現状について報告を受けた後、議員からの質疑と意見交換が行われ、最後に、各議員がダム推進を求める署名活動を進めること、及び、各市町村議会に、「八ッ場ダム建設中止撤回並びに建設推進を求める意見書」の決議と国への提出をお願いすることが決められた。

 「意見書の決議と提出のお願い」は、○○議会議長○○様宛に、八ッ場ダム推進議員連盟中村紀雄からという形になっている。(読者に感謝)

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2010年3月 4日 (木)

議員日記・人生フル回転「偽の美術品購入・死刑と体面した裁判員裁判」

◇01年開館の県立館林美術館の目玉として購入された多くの彫刻が「没後鋳造品」や「偽物」であったことが昨日(3日)の本会議で追求され、生活文化部長は、購入前の調査不足を認めた。

 問題の彫刻は、ロダンの助手を長く務めたフランスの彫刻家フランソワポンポンの作品。約1億4千万円で購入した34点は、没後鋳造品でしかも、ポンポンが自分の死後の鋳造を禁じていた。この他の3点は「偽作」と指摘されたもの。

 没後鋳造品の多くは、民家風の別館に、作家名やタイトルも付されず棚に置物のように並べられている。美術評論家は、「なぜ事前に十分調査しなかったか疑問だ」と話している。

 これらは、県が館林美術館開設のため95年から98年にかけて業者から購入したもの。民間の取引なら業者に対し訴訟の手段を取るなど厳しい対応に出た筈だ。県民の税金で買ったことからすれば、県は、それ以上に厳しい手段で対応すべきであったと思われる。県議会も、当時、きちんとチェック出来なかったことが悔やまれる。このままでは済まされないことだ。

◇死刑を決める場面になったら裁判員は耐えられるだろうかと成行きを注目していた鳥取地裁で、遂に2日判決が下された。被告は2人を殺害し、強盗殺人で起訴されていたので、従来の判例からすれば、死刑もあり得たわけであるが、検察側は無期懲役を求刑し、裁判長も無期懲役を言い渡した。この間裁判員は、大変な重圧を経験したにちがいない。

 この事件は、2月23日に審理が開始された。そして4日目の審理が開かれた26日、検察側は一定に同情の余地は否定出来ないとして無期を求刑したが、被害者の遺族は死刑を求める者と無期懲役を求める者と別れた。だから、裁判員は死刑にも向き合っていたのだ。ある裁判員は「死刑、無期懲役と、場面に合わせて話し合った」と語った。

 死刑も有り得る事件が裁判員裁判で審理されたのは初めての事であった。だから多くの市民は、自分が裁判員に選ばれたらどうしようという思いでこの事件を注目していたに違いない。凶悪事件が続く昨今の状況から、必ずや裁判員裁判で死刑の判決が下される時が来る。

 前橋地裁でも、これまで5例の裁判員裁判があり、多くの県民が注目してきた。その中には、性犯罪や暴力団幹部の事件もあった。

 裁判員制度が始まって、司法制度と刑事事件が身近になった。いままで、専門家だけが関わることが当然と考えられた司法の世界に一般市民が参加することになった。市民の責任は大きい。民主主義が大きく前進するか否かは市民の肩にかかる。死刑の是非も改めて市民の感覚で論じられることになるし、捜査の第一線に立つ警察の役割も厳しく問われることになる。5日から警察と教育の常任委員会が始まる。学校教育の場で裁判員制度に関して教えることの重要性を指摘したい。(読者に感謝)

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2010年3月 3日 (水)

人生フル回転「巨大地震の影響。チリとの新しい関係。ブラジルの動き。」

◇チリの津波被害の実態は報道されている以上に深刻らしい。死者は790人といわれるが流されて行方不明となっている人の数は非常に多いようだ。このような情報を耳にしながら、「日本も危ないのでは」とか、「何となく変」と不安を募らせる人は多いに違いない。深海の巨大魚が最近よく浮上したなどという情報もその一因となっているかも知れない。

 今回、青森、岩手、宮城各県の太平洋岸に大津波警報が出され最大3mの津波が予想されたにもかかわらず実際は1.5mの津波だった。この報道の仕方は、反省材料だと思う。次の機会に信用されなくなる恐れがあるからだ。

 気象庁もこの3県の地方には過去の大変な例があるので神経質になっていたのではないか。青森、岩手、宮城の3県のあたりは三陸といわれ、その特殊な地形から歴史上、大きな津波が発生してきた。いわゆる三陸津波といわれるもの。

 明治三陸津波は、1896年(明治29年)に発生、2万6360人の犠牲者を出し、昭和三陸津波は、1933年(昭和8年)のもので、2995人の犠牲者を出した。最近の例では、1993年(平成5年)の北海道南西沖地震に際し、奥尻島西岸では30mの津波が押し寄せた。私たちは、大地震と大津波に対し、常に警戒心を怠らぬようにしなければならない。日本は代表的津波国なのでtsunamiは国際語になっている。

◇昨日のブログで、チリは経済交流の面で日本と最も関係が薄い国の一つと書いたが、私の認識不足の点があった。チリ大地震が日本とチリとの間の貿易などに大きな影響を及ぼし始めた事が分かったので改めて、チリとの経済交流について注目したい。

 日本はチリから銅などの鉱産物、木材チップ、サケ、マスなどの農林水産物を輸入し、自動車や家電製品などを輸出している。チリは世界の銅鉱石の3分の1を産出しているが地震のため産出量が減少することが懸念されている。また、あの壊滅的な市民生活では、日本からの輸出品も受け入れられないだろう。

 日本はチリとの間で、南米では唯一経済連携協定(EPA,07年発効)を結び、近年貿易投資の面で密接な関係を築いている。EPAは、貿易障壁の撤廃から進み投資金融、情報通信技術に至るまで、広汎な経済協力を目指すもの。

 産業経済省は、チリを政治、経済の安定した模範国とみており、南米地域への経済進出の拠点としたい考えだ。今回の巨大地震はチリとの経済連携協定にも影響を及ぼすだろう。

◇南米から目を離せなくなってきた。チリもさることながら、ブラジルは次のオリンピック開催国で、それに向けた大きな躍動が始まっているからだ。その一つは、総額1兆7千億円にものぼる高速鉄道計画で、日本は受注に向けて全力を上げている。鉄道が通るサンパウロには多くの本県出身者が活躍している。(読者に感謝)

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2010年3月 2日 (火)

人生フル回転「チリはどんな国か。中国要人との会食」

◇チリとはどんな国か。過去、およそ50年の間にチリ発の大津波が2回日本を直撃した。平均時速約770キロだが、深い海の上ではジェット機並みの速さになるといわれる。大海原を地球の裏側から巨大な波が一直線に向かう姿を想像すると恐ろしい。

 こんな津波で直結した国だが、経済や文化の交流面では、チリは日本と最も関係が薄い国の1つだ。チリと国境を接するペルーやアルゼンチンとは深い関わりを続けてきたのに、チリについては教科書でも取り上げるところが極めて少ない。私は、ペルーとアルゼンチンは訪れたがチリはまだ行っていない。

 地図で見ると南米大陸の太平洋岸に沿った細い帯のような国だ。幅は平均180キロで南北の長さは4260キロもあり、南は南極大陸に迫っている。国土の3分の1はアンデス山脈が占める。かつて、ペルーと同じようにスペインの植民地だった。

 謎の巨石像で有名なイースター島はチリ領である。天の一角を見詰めて並ぶモアイも津波に襲われ、一部が壊された。又、冒険小説ロビンソンクルーソーの舞台となったロビンソンクルーソー島もチリの沖合の島であり、大きな被害を受けたと伝えられる。

 今回の津波の日本における被害は幸にも少なかったが、大自然の威力を見せつけるには十分であったし、50年前のチリ巨大地震とそれに伴う大津波の恐怖を思い起こさせた。地震国日本に対する、遥かな国チリからの教訓のメッセージと受取るべきだ。

◇前橋育英高校の卒業式に出た(1日)。百年に一度といわれる不況が続く中で、県内高校生も就職氷河期を迎えている。彼らの就職内定率は、昨年末83.7%で厳しい状況だ。県は新年度、未就職の高校新卒者50人を県の臨時職員として雇う。どれだけ効果があるのか疑問に思う。

 厳しい社会状況の中へ新しい一歩を踏み出す高校生の姿を壇上から複雑な気持ちで見た。安易な妥協より厳しさを覚悟して力を尽くせば道は必ず開けるという意味を伝えるために、「狭き門より入れ」と言う言葉を挨拶の中で使った。聖書の中にあり、破滅への道は広く門も大きいが、天国への道は狭く門も小さいというもの。彼らの前には、現代社会の特色として破滅への大きな誘惑が広がっている。

◇昼食をとりながら日中国際交流の意見交換会を行った(1日)。私の知人で前中国大使館で参事官をしていた李東翔氏、及び、群大、高経大、高崎商科大の各教授等も出席。話題は中国留学生の受け入れである。

 李さんは、経済の交流ばかりでなく、むしろ民間の人の交流が非常に重要で、そのために留学生の交流を進めたいと語った。日中議連会長として紹介された私は、挨拶の中で、日本と中国は対立ではなく協調のための新しい道を開く努力が大切でそのために重要なことは文化の交流であり、人の交流であると話した。(読者に感謝)

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2010年3月 1日 (月)

人生フル回転「チリ巨大地震の恐怖。群馬の地震、日本の地震は」

◇今月の「ふるさと塾」のテーマは、「ぐんまの出来事、ぐんまの歴史」であった(27日の夜)。趣向を変えて、過去の身近な出来事から日本全体の問題、又、今日の課題を考えようとした。取り上げた事件の中に、「群馬の大地震」がある。「群馬は地震もなくて安心だ」という意識が広がっているが、自然は決して見くびれないということを問題にしたかった。

 上毛新聞が一面トップで「県下の大地震」と言う見出しを付けた例を2つ上げた。1916年(大正5年)と1935年(昭和10年)の記事である。昭和10年の記事には、死者5、負傷者30名、家屋倒壊等続出とある。

 続いて、旧新里村教育委員会が作製した資料・「赤城山麓の歴史地震」を紹介した。これは、赤城山麓の地割れの遺跡が、類聚国史にある弘仁の大地震と年代がほぼ一致することを検証したもの。

類聚国史には、818年、上野国(こうずけのくに)を中心にして大地震があり、押しつぶされた人々はとうてい数えることが出来ない、天皇は使いをつかわして見舞いをし、税の免除などを行ったとある。

地震の資料を調べていた27日の午後、チリの巨大地震が報じられた。またかと思った。最近、地球的規模の大地震がやたらと多い。ハイチで死者約22万人を生じさせた大地震は今年1月12日のことだし、08年北京五輪の直前に起きた四川大地震では約9万人が亡くなった。

 チリの地震が報じられた日に、沖縄でも震度5弱の地震が発生し、2人の軽傷者と世界遺産の城壁の一角が崩れるという被害が出た。チリとの関連は不明だが、日本も近いと不安を抱いた人は多いに違いない。

◇28日は、後援会のバスツアーの日であった。心配していた天気は雨、しかし、朝刊一面で大きく報じる大地震の記事を見てそれどころではないと思った。

 東京へ向かう高速道のバスの中で聞くニュースも地震で持ち切りだった。青森、岩手、宮城各県の太平洋岸には大津波警報が出され、最大3mの津波が発生し、波が集まって遡上する所ではその2倍から4倍の高さになると報じた。

 大変な事になるのではと、ツアーの先が不安であった。この日、東京マラソンも行われていた。政府も気象庁も50年前のチリ巨大地震を振り返って神経質になっていると思われた。

 1960年(昭和35年)のチリ地震は史上最大といわれ、この時の津波で日本では142人の死者が出た。04年のインドネシア・スマトラ沖地震の時の津波に呑まれる人々の光景が思い出された。

 1万7千キロ大海原をジェット機なみの速さで日本に押し寄せた津波の威力は想像を絶するものだ。幸なことに津波の

規模は予想より小さかった。明日かも知れない日本の大地震に対する天の警告と受取るべきだ。横浜のビール工場視察は、安全を考慮して中止となっていた。(読者に感謝)

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