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2010年2月28日 (日)

松岡洋右・群馬会館で熱弁

 当時の上毛新聞の伝えるところによれば、群馬会館に入り切れない大群衆が、拡声器から伝わる松岡の話に熱心に耳を傾けたという(昭和9年1月11日上毛新聞)。

 先に、浜口首相が東京駅で狙撃された時、国旗を立て赤飯を配った者があるとして、昭和5年の群馬県議会で問題となったことに触れたが、これといい、松岡洋右の話に熱狂する大群衆といい、いずれも、当時の政治を支える一般民衆の実情を知る手がかりと思われる。ところで、今日の私たちの政治レベルは、当時と比べどれほど進歩したであろうか、歴史から謙虚に、学ぶ姿勢がないなら、同じような難局に置かれた時、私たちは、やはり、正しい反応をすることができないのではなかろうか。

⑦県庁を本拠に陸軍特別大演習

―軍国主義加速、天皇の県内行幸と誤導事件、警察官は腹を切るー

 群馬会館に押し寄せた数千人の聴衆が松岡洋右の話に熱狂して耳を傾けた様は、当時の日本国民全体の縮図と言えるだろう。

 真実を知らされない国民、そして、日本が置かれている立場を客観的に判断できない民衆は、一部の指導者の指差す方向へ雪崩れを打って突き進んでゆく。今から見れば、理性を失った狂気の大集団、それが当時の日本全体の姿であった。

 世界から孤立する中で、日本は危機意識を高め、戦争に備えるため各地で国防演習を行った。松岡洋右が前橋へ来たのと同じ年、昭和9年の11月、群馬県において国防大演習が行われることになった。そして、この大演習の後では天皇の行幸が行われることが恒例であった。そこで、群馬県はこれに備えるため、3月23日、臨時県議会を召集し、所要経費の予算案を審議する等、大騒ぎとなった。

 金沢正雄知事は、開会に当たり、次のように述べている。「本県下に於きまして陸軍特別大演習が挙行せられ、畏多くも聖上陛下には親しく御統監の為に行幸あらせられますことに御内定相成りましたことは、我が群馬県の無上の栄誉とする所であります。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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