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2010年2月 7日 (日)

炎の山河 ⑤石原莞爾と松岡洋右

  一人の特異な秀才が立案する企画によって国が動かされてゆく、そして、それを阻止することができない。そこに、日本の脆さと弱さの原因があったのではないか。本来なら、このような問題の本質に光を当てるべき政党やマスコミが、その役割を果たすことができなかったのだ。

その原因を突き詰めてゆくと、社会のよって立つ基盤である憲法に突き当たる。当時の大日本帝国憲法には、現在の日本国憲法におけるような表現の自由がなかった。私たちの日本国憲法は、最も重要な基本的人権の一つとして表現の自由を保障する。マスコミは、この表現の自由を支え守るべき大きな使命と役割を担っている。

当時のマスコミと今日のマスコミでは、その役割が違うといえばそれまでであるが、私たちはこのような歴史的事実を対比させ、現在の民主制度の意義と価値を知るべきである。

いずれにしても、国連から脱退し、日本の社会は盲目的な興奮状態に陥っていった。正義は日本にあり、だから世界を敵にしても、負けてなるものかという世論が盛り上がっていった。

中国大陸では、軍部は行動範囲をますます広げていた。しかし、中国民衆の抗日運動は激しさを増すばかりであり、関東軍がいくらたたいても抗日の波は万里の長城を越えて果てしなく押し寄せる。ついには、満州の支配を確保するためには、長城を越えて華北をも武力で支配しなければならなくなる。そして、戦線の拡大は、中国民衆の抗日運動の炎に油を注ぎ、中国との本格的全面戦争へとまっしぐらに突き進んでゆく。(1937年、昭和12年日中戦争となる)

一方、このような日本の軍事行動は、国際世論を敵に回し、米英との対決の様相は次第に深まってゆく。鉄や石油などの資源を米英に頼っていた日本にとって、米英との本格的な対立は、これらの資源を別のところに求めなければならないという重大な局面に立たされることを意味していた。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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