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2010年2月28日 (日)

松岡洋右・群馬会館で熱弁

 当時の上毛新聞の伝えるところによれば、群馬会館に入り切れない大群衆が、拡声器から伝わる松岡の話に熱心に耳を傾けたという(昭和9年1月11日上毛新聞)。

 先に、浜口首相が東京駅で狙撃された時、国旗を立て赤飯を配った者があるとして、昭和5年の群馬県議会で問題となったことに触れたが、これといい、松岡洋右の話に熱狂する大群衆といい、いずれも、当時の政治を支える一般民衆の実情を知る手がかりと思われる。ところで、今日の私たちの政治レベルは、当時と比べどれほど進歩したであろうか、歴史から謙虚に、学ぶ姿勢がないなら、同じような難局に置かれた時、私たちは、やはり、正しい反応をすることができないのではなかろうか。

⑦県庁を本拠に陸軍特別大演習

―軍国主義加速、天皇の県内行幸と誤導事件、警察官は腹を切るー

 群馬会館に押し寄せた数千人の聴衆が松岡洋右の話に熱狂して耳を傾けた様は、当時の日本国民全体の縮図と言えるだろう。

 真実を知らされない国民、そして、日本が置かれている立場を客観的に判断できない民衆は、一部の指導者の指差す方向へ雪崩れを打って突き進んでゆく。今から見れば、理性を失った狂気の大集団、それが当時の日本全体の姿であった。

 世界から孤立する中で、日本は危機意識を高め、戦争に備えるため各地で国防演習を行った。松岡洋右が前橋へ来たのと同じ年、昭和9年の11月、群馬県において国防大演習が行われることになった。そして、この大演習の後では天皇の行幸が行われることが恒例であった。そこで、群馬県はこれに備えるため、3月23日、臨時県議会を召集し、所要経費の予算案を審議する等、大騒ぎとなった。

 金沢正雄知事は、開会に当たり、次のように述べている。「本県下に於きまして陸軍特別大演習が挙行せられ、畏多くも聖上陛下には親しく御統監の為に行幸あらせられますことに御内定相成りましたことは、我が群馬県の無上の栄誉とする所であります。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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2010年2月27日 (土)

松岡洋右・群馬会館で熱弁―政党をつぶせー

「政党というのは西洋の借着だから返すべきだ。政党というものは選挙に金が要る。だから政党が金を作るのは当然だ。金を作るために利権を約束し、一寸曲ったことでも背に腹はかえられんからやってしまう。(政党という)制度が悪いから自分はやりたくなくも知らず知らずやってしまうことになるのだ。人間というものはそういうものである。それは、丁度、猫の前にまたたびを置いて猫が飛びついたといって猫の頭をなぐるのと同じだ。我国は重大危機に臨んでおるのに尚、こういう政党を捨てることができないのか。

大体2年位で日本の内閣は潰れる。反対党内閣ができると、できた日から野党は眼をつり上げ血眼になって中傷攻撃する。これでは、力一杯の政治をやり大きな国策を貫くことはできない。況(いわ)んや我国の満州政策を(政党は)行うことができない。現に満州政策が行き詰まって事変が勃発した際に、在満20万の同胞の為、軍人が率先立った為に満蒙(まんもう)を保つことができた。あれは政党の力ではない。政党は何の働きもしていない。政党は、満蒙における事態の発展に対して高みの見物をしているかもしくは非難なさったではないか。

政権をとるために汲々としている政党が、この非常時局に対して何ができるというのか。我々は、今、重大危機に直面している。今こそ国内が結集して堂々正義で戦い、西洋かぶれを捨てて日本人の本然に立ち帰り、国難打開に当たるべきである。

その為には、先ず、何はさておき一番の障害物である既成政党を打破すべきである。私の頼みは、至誠と熱をもって、自分の隣の人から説き伏せて、政党を一村からなくし、一郡からなくし、一県からなくす、これだけのことである」

政党に対する松岡の批判は誠に厳しい。彼の論理は民主主義を否定するものであるが、その点を別にすれば、その政党批判の中には、今日の政治家も正に耳を傾けなければならないものがあると言える。

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2010年2月26日 (金)

人生フル回転「田原総一郎の講演。私の一般質問は行制改革」

◇一般質問の初日は自民党の南波幹事長以下6人が登壇し、終了時間は午後5時であった(25日)。注目点は南波さんの「八ッ場ダム事業について」で、吾妻町長(甲)、小寺知事(乙)国(丙)が交わした基本協定書を資料として示した。そこでは、「甲、乙、丙は相互の信頼と協力のもとに、円滑な事業の実施が図られるよう努めるものとする」とうたわれ、乙群馬県知事小寺弘之と自筆の墨書が鮮やか著されている。

◇本会議終了後、山本一太さんの政経セミナーに出た。講師は田原総一郎で題は「日本を読む」時局を巧みに抉(えぐ)る話は面白かった。

 話の中で、次の点に耳を傾けた。「民主党は自民党より古い、官僚を上手に使うことが出来ない、今一番大事なことは景気対策なのにそれがない、景気をよくしてその上で福祉をやらなければ借金ばかり増える、日本をダメにした男は小泉純一郎だといわれるが、小泉さんのやったことは間違ってはいない。ただ規制を緩和して競争させ格差を生じさせ、敗けた人を救うセーフティネットを整えなかった点が問題なのだ」等々。官僚をうまく使えないという点は、民主政権が、脱官僚を掲げている手前、官僚も他省の官僚と連携してチームを作って政策を進めるという自民党時代のような表立った官僚の働きが出来なくなっていることを指す。なるほどと思った。

◇今日は(26日)私の出番、ノー原稿でやるが、知事に対する質問の主要部は次のような表現を想定している。

「知事には、行政トップの責任の在り方についてお尋ね致します。私は、平成20年9月議会で、元総社用地に関する小寺前知事の責任について大澤知事の考えをお訊きしました。当時、特別委員会で小寺前知事の責任が議論されておりましたが、小寺氏は、個別の問題には一切関わっていないから責任はないと申しておりました。

 私の質問に対して、大澤知事は、極めて明快な、そして、重要な考えを示されました。それは、担当部局の業務については、知事は、最終的な責任を県民に対して負うべきである、また、最終的な説明責任を負うべきである、という事であります。

 そして、小寺前知事の責任は極めて重大だと発言されました。大澤知事の発言は、元総社用地の問題を切り離しても、行政トップの責任、そして、行政改革の原理を示したものであり、大澤知事の政治信念を述べたものと私は受け取りました。

 そこで、地方分権が叫ばれ、それを支えるための行政改革が一層重要となった今日、これらの点についての大澤知事の考えと決意を行政トップの責任の在り方として、再度お聞かせ頂きたいと存じます」このような部分に続いて、群馬も、重要政策について、真に行財政改革に役立つ事業仕分けをすべきと続く。(読者に感謝)

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2010年2月25日 (木)

人生フル回転「がん死減少の目標を達成せよ。議会の活性化」

◇がん死を減らしたい。県政の最大の使命は、県民の生命を守ることであるから、県民のがん死を減らすことは、県政の最大の使命でありかつ最大の課題である。

 群馬県のがん死の状況はというと、年間5千人以上が亡くなっている。大変な数だ。人間の高齢化が進む中で、この数字は、放っておけばどんどん増えるに違いない。

 がんに挑戦しなければならない。国が示した挑戦状が06年に成立させたがん対策基本法である。がんの克服を目指し、予防、診断、治療の開発など様々な方策を示すが、国の決意に呼応して地方が立ち上がらなければ効果は示せない。そこで、基本法は、都道府県に、「がん対策推進計画」の策定を義務づけた。

 そこで群馬県は、「群馬県がん対策推進計画」を策定した。県内で年間5千人を超えるがん死を何としても減らしたいと願う者として、私が注目する点は、この「計画」の中にある目標値である。

 「計画」は、目標値として、75歳未満の者のがん死を、「今後10年間で20%減少させる」と定める。目標を掲げることは極めて重要なことである。なぜなら、それを達成させるために最大限の努力をすることになるからだ。

 問題は、目標を本当に達成し得るかどうかである。「今後10年間で」と期限を切っているが、この計画は、平成20年3月に作られているから、既に2年が経過した。この2年間の成果はどうなのだろうか。このまま、ずるずると過ぎていくように思えてならない。

 事の重大性からすれば、それは「目標」だからといって言い訳することは許されない。私は、議会で、この目標値を達成させるように迫るつもりだ。この目標値のこと議場で示すことによって、県民の皆さんと、問題意識を共有し、今後のがん死の動向を見守っていきたい。

恐らく、各都道府県が、目標値を揚げて努力しているに違いない。いずれ、それぞれの達成度が分かるだろう。各地方の行政力の真価が問われていると思う。

◇太い女がいるものだ。県警は、道交法違反の速度超過で58歳の女を逮捕した(23日)。女は、太田市の国道50号で、法定速度を41キロ上回る101キロで乗用車を走らせていた。

 速度違反での逮捕は異例だと思うが、この女は、16回に及ぶ県警の出頭要請に応じなかった。女は、出頭要請を放置していても大丈夫だと思ったと話している。このような悪質者が増加しているのだと思う。悪質違反者には厳しい態度で臨まねば法の公平性が貫けない。

◇県議会の常任委員会が、議会閉会中にも開かれることになる。現在のルールは、年4回の定例会開会中に行われることになっている。

県議会の常任委員会は5つある。それぞれの委員会を閉会中に1回行う。県政の課題は非常に多いから閉会中の委員会だけでは対応が不十分だった。新しい試みは議会の活性化につながる。(読者に感謝)

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2010年2月24日 (水)

人生フル回転「死刑が問われる裁判員裁判。認知症対策。山東省との交流」

◇遂に来るべきものが来たという感じだ。死刑が問われる可能性のある初めての裁判員裁判が始まったのだ。2人を殺害した男の公判が鳥取地裁で23日に始まった。  裁判の相場では2人以上殺して情状酌量の余地がない時は死刑である。この事件では強盗目的で2人を殺している。検察側は26日に死刑を求刑する可能性がある。男性4人、女性2人の裁判員は、冷静に死刑と向き合うことが出来るであろうか。  裁判員候補者の中で、12人が辞退を申し出て、8人が辞退を認められたという。8人の中には、質問票に「死刑に反対です」と記入した人、「事件が重大なので判断できない。もし重い判決になれば、その後悩んでしまう」と説明した人などがいる。  裁判員裁判にとって最大の難問は「死刑」である。窮極の刑の恐ろしさとそれに関する問題点を知る人は裁判員になることを深く悩むに違いない、また、それらを知らずに裁判員を引き受けた人は、果たして裁判員の職務を全うできるのか。  いずれにしても、裁判員裁判と共に、「死刑」は、市民の前に、生々しい姿をもって立ちはだかることになった。前橋地裁にもいずれ、死刑が問われる裁判員裁判が登場するだろう。鳥取地裁の判決は3月2日である。それまでの動きをしっかりと見守りたいと思う。 ◇2月議会の質問日が迫る。教育に関する質問では、教育委員会委員長に、「学力」に関する基本的な考えを問うつもりだ。学力の低下が問題になり全国学力テストをめぐる議論が華やかだが、「学力とは何か」は、教育の原点である。教育委員会の在り方が問われる今日、最高責任者の信念をききたいと思う。  「認知症疾患医療センター」が県内7病院で始まるが、これについても取り上げたいと考えている。高齢社会が進む中で認知症対策は焦眉の急である。県がやっと本腰を入れた感がある。  認知症か否かの境界ははっきりしないから疑いのある人は、霧の中に踏み入るようである。初期の段階で医学的に診断出来れば、今の医学では、進行を遅らせることができる。本人も家族も対策を工夫することが出来る。これは、人間の尊厳を確保する手段でもある。  中国山東省との文化・経済の交流について本会議で議論したい。昨年11月、県議会日中議連の仲間と曲阜市を訪ね「宥座の器」の贈呈式に出席し、私は大学で記念講演をした。ここで生まれた交流の芽を大切に育てなければならない。  9月に山東省では「孔子祭」が行われるが、それを機に孔子の専門家を招き講演してもらうことを議場で提案しようと思う。中国では今、孔子の「論語」がブームになっている。拝金主義、物欲中心に対する反省が背後にある。日本も同じだ。精神文化の絆を強めることで群馬を山東省に売り出すチャンスにしたい。(読者に感謝) ☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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2010年2月23日 (火)

人生フル回転「長崎知事選の勝利。病院改革は可能か」

◇自民党の広報車に乗って、一日、マイクを握った(21日)。「自民党は、反省すべき点は大いに反省して新しい一歩を踏み出しました」、「豊かな経験を活かして新しい道を切り開く決意であります」、こんな事を流しながら広報車は北に東にと走った。

 政策を流して車で走るとそれを受け止める反応があるものである。長年の経験で、私はその空気が読める。畑で農作業中のお婆さんが手を振っている。それは、他の人と連携しているわけではないが、全体としての空気の一要素となっているのだ。自民党に対する反応は悪くないと感じられた。

 この日の深夜、長崎県の知事選で、自民系の中村氏の当選が報じられた。久しぶりの朗報に胸のつかえがとれた感じである。昼の遊説で感じた空気は長崎のそれとつながっているのだと確信した。この空気の中に夏の参院選が既に突入しつつある。

◇議会の質問日が迫り、質問のポイントを練った(23日)。大まかな質問の構想が浮かんできた。

 「県立病院改革」では、県立病院の役割と使命は何かを問い、それとの関連で四病院の経営改善策を質すことになるだろう。

 県立四病院は大きな累積赤字を抱えている。累積赤字の解消はいずれ達成しなければならないが先ず単年度の達成を目指さねばならない。病院局によれば、精神医療センターと小児医療センターは23年度の、心臓血管センターは24年度の、がんセンターは26年度の、それぞれ決算における黒字を目指すという。問題は、いかにしてこの目標を遂げるかである。

 私は、院長の経営者としてのリーダーシップの重要性を強調したいと思っている。私の頭には、かつて坂出市立病院を視察したときに受けた塩谷院長の強烈な印象が焼き付いている。累積欠損金25億円、不良債務25億円を抱え、日本一の赤字病院といわれた病院を院長の強烈なリーダーシップで見事立ち直らせたのであった。

 その時、塩谷院長は全国の赤字の自治体病院について熱く語った。「病院低迷の元凶は基本理念、達成可能な組織目標、品質管理のシステム、医療と経営の一体感、自己責任、これらがいずれもないことである」と。

 そして、また、病院院長の反省すべき点として次の点を挙げた。「院長は、行政に責任転嫁してないか、折衝を事務局に任せてないか、病院全体を把握しているか、的確な指示を出せているか、経営の全責任を担っているか、病院を大切に思っているか。」

 私は、塩谷院長を群馬会館に招いて講演会を実施した。私の胸には、公立病院を改革したいという思いがあった。あの時、医療関係者の関心は薄いと感じられたが、今、塩谷氏の指摘が、切羽詰った形で県立病院改革の前に立ち表れた感がする。こんな意識で質問したい。(読者に感謝)

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2010年2月22日 (月)

人生フル回転「私の本会議質問。DCを起死回生の機会に」

◇19日に2月議会が始まり、新年度の重要案件が審議される。初日のこの日は、開会前に、恒例の群響の演奏があった。トヴォルザークの交響曲「新世界」である。議場が格調高い文化の響きに包まれた瞬間であった。傍聴席には、オーケストラ目当てと思われる人々が多く詰めかけていた。2月議会の頭初を飾る群馬交響楽団の演奏は、文化県群馬を象徴する行事である。

◇本会議の質問者と日程が決まった。2月の25日、26日及び、3月の3日、4日である。私は、2日目(26日、金)の午前10時に登壇する。割り当てられた時間は65分。GTVで生中継される。

 本会議のルールは質問通告制で、その期限は、登壇日の前日の正午であるが、自民党は質問者が12名おり、質問内容の重複を避けたり調整をする必要があるので、19日の本会議終了後、質問者の打ち合わせ会議を行い、それぞれの大体の質問項目を決めた。

 現時点における私の質問項目は次の通りである。①行政改革について。(行政トップの責任。政策の見直し。元総社用地。第3セクター)②病院改革について。(医療崩壊、県立病院改革プラン、がん対策。認知症医療センター)③教育改革について。(全国体力テスト、全国学力テスト、公立学校の耐震化状況、携帯問題)④DC(ディスティネーションキャンペーン)に関して。(赤城山の観光開発)。⑤中小企業対策。⑥中国山東省との文化経済交流に関して。これらについて、論点を検討し絞り込むつもりである。

◇④のDCは県の一大イベント。Dはディスティネーションで観光の目的地を、Cはキャンペーンをそれぞれあらわす。この事業のねらいは、群馬のイメージアップと観光による地域活性化である。県内各地域とJRが連携して取り組む国内最大規模の大型観光キャンペーンで、来年7月から9月にかけて実施される。

関連事業を含めて総額約17億6千万円の予算を組む。大澤知事は、19日の知事発言要旨の中でもこれを取り上げた。これまで群馬の知名度は全国最下位の部類に属した。

これだけの大きな予算をかけた大事業の失敗は許されない。閉塞感が漂い活気のない群馬を甦らせる機会としなければならない。

 眠っている観光資源に光をあてることは地域の活性化につながる。また、発想の転換を図れば農業も観光資源である。地域の魅力ある農業を創るチャンスとなる。これらの観点から赤城山と赤城南麓の農業に注目したいと思う。

 この一大イベントを成功させるカギは、県民の意欲である。県は市町村と力を合わせ、県民の意欲を目ざめさせねばならない。単なるお祭りで終らせることなく起死回生の機会にするために行政の真価が問われる。費用対効果を問う声も上がっている。当然の事だ。(読者に感謝)

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2010年2月21日 (日)

松岡洋右・群馬会館で熱弁

当時の日本が向かっていた方向、そして松岡が賞賛したムッソリーニのイタリア、また、ヒットラーのドイツ、これらの国の政治の形体は、個人よりも国家全体を重視するという意味で全体主義という。そして、英米等西欧主要諸国の政治形体は、個人の立場を重視するという意味であり、自由主義であった。

また、話を松岡洋右の演説に戻そう。松岡はアメリカやイギリスはひどい行き詰まりになっていると指摘して「アメリカは個人主義の国で、一人一人が極端なもので自分以外他の人を信用しない。個人主義だ。日本はそうなっていない。日本人は、国家ということをまず考える。これは、自分のことばかり考えるのとは大変な差だ。」

ここで松岡が自分のことばかり考えるのを個人主義だといっているのは、正しくない。個人主義というのは、全体主義に対立する考えで、個人、つまり、一人一人を尊重するという立場である。自分のことばかり考えて他人を省みないのは自己主義であり、自己主義と個人主義は区別しなければならないのである。ただ、この区別を踏まえた上で、個人主義であり、自己主義の行き過ぎということは注意すべき点なのである。本来の個人主義は、人間の尊厳をベースにして、一人一人が尊い、大切」な存在だということなのだから、他人の立場も尊重しなければならないのだ。個人主義に立って、社会公共のことを考えるということが大切なのである。

松岡は、欧米を批判し、「これと比べ日本は優れている。それは、大和魂があるからだ。その中で大切なことは、忠や孝や和の魂だ、そして、この困難の時、この大和魂をしっかり持たねばならぬ。国民は、国を挙げて和を貫く以外にない。だから、階級闘争はいけない、ストライキも許されない、みんなが犠牲的精神をもって、唯、聖天子を戴いて、唯、国家の為という考えで手をつないで頑張れば外に当たること何でもない」と説く。では、大和魂、和の精神が叫ばれる今日、何が一番問題なのかというと、「政党だ、政党が一番いけない」と松岡は聴衆を講演の結論へ導いてゆくのである。「政党というのは西洋の借着だから返すべきだ。政党というものは選挙に金がいる。だから政党が金を作るのは当然だ。金を作るために権利を約束し、一寸曲ったことでも背に腹はかえられんからやってしまう。

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2010年2月20日 (土)

松岡洋右・群馬会館で熱弁

しかし、打ち続く圧政と苦しみの中で、人間はみな平等なのではないか、という考えが次第に芽生え広がっていった。人間は皆、生まれながらにして平等だとすれば、一部の人たちが生まれながら高い地位についてぜいたくの限りを尽くし、人々を苦しめることは許されないはずだ。

 この思想は、キリスト教の思想と結びついていたから、人間は神の前で皆平等なのだ、皆、神から与えられた平等に生きる権利を持っているのだと説明された。そして、この思想は、西欧において市民階級が圧政と闘う原動力となり、市民革命をリードする旗印となった。

 長いこと国民を苦しめてきた国家について考える時、国家とは何か、また、国家は何のためにあるのかという問題に突き当たる。人間は皆神の前に平等で一人一人が尊い存在なのだということであれば、これらの人々の幸せ、つまり、個人の生命や自由や財産を守るために国家はあるのだ、それが国家の使命であり役割なのだということになる。だとすれば、この役割を果さず国民を苦しめる国家は本当の国家ではないから、国民はこのような国家を倒して自分たちの手で国家をつくることができるはずである。この思想は、ヨーロッパから大西洋を越えて新大陸に及び、当時、イギリスの植民地とされてその圧政に苦しんでいたアメリカをしてイギリスと闘わせついに独立を達成させ、また、フランス大革命の原動力となった。

 この思想は、人間であれば皆平等で尊いというもので、これは、一つの真理として普遍性を持っているので、キリスト教を離れて世界中に広がり、今や世界を支配する原理となっている。この思想からすれば、松岡洋右の考えは逆で、「国家は個人の為に」存在しなくてはならないということになる。

 しかし、当時の日本は、この段階まで至らず、天皇を至上とする国家であった。そして軍部や右翼の力は、政党を否定し、議会を否定し、松岡が叫ぶような「国家の為に個人はあるのだ」という、全体主義の方向にまっしぐらに突き進んでいった。

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2010年2月19日 (金)

人生フル回転「人間の死を思う。藤田まことの死。体力と学力の関係」

◇2月に入って、寒いせいか葬式が多い。毎日、後援会の関係者が亡くなっている。気温の変化によって高齢者の死亡数が大きく変わる様は、高齢者の命が風前の灯であることを示しているようだ。毎日のように葬儀に出ていると人の死に無感覚になり勝ちだが同時に人の生命のはかなさをじっと考えてしまう。今日(18日)も、2つの葬儀に出た。元気だった頃の遺影を見て、この人はどのように死と体面したのかと考えた。

 人の死は、社会現象として見れば、余りに日常的だが個人にとっては、最大の問題である。自分の死とどのように対面するかは全ての人が避けて通れない人生最後の関門である。死は、通常、遠くにあるから、そして、誰にでもあるという事で、耐えられるが、身近に接近した時の事を想像するとこんなに恐いものはない。

 先日も、死の直前まで、元気だった人が、風呂の中で、すっとこの世を去った。この人は90に近い高齢者だが、詐欺にあって巨額の財産を失い、私が紹介した弁護士を立てて訴訟中であった。90歳に近い身でありながら闘魂を燃やしたこの人の生き方に引かれた。

人は人生の終点が近づいた時、健康であっても、闘うことを止(や)める人が多いと思う。これは良い悪いの問題でなく人生観の問題である。全身がんに侵されながら最期まで舞台で演じた宇野重吉の鬼気迫る姿が思い出される。私もこういう生き方をしたいと思う。

 私の枕元には、徳間文庫の山田風太郎著「人間臨終図巻」3巻があり、床に入ってから手をのばす。十五歳で処刑された「八百屋お七」から始まって、古今東西の様々な人の死が描かれている。アットランダムに開くと意外な人の死と出会うことができて飽きることがない。名著なのだ。

 この本に書き加えたい死が報じられた。藤田まことさんが76歳で亡くなった。昔、白黒テレビの頃、藤田まことさんの「てなもんや三度笠」が人気を呼んだ。私もファンの一人であった。藤田さんはどこへと、報道を聞きなから思った。

◇2月議会を前に最近の教育問題を振り返った。重要な課題は多いが私が先ず注目するのは、国が昨年行った全国体力テストの結果である。文科省は、昨年12月17日、それを公表した。

 それによれば、本県の成績は、中学生は全国平均を上回ったが小学生は下回った。1日に1時間以上運動する子どもの割合も本県の小学生は男女とも全国平気を下回っている。

 注目されるのは、上位県の福井や秋田である。これらの県は、全国学力テストでも上位を占める。専門家は、体力向上が学習意欲の向上につながると分析する。同感である。

 体力は自然に向上するものではない。意識的に運動することで養われる。運動の習慣が体力ばかりでなく子どもの意欲も生む。この意欲こそ学習を支えるエネルギーである。試みに毎朝校庭を1周させたら、体力と学力が向上するのではなかろうか。私も毎日走っている。(読者に感謝)

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2010年2月18日 (木)

議員日記・人生フル回転「朝日新春の集いで、安重根に会う。先進的な緩和ケア」

◇「朝日友好親善新春の集い」に初めて出席した(17日)。歴史上の安重根はハルビン駅頭で初代韓国統監伊藤博文を暗殺した青年で、韓国では救国の英雄となっている。同名の名札を胸に付けた人物は朝鮮学校の校長であった。「凄い名前ですね」と言うと、「分かってもらえる人には説明します」と嬉しそうな表情で父親が民族の誇りとして名付けた名前だと話した。会場には民族的雰囲気が流れていた。

 私が親しくしている朝鮮商工会会長代行の申(しん)さんの挨拶は、日韓の歴史を踏まえた格調高いものであった。その中に出てくる金剛組という建設会社は百済(くだら)からの渡来人が始めたもので、およそ1450年の歴史を持つという。

 壇上に上がった角田義一さんは、今年は日韓併合100年に当たる、1910年は韓国にとって屈辱の年で国が地図から消え、言葉も名前も奪われ、日本人として戦争参加を強制されたと声高に訴えた。日本に併合されて、韓国人は日本語の使用を強いられ姓も変えさせられた事実を指す。そして、角田さんは、映画「弁護士布施辰治」の製作が進められていることを紹介した。布施は日本の支配に抵抗して捕らえられた韓国人を弁護した人である。「布施さんのご恩は言葉では現せない」と司会者は語っていた。

 マーキュリーホテルの広間では、日韓をめぐる生々しい過去の出来事が甦ったようであった。そして、それらは今日の日韓問題に強く結びついていることを会場の雰囲気は示していた。私は、日本人が心の活力を失い、民族の誇りなどを忘れている現実を指摘される思いであった。

◇これから始まる2月県議会の重要議題の一つは県民の生命に関わるところのがん対策である。その中でも私が注目するのは、先日触れた、がんセンターが実施している「緩和ケア」である。

 これは、県立病院の役割を象徴する医療行為だと思う。なぜなら、県立病院は、民間の医療機関などが踏み込めない分野も必要なら手掛けなければならないが「緩和ケア」は、正に、そのような医療だと思われるからである。

 緩和ケアとは、がんに伴う痛みばかりでなく苦しみ悩みなど心の問題までを総合的にケアし、患者と家族にとって可能なかぎり良好な生活の実現を目指すもの。医は仁と言われるが近代医学が益々高度化する中で、患者はともすると、医療の対象物となり兼ねない。緩和ケアとは、医療の中に人間の尊厳を実現するものだと思う。

 がんセンターでは、医師、精神科医師、緩和ケア認定看護師、薬剤師等から成る「緩和ケアチーム」を設置して取り組んでいる。また、全国的にも珍しい精神腫瘍科の設置、その他様々な創意と工夫を実施している。

 このような先進的ながん対策は県立病院の使命である。がんは、今や、全ての県民にとって人生の最大の課題である。緩和ケアの精神を全てのがん対策の基本に据えて欲しい。(読者に感謝)

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2010年2月17日 (水)

議員日記・人生フル回転「本県のがん対策・県立図書館の役割」

◇間もなく始まる2月議会では、がん対策の大きな予算が審議される。今や、がんは本県における死因の1位で年間5千人以上ががんで亡くなっている。これは、本県の全死亡者数の28%に当たる。およそ3人に1人ががんで亡くなるとは、この意味である。県民の命を守ることを使命とする県政にとってがん対策は最大の課題である。

 本県のがん対策を進める上での重要な基本は平成20年に作成された「群馬県がん対策推進計画」である。これは、平成19年に作られた「がん対策基本法」が各都道府県にがん対策推進計画の作成と実行を義務づけたことによる。

私は、おそよ40年前、妻をがんで亡くして以来がん治療の進歩に関心を抱いてきた。この間がん治療の技術はめざましく進歩し、又驚く程多岐にわたっている。そして、患者にとってがんは正に自分の生死に直結する問題だからどの治療方法を選ぶかは自分が決断しなければならない問題である。

 がんは患者が必死で闘わねば勝てない。闘う手段は自ら決めねばならないということだ。がん治療の現状は、この事を可能にするレベルになってきたと思う。がん医療の流れは、提供された情報をもとに患者が治療法を選択する時代に入った。

 行政は、適切ながん医療と最新の情報を提供し、また、闘う患者を支える環境を整えるべきだ。群馬県の「計画」もそのようになっているようだ。その中で、肉体的精神的苦痛に対する「緩和ケア」、また、担当医に遠慮せず他の医療機関の情報を得られるセカンドオピニオンの制度などが注目される。

 本県のがん対策にとってがんセンター及び群大の重粒子線施設は注目に値する。がんセンターは、病院で患者を助ける様々な画期的工夫を凝らしている。ここと、群大の重粒子線治療施設との連携は、本県のがん対策に新たな局面を開くことになる。県議会は県民の目線で、県民のためのがん対策を進めなければならない。

◇県立図書館協議会が開かれた(16日)。私は協議会議長である。少年の頃の受験勉強を初め町の図書館には多くの思い出があり、長い間図書館は私の人生と切り離せない存在だった。これ迄の利用者の立場から運営を協議する側に立った事にいささかの感慨が湧く。

 22年度の当初予算案や21年度事業の実施状況などについて報告があり質疑が行われた。21年度の図書購入予算は約4千万円で全国都道府県の図書館では30位。県行政は図書館について理解が薄いという意見が出た。図書館の在り方はその地方の文化の水準を表す。新しい時代の図書館の役割も話題になった。

 私は、今年1月調査で訪れた奈良県立図書館を思い出した。本県の図書館と比べると圧倒的な存在感と風格があった。平城京以来、脈々と受け継がれた文化が現れていると感じられた。

 最悪の不況下で図書館の予算は軽視され勝ちだが、図書館は新しい時代を支える知的基盤であることを忘れてはならない。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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2010年2月16日 (火)

人生フル回転「朝の講演。日本を救った鈴木貫太郎の生き様」

◇早朝6時から倫理法人の集いで、鈴木貫太郎について講演した(15日)。話の焦点は、78歳で総理に就任し、ポツダム宣言受諾を為し遂げて総辞職するまでの約4ヶ月の熱いドラマであるが、そこに至る迄のいくつかのエピソードも紹介した。

 貫太郎少年は、前橋市立桃井小の時、県の職員だった父親から、人間は怒るものではないよ、怒ってすることは成功しない、と言われた事が頭に焼きつき一生のものとなった。少年は、他県から移っていじめを受けていたらしいが父の教えを活かして忍耐で克服した。現在も校庭の碑に残る彼の言葉・「正直に腹を立てずにたゆまず励め」の背景となっている物語だ。

 二二六事件に際しては心臓と頭に銃弾を撃ち込まれて血の海に倒れた。止(とど)めをと叫ぶ暴漢に対して妻が止めはやめてくださいと必死で頼み暴漢はやめて去り九死に一生を得る。鈴木は海軍兵学校の校長の時、伝統となっていた上級生の鉄拳制裁を禁じた。人格の向上は各自の自覚によるべきだという考えである。鈴木は、又、玉砕主義、特攻隊には反対だった。名将は特攻隊の力は借りない。こうした戦術でなければ戦勢を挽回できなくなったことは明らかに負けだと考えていた。昭和天皇は鈴木侍従長を実の父親のように慕っていた。昭和23年81歳でこの世を去ったが自ら考えた戒名は、大勇院尽忠日貫居士だった。こんなエピソードに続けて宰相鈴木の生命をかけた大仕事に話は及んだ。

◇鈴木は侍従長として天皇の近くにいて天皇が戦争を欲していなかった事を感得していた。総理にという大命を拝受した時、天皇の意志を尊重して命を賭して戦争を終結させこの国を滅亡から救おうと決意した。このとき、二二六事件のときの事が思い出されたという。一度死と対面した人間にとって生に対して何の執着もなかった。かくして鈴木貫太郎は、ポツダム宣言受諾の是非をめぐる御前会議に臨んだ。既に広島、長崎に原爆が投下されていた。

 明治憲法の下でも、天皇は自らの政治的考えを述べることはなかった。従来の御前会議は全員一致の結論が出来ていて天皇はそれを形式的に裁可した。日本の運命を決める異常時の御前会議では議論の一致は不可能で本土決戦派と戦争終結派は3対3に分かれて譲らなかった。この時鈴木貫太郎の果敢な行動が事態を動かした。かくなる上は天皇のお考えでと、異論を挟む余裕を与えず進み出て「聖断」を仰いだ。天皇はポツダム宣言の受け入れの決意を示した。これは、天皇が自らの判断で日本の運命を決めるという史上稀なる例であり、それを導いた名将鈴木の作戦が功を奏した瞬間であった。

 極めて厳しい経営環境の中で何とかして道を切り開こうとしている企業家の人達にとって、私の話はタイムリーで好評を得たようだ。鈴木貫太郎のことをもっと県内に広めるべきだと感想を述べる人がいた。(読者に感謝)

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2010年2月15日 (月)

人生フル回転「白根開善学校の淋しい理事会。前橋出身の宰相」

◇白根開善学校の厳しい理事会があった。(13日)。ある理事が「創立以来32年になるが一番辛い役員会だ」とつぶやいた。創立者本吉修二氏の理事長交替を決める事になったからだ。

 白根開善学校は、本吉氏の教育に対する高い理想と学校建設に向けた無謀ともいえる執念によって実現した。当時の清水知事の決断もあって認可にこぎつけたが、創立時には入学金返還訴訟も起こされた。

 当時40代だった本吉氏も79歳を迎え、脳の手術を受け認知症の気もあり、現在、病院で深刻な状態で、山の学校へ帰ることは難しいらしい。本吉さんの激しい情熱の炎も遂に尽きるときが来たのか。人間の終末は淋しい。本吉さんは、名誉理事長兼顧問というポストにつく。

 会議の後で、2人の若い役員と話す機会を得た。開善学校の卒業生である。2人とも山の学校の体験を懐かしく振り返っていた。寮生活に入って初めて洗濯機を使った時の戸惑い、冷蔵庫には凍らせないものを入れるという酷寒の生活、夜中に先輩から下の部落の自販機まで使いにやらされた事、恒例の百キロ強歩の想い出など、私も無関係ではないので、話の輪に入り、しばし時が経つのを忘れた。

 まちの子どもたちが大自然の中で極限に挑戦して生きている。生きる力を養うには絶好のチャンスとなる。私は理事会の席で、新しく理事長になる人に、最低の基礎学力をしっかりと身につけさせるようにして欲しいと注文をつけたが、2人の若者の話を聞いて、「学力」についての私の認識の浅さを恥ずかしく思った。2人は、30歳代になって、初めて開善学校で学んだ意味が分かるようになったと語っていた。

 理事の1人に六合(くに)村村長の山本さんがおられ、六合村が中之条町に合併される事を語った。六合を「くに」と呼ぶのは、古事記の、天と地と四方をあせて「くに」(国)を造るという話に由来する。六つの字(あざ)を合わせて出来た村が歴史を形成してきたのだ。六合村が消えるのも淋しい。

◇今日午前、倫理法人会の例会で講演をする。依頼された題は「前橋出身の総理大臣」。御前会議をポツダム宣言受諾に導き本土決戦を避けることによって日本を救った終戦時の宰相鈴木貫太郎である。

 鈴木貫太郎は前橋市の桃井小学校を卒業し前中(現前橋高校)に進み、中退して海軍兵学校に入った。桃井小には、現在も、彼の言葉。「正直に腹を立てずにたゆまず励め」を刻んだ石碑がある。群馬県庁の職員だった父は出勤の途中連れ立って小学校に向う貫太郎に「人間は怒るものではないよ、怒るのは自分の根性が足りないからだ」と話したという。貫太郎はこの時の父の姿と言葉、そして、まちの様子が頭に焼きついて一生のものとなったと語る。県庁内には4人の宰相を顕彰する間がある。これに鈴木貫太郎も加えるべきだという意見が議会に存在する。今日はこの事にも触れたい。(読者に感謝)

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2010年2月14日 (日)

⑥松岡洋右・群馬会館で熱弁 一ムッソリーニを見ならえ。ソ連は必ず滅びる。政党をつぶせ一

 20世紀末のソ連邦の崩壊をあの世から眺め、松岡洋右、この点だけは俺の見方が正しかったと苦笑しているかもしれない。

 また、松岡は、欧米諸国を次々に批判するなかで、イタリアを取り上げ、独裁者ムッソリーニを絶賛するのである。彼はムッソリーニを、何百年に一人か、何千年に一人の人物と賞賛する。「イタリアは、かつて、亡びる寸前で、乞食があふれており、ローマは糞だらけの汚いまちだった。それを、ムッソリーニ氏はその独裁政治によって立ち直らせた。偉い独裁政治によって大改革を行って立派な国づくりをしている。実に偉い男だ。ドイツのヒットラー氏も、これにならい始めた」と松岡洋右は、ムッソリーニの独裁政治を熱っぽく語り、聴衆はこれに対して喝采を送っている。

 松岡は、欧米の現代文明の行き詰まりの原因の一つに、イギリスに始まる民主政治がある、だから民主政治は止めて、偉い人物を出して独裁政治をやらなければ非常時を乗り切ることはできないという事を言おうとしているようだ。

 松岡は、イギリスに始まる民主政治につき次のように批判する。「彼らは、国家は、個人個人の利益の為に存在していると考える。だから、国家が個人個人の利益にならない時はこれを叩き潰して良いという考えが出てくる。ヨーロッパ文明の行き詰まりは、この政治哲学から生じている。しかし、そうではないのだ。個人の為に国家が存在しているのではない。国家の為に個人が損じしているのだ。この点、ムッソリーニ氏も一致している。」

 国家のために個人があるというイデオロギーは全体主義といって、今日では、歴史的遺物になりつつある。今日、世界の普遍的原理として認められているものは、「個人の幸せを守り実現するために国家はある」という思想である。人間は個人個人が尊いのだという価値観が根底にあるのである。

 この点は、当時社会をリードしていた松岡等の思想を歴史の流れの中で位置づけて理解するために重要なことなので、少し掘り下げてみたい。

 人類の歴史を振り返れば、世界中どこの国でも、支配する者とされる者、一握りの支配者と大部分の被支配者、こういう関係が綿々と続いてきた。人々が喘ぎながらやっと生きている時、宮廷では、住民から取り立てた税によって華やかな生活が繰り広げられている。それでも人々は、それを運命と考え、疑問を抱かなかった。

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2010年2月13日 (土)

⑥ 松岡洋右・群馬会館で熱弁 一ムッソリーニを見ならえ。ソ連は必ず滅びる。政党をつぶせ一

 松岡氏の演題は、「世界の変局と日本の覚悟」であった。上毛新聞は、講演内容を14回に渡って連載した。その中の論点を拾って紹介する。松岡はまず、話の基礎となる自分の世界観を示す。それは、「欧米文明に代表される現代文明は行き詰っており、正に亡びようとしている。現代は、この亡びゆく現代文明と我々の文明が対立している時代だ。大和民族の使命は、この現代文明を匡正(きょうせい)して、全人類を救うことだ」とする。これは、石原莞爾の思想と根本的に共通している、と私には思える。石原にしろ、松岡にしろ、当時の指導者の多くは、日清、日露の戦勝以来負けたことのない軍国日本に対する過信があったと思われる。

 松岡は、また、日本人の優秀さと弱点について次のように言う。「日本人は非常に優秀な民族である。我々の優秀は生れついているのだ。反省すべきは我々の短所である。大和民族の持っている一番の欠陥は気が短いことだ。ものに飽き易い。熱し易いが冷め易い。そこで、非常時非常時と2年位言っていると直ぐ飽きてしまって何が非常時だというものが出てくる。これは国民の気が緩んでいるからだ。今日、一寸、非常時に飽きてきた証拠だ」

 熱し易いが冷め易いという点は、私たちにも当てはまるところだ。

 松岡洋右は、ソビエト、フランス、イギリス、アメリカの現状に触れ、そこにみられる現代文明の行き詰まりを力説する。この中で、ソビエトについては次のように語っているのが面白い。

「私は元よりソビエト主義のようなものは行われないものと信じている。一億6千万人をひとからげとして、人間みんな一様に平面化して、これを機械化し、個人個人の意思は認めない、個人個人の創造力というものを認めない。人間を一つのに詰め平面化し叩き付けてしまう。これは、どえらい試験だ。必ず是れは失敗する。実際これを行ってみて、50年後、それができないことがはっきりすれば、人類として学ぶところもあり、その時、我々は、ロシア人を学ぶべきだ。50年位後になって全人類がこれをひるがえってみて、ロシアという国は実にど偉い試験をやった国だと思うだろう。ロシアは、人類史上未曾有の大試験を行っているのであって、そこには、現代文明行き詰まりの悩みがあるのである。」

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2010年2月12日 (金)

人生フル回転「医療崩壊。県立病院の再建。たまゆら理事長の逮捕」

◇医療崩壊ということが全国的に叫ばれ深刻な事態が進行している。産科、小児科、外科などで医師が不足して医療サービスの継続が困難な医療機関が現れている。本県の医療は大丈夫なのか。

 本県では、2月議会で、医師確保対策に3億円以上の予算を計上する。医療崩壊といわれる現象は、国の医療行政に深く関わっているが、これを食い止めるために、地方自治体は最大限の知恵を出し努力しなければならない。それが県民の生命と健康を守る県政の使命である。

 県が進める医師確保対策は、病院勤務医に対する支援、医師確保修学研修資金貸与、緊急医師確保修学資金貸与、産科医師等確保支援事業、産科医師等育成支援事業、小児・周産期医療緊急支援、女性医師再就業等支援事業、群馬大学地域医療枠学生への修学資金貸与、医学生修学資金貸与、等々盛り沢山である。これは、医師確保対策が如何にさし迫っているかを示すものだ。

 医療崩壊の原因は多岐にわたる。産科医や小児科医など人の生命に関わる医療行為は、訴訟の対象になる事が多いのでこれらの科を志望する医学生が激減しているといわれる。

 また、病院の医師が次々に退職する現象が生じている。それは、病院勤務医の激務が理由であるといわれる。激務ゆえに止(や)め、残った医師の勤務は更に激化しまた退職者が増えるという悪循環が生じている。本県が、病院勤務医に対する支援策によりその定着を図ろうとしているのは、このような状況に対応するためである。

◇医療崩壊を食い止める砦として、公立病院の役割は大きい。本県には4つの県立病院がある。心臓血管センター、小児医療センター、精神医療センター、東毛がんセンターである。

 これらの病院は、今、多額の累積赤字をかかえて、再建策が問われている。県立病院には民間病院とは異なった使命と役割がある。県民の生命を支えるために不採算部問も維持しなければならない。それ故に、毎年、県の一般会計から多額の予算が県立病院の予算に回される。

 しかし、県財政が非常に厳しい折、この点は適正にチェックされねばならない。県立病院に今問われるべきことは、「甘え」の体質がないかということである。民間の病院の「経営」に学ぶべき点が多くあるのではないか。この点も2月議会で問題にされることだろう。

◇渋川市の施設「たまゆら」の理事長等が業務上過失致死の疑いで逮捕された。10人の死者を出した昨年3月のこの施設の火災は大きな社会問題として注目された。高齢社会が進む中で同様な危険を抱えた施設は他にも多く存在するからだ。

 避難経路の壁を防火壁にしなかった、火を使う部屋の内装に不燃材料を使用しなかった、避難口に錠をかけていた、等の安全管理上の違反が指摘されている。錠については認知症の人の徘徊防止のためと言っているが、同様な問題を抱えた施設は多いに違いない。県は、この事件を教訓として活かすべきだと思う。(読者に感謝)

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2010年2月11日 (木)

⑤石原莞爾と松岡洋右

このような困難を克服するにはどうしたらよいか。それには、国民が一つになって力を合わせる以外にない。政党同志が足を引っ張り合ってくだらない争いをしている時ではない。そして、国民が力を終結させるためには、その中心が明らかでなければならぬ。国民結集の中心は天皇であり、天皇のあり方をはっきりさせねばならぬ、ということで国体明徴運動が起る、このように、国民全体を巻き込んだ興奮の渦は次第に大きくなり、すべてを呑み込んで、その動きはいよいよ加速していった。

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⑥松岡洋右・群馬会館で熱弁

―ムッソリーニを見ならえ。ソ連は必ず滅びる。政党をつぶせー

この渦を加速させた人々、先程の石原莞爾もその一人であったが、その中に松岡洋右がいた。彼は、前記のように、日本が国連を脱退した時の日本代表であった。

 昭和9年1月10日、この松岡洋右が前橋市の群馬会館で講演した。その時の状況、そして、彼の話は、当時の社会情勢を知る上で有益である。

 松岡洋右は、群馬、栃木、茨城、長野、北関東四県の在郷軍人の大会に応援に駆けつけたのであった。会場は、群馬会館大ホールと武徳殿があてられていた。

 昭和9年1月11日の上毛新聞は次のように伝えている。「午後1時、打ち上げられる花火を合図に大会の幕は開けられた。松岡氏の舌端火を吐く獅子吼(ししく)に接せんと、聴衆は道路に溢れ実に数千を数える壮観を極めた」

 この大会の宣言として、在郷軍人は次のように打ち上げたのであった。

「帝国の対外的重大危機、正に指呼の間に迫らんとする秋(中略)国防の重責を負い、国民の中堅たる吾人在郷軍人は、須(すべか)らく、自らいよいよ操守を強くし、団結を図り、皇国の前途を泰山の安き置き、我民族永遠の発展と極東平和確立に一意邁進するは現下の急務とす、ここに光輝ある昭和9年の年頭にあたり敢えて吾人の決意を宣明す」このような宣言に続いて松岡洋右の講演に入るが、聴衆は「松岡氏の熱弁に満場熱狂す」という状態であった。

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2010年2月10日 (水)

人生フル回転「医療の危機を救え。がん対策。若者の雇用」

◇2月議会の予算編成の3つの柱は、①県政改革の推進②県民生活の安心・安全の確保③県内経済の活力向上、であるとして、昨日は①についていくつかのポイントを述べた。今日は②と③につき私が注目するいくつかの新年度事業について触れる。

 ②の県民生活の安全・安心を支える第一は医療の充実である。現在、医師の偏在と不足が大問題となっており特に産科医、小児科医の不足が深刻である。これでは少子化対策も進められない。県は、医師・看護師の確保のため7億円以上の予算を計上する。

 この予算をあてる具体的事業として、群馬大学地域医療枠入学者への修学資金貸与、産科医師等の手当支給に対する支援、看護師等修学資金の増額、県立病院の看護体制の充実などがある。

 今、現実の社会では、金持ちは安全で高度な医療が受けられるが、貧しい人は十分な医療を受けられないという医療格差が広がり、その中で医療テロが発生するなど事態は深刻である。こういう状況下で、県の医療行政の役割と使命は重大である。

 医療の中でもがん対策は特に重要である。がんは、昭和60年から群馬県の死因の第1位を占める。生涯でがんに罹る可能性は、男性の2人に1人、女性の3人に1人とされる。群馬県における平成20年のがんによる死亡数は、男性3295人、女性2125人、合計5420人の人ががんで命を落としている。この数字は大変なものだ。これを激減させることこそ、県政の最大課題といわねばならない。

 がん対策として注目されるのは、いよいよ重粒子線治療が始まることだ。画期的治療法だが治療費が300万円以上かかる。県は医療費を金融機関から借りた場合の利子に対する補助制度を始める。

 その他のがん対策としては、がん医療提供体制の整備として、がん診療連携拠点病院機能強化事業費補助や地域がん登録事業などを進める。また、がん検診受診率向上や、がん予防の施策を進める。

 世界的にも画期的な重粒子線治療が本県で始まるのを機に、群馬のがん治療のレベルを向上させ、群馬をがん治療のメッカとすべきだ。

◇③の県内経済の活力向上対策は、社会全体が百年に一度の不況を抜け出せない現在特に重要である。様々な問題の中で若者が就職できない状態は看過できない。県は新規事業として高校新卒未就職者を県の臨時職員として雇用する事業を始める。雇用期間中、就職支援を実施する。

 どの程度効果があるであろうか。この点広島県では、新卒未就職者を企業が体験と研修を目的に受け入れ、その費用を県が補助する制度を実施している。本採用につなげる制度として全国的に注目されている。

 群馬の観光資源を掘り起こし、群馬を売り出すディスティネーションキャンペーンも注目される。(読者に感謝)

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2010年2月 9日 (火)

人生フル回転「行政改革で徹底した事業見直しを。小寺前政権の失政を活かせ」

◇定例県議会の中で最重要な2月議会が19日から始まる。約400億円も税収が減る状況下で県政の重要課題はまったなしである。これに応えるための当初予算の方針に関し、大澤県政は3つの柱を示している。それは、①県政改革の一層の推進、②県民生活の安心・安全の確保、③県内経済の活力向上である。

 普段から、県政の大筋を分かり易く説明して欲しいという要望を多くの人が寄せている。2月議会を前にして、私なりに、この要望に応えるべく努力したいと思う。

◇先ず、今日は①を取り上げる。県政改革の推進は最も重要な柱である。県政の改革は幅が広いが、その中で緊急の課題は行政改革である。端的にいえば、ムダを削って、県民に必要な行政の型をつくることだ。

 国が行った事業仕分けが注目されたが、件も全ての事業の見直しを断行すべきである。役割を終えた事業は廃止すべきだし、改善を要する事業は多い筈だ。的確な見直しによって削減されるムダは膨大な額になるだろう。

 事業の中には、68の公共施設がある。その1部につき「公共施設のあり方検討委員会」が検討を重ねている。廃止、民間委託、内容改善の視点から全てを検討の俎上に載せるべきだ。

◇行制改革上の長期的課題の1つがこの議会で解決に向かう。10億円を超える額の土地が不適切な方法で取得され14年間も放置されてきた。小寺前政権の汚点ともいうべき元総社用地である。

 この土地に関しては、平成20年9月議会で大問題になった。私の質問にこたえて、大澤知事は大胆な発言でその決意を示した。

 大澤知事は、元総社の土地取得に関し、行政のトップである小寺前知事の責任は極めて思いと発言し、次のように指摘した。「土地を購入する際、その利用目的をしっかりと見極め、購入の必要があるか否か、利用目的にとって適切な土地であるか、価格は適正か等、必ずしも十分な検討がなされてこなかったのではないか、言いかえると、県民の大切な税金をお預かりしながら、県民のための県政を行っていなかったのではないか」と。

 これは、政策が、そもそも、適切であったか、そして、その必要性があったかを問う点で、全ての政策決定及びその実施に関してあてはまる行政改革の原点を示したものといえる。小寺前政権が残した課題を教訓として活かすことが今求められている。大澤政権は、この点につき如何なる前進をしたかが、今問われるべきである。

◇行財政改革における自主財源確保を目指す新規事業の具体例を一、二紹介する。上毛新聞敷島球場が大規模に改修されプロ野球の招致が図られるが、外野フェンスを広告に使う。また、新たなネーミングライツの売却として、「総合スポーツセンターぐんまアリーナ」が検討される。ネーミングライツとは、名前を使う権利である。既に県民会館が「ベイシア文化ホール」となっている。(読者に感謝)

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2010年2月 8日 (月)

「『ヒロシマモナムール・二十四時間の情事』を観る・シネマの国・ぐんま。山本雅雄氏の告別式」

◇劇場で映画を観るのは実に久しぶりの事だ。「シネマまえばし」で「ヒロシマモナムール」(二十四時間の情事)を観た(6日)。隣りの席に友人の鈴木安雄さんが座る。フランス・日本の合作映画で、監督は映像の魔術師といわれるレネ。登場人物は日本人の建築技師の男性と広島の映画を撮るために日本に来たフランス人女優。2人は行きずりの情事で離れられなくなる。女が日本を去る迄のタイムリミット・24時間の葛藤を描く。冒頭の広島の惨状は実物の紹介で息を呑む凄さ。これは戦争で傷ついた過去をもつ2人の男女の心の背景となっている。女は「ヒロシマの全てを見た」といい、男は「君はヒロシマの何も見ていないのだ」という。白黒の90分は静かに重く私の心に沈殿した。

◇「シネマまえばし」は、廃墟に近い前橋中心街に芽生えた小さな希望の灯である。かつて、映画は、中心街の賑わいのシンボルだった。また、県都前橋の精神文化を支える柱だった。まちの活力が消滅しようとする時、名画座・シネマまえばしが誕生したことの意義は大きい。

 県は、近く「ディスティネーションキャンペーン(DC)」として、隠れた観光資源を掘り起こし、群馬を全国はおろか世界に売り出そうとして、企画を募集しているが、県都前橋に目玉がなにもないというのでは勢いがつかない。名画座は、それにふさわしいものだ。今、若者を中心としたグループが、「DC」に登場させる事業として、この名画座を取り込んだ企画を練っている。私もメンバーとして強い関心をもっている。

◇群馬にはシネマの国の伝統がある。明治36年前橋、高崎などで活動写真が巡回上映され、明治43年には前橋に活動写真の常設館として初めて、「みやこ館」ができた。それ以降、映画は庶民の文化、心のよりどころとして発展した。そして、戦後の動きとしては、昭和25年には日本初のカラー映画で、北軽井沢を背景とした「カルメン故郷に帰る」が作られる。また、昭和29年につくられた群馬交響楽団の物語、「ここに泉あり」は、戦後復興期の全国民に感動を与えた。さらに、昭和36年には上州安中藩を舞台にした「まらそん侍」が人気を得た。

映画が下火になる中、96年(平成8年)群馬県が製作した「眠る男」は国際的な注目を集めた。今、映画館で映画を観ることが除々に復活しつつある。精神の砂漠に恵みの雨が染み込むように。まちの砂漠化を救うオアシスになることを祈る。

◇山本龍君のお父さんの告別式に出た。吾妻渓谷は時の大雪で姿を一変させていた。ダムをめぐる争いも幻想の世界に包まれていた。

 式場は草津音楽の森国際コンサートホール。龍君のお父さんは型破りの地方政治家だったらしい。エピソードを聞いて龍君のルーツとDNAの一端を見せられた思いがした。

 山本一太さんの弔辞もよかった。「文章に書かず3分間でと龍ちゃんに頼まれた」と言っていた。一太さんは、その父山本富夫氏と龍君の父山本雅雄氏との交友のエピソードなどを語っていた。政治家を貫くには人間の熱い絆が不可欠である。一太氏の挨拶と龍君が実兄の「ゴンチャン」を立てる姿に、その事を感じた。午後、4時30分の県柔連の新年会に間に合った。(読者に感謝)

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2010年2月 7日 (日)

炎の山河 ⑤石原莞爾と松岡洋右

  一人の特異な秀才が立案する企画によって国が動かされてゆく、そして、それを阻止することができない。そこに、日本の脆さと弱さの原因があったのではないか。本来なら、このような問題の本質に光を当てるべき政党やマスコミが、その役割を果たすことができなかったのだ。

その原因を突き詰めてゆくと、社会のよって立つ基盤である憲法に突き当たる。当時の大日本帝国憲法には、現在の日本国憲法におけるような表現の自由がなかった。私たちの日本国憲法は、最も重要な基本的人権の一つとして表現の自由を保障する。マスコミは、この表現の自由を支え守るべき大きな使命と役割を担っている。

当時のマスコミと今日のマスコミでは、その役割が違うといえばそれまでであるが、私たちはこのような歴史的事実を対比させ、現在の民主制度の意義と価値を知るべきである。

いずれにしても、国連から脱退し、日本の社会は盲目的な興奮状態に陥っていった。正義は日本にあり、だから世界を敵にしても、負けてなるものかという世論が盛り上がっていった。

中国大陸では、軍部は行動範囲をますます広げていた。しかし、中国民衆の抗日運動は激しさを増すばかりであり、関東軍がいくらたたいても抗日の波は万里の長城を越えて果てしなく押し寄せる。ついには、満州の支配を確保するためには、長城を越えて華北をも武力で支配しなければならなくなる。そして、戦線の拡大は、中国民衆の抗日運動の炎に油を注ぎ、中国との本格的全面戦争へとまっしぐらに突き進んでゆく。(1937年、昭和12年日中戦争となる)

一方、このような日本の軍事行動は、国際世論を敵に回し、米英との対決の様相は次第に深まってゆく。鉄や石油などの資源を米英に頼っていた日本にとって、米英との本格的な対立は、これらの資源を別のところに求めなければならないという重大な局面に立たされることを意味していた。

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2010年2月 6日 (土)

⑤石原莞爾と松岡洋右 第二章 ⑤⑥⑦の荒筋

 「満州の関東軍の中心にいたのが石原莞爾。彼は将来、西洋文明と東洋文明の間に戦争が起こるが、それは両文明のチャンピオンである日、米間の戦になる。そのためにも満州は日本の“生命線”と考えた。日本の軍部は、この関東軍に事実上引きづられてゆく。これに対する中国民衆の抗日運動はますます激化。この非常時に政党は互いに足を引っぱりあっているという批判が起る。昭和9年、松岡洋右は、群馬会館で、“政党をつぶせ”と大演説。戦雲が色濃くなる中、この年、群馬県で、国防大演習。有名な誤導事件もおこる。」

 我が国の国際連盟からの脱退は世界で孤立することを意味した。満州事変以来、軍部の独走を図り、日本を国際的孤立の方向に引き込んでいったのは満州における関東軍であるが、その中で中心的役割を果す一人の男がいた。それは、作戦主任参謀石原莞爾中佐である。彼は、陸軍大学を優秀な成績で卒業し陸軍の天才と言われた人物である。彼の抱く哲学は、彼が関東軍の中で重要な地位にあるだけに、その作戦に大きな影響を与えた。

 石原莞爾の哲学とは何か。世界は将来、西洋の文明と東洋の文明が総合して最高の文明を創造することになるが、そこに至る関門として、両文明による人類最後の戦争たる最終戦争が行われる。西洋文明の選手権者はアメリカであり、日本は早晩、東洋文明の選手権者になる。そこで、日本とアメリカとの間で世界最終戦争が行われることになるから、それに備えなければならない。では、そのためにはどうしたらよいか。それは満州を支配することによって可能となる、というものであった。石原莞爾は、このような哲学に基づいて関東軍を動かしていった。

 この石原のような強烈な思想の裏打はないにしても軍部の中枢はやはり満州を日本の生命線と考え、武力をもってしても満州を支配することが必要と考えていた。だから、関東軍の独走を軍は常に追認する形をとっていったといえる。

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2010年2月 5日 (金)

「犯罪史に残る女の犯罪。深刻な獣害と公務員ハンター」

◇女の犯罪史に残るかも知れない2つの事件を私のブログに記しておきたい。決して別世界の出来事とは思えないからだ。東の埼玉、西の鳥取で起きた似たようなグロテクスな事件が日本中の注目を集めている。逮捕された2人の女は、いずれも太っちょの不美人で年も35歳と36歳、また、いずれも、周辺の何人かが変死している。手段で共通しているのは睡眠導入剤だ。

 裁判の成行き次第では2人とも死刑の可能性が高い。そして、これらの裁判には一般市民が裁判員として関わることになるかも知れない。若い女に死刑を科すことになる裁判員は、死刑の重さに改めてたじろぐだろう。自分が裁判員になることを仮定すれば、それぞれの生い立ちや生活環境に関心を持たざるを得ない。

◇埼玉の女は木嶋佳苗(35歳)。祖父は町会議員、母はピアノ講師という家庭、本人の中学時代の成績は優秀だったという。何が彼女を狂わせたのか。彼女の身辺で少なくとも4人の男性が不審死を遂げている。逮捕の理由となっている大出さん殺害では手段として練炭が使われたと報じられた。練炭といえばミツウロコを思い出すほど、私たちの年代では昔の懐かしい燃料であるが、現代では集団自殺の関連で初めて耳にする人も多いだろう。女は練炭自殺を偽装したといわれる。

◇西の犯罪の代表の如く登場したのは、鳥取の上田美由紀(36歳)。元スナックホステスといわれるが週刊誌では、「デブ専スナック」となっている。

 女のまわりでは6人の男が不審死している。その中には、新聞記者や刑事もいる。3人の遺体からは睡眠導入剤が検出された。

◇2つの事件は、前代未聞の様相を呈している。男をだます女といえば、美人と相場が決まっていたが、2人の女は、決して美しくない。もてない男たちは、どこにでもいる不美人ゆえに親近感を持ち接点を感じたのかも知れない。心が満たされない孤独な男は現代社会が生み出したもので限りなく多い。被害者の男たちは私たちの身近かな隣人に違いない。

◇鳥獣害対策は間もなく始まる2月議会の重要課題である。農作物に対する被害は深刻で、知事との政策懇談会でも度々指摘された。

 自然環境と社会環境の激変の中で動物たちも戸惑っているのだろう。人間との住み分けも崩れている。先日(1月26日)、前橋市文京町にイノシシ1頭が出没との通報があった。山からまちへ迷い出て帰る道が分からなくなったのかも知れない。人家に近い

赤城南面では鹿やイノシシが頻繁に出没している。

 私の友人Oさんは罠の名人であるが80歳の高齢である。どこでも猟師が高齢化し数が少なくなっているのだ。そこで環境省は、新年度から公務員ハンターを増やす政策を進めようとしている。自治体でも職員に狩猟免許を取らせる動きが出ている。富山県や高知県では既に公務員ハンターが実現している。自然や農業などに対する公務員の意識改革につながり住民との一体感も生まれるだろう。本県でも進めたいものだ。(読者に感謝)

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2010年2月 4日 (木)

人生フル回転「百億を放棄して林業公社を存続。疑惑の土地の購入」

◇県が実質的にオーナーである林業公社は膨大な負債を抱え立ち行かなくなり存廃が検討されていたが、県は存続させる方針だ。県が貸し付けた金で返済不能となっている金額は100億円を超え、県はこの金額につき債権放棄をする。公社経営のスリム化を進め県の支援を受けずに経営できる状態を目指すが、公社解散の選択肢もあった筈。県民に対する説明責任が問われる。2月議会で議論されるだろう。

◇先日、尾身幸次さん夫妻が拙宅を訪ねてこられた。政治家の鎧(よろい)を脱いだ尾身さんを見るのは初めてである。天風会理事長の名刺を差し出した尾身さんの表情は爽やかだった。正直でまっすぐな人なのである。昨年8月30日の直下型大地震のような出来事については語らなかったが、にこやかな姿を見て、あの悪夢のような出来事は何だったのかと改めて思った。

 尾身さんの元秘書が退職金が少ないとして尾身さんを相手に訴えていた民事訴訟が、1日、前橋地裁で結審した。尾身さんは本人尋問で退職金に関する事情を説明した。判決は末月29日に言渡される。

◇高木疑惑の土地として県議会で大問題となった塩漬けの土地に関して変化があった。県が住宅供給公社から時価で買い戻す方針を固めたのだ。この土地は、元総社の染谷川沿いにあり、上空には15万ボルトの高圧電線が走る。健康上の問題点も指摘された。

 県は、この土地を、県・住宅供給公社に、高木建設から10億5000万円で取得させた。高木県議(当時)の口利きがあったのではないかという事が特別委員会で問題とされた。小寺知事(当時)は、1年後に方針を変えたため、この土地は、その後、14年間放置されていた。

 大澤県政となって、大澤知事が、私の質問に答えて、小寺さんには、行政のトップとして大きな責任があると発言した事は、大きく報じられ反響を呼んだ。 県がこの土地を住宅供給公社から買い戻すことは、事の経過からして、当然と思われていた。県が購入するのは、1.6ヘクタールのうち1ヘクタールである。公社がこの部分の取得及び管理に費やした額は約8億4000万円だが、時価は約3億である。県は時価で購入するので、差額は公社の損失となる。実質的には県の損失であることに変わりない。

 時の経過による責任者の死亡、あるいは時効の壁にはばまれて、私たちは事の本質に十分には迫ることが出来なかった。多くの県民の関心はすっかり薄れ、あるいは忘れ去られようとしている。

 しかし、振り返って、この出来事を忘却の彼方に葬ってよいものかと思う。今、反省すべき事は、政策の誤りをチェック出来なかった事である。政策の透明性を図り、県民の目に晒すことが求められている。県が「土地」を購入したことによって、この問題を再び、行政改革の視点から俎上に載せる時が来た。(読者に感謝)

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2010年2月 3日 (水)

人生フル回転「クリーンエネルギーは無限の可能性・文科省の仕分け。木嶋佳苗」

◇間もなく始まる2月議会では様々な施策(事業)について議論されることになるが、私が注目する重要な事業の一つは環境と結びついたクリーンエネルギーに関するものだ。環境政策課と企業局が、主要事業を打ち出そうとしている。

 環境政策課は住宅用太陽光発電設備導入推進を、又、企業局は企業局としての太陽光発電設備導入等を、それぞれ、計画している。

 太陽光、水力、風力は、クリーンエネルギーの代表格である。クリーンとは地球温暖化の主因・CO2を出さないことを意味する。太陽光は無限にくまなく地上に降り注ぐからこれを建物の屋上で受け止めて電気をつくる政策を市町村と連携して進めるべきである。県は音頭取りになればいい。役所や学校、病院など公的建物の屋上は率先して全て発電所にすべきだ。

 水力発電については、落差のある小さな水流を利用して電気を作る事業を、市町村と連携して進めるべきである。私の住む芳賀では数年前小坂子発電所が出来て稼動し成果を上げている。利用できる水流はいくらでもあるに違いない。県は、この事業についても市町村と連携して大胆に推進すべきである。

◇他県には参考にすべき画期的かつ大胆な太陽光発電の企画がある。山梨県が、東京電力と共同で進めようとしているメガソーラー発電計画がそれである。山梨県は発電所の土地を提供すると共に太陽光発電の普及啓発活動を推進し、東電は発電所の建設、運転、維持管理を行う。年間の発電電力量は、一般家庭3400軒分を目指すという。全国有数の日射量を有する山梨県の特性を活かした企画だというが、日射量では本県も山梨県に負けない条件を持つのだから、山梨県に負けない壮大な企画を打ち出すべきではなかろうか。県民の皆様の関心を高めたいと思っている。

◇私は、文教警察常任委員会に属する関係で文科省の「事業仕分け」は大変気にかかることだ。仕分け事業の対象とされた事業には①公立校の施設整備、②全国学力調査、③「英語ノート」など英語教育改革等がる。

 これらにつきどのような指摘がなされたかというと、①では耐震化に限定すべし、②は全国の全ての学校を対象とするのでなく一部をピックアップして調査すればよい、③は廃止すべし、等であった。文科省は、新年度の予算編成で、仕分けの通りに対応するという。それぞれは、本県の教育界にもストレートに影響を及ぼす。「仕分け」の激震が迫っている。

◇また、社会の病巣の黒い淵をのぞくような奇怪な事件が起き大騒ぎである。35歳の木嶋佳苗という女が大出さん殺害容疑で逮捕された。インターネットの結婚相手紹介サイト利用、練炭自殺偽装など今日的犯行手段が報じられている。

大出嘉之さんの外にも3人の男性が不審死を遂げ、金をだましとられた男性は20人近くおり、その総額は1億円に達するという。週刊誌では、「美人とはいえない」「毒婦」などの表現が踊る。(読者に感謝)

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2010年2月 2日 (火)

人生フル回転「事業仕分けの重要性・明和町で始まる。暴力団の事件の裁判員裁判」

◇民主党政権下で「事業仕分け」が注目を集めた。多くの傍聴者が見守る公開の場で行われ、マスコミが大々的に報じたので、この作業は民主党政権下で初めて行われたと思った人もいたようだが決してそうではない。

 事業仕分けとは、行政の行う事業につき真に必要なものと不要なものを分ける作業である。事業の中には、時代の変化の中で、既に役割を終えたにもかかわらず、毎年予算がつけられるものがある。このような不要な事業を見つけ出して税金の無駄をなくすことは、行財政改革の上で避けて通ることは出来ない。いつかは、必ず着手されるべきものであった。

 そこで、02年岩手県などの自治体でこの作業が実施され、08年には自民党政権下の文科省の事業につき行われた。今や、ブームの観もあり、本県では、明和町が、県内自治体として初めて事業仕分けを行っている。仕分け人には公募で選ばれた町民が当たる。町長は、「これまで内部だけでやってきたことに第三者の目が加わったことに大きな意味がある」と語った。

 町長の言葉にあるように、住民が参加することにより住民の目線で行政の改革が行われることに大きな意義がある。県が本格的な「事業仕分け」を実施すれば、県下の全自治体に波及し、その効果は測り知れない程大きいものとなるだろう。この点を、私は、2月議会で取り上げようと思う。

◇県内の裁判員裁判が着々と進んでいるようだ。県内最初の裁判員裁判は、藤岡の強盗罪を審理するもので、昨年12月8日の開廷には266人が傍聴券を求めて列を作り県民の関心が高いことを示した。

 今月29日、県内3例目の裁判員裁判の判決が前橋地裁でなされた。この裁判は、暴力団に関する事件を審理した点で注目された。指定暴力団稲川会系組員の銃刀法違反に関する事件で、懲役7年の判決が下された。公判の後、裁判員は、暴力団を裁くことに心配はなかったと感想を述べた。

 暴力団に関する事件として比較的無難な事件であったらしい。裁判員が恐怖を感じて適正な裁判が出来ない場合もあり得る。福岡地裁などでは裁判員裁判の適用除外が検討された。昨年福岡を視察したとき、工藤会の凶暴さを肌で感じた。

 裁判員裁判で難しい問題を含むのは、性犯罪である。これも先日、前橋地裁の法廷は、被害女性のプライバシー保護の工夫をしながら懲役12年の判決を下した。

 裁判員裁判で裁判員が最も緊張し悩むのは死刑判決に関わる時だ。やがてその時は来る。

 一般の市民が参加する裁判員裁判が定着しつつあり、裁判が身近になった事を感じる。それは市民と「司法」が協力して安全なまちづくりをしているという安心感を生みつつある。本件の犯罪認知件数は継続して減少している。これらは連動して社会の基盤を支えているように感じられる。

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2010年2月 1日 (月)

議員日記・人生フル回転「2月議会の課題。事業仕分け。がん。治安」

◇景気の悪化は底をついたといわれるが、失業者と生活困窮者は増え続けている。そのため県内の生活保護申請件数は急増している。厚労省の調査によれば、働く能力があるのに失業したり充分な収入が得られないため生活保護を受給する世帯が急激に増えている。

 生活保護を受ける条件は満たさないが、失業などにより生活が困難となった人を救済することは緊急の課題である。これに応える制度が県社会福祉協議会の「生活福祉資金」で、これを利用する人が現在急増している。その中の生活支援費は、貸付限度額、月20万円、連帯保証人がつけば無利子、これがいない場合は金利1.5%で利用できる。利用者は家計簿の記載を求められる。申請の窓口は市町村の社会福祉協議会。前橋市などでは、生活総合相談窓口が開設されているので、ここに問い合わせるといいだろう。

◇2月議会(19日開会)に向けて県議会では動きが急である。自民党政調会では、22年度当初予算につき重要要望施策を知事に提出した。その項目は非常に多いが、いくつかをピックアップすると①行財政改革の推進、②子ども手当て県費負担分の予算計上の見送り、③重粒子線治療費負担軽減、④がん診療対策の充実、⑤住宅用太陽光発電設備等導入推進、⑥雇用対策の充実など。

 これらの中で、まず①の、行財政改革の最大の課題は「事業仕分け」だと思う。時代の変化等により不要となった事業に予算がつけられている例が多いに違いないからだ。

 ②については、本県24町村うち17の町村が地方負担を当初予算に計上しないことを申し合わせた。民主党政府が全額国費負担を約束していたからである。

 ③と④は、結びついた問題だと思う。なぜなら、重粒子線治療という画期的ながん治療施設を軸にして本県のがん診療全体をレベルアップさせ本県をがん治療のメッカにすべきだからである。

 ⑥の雇用対策では、広島県の「未就職卒業者就業体験事業」に注目している。この国会でも注目され、本県でも採用すべきだと思うからだ。これは、不況の今日、未就職のまま高校を卒業する者が増えているが、この人たちを対象に企業が就業体験と研修を実施し知識や技術を習得させる、そして、その費用を県が助成するというもの。正規雇用につなげる上で大きな成果をあげているという。

◇県内刑法犯認知件数が大幅に減少している。6年前(04年)はこの増加率が全国ワースト1だった。県警は組織を挙げて全力で治安に取り組んだ。また、県民も犯罪防止推進条例等によって協力した。この成果は、官民一体となって力を合わせれば県政の難題も解決が可能であることを物語るもの。なお、何が起るか分からない時代であるから油断はならない。特に新しい犯罪の防止に全力を尽す必要がある。(読者に感謝)

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