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2009年12月31日 (木)

第二章 激動の時代

― 昭和初期の不況から ―

 昭和6年から7年にかけて、不況は一層深刻化していった。農村は疲弊(ひへい)し、中小企業には倒産が続出し、失業者は都市にも農村にもあふれていた。一方、政界や財界には腐敗と汚職が広がっていた。そして、国民の間には、政治への不信が一段と高まっていた。

 昭和7年2月、前蔵相井上準之助が小沼正に殺され、この年3月、三井合名理事長団琢磨(だんたくま)が菱沼五郎によって殺された。2人が逮捕され、また、首謀者の井上日召(にっしょう)が自首して、一人一殺の暗殺組織血盟団の存在が明らかになる。

 警察の取り調べ、及び公判の過程を通して明らかになったところによると、井上日召は同志一人一人に暗殺目標人物を指定した。一覧表にすると次のようになる。

 暗殺目標人物       担当者

池田成彬(三井銀行役員)  古内栄司(元小学校教員)

西園寺公望(元老)     池袋釟郎(東大卒)

幣原喜重郎(前外相)    久木田祐弘(東大生)

若槻礼次郎(前首相)    田中邦雄(東大生)

徳川家達(貴族院議長)   須田太郎(国学院大生)

牧野伸顕(内大臣)     四元義隆(東大生)

井上準之助(前蔵相)    小沼 正(無職)

団琢磨(三井合名理事長)  菱沼五郎(無職)

犬養毅(首相)       森 憲二(京都大生)

床次二郎(鉄道相)     星子 毅(京都大生)

鈴木三郎(司法相)     星子 毅(京都大生)

これらの人たちは、政治や財界の腐敗、農村の窮乏などに危機感を抱き、要人を殺すという非常手段によって国家改造の突破口をつくろうとしたのである。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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2009年12月30日 (水)

第二章 激動の時代

― 昭和初期の不況から ―

 だから、このような不況に対して政治は無策であり、大資本は冷血にも自分の利益ばかりを求めている。不況ばかりでなく、社会のいろいろな矛盾はここに原因がある、と考える人々が増えてくるのも当然であった。民主主義が成長し、よく機能している社会なら、まず選挙によって政治や社会の制度を批判し、これを動かしてゆくわけではあるが、当時は、民主主義も甚だ未熟な段階であった。ここに、黒い影が頭をもたげて、日本全体をとんでもない方向へと追い込んでゆく原因があった。

 昭和5年、民政党の浜口雄幸首相は、東京駅で狙撃され重傷を負った。この事件を一つの契機として、日本はかつてない激動混乱の時代に入ってゆく。この事件に対して国民はいろいろな受け取り方をした。昭和5年11月県会にその現れを見ると、利根郡出身政友会の佐藤金松

「浜口首相の遭難に際し国旗を立て強飯(こわめしー赤飯のこと・注中村)を配ったものがあるという、治安維持法違反ではないか」

警察当局答えて

「国旗を建て強飯を配ったということ、遺憾至極だ、取り調べて善処する」

 また、吾妻出身政友会の菅谷勘三郎

「今回の浜口首相の遭難に対し中等学校の教員は、“これは悪政暴政に対する当然の帰結であり、一死以て国難を救うものだ”と話し合ったという。驚くべき暴言で、堀田県政の下にかかる心得違いの者がいるのは誠に悲しむべきことだ。重大事なので知事の考えを聞きたい。」

 堀田知事「その事柄は全然初耳で、事の意外に驚いた。十分調査し、注意する」

 県議会で取り上げられたこのような事実は、一般国民の間に、政治に対する強い不信とこのような不正なテロを容認する雰囲気があったこと、また、民主主義の未成熟を示すものであった。そして、このような社会背景が、内外の緊張した政治経済の状況と相まって、やがて本格化するクーデターやテロを許していったものと思われる。

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2009年12月29日 (火)

人生フル回転「新型の死者132人、群馬も2人目。最後のふるさと塾は有座の器」

◇新型インフルエンザ罹患者の2人目の死者が本県で発生した(26日)。60歳代の男性で、多発性骨髄腫、糖尿病、高血圧などの基礎疾患を持つ。本県死者の第一例は、11月26日に発生、80歳代の男性で、大腸がん術後、心疾患、高血圧などの基礎疾患があった。

 最近、新型インフルの感染者が減少したため安心感が広がっているように見える。しかし油断は禁物である。過去の例でも、下火になったり勢いを盛り返したりという状態が繰り返えされている。

 死者の数は着実に増えている。全国の「新型」罹患者の死者は、11月25日現在で73人であったが、この度の本県の死者を加えて、26日現在で132人に達した。厚労省の発表によると、今月22日現在の死者128人中、基礎疾患を有する者93人、健康体(基礎疾患を持たないという意味で)は、35人ということである。

 この35人という数字は、新型インフルの現状が侮(あなど)り難いものであることを示している。次は、厚労省の調査による死者数の年齢別の分布状況である。40代50代に死者が多いことにも不気味さを感じる。

1222日、厚労省発表、128人の死者の内訳)

歳未満

死者(人)

  2

12

11

10

14

  4

15

19

  1

20

29

  5

30

39

  9

40

49

20

50

59

19

60

69

16

70

79

15

80

14

◇今年最後の「ふるさと未来塾」は、懇親会を兼ねて行われた(26日)。話は「有座の器」を中心に今年11月中国山東省曲阜市を訪問したときの様子である。中学の教師も参加していた。孔子の教えは日本の教育者の間でも関心が高まっているらしい。

参加者も今年最多だった。

テーブルに設置された有座の器に人々の好奇の視線が集まる。中国の贈呈したもののミニチュアを現代の名工針生さんに作っていただいたのである。やや傾いたあかがねの壺が2本の鎖によって吊られている。私がひしゃくで水を酌んで8分目まで入れると壺は正しい姿勢に落ち着いたが、それ

以上入れると口を下に向けて倒れてしまった。「2千年の昔。孔子がこれを使って何を教えようとしたか皆さんお分かりでしょうか」私の言葉にうなずく人たちがいた。

 スクリーンに贈呈式の場面が映されていく。伝えられている孔子の顔と式に登場したある人物を並べたら、「へぇー、似ている」と会場から声が上がった。孔子研究院副委員長の孔祥林氏は孔子の直系の子孫でよく似ているのだ。DNAは2千年の時を超えて受け継がれていることに驚くばかりである。

 曲阜師範大学で私が記念講演する場面も紹介した。題は、「経済大国日本の挫折と再生の課題」だった。経済の波に乗って物欲に向けて突っ走る中国では反省として論語がブームになっている。有座の器の贈呈は、群馬県との交流のタイムリーな掛け橋になることだろう。

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2009年12月28日 (月)

人生フル回転「狂言強盗、今年の犯罪状況、名画座を観る」

◇地元のGS強盗は狂言だった。先日、端気町で深夜のセルフGSが強盗に狙われ現金が奪われた事をこの欄で取り上げたが、店員が仕組んだ芝居であることが分かった。加害者、被害者を演じた2人は窃盗罪で逮捕された。

 セルフのGSを狙った強盗事件は、県内初という事だった。狂言(芝居)だったとしても、世間に対してヒントを与えた効果は残ると思われるから、深夜のセルフGSは模倣犯に対して警戒しなければならない。

◇今年の犯罪状況の中で、サイバー犯罪、振り込め詐欺、犯罪収益対策に注目する。インターネットなどを悪用するサイバー犯罪は年々増加し、平成20年度中の検挙件数は過去最高の6321件で、前年比15.5%増。警察はサイバー犯罪捜査官による取締りの強化を図っている。特に重大なのは児童ポルノの流出だ。被害児童を長期に渡り苦しめることになる。その実態は深刻だといわれる。

◇振り込め詐欺のピークは平成16年で被害総額は284億に達した。その後も毎年250億円以上の被害が続いている。群馬県でも毎年4億円以上の被害が出ているのだ。

 振り込め詐欺が初めて報じられたとき、こんなに長く続く犯罪とは思わなかった。人間の心理の弱みにつけ込む卑劣な犯罪である。肉親が窮地に立たされているとか、特別の利益が得られるとか、あるいは、公的機関を装った連絡とかは、人の虚を突く情報だから警戒していても少し手段が変われば振り回されてしまう。

複雑な仕組みの現代社会、ケータイをいう超利器、匿名性、これらを結びつけた犯罪で、若者がビジネス感覚で実行している。規範意識が低下しだまし合いの様相を呈する今日の社会の象徴だ。健全な社会をつくるために来年こそ振る込め詐欺を撲滅しなければならない。

◇犯罪収益移転防止法が平成20年に施行された。犯罪組織が得た収益が移転すると正当な収益と区別不可となり犯罪組織を助けることになる。それを防止する事を目的とするこの法律は銀行など特定業者に疑わしい取引の届け出義務を課し、犯罪捜査の資料にすることを定める。現在、届け出件数は急増している。

今日の犯罪組織の多くは合法的な経済活動を隠れみのにしている。又、お金には犯罪に関与した印はないから容易に一般の経済活動に紛れ込む。この法律は、現代社会を防止する手段として有効だ。

◇「シネマまえばし」を見た。娘のゆりがチケットを売っていた。娘夫婦が名画座を始めたのは今月4日。不安の中で手ごたえを感じているらしい。この日は、高倉健主演で池部良、藤純子、長門裕之などが出る「昭和残侠伝・死んで貰います」暗い空間で並んで座席に着きスクリーンを見詰めるのは久しぶりだ。終ったとき一斉に拍手が起きた。感動を共有した瞬間である。「あー楽しかった」、「30歳若がえった」など言いながら出て行く人がいた。名作を辿ることは自分の青春を振り返る意味がある。(読者に感謝)

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2009年12月27日 (日)

第二章 激動の時代 ― 昭和初期の不況から ―

 農村の状況は特に深刻だった。農産物価格の下落、重い小作料や公租公課、また、都会で失業した人達の帰村等で農家はますます窮迫した。

 昭和5年の通常県会では、このような農村の窮状を救う為に県税の徴収期を変更して欲しいという次のような建議書が出された。

 県税の徴収期変更に関する件

「現在の農村の状況を見るに、蚕価(さんか)の暴落、米殻その他農作物価格の著しい低落により、農家は極端に疲弊困憊(ひへいこんぱい)に陥り、租税公課負担に苦しみ、肥料代小作料等はほとんど支払いできぬ状態にあって、この不況が継続すれば、明年度4、5月に徴収する税金は到底納入できない者が多く出て、その督促徴収に非常な手数と費用を要し、一面事務の渋滞を来たすのみならず、自然、思想の悪化を増長し、寒心に耐えざるものあらん(がまんできない程ぞっとする・・・中村注)。依って明年度徴収する県税を春蚕収繭(はるさんしゅうらん)後、即ち月下旬徴収するよう適当に徴収期を変更せられたし。」(カタカナをひらがなに変更)右建議候也(そうろうなり)

 昭和5年12月14日

提出者 星野元治 小金沢喜与治 関吉晴 中沢直次 品川金治 五十嵐栄三郎 青山徳太郎 森川抱次 江原三郎

 又、同じように、農村の窮状を政府に訴える次のような意見書も提出された。

  意見書

  「今や世界を挙げて不景気の極に達し、従って我が国民一般又此の惨状を見るに至る。就中農家の実情に至りては殊に深甚なるものあり。而して其の由来する処は、農家負債の過重に基づくもの多し。故に此解決を見るに至らずしては、到底此の苦境を脱する能はざるのみならず、為に農家失滅の域に到らんとす。政府は此際急速に農家負債整理の為適当の方策を講ぜらんことを要望す」(カタカナをひらがなに変更)

 昭和5年12月14日

 提出者 森川抱次 五十嵐栄三郎 青山徳太郎 都木重五郎 江原文作 星野元治

県内各地の農村は日を追ってひどくなり、小作人の中には故郷を捨て夜逃げをする者も多かった。また、娘を酌婦や花街に売る例も跡を絶たなかった。

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2009年12月26日 (土)

第二章 激動の時代

― 昭和初期の不況から ―

これは、およそ70年前の記事であるが、今日の私たち市民の目から見ても新鮮であり、その言わんとするところは、現代の政党や政治家にも鋭く迫るものがある。

 このような議会の状況は、当時、中央でも大同小異であったろう。しかも、議会の外では深刻な社会問題が山積していたから、それに応えられぬ政党や政治家に対する、民衆の不信や批判はますます高まっていった。このことが、やがて始まる政治テロの一つの原因となったと思われる。また、後に触れるように、群馬会館における松岡洋右の政党批判演説に数千の人々が熱狂する様は、群馬の人々の政治不信を物語る姿であった。

② 大不況・政治不信・テロ

  ―血盟団・一人一殺す、政治家は殺さなければ駄目―

 昭和2年の群馬県議会が大混乱に陥り、世の批判を浴びている頃、日本全体が未曾有の激動期、そして、暗い方向へ向かっていた。その背景には、次第に深刻化する経済不況があった。日本国内の不況が進む中で、更に世界大恐慌の大波が日本を襲う。それは、1929年・昭和4年ことである。ニューヨーク・ウォール街の株暴落から始まった衝撃は、たちまち世界中に波及し、日本もその波をかぶって深刻な経済危機に直面する。事情は、我が群馬県も同様であった。

 時の政府浜口内閣は、緊縮財政と産業合理化でこの不況の波を乗り切ろうとしていた。不況によって税収も思うようにならないのだから、緊縮財政は止むを得ないものであった。群馬県政も、これに対応して財政の緊縮を図ろうとしていた。

 昭和4年11月の通常県会は、堀田知事の下で聞かれたが、予算について次のようなやりとりがあった。(群馬県議会史第7巻より)

 4年度の緊縮予算に続いて5年度も同様の緊縮予算を組んだことに関して、高崎市出身政友会の関吉晴議員は問うた。「伸びんが為に縮めるという苦心のほどは分かるが、伸びる為の種は蒔いておかねばならぬ。現下の県民生活は随分悲惨な状態にあるが、これを如何に救済していくか、確信ありや」

堀田知事答えて「県の予算も各家庭の切盛と大して違わないと思う。県下の産業を如何に発達させるか十二分の確信はない、この予算で十分とは言えない、遺憾の点もないではないが、国がより良く生きんが為に我慢せねばならぬと思う」

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2009年12月25日 (金)

人生フル回転「ゴト師の暗躍、劇団ブナ、カトリックのミサ」

◇ゴト師、ウチコなど、裏社会で活躍する面々の生々しい実態をパチンコ店経営者のSさんからきいた。韓国系のこの人は、パチンコ店を数店もっている。大山倍達や力道山、最近亡くなった頭突きの大木金太郎などは、私が好きな韓国系の人たちである。この人たちの活躍の事で話しが盛り上がる中で、パチンコ店の経営問題に話しが移り、ゴト師(仕事師)の事に及んだ。

 最近、この人のもつある店舗で事件が起きた。景品の所でトラブルが発生、物が壊されたりして大騒ぎをしているわずか5分位の間に数台のパチンコ台の基盤が取り替えられたという。これが、ゴト師たちの神業(かみわざ)的手練なのだ。またある時、店の敷地に黄色いペンキがたれているので不審に思って調べたら裏側の壁がくりぬかれ、そこから入ったゴト師により基盤の入れ替え工作がなされていた。くり抜いたところが分からないように黄色いペンキが塗られていたのだ。

 基盤とは玉の出方を制御する部分のこと。入れ替えた機械は誰が打っても出るのかときいたら、特殊な打ち方を訓練されたウチコ(打ち子)でないと出ないとの事だ。対策を打ち出してもすぐにその上をゆく基盤が作られイタチごっこ。ゴト師、ウチコ、これらを訓練する組織、機械の研究グループ等、闇の社会の大がかりな「ビジネス」があるようだ。

 Sさんの話では犯行を見つけた場合早く退散させることが第一で、つかまえようとすると危険で刺されたりしたら合わないという。

 Sさんはこの業界の「危険」について語る。支店長が帰宅時に拘束され店に案内させられ金を奪われるケースがあるとのことだ。

 パチンコは市民の娯楽だが、博打(ばくち)的要素があり不道徳な一面は否定できない。そんなところが闇の世界から狙われるのか。高利貸しの暗躍、熱中する親に忘れられた子どもの死などパチンコには現代日本の暗部が結びつく

◇劇団ブナの木の忘年会は楽しいものだった(24日)。専門のスタッフ(役者)を抱え、宮沢賢治ものを初め多くの演目を持つ本格的な劇団である。高校の3年間を演劇部で過ごした後この門を叩いた女性、巡業に必死でついてきたという見習期間中の娘などもいた。皆個性が光っており、それぞれの所作に学ぶべき点を感じた。政治家の一つの武器は説得力であるが、そのために演技力は重要な要素なのだ。

 ブナは年間、最大200回位、小学校などを回って芝居を見せる。今年は、新型インフルエンザのため、開びやく以来のキャンセル増だったという。

◇カトリック教会のクリスマスのミサに出た(24日)。この集会も現代社会を反映して国際色は誠に豊か。聖書朗読もスペイン語、ハングル語、英語でもなされた。キリストの死は壮大な人類のドラマとして世界宗教を生んだ。科学の力によって人類が宇宙に飛び立つ時代、人間の心が飛び散らないために宗教の役割は大だと思った。

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2009年12月24日 (木)

人生フル回転「終末医療と殺人罪、シベリヤ会の忘年会、夏子の酒」

◇先日(1211日)のブログでは患者の気管内チューブを抜き死に至らしめた川崎協同病院の医師の行為を殺人罪(執行猶予付)と認定した最高裁の判決を取り上げたが、今度、末期がん患者の呼吸器を外して死亡させた富山県の医師につき検察は不起訴処分にした(21日)。高齢社会の終末医療は、死に近づいた患者本人、医師、家族が直面する困難かつ重大な問題である。そして、誰もが程度の差こそあれ避けて通れない問題だ。 

これは、尊厳ある死を選ぶ権利、人の死に他人(親族)がどこまで関わることが出来るのか、適切な医療行為の限界は、安楽死はいかに認められるか、等に関わる問題でもあり社会全体が真剣に考えなければならない難しい課題なのである。

 川崎協同病院の医師(有罪)の場合は気管内チューブを抜いた上、筋弛緩(きんしかん)剤を投与したが、家族への説明も十分なされなかったとされる。一方、不起訴になった富山県射水市の医師の場合、地検は、「呼吸器の取り外しが患者の死に結びついたとは必ずしも言えず殺意も認められなかった」とした。遺族は「先生はきちんと説明してくれた、家族に先生を恨むものはいない」と語っている。

 医療と殺人を区別する法的基準が求められている。安易に延命の打ち切りがなされると助かる命が奪われることにもなりかねない。一般市民の常識から考えられることは、死期が迫っていることが医師の判断として認められること、死期を早める手段は医師による妥当なものであること、家族への説明とその同意があること、などが医療行為として認められるための条件ではなかろうか。私たちは、普段からこのような事に対して心構えをしておかねばならないと思う。

◇「シベリヤ会」の忘年会があった(23日)。平成16年の夏、2人の元シベリヤ抑留者・塩原眞資さん、青柳由造さんと共にシベリヤの強制収容所跡地を訪ねた仲間である。青柳由造さんはその後亡くなってこの席にいない。塩原さんは鳥が東へ飛ぶのを眺めては故郷に焦がれたと語った。そして話題は青柳さんがシベリヤの民家で倒れた時のことに集中した。

 ロシア人の家庭を訪ね、昼食のテーブルでロシア民謡・ともしびを歌っているとき青柳さんの様子が急変し意識がなくなっているように見えた。大騒ぎし、やっと医師が来て事なきを得た。炎天下日本人墓地で長く読経したことがたたったのだ。青柳さんはもうろうとした意識の中で、日本に帰れなくなることをしきりに心配したという。シベリヤを再現した一時は時が経つのも忘れて盛り上った。

◇富士見の新酒発表会にでた(22日)。現代の名工に認定された80歳の杜氏(とうじ)のとつとつとした挨拶をきいた。私は挨拶の中で伝統の酒造りにこだわる人々の物語・漫画「夏子の酒」を例にあげ、伝統産業を守ることの大切さを話した。県の職員も参加していた。(読者に感謝)

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2009年12月23日 (水)

第二章 激動の時代― 昭和初期の不況から ―

選挙の結果は、政友会十八、民政党十八ということで最初から混乱が予想されたが、警察の選挙干渉ということが大きな争点となり、議会は大混乱に陥るのである。政友会に味方する警察が民政党の選挙に対して不当な妨害を行なったとし、民政党は、この点を議会で追及した。神戸という警部が民政党の選挙を妨害したとして、民生党の岩城善郎議員、「普選は、政界維新の第一歩なのに、取締官が選挙を妨害したというのは看過できぬ・・・」また、同じく民政党の森川抱次議員、

「境署長は、選挙人百六十余名を召喚して取り調べた・・・・・・。時は晩秋蚕(ばんしゅうさん)の上簇期(じょうぞくき)で忙しいのに、民政党候補者の推薦状には何と書いてあるか、配った箇所はどこかという僅かなことを問題にしている。・・・・・選挙民は、上簇期のため損害を被むり、非常に恐怖心を抱いた・・・・・・」

県議会は、この警察問題をめぐって紛糾し、民政党はついに、警察部長に対する不信任案を提出するに至った。

この不信任案を朗読するために議長の制止も聞かず壇上に駆け上がるもの、また、これに飛びかかって引きずりおろそうとする者があり、議場では、両派入り乱れての乱闘が行なわれ、傍聴席でも、これに合わせて、どなり合い、つかみ合い等、議場は大混乱に陥り、収拾がつかなくなった。当日の傍聴者は六百名で、中には、一杯呑んでいて殺気立ってイスを壊したり、大声で野次ったりして巡査に外に連れ出される者もあった。そして、廊下にはパン屋が出張するという騒ぎであったという。(群馬県歴史七巻より)

普選後第一回の県会は、混乱に終始し、審議も十分できず、予算を含め多くの重要案件が審議未了に終わるという惨たんたるありさまであった。

昭和二年十二月の上毛新聞は、16日から「普選県会の初収穫」という特集を組んでいるが、それは、歩き出したばかりの普選議会に対して手厳しい。その一部を紹介すると、

「・・・・・・『民主政治は衆愚政治だ』立憲下の国民として、いわんや、普選獲得の第一歩を踏んだ国民にとって、このくらい恥辱的な言葉はない筈だ。しかし、少なくとも群馬県会は不幸にして衆愚政治の好材料を示し、汚点だらけの幕を閉じた。・・・・・・」

また、「如何に政党というものが小児病的であり、党利本位であるかということがわかる。・・・今回の乱闘劇の裏側を見れば、如実に政党というものが乱脈なものであるかが首肯されるが、と言って、議会政治中心の国柄であって見れば、政党を否定するわけにはいかない。要は政党を組織する構成分子の質の問題である」

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2009年12月22日 (火)

人生フル回転「群馬県のがん対策・八ッ場ダムにヒ素流入」

◇先日、群馬県の柔道会でこの人ありと知られた井出昌明さんががんでこの世を去られた。69歳とは、今日では若すぎる。昔、前商の井出といえば群馬の高校柔道界では知らぬ人がない程有名だった。私も一時期柔道少年だったので井出さんの強さは記憶に残っている。人格円満ですぐれた見識の持主だった。今年は講道館から8段を授与された。群馬の柔道界は惜しい人物を失った。私は県道連の顧問である。

◇身近な人が毎日のようにがんで亡くなる。「2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで死ぬ」とよくいわれている。信じたくない数字である。群馬県でも年間5千人以上ががんで亡くなっている。私はおよそ30年前妻をがんで亡くしているのでがんは他人ごとではない。群馬のがんを征服したいと思う。

 がんとの闘いは社会全体で取り組まねばならない。そのためには、国が基本方針を定め、地方はそれに基づいて地方の特色を活かした工夫と取り組みをする事が必要だ。そこで、「がん対策基本法」が施行され、都道府県ごとに「がん対策推進計画」が作られることになった。群馬県も「群馬県がん対策推進計画」をつくった。

◇本県のこの推進計画では、がんの死亡者数を今後10年間で20%減少させる目標を掲げ、それを実現させるために、検診率の向上、がん登録の推進、がんに対する正しい情報の提供など各種の施策を進めている。これらの施策が実際どれだけ効果をあげるかが最大の課題である。

 群馬では世界的にも画期的な「重粒子線がん治療施設」が間もなく稼動を始める。これを機に、この施設を中核にして群馬のがん対策のレベルを全国に冠たるものにしたい。

本県のがん対策推進計画もこの事を目標にすべきだ。

 国の統計資料で08年のがん死亡率ワーストランキングというのがある。47都道府県が、最悪の青森から順に並んでいる。群馬は29位である。これを見ると、地域格差が大きいことが分かる。有効な対策を打てられるかに人の命が大きくかかっている。

◇吾妻川に流れ込む水からヒ素が検出されたことが報じられ、私は報道機関の取材を受けた。そして、八ッ場ダムの建設に影響するかときかれた。ヒ素は有毒な物質だが、上流の鉱山から流れ出て流水から検出される量は微量である。下流にいく程薄くなり、下流都県の人の健康には影響ないことは専門家も認めている。

八ツ場ダムが出来れば、ヒ素はダムに沈殿するから下流の成分は更に薄くなる。私は八ッ場ダムの建設には影響がないと答えた。国交省は風評被害を恐れて公表しなかったのだろうが、そのことが隠ぺいだと言われ問題をややこしくするとすれば残念だ。

「八ッ場」については特別委員会を立ち上げ、建設に賛成反対両方の学者の見解を公平にきこうとしている。来年は、客観的な事実を基礎にして「八ッ場」を大きく前進させたいものだ。(読者に感謝)

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2009年12月21日 (月)

人生フル回転  「シベリア強制抑留の塩原さん、土浦無差別殺人に死刑」

◇前橋市田口町の塩原眞資さんを訪ねた(19日)。来年は満87歳になるという。次第に少なくなっていくシベリア強制抑留の生き証人の一人である。ある私の友人が持つ戦争博物館の一角にシベリアコーナーを作ることになり企画は私が受け持つことになった。

 塩原さんは、シベリアから持ち帰った思い出の品をいくつか保存している。例えばボロボロになった作業服である。塩原さんはこう語ったことがある。「日本に帰っても辛い事が多かったのですが、そんな時この服を取り出して眺めると、どんな事でも耐えることが出来ました。」と。このような貴重な品物を博物館に展示したいので貸して欲しいと頼み快諾を得ることが出来た。

塩原さんと会うと、私と共にシベリアを訪ねた時の事が必ず話題になる。この日もそうだった。平成16年7月、塩原さんと私は、夏草が茂る中に立つ墓標を見詰めていた。それには、「友よ安らかに眠れ」とあった。その前で塩原さんは、俺だけ先に帰って悪かった、と声をあげて泣いた。あの姿は、抑留生活の過酷さと望郷の思いがいかに激しいものかを物語っていた。60万人以上の日本人が戦後シベリアに送られ、寒さと飢えと重労働で6万人以上が死んだ。

◇塩原さんは、この日一枚の紙片を私に見せた。それには「シベリア抑留日本兵らに給付金、最高150万」とある。この内容を実現するために政府は法案をできるだけ早期に国会に提出し成立を図る方針を固めたとある。塩原さんは国家が自分たちの苦労に誠意を示す気になったことを喜んでいた。既に亡くなった方々には気の毒である。政府はなぜもっと早期にこの問題に取り組まなかったのか。その無策が悔やまれる。

◇また、悲しく、腹立たしく、やりきれない事件の判決が出た。水戸地裁は土浦連続殺傷事件の被告に死刑を言い渡した。金川真大被告は、死ぬことを望み、自殺より死刑の方が簡単に死を実現出来ると考え、死刑になるために無差別連続殺傷事件を起こした。

 会話のない家族で育った。世の中に善悪は存在しないという信念を持つ。反省の態度は全くない、他人を道具としてとらえる傾向は根深い。裁判長は、被告に関してこのように指摘している。

 人間はなぜこのような人格を身につけてしまうのか。面会した人は、26歳の金川被告のことを、ごく普通の青年で、事件を知らずに会えば「好青年」の印象を持ったろうと話す。自分が死ぬために無差別の殺人を行う事件が増えている。若者が望みを持てない社会の象徴のように思える。

◇今年最後のバスツアーは好天に恵まれた(20日)。関越道から富士山がくっきりと見えた。アメ横は歳末の買物客で賑わっていた。夕闇の中横浜の大桟橋橋からきらめく光に包まれた豪華客船を見た。甲板に集う豊かな人達は格差社会の勝者に見えた。(読者に感謝)

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2009年12月20日 (日)

第二章 激動の時代 ― 昭和初期の不況から ―

 当時の上毛新聞から投票の様子などを拾うと、昭和2年9月26日の新聞は、前橋市の投票所について、「桃の井校の第一投票所、商業高校講堂の第二投票所には、明るい一票を手にする有権者が朝飯前から目白押しにつめかけた。・・・貴重な一票を行使すべく馳せ参じた労働者の背中には、嬰児が首を垂れて眠りをむさぼっている情景すら・・・」と、また、高崎の投票所については、「職工もくれば袢天着も来て賑わった。・・・」と、庶民の投票風景を報じている。

 しかし、投票の結果は意外であった。27日の上毛夕刊は、2府20県の投票結果について、「朝野の期待を裏切る府県会選挙の棄権者」という大きな見出しで、「大阪、京都、仙台、宮崎などの都市では、いずれも棄権者が5割以上出た」こと、また、「大阪市の如き世界有数の文明都市や、京都、仙台の如く最高学府のある都会において有権者の過半数が投票権を放棄して顧ないようでは、全国民的要望の結晶といわれる普選の意義をほとんど大半没却するもの・・・」と報じた。

 では、肝心の群馬県はというと、各郡市平均2割5分が棄権。これは、新有権者の無自覚を示すもので、普選は時期尚早とさえいえると、同日の上毛は報じている。そして、同紙によれば、前橋市の棄権率は3割8分8厘、現在の表わし方でいえば、38.8%。投票率になおせば、61.2%である。ちなみに、平成7年度群馬県議選における前橋市選挙区の投票率は63.78%であった。

 十分とはいえないまでも、大正14年に普通選挙が実現するまでには、これを求める長く厳しい闘いがあった。やっとその悲願がかなって初めての選挙ということで、新有権者への期待も大きかったと思われる。しかし、一般民衆の民主主義に対する意識は、無理からぬこととはいえ、まだまだであった。なお、婦人の選挙権は、終戦後、昭和20年になって初めて認められた。

 とにかく、

昭和2年 ― 61.2%

昭和7年 ― 63.78%

この数字が示す前橋市の投票率は、いろいろな意味で暗示的である。

 政党では、政友会と民政党が対立していたが、時の内閣は、田中義一率いる政友会内閣であった。当時、知事は中央から任命される仕組みであったから、群馬県知事・縣忍(あがたしのぶ)、も当然政友会系の知事であり、この知事の下で警察による民政党への選挙干渉がなされたということが問題となった。

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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2009年12月19日 (土)

第二章 激動の時代 ― 昭和初期の不況から ―

①普選法施行ご初の県議会

―県議会の乱闘、傍聴人も騒ぎ、パン屋が出る。

民主政治は衆愚政治かー

 第2章、①②の粗筋。

 不況は深刻で特に農村の不況は酷かった。県議会も農民の税の徴収期を変更する決議などをしている。これに対して政治は何をしたか。はじまったばかりの民主政治は、衆愚政治といわれる程力がなかった。この政治不信に対して、民主主義を否定するテロが起る。血盟団の首領井上日召は、利根郡川場村の出身であった。

1927年(昭和2年)普通選挙法に基づく県議選

1929年(昭和4年)世界恐慌

1930年(昭和5年)浜口首相狙撃される

1932年(昭和7年)血盟団事件、五・一・五事件、犬養首相暗殺

 身近な資料の第一として、昭和2年の県議会の状況を取りあげる。なぜか。この年、県議会開会に先立って県議選が行われたが、この選挙は普通選挙法に基づいて行われた初めての県議選で、女性の参政権はまだ認められていなかったものの、25才以上の全ての男子が選挙権を得て行なわれた選挙という点で民主主義を大きく前進させたものであり、画期的な意味を持つ選挙であった。従って、この選挙によって誕生した議員から成る県議会は、私たちの民主制県会の先輩として大いに注目すべき存在なのである。しかも、この年は、日本がかつてない激動期に入ってゆく序曲にも当る時期であって、政党が大きな課題に応えてゆけるかということも、私たちが見落としてはならない重要な問題なのである。

 それまでの選挙は、高額な税金を納める人に選挙権が認められるといういわゆる制限選挙であった。ちなみに、普通選挙法実施によって、群馬県では、有権者の数がどの位増えたかを見ると、普選法実施前の大正8年には4万6千21人であったのに対して、普選法実施後の昭和2年には、22万326人と、実に4.79倍に増えている。このように有権者は増えたが、初回の選挙は慣れないためか、棄権者が多く、また、投票も、候補者でない者の氏名を記載したもの、候補者氏名を自筆しないもの、あるいは、名刺をはさんだもの等、無効投票がかなりあったらしい。

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2009年12月18日 (金)

議員日記・人生フル回転「人は自白をしてしまう。布川事件・富山強姦事件」

昨日のブログで書いたことだが、足利事件に続いて布川(ふかわ)事件でも、警察の取調べ段階における自白の強要が問題となり再審が決定された。

自白の強要を防ぐために取調べの全過程を録音録画すべきか否かをめぐりある若者と議論した。全面可視化は取調べを困難にし、真犯人を逃がすことになるという私の説明に彼は強く抗議した。

 彼の言い分は、たとえ真犯人を逃すことがあっても、自白の強要によって生れる冤罪を防止する方が重要だというもの。これは、非常に重要で本質的な論点なのである。百人の罪人を逃すことがあっても一人の無辜(むこ)の民を出してはならないという諺がある。無辜とは無実のことだ。これは、人権尊重の現憲法の理念からすれば当然の事で、現在の刑事手続きの基礎になっている考えである。問題は、この理想に現実を合せることの難しさである。私が昨日のブログで「迷う」と書いたのはこの点である。

 しかし、自白に始まる冤罪はあまりに多い。02年富山県の強姦事件は、自白を強要されて服役した男が再審で無罪となった。又、翌03年の鹿児島県では選挙に関する買収容疑で多くの人が「自白」に追い込まれたが、幸い、一審で無罪が確定した。これらは記憶に新しい事だ。これらの「自白」事例の先に超重量級の足利事件や布川事件がある。

 このような「自白」に関する惨状を見れば、取調べがやりずらい、真犯人を逃す恐れがあるという事が事実であるとしても、冤罪に陥る人を一人でも救うために取調べの全面可視化はもはや避けられないことかと思われる。私に抗議した若者の意見を受け入れねばならない。

 取り調べの進歩の歴史の中で、今日の状況は新たな段階に至った事を捜査当局は覚悟すべきである。知恵と工夫と努力によって正当な自白、真実の供述を得なければならない。

◇布川(ふかわ)事件では信じられないような事実が現われている。無期懲役確定から43年目の再審決定ということ自体が驚愕的であるが、更に、自白テープには、編集した跡が見つかったというのだ。捜査側が都合のよい部分をつなぎ合わせた疑いがあるという。事実とすれば、このような当局の行為は犯罪に当るのではなかろうか。

◇前記の富山強姦事件の真相も恐ろしいものだ。02年氷見市で起きた強姦事件でタクシー運転手柳原さんは警察で自白を強要され、裁判では懲役3年の判決を受け、服役し出所後に真犯人が判明。富山県警は誤認逮捕と発表した。検察官が再審請求し07年無罪判決が下された。

タクシー運転手柳原さんは、何で逮捕されたか初め分からなかったという。人間は身に覚えがないことを自白してしまうことをこの事件は改めて教えている。裁判員制度の背景には公権力だけでは手に負えない構造的理由があるように思える。(読者に感謝)

◇土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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2009年12月17日 (木)

人生フル回転 「冤罪の恐怖・足利事件、布川事件、毒ブドウ酒殺人事件、飯塚事件」

◇世の中には信じられない事が起きるものだ。最高裁で無期懲役が確定した42年前の強盗殺人事件に関して裁判のやり直し(再審)が決まった。

逮捕の時若い青年だった2人は現在60歳代となっている。再審の扉は無罪を証明しうる確かな証拠がみつからない限り開かれない。裁判の権威にかかわるからだ。

茨城県利根町布川(ふかわ)で男性が殺され現金が奪われた事件は布川事件と呼ばれる。近くに住む桜井さんと杉山さんが逮捕された。この裁判の特異性は「自白」の他に犯行に直接結びつく証拠が存在しないことである。

この布川事件でも二人は、捜査段階で、自白を強要されたと主張した。この点は、17年間拘束された末、釈放され現在再審が行われている足利事件の菅谷さんの場合と同様だ。自白の強要を防ぐために取調べの全過程の録音、録画(全面可視化)の必要性が今叫ばれている。

この12月議会で、私が群馬県警の可視化について質(ただ)したのに対し担当官は一部の可視化(結論部分の録音録画)を実施すると答えた。人間心理の複雑かつ微妙なやりとりを要する取調べ過程を全部可視化することは現実的でないと私は思うが、この布川事件や足利事件を突きつけられると迷ってしまう。

◇再審の扉が開かれるか否か関係者が息を呑んで見守る事件が、「名張毒ブドウ酒事件」である。死刑判決確定から37年が経ち、この間7回の再審請求を行い、最後の請求の可否の決定が間もなく、年明けにも出されるといわれる。毒ブドウ酒で5人を殺したとされる死刑囚奥西勝は83歳になった。死刑執行の恐怖に怯えながら人生が終わろうとしている。7回の再審請求を支えるものは生への執念か不正義への怒りか。獄舎で請求の書面を書く姿は想像しても鬼気迫るものがある。多くの弁護士が弁護団を構成してぎりぎりの救援活動を展開している。事件は、昭和36年、三重県と奈良県にまたがる山間の小さな集落の自治会総会後の宴会の中で起きた。ブドウ酒は女たちのために用意されたもので、5人の死者はこれを飲んだ女たちであった。

 執拗な取り調べの中で奥西勝は犯行を自白した。一審の津地裁は捜査の在り方に問題があるとみて無罪を言い渡したが、名古屋高裁の判決は一転して死刑で、それを最高裁は確定した。正に天国と地獄である。同じ事実に対して、裁判所よってこのような差がでることに驚きと素朴な疑問を禁じえない。奥西勝は無実かも知れないのだ。これまでの間にもし死刑が執行されていたらと想像すると背筋が寒くなる。

◇無実でありながら死刑の執行をうけたものがないとはいえない。処刑後の再審が求められているのが飯塚事件である。管家さんのケースと同じ最新のDNA型鑑定の結果が出て今、再審が求められている。裁判員制度の下で刑事事件全体に国民の熱い視線が注がれ始めた。(読者に感謝)

※読者の皆さんへ※

昨日のブログは用意しておきながら、手違いでアップすることが出来ませんでした。お詫び申し上げます。

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12月16日(水) 議員日記・人生フル回転「セルフのGSで強盗、国への意見書、小沢氏天皇で吼える」

◇隣り町で強盗事件があった。端気町のセルフサービスのガソリンスタンドだ。14日午前1時20分頃、24時間営業の事務所の裏口から入りアルバイトの店員に拳銃のようなおのを突きつけて21万5千円を奪った。「カネ、カネ」と脅したというが、外国人かどうかは、必ずしも明らかではないらしい。「マネー、マネー」、「カネ、カネ」などと外人ぽい口調を使って偽装工作する日本人もあるとのことだ。 それにしても深夜のコンビニが相場だと思っていたらセルフのGSが狙われた。珍しいケースらしいが模倣犯が出る恐れがある。県警には県下の全ての深夜営業のセルフGSに警戒を呼びかけてほしい。セルフ店は従業員が普通一人という点で狙われやすいのだと思う。 県警は12月11日から1月15日まで犯罪に対する特別警戒を行う。年の瀬は通常の年も犯罪が多発するが、今年は100年に一度といわれる不況が継続し雇用不安と人心の不安が高まっている折だから一層の警戒を要する。 ◇県議会最後の日(15日)、国に対する14の意見書の提出が可決された。その中で注目されるのは、①高速道路の無料化の撤回を求めるもの、②陳情の窓口を幹事長室に一元化することに対する反対、③平成22年度予算の年内編成を求めるもの、④悉皆(しつかい)方式による全力学力調査の継続を求めるものなどである。 ②は地方重視と言いながらこれでは地方の声が届かないという批判の声が上がっている。新ルールになって、年末に国に対して行う知事の陳情は9県のみになっている。群馬県も実施しない県の1つ。③は、年度内に国が予算を編成しないと、国の予算と関係する地方の予算が組めなくて困るというもの。国は地方の意見を聞かないばかりか膨大な財源問題などで混乱し予算編成が遅れている。国民の生活がかかっている重大な問題である。 ◇小沢一郎が暴力団員ような形相で宮内庁長官に対して吼(ほ)えた。あの場面によって民主政権の支持率が何ポイントか落ちたのではないか。県議団の総会及び研修会後の懇談会で、参加した福田元首相、中曽根前外相からも民主政権の皇室対応に対する批判の声が出た。 憲法は「天皇は国政に関する権能を有しない」と定めている。そこで、国の政治に影響力を及ぼす行為は出来ないことになっている。天皇との会見は1ヵ月以上前に文書で申請するという内規(ルール)に反した会見を中国に対して特例として認めた。「中国は重要な国だから」と鳩山首相は発言した。中国は世界の大国で日本の将来にとって日中関係を好転させることは日本にとって極めて重要なこと。しかし、それとこれは別。そのために特例を認めることは、天皇の政治利用となり許されないのだ。背後に小沢一郎の強い力が働いたことを国民は疑わない。外務省の幹部は、民主党政権を指して、「亡国政権」と形容したという。(読者に感謝)

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2009年12月15日 (火)

議員日記・人生フル回転「裏サイト殺人の闇・記者との懇談・92歳の恩師逝く」

◇惨殺された被害者の遺族達が犯人の死刑を求めて署名活動をしている。12月9日現在でその数は32万5814名に達した。署名を求める被害者の代表は被害者の母磯谷富美子さん。娘の磯谷利恵さんはインターネットの闇サイトで知り合い犯行を計画した3人の男に殺された。娘は、「殺さないで」と哀願したにもかかわらず残虐な殺され方をした。

 今年3月18日、名古屋地裁は実行犯の2人に死刑、1人に無期懲役を言い渡した。この判決の特色は、インターネットを利用した犯罪は発覚しにくく、模倣されるおそれが高く、それ故に社会にとって重大な脅威だとして、被害者が1人であるにもかかわらず死刑判決を下した点にある。

 被害者の母は3人が最終的に死刑になることを世論に強く訴えている。母親の富美子さんの叫びは闇の世界に娘を引きずり込まれた生みの母の憎しみと悲しみに満ちている。

 次々に横網級の犯罪が起き過去のものは忘却の彼方に追いやられるのが常であるが、この事件は、人を殺すことを何とも思わない人間が闇の世界には無数に蠢(うごめ)いており、それらがインターネットを媒介として簡単に集まって凶行に及ぶことを露呈した。インターネットという極めて日常的かつ今日的利器と現代日本の病理現象が容易に結びつく事を示したこの事件の行方を私たちは注視しなければならない。

◇自民党役員と記者クラブとの恒例の懇親会が開かれた(14日)。県連新会長の中曽根弘文さんが出席して政局を語った。前外相だけに、鳩山政権の外交政策が心配でならない様子だった。

 今や日米同盟が日本の安全保障にとって不可欠である事は多くの日本人が認めるところだ。私の知人には、学生時代、安保条約に激しく反対した人がいるが、今では彼らも、安保条約を認める立場に変わっている。

 中曽根さんは、北朝鮮の核実験、中国の航空母艦や日本海を動きまわる潜水艦などの例を挙げて日米同盟の必要性を強調していた。それを聞きながら、鳩山総理の優柔不断が日米同盟を危うくさせ、国民を不安に陥れていると思った。

 記者との懇親は有益である。記者と私たち政治家は、本来緊張関係にあるべきで妥協とか慣れ合いは許されない。しかし、理解と信頼は的確な情報を市民に提供するために必要である。懇親会はそのための良い手段だと思う。

◇高校の恩師が92歳で亡くなり私は弔辞を読んだ。昭和30年代の初め、日本の社会は貧しい時代だった。中学卒業後家業に就いていた私は学問をして世に出たいという一縷(る)の望みを抱いて前高夜間部の門を叩きこの先生と出合った。人情のあるある人で助けられた生徒は多い。私はお金を貸してもらったことがある。私の人生で最も苦しい時代だった。そんな思い出に触れ私の政治の原点を作ってくれた先生に感謝した。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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2009年12月14日 (月)

議員日記・人生フル回転「八ッ場の必要性を説く、自殺者の声、県書道展の意義」

B0149200_1635313_2  ◇「坂東太郎とは坂東第一の川の意で利根川を指しました」11日の八ッ場ダム特別委で、河川工学の専門家・関東学院大の宮村教授は、こう述べて、利根川の治水の難しさを「坂東の太郎」の由来から話し始めた。

 江戸の昔から人々は坂東太郎のひき起こす洪水を恐れた。起伏のない広大な平野を暴れ回る「太郎」を堤防でコントロールすることは困難だった。いくら堤防を築いても決壊され甚大な被害が繰り返されてきたのである。

 現在、利根川上流には多くのダムがあるが、吾妻川流域にだけ洪水を調節するダムがない。そこで、広い吾妻地域に降る雨をコントロールすることが八ッ場ダム建設の目的となった。宮村教授の話は、関東平野の洪水を歴史的に語る点で説得力があった。

 もう一人の講師は江戸川区の土屋信行土木部長である。土屋氏は、広大なゼロメートル地帯の洪水の恐怖を資料で示して語った。その中で、注目すべき点がいくつかあった。それは、堤防はダムが作られることを前提にして作られており、ダムが作られないとすれば、人口密集地帯に堤防を後退(引き堤)させねばならず膨大な費用がかかること、ダム反対者は、昭和22年のカスリン台風と同程度の台風が来たとして「八ッ場」は効果がないといっているが、カスリンの時は赤城山を中心に大雨が降ったのであり、カスリン級が西にずれて吾妻地方を通るとすれば、「八ッ場」がなければ大変なことになること、更に、緑のダムは大雨に関しては効果がないこと等であった。

 緑のダムとは森の保水力のことで、中野区の土木部長は、シトシト雨の場合は浸透するが大雨の場合は多くが表面を流れてしまって、効果がないと話した。この点については、川辺川ダムに反対する住民との間で森林の保水力が問題となり科学的な実験によりこのことが検証されている。

それによれば、治水上問題となる大雨のときは、洪水のピークを迎える以前に流域は保水に関して飽和状態になるから降った雨のほとんどは河川に流出し、洪水緩和機能を発揮出来ないことが明らかになった。

◇夕方、車のラジオで、自殺に関する特集を聞いた(13日)。「これ以上生きられないと思った」と語る自殺を考えた経営者の生々しい声が胸に刺さった。毎年自殺者は、3万人を超える。10年間で前橋市の人口に近い人が自ら命を絶った。百年に一度といわれる不況の中、今年の自殺は最悪で3万5千人に迫るのではないかといわれる。年の瀬に負債で途方に暮れる経営者や毎日の生活に怯える失業者の事を思う。

◇第60回県書道展の祝賀会に出た(13日)。今年も2千5百点を超える作品が出された。昭和25年群馬会館を会場として74点で発足した。私は、挨拶の中で、戦後の社会は大きく変化したがこの書道展はブレル事なく歩みを続け群馬の精神文化に貢献した、日本人の心の危機が叫ばれる今日、書道展の役割は特に大きいと述べた。(読者に感謝)

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2009年12月13日 (日)

第一章 暗い世紀末の日本 ② 新しい波

 私は、このような若者の生の反応を、しかも、昔の塾生の口から聞けて嬉しかった。

また、中国の若者李は言う。

「私たち、中国では、小学校から、日本の侵略のことは、良く教えています。私は、今、日本に謝って欲しいとは思いません。中国五千年の歴史は、異民族との興亡の歴史です。私たち漢民族も他民族を何度も侵略したし、また、他民族に何度も征服もされました。万里の長城は歴史の証人です。日本の侵略も、歴史の一部と私は思っています。だから、謝ってくれなくもいい、しかし、私と話をする日本の若い人、歴史の事実を誰も知らない。このこと、話をしていて、感じですぐ分かるよ。私は、いつも、がっかりします。日本の若者のために、これ良くないこと、日本の国のために、これ良くないこと、私は、そう思います」

 中国の若者の熱のこもった話を、私は、一語一語、なるほど、なるほどとうなづきながら聞いていたのだった。

 戦後五十年を迎えて、日本がこれから新しい方向を求めてゆくためには、自分たちの立っている足下を正しく見詰めることが必要である。私たちは、今、戦後五十年かけて築いたものの上に立っている。果たして、それは、今後の時代の激震に耐え得るものか、また、新しい波に乗って未知の航路を開いてゆくのに適したものか。検討の結果によっては、主要な柱の幾本かは、取り替えたり、補強したりする必要が生ずるかも知れない。

 私たちの足下を検討するということは、五十年前の戦争の意味をもう一度良く考えることである。そのために、人々がどのようにして戦争に雪崩れ込んでいったかを身近な資料によって辿ってみたい。

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2009年12月12日 (土)

第一章 暗い世紀末の日本 ② 新しい波

 また、近代・現代の理解が大切だという点に関して中学の歴史の授業はどうなっているかと申しますと、人類の起源から始まって、文明の起源へと進み、順に授業を進めていって、一番大切な近代・現代に至るまでに教える時間が足らなくなってしまって、この部分が手薄になってしまう。こういう傾向が昔から続いており、そして、現状となっております。

 このような歴史教育の現状は、国際理解教育を進める上でも弊害になっていると思われます。なぜなら、自分の国を正しく理解し、自国を愛する心を持つことが、他国を理解し、又、外国の人々と付き合う場合に非常に大切だと思われるからであります。つまり、自分の国を理解し愛することなくしては、他国を愛することも、他国から尊敬されることも期待できないということであります。また、国際化が進む中で、子どもたちは、いろいろな国の人と出会います。その時、例えば、アジアの人々と話をする時、日本が今度の戦争でアジアに対してどのようなことをしたかを全く知らないようでは非常にまずいと思うのであります。

 これは、義務教育の場に、思想やイデオロギーを持ち込むこととは全く違います。事実を事実として教えることが大切だと私は言いたいのであります」

 代表質問があった日の夜、私は、二人の若者の来訪を受けた。一人は、先程の中国人の李で、もう一人は、昔の中村塾の塾生、木村誠だった。私は気付かなかったが、この木村も私の代表質問の傍聴者であった。彼は、私の議場での話を聞き、昔の中村塾を思い出して懐かしくなって私に会いに来たという。二人の若者は知らぬ同志であり、期せずして、二人の傍聴人がほぼ同じ時間に私を訪ねたのであった。私は、この偶然の出来事に驚くと共に嬉しかった。元塾生の木村は言った。

「おれ、中村塾で、先生の歴史の話は面白かったけど、あの時は、試験勉強に夢中で、歴史の大切さなど全然考えなかったよ。議会で、先生の言っていることそのとおりだと思うな、おれ、日本がアジアで侵略したなんて、中味を全然知らないもの。今度、また、本当の歴史を教えてくださいよ」

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2009年12月11日 (金)

議員日記・人生フル回転「医師を殺人に問うた最高裁、不審者情報激増、前高OB会」

◇私の母は90歳を目前にして亡くなったが、その直前、医師を囲んで私と弟妹は、母の延命医療を医師に求めるか否かを話し合い意見が割れた。幸というべきか母は、その後間もなく眠るようにこの世を去ったので深刻な状況には至らなかった。同じような事は多くの家庭が経験しているに違いない。このような事態の先に、延命装置を除去するという積極的な行為が存在する。これは、厳密に考えるなら殺人罪に当たる。植物人間の状態に長く置くことが人間の尊厳にかなうことかという問題でもある。命は神秘的だから簡単に絶望と決めることは出来ない。
私が親しくしている元シベリア抑留者の塩原さんは、脳梗塞で倒れ植物状態になった妻を3年間も毎日病院に通って懸命に介抱し奇跡的に意識を回復させた。こんなこともあるのだと感動し同時に驚いた。
安楽死、尊厳死などについては、法律などの確立した基準がなく混乱が生じる可能性が常に存在する。たまたま表に現われた時重大な刑事事件となるが水面下では同様なことが常に生じているのではないか。
◇そのたまたま表に現われて医師が殺人罪に問われた事件の最高裁判決が7日に下された。昨日の「日記」で少し触れたが、この事件は、私たち全てにとって他人事ではない。
 川崎協同病院の須田セツ子医師は心肺停止の患者の気管内チューブを抜き死に至らしめたとして殺人罪に問われ、1、2審は執行猶予付の有罪とし、最高裁は7日、これを確定させた。最高裁は、(家族等への)情報提供(説明)が十分でなかったこと、本人の意思が明らかでなかったことなどを挙げて、チューブを抜いた医師の行為を「許容される医師行為でない」と判断した。医療界ばかりでなく私たちの日常生活にも大きな影響を及ぼす判決である。
◇最近前橋市の小2男児が下校時顔を切られ、犯人が子どもなら殺せると思ったと供述した事件は社会に衝撃を与えている。10日の「安全安心なくらし特別委員会」では、子どもに声をかける等の不審者の状況が取り上げられた。担当官は、本年1月から11月末までの子どもに対するこのような声かけ事案は、589件で前年同期198件の増加だと説明した。
 県警から私のケータイに「女子小学生が車に乗らないかと男に声をかけられた」等の不審者情報が頻繁に入っていた。
 特別委では万引きの状況も質(ただ)された。同じく1月から11月末までに、2,203件(前年同期比204件増)で20歳未満者の検挙・補導が多かった。
◇県庁前高OB懇親会に出た(10日)。庁内の前高出身者は555人というから一大勢力というべきだ。出席者はおよそ70人、現職県議も6人中5人が出席した。私は挨拶の中で先輩の鈴木貫太郎は日本を救った総理だ、誇りにして頑張ろうと述べた。応援団出身という若い職員が進み出て、「男児の枠を集めたる我らが前橋高等学校、フレーフレー」とやった。日頃のストレスを忘れた瞬間だった(読者に感謝)

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2009年12月10日 (木)

議員日記・人生フル回転 「県内初の裁判員裁判は社会を変える。生活保護の急増、安楽死」

◇266人が傍聴券を求めて長い列を作った。8日の前橋地裁の光景である。県内初の裁判員裁判への関心は高い。長いこと騒がれていたこの制度が遠くから近づき、遂に足下まで来たという感じだ。地裁前では、この制度は憲法違反だと抗議する人々がいた。憲法違反とは、全くの素人が人を裁くのでは公平で正しい裁判が出来ず人権侵害になるという理由に基づく。

 この主張にも一理がある。憲法には、「何人も裁判所において裁判を受ける権利を奪われない」と定められている。3人の裁判官と6人の裁判員が審理する仕組みであるが、この制度は成熟社会の市民でなければ支えることが出来ない。民主主義が根づき、教育が広く普及した社会でなければ、裁判員裁判は裁判の名に値しない人権侵害の装置になってしまうに違いない。

 この制度がつくられる背景には、プロの手による裁判が形式に流れ硬直化していた深刻な状態があったのだと思われる。裁判員裁判の導入によって裁判に新しい風が吹き込み司法が甦って来た事を感じる。市民の代表が参加することによって、裁判官も、弁護士も検察官も、分かり易い言葉で語らなければならなくなった。ある弁護士は、「はっとして原点に立ちかえる思いがした」と語っている。

 一般市民は、自分が裁判員になることを考えて刑事事件や裁判に強い関心を抱くようになった。この制度の行手には多くの難関が控えている。性犯罪や死刑が問われる事件もその例だ。市民が勉強することが求められるが、学校教育の役割は重大である。中学や高校では公民教育で、裁判員制度を積極的に取り上げるべきだ。進行を始めた裁判員裁判は公民を育てるための生きた絶好の教材である。

◇世の中の不況は深刻である。働き盛りのある男性が就職の相談に来た。現在、自給800円で一日3000円位にしかならないという。民主党政権は公共事業をどんどん削減しているが、理想論では現在の窮状を切り抜けることは出来ない。生活保護受給者が急増していることを身近に感じた。

 県の調査によると県内の生活保護申請件数は景気悪化による企業の人員削減等により昨年末から急増し、本年度上半期、昨年度の2倍を上回った。

 厚労省の調査によると、働く能力があるのに失業したり十分な収入が得られないため生活保護を受給する世帯が急増している。年末を迎え国の早急な雇用対策が求められる。

◇死期が迫った患者の延命中止行為は多くの人が身近に経験する極めて今日的な大問題である。川崎病院の医師が心肺停止した患者の気管内チューブを抜き筋弛緩薬を投与させて患者を死亡させた行為に対して、高裁は殺人罪としたが、最高裁は7日、これを確定させた。患者本人の意思が明らかでなかった事などをあげ許容される治療ではないとした。(読者に感謝)

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2009年12月 9日 (水)

議員日記・人生フル回転、「裁判員裁判が始まった。可視化とは。中国帰朝祝いの夜」

◇県内初の裁判員裁判が前橋地裁で開廷した(8日)。事件は、およそ6年前藤岡市(当時は鬼石町)で起きた強盗致傷行為。被告人は今年6月大阪市で逮捕された27歳の男で4人の共犯は既に受刑中。裁判員裁判は、一般市民が裁判に参加するという画期的な制度であり制度開始に伴って、審理の進め方等に関して大きな変革が行われている。

 その影響は被疑者の取調べの段階にまで及んでいる。その一つが取調べの過程の「可視化」の問題である。可視化とは、取調べの様子を録音や画像によって客観的に検証可能にし、自白の強要等をなくし冤罪の発生を防ぐことを目的とする。無期懲役で逮捕以来17年間拘束された足利事件の菅家さんが刑事に自白を強要されたといわれることが大きな問題となっているが、裁判などにつき素人である一般市民が証拠資料を判断する裁判員制度の下では冤罪防止が一層求められることから「可視化」が必要だとされるのである。

◇県警はどのように可視化を進めるのかと、この日私は質問した。県警担当官は、一部の可視化を図っていると答え、一部とは、裁判員裁判の対象事件で、自白したケースに限り、被疑者に、供述内容を読み聞かせ、閲覧させ、間違いないことを確認させる、この部分を録音、録画させることだと説明した。全過程の録音、録画では、かえって真実の供述が得難くなるといわれる。性犯罪などは微妙な表現を使ってやりとりする場面もあるらしい。

◇私は、また、暴力団排除条例を実現すべきだと思うがと質問した。私は、福岡県警を視察したとき、同県警は、市民に銃口を向ける暴力団・工藤会の撲滅に全力を傾けており、そのために、全国に先がけて同条例を実現させたことを知った。それは、暴力団への利益供与を違法として禁止する等の画期的なものであった。これにより、いわゆる「みかじめ料」を市民が断る有力な理由になる。県警本部長は、群馬の暴力団の状況や関係法令を検討しながら条例作りを考えていくと答えた。

関連して、本県の暴力団の状況はとたずねると、稲川会620人、松葉会240人、山口組160人、住吉会120人という事である。

平成15年には3人の民間人が巻き添えとなって殺されるという抗争事件が起き、関与した暴力団員3人が死刑判決を受けている。福岡や広島のような状態にならないように私たちは、本県の暴力団の動向に神経を使わなければならない。

◇先月中国を訪ねたがその帰朝祝いが行なわれた(8日)。現代の名工針生さんも出席し、写真を交換しながら曲阜市における「宥座の器」盛大な贈呈式を振り返った。写真には駆けつけた数百人の学生、サインぜめの中の針生さんの姿があった。

 贈呈式の光景は、孔子の教えと物づくり群馬の心が結実した瞬間だった。私は、曲阜師範大学の学生と教師からメールによる連絡が入り、交流が始まることを報告した。私の講演を聞いた人たちである。教師は三重県出身の岡興三さんで、日本語を教えている。日本語の書物を送る新たな運動が始まる。県の定期刊行物も送る予定である。(読者に感謝)

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2009年12月 8日 (火)

議員日記・人生フル回転「高商バレー部の体罰。ブラジルからの贈り物届く」

◇文教の委員会であべともよ議員が高商女子バレー部の体罰事件及び関連させて体罰に当たるか否かの基準について質問した。事件は、部活の監督が生徒を平手と竹刀で叩いて体罰を与え、又暴言を浴びせたもの。女子生徒は精神的苦痛で不登校となった。県教委は人権侵害と重く受け止め教論を減給1月の懲戒処分に付した。

 あべ委員が体罰の基準が必要だと発言したのに対し、教委は、「中村委員の提言があり、目的、態様、継続時間の三つの要素を基準にしてガイドライン作りを進めている」と答えた。私の提言とは、今年4月、体罰に関する最高裁の判決が出たのを機に、6月の議会で、教師が萎縮せず強い指導力を発揮できる為に基準を作るべきだと求めたことを指す。最近の文科省の調査で、小中学生の暴力が大きな問題となっている。教師は体罰を行うことなく毅然とした指導を行うことが求められる。正に聖職である。

◇私は、7日の委員会で、生徒の問題行動、学力テスト、新型インフルなどを取り上げた。文科省の全国調査の中で明らかになった本県小・中・高生の暴力は対教師23件、生徒間133件等である。普通の生徒が突然キレル現象が今回調査で現れた特色である。深刻に受け止めて対策を立てるべきだと求めた。

 学力テストは予算削減の見地から関連する費用が仕分け作業の対象とされ、テストそのものも、抽出方式に変えられようとしている。私は全生徒を対象とする方式を求めたが委員の意見も分かれた。

 新型インフルは新たな段階に入った。日本の死者は、あっという間に千人を超えた。本県子どもの脳症も4人でた。8月23日から11月28日迄に、休校64、学年閉鎖509、学級閉鎖のあった学校1118、閉鎖した学級数は2669に達した。これから惨状は更に広がると思う。その間にも、東南アジアの鳥インフルが新型化する恐怖が忍び寄る。教委は、学校全体に事態の深刻さを真剣に受け止めるよう訴えるべきだと求めた。

◇委員会から議会控え室に戻ると、机の上に「百年目の肖像・邦字紙が追った2008年」が置かれていた(7日)。ブラジル日本移民百周年記念写真集で、群馬県人・文化協会からのものである。同封の書面に私の議員日記のお礼であることが綴られてる。

今年10月文化協会会長の内山さんが来日し、再会の喜びを語り合った時、議員日記を数冊贈呈した。日記で、私は、議長として訪問した時の日系社会に関する感想を書いた。

内山さんは手紙で次のように語る。「書中、先生がご心配になられるように日本語教育・文化伝統の継承のため県人会では日本語教室の開設、太鼓,空手などで3世4世を指導しています。(中略)祖国を遠く離れて暮らす我々にとって故郷は非常に暖かいものです」写真集には、訪伯した皇太子の手に額を押し当てている老婆の姿がある。望郷の思いで狂いそうだったと移民当初の事を語った人の姿が忘れられない。(読者に感謝)

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2009年12月 7日 (月)

議員日記・人生フル回転、「甦える銀幕、市が県を提訴、テロや新型に備える病院」

◇暗い映画館で銀幕の世界と一つになるのは実に久しぶりのことだ。「シネマまえばし」第一回の作品を見た(4日)。娘のゆりが入口で緊張した表情で受け付けをしていた。いく日も前からこの日の準備に追われていたのである。夫の小見純一君が人生の夢と理想をかけて始めた一大事業だから、妻として、私の選挙を手伝うのとは違った重圧感に耐えたに違いない。

 オープニングのセレモニーで、小見君は、この名画座は前橋と共に育てていきたい、そして、前橋を文化のあるまちにしていきたいと語り、小栗康平監督は、映画が壊滅状態にある今、良質の映画を提供しそれを行政が後押しする企画は全国的にめずらしいと挨拶の中で述べた。

 第一回は、大河内伝次郎主演のサイレント映画「忠治旅日記」。「時代劇映画の父」といわれた伊藤大輔監督の名作である。私は、暗闇の中でまわりの人々の反応が気がかりであった。この白黒のサイレント映画の価値を観客は分かってくれるであろうかと心配であった。

 大河内伝次郎といえば、「シェイは丹下、名はシャゼン」で一世を風靡した剣劇俳優である。あの懐かしい声が聞きたかった。徳川夢声のような弁士がつけばこのサイレントも文句なしに観客を銀幕に引き込んだに違いないと想像した。小見くんとしては、「名画座」の第一歩として、この歴史的な名作をセットすることにこだわったのである。こだわりが大きく発展することを祈らずにはいられない。

◇前橋市が県を訴える方向だ。県から取得した前工跡地の土壌が有害物質で汚染されている、その除去には多大の費用がかかる、汚染の程度は契約時に予想しなかった事だから契約は無効だというのが市の主張である。

 この問題について県と市は並行線を辿ってきた。しかし問題点は単純明快である。小寺前知事の時交わした契約書があり、それには、予想外の汚染が見つかったとしても、市の負担で除却することになっているからだ。即ち、交換契約第7条には「この契約後において交換物件に数量の不足又は隠れたかしのあることを発見しても相互に価格の減免若しくは損害賠償の請求又は契約の解除をすることができないものとす」と明記されている。隠れたかしとは気付かなかった欠陥の事で、「土壌の汚染」がこれに当る。この条項の目的は、正に、市の今回のような無効の主張を特約によって排除することである。

◇エボラ熱、ペスト、バイオテロ、強毒型新型インフルに対応できる第一種感染症指定医療機関が前橋市内に実現する方向だ。知事が指定し、施設整備等に国と県が補助する。病院には、陰圧式病室、独立の排水設備等を備える。感染者を県外病院に搬送する必要がなくなり早期に隔離し治療できる。人命救助の新たな拠点となる。県の部長は、「(実現)は喫緊の課題だ」と述べた。県内初である。当面の差し迫った心配はこの冬の新型インフルだ。日本の死者があっという間に100人に達した。新型インフルが強毒性に異変するのは時間の問題と私には思える。(読者に感謝

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2009年12月 6日 (日)

第一章 暗い世紀末の日本 ② 新しい波

 この記念事業のために、記念事業検討委員会ができました。広く県民各層の意見を知事に提言するための委員会であります。私もその委員の一人でありますが、そこでは、いろいろな意見が出されました。その幾つかを紹介しますと、ある若い委員は、『我々若い世代では、戦争の記憶を風化させないことを、特に考えていかなければならない』と言いました。また、ある委員は、『今の子どもたちは、湾岸戦争などのテレビ映像を実感として感じられなくて、アクションドラマのように見ているような気がしてならない。若者や子どもたちに、戦争の悲惨さと生きることの素晴らしさを分かりやすく伝える工夫をしなければならない』と発言していました。また、『満蒙開拓団のことも取り上げて欲しい。満州開拓の青少年を描いたアニメ・青い記憶などを子供にみせたい』という意見も出されました。

 私は、これら県民各層を代表する人々の意見を聞いていて、この記念事業に寄せる県民の熱意、そして県民がこの事業を非常に大切に考えていることを知ったのであります。委員会では、資料の収集、映画の上映、文集の作製等の提言がなされましたが、これらの資料の集め方も、事なかれ主義で行ってはならないと思った次第であります。悲惨なものであっても、あるいは、日本人として表に出したくないものであっても、事実は事実として表に出し、事実をして語らせる、事実が何を語るかは、それを見る人の判断に任せる、と言う態度が必要だと思います。そして、この事実を平凡な資料の単なる陳列に終わらせたら県民が失望すると思うのであります。

 第二の歴史教育に関する質問の要旨は、次のようなものであった。

 「歴史教育の目的の一つは、それによって現代社会を理解することであります。今、社会の激動期にあって、価値観が揺れ動き、この社会がどのように動いてゆくのか、多くの人が不安を感じております。こういう時代であればこそ、私たちの先祖が、どのような歩みをしてきたのか、そして、どのようにして、今日の社会がつくられたのかということを子供たちに教える必要があるのであります。

 ところで、中学校における歴史教育の現実はどうかと申しますと、生徒は、何のために歴史を学ぶかと言うことを理解していない、そして歴史を暗記物と捉え、英語の単語を覚えるように年代や事実を暗記する学問と考えております。そして、その結果として、歴史が好きになれず、歴史離れを起こしておるのであります。

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2009年12月 5日 (土)

第一章 暗い世紀末の日本 ② 新しい波

 この六月議会のある日、一年生議員の中で最年少の山本龍が質問席に立っていた。山本龍は、精いっぱいという感じでこぶしを握り身体を振って熱弁をふるっていた。彼の様子を見ながら、吾妻の山中で、あんな調子で選挙運動をやったのだろうか、と私が楽しく想像していると、「高島さんは、あれでやられたんだよ」近くの席で同僚の県議が、つぶやいているのが耳に入った。

 私は、この県議の声を耳にしながら、昔見た映画、″スミス氏東部へ行く″の中で、名優ジェームス・スチュアートが扮する主人公の青年がアメリカの片田舎の議員として初めてホワイトハウスに乗り込んで体を張って演説する場面を思い浮かべていた。

 私は、この山本龍の代表質問に先立つ六月八日の質問のトップバッターとして登壇した。時間は八十分である。質問内容のうち、ここで触れておく必要がある論点は二つである。一つは、戦後五十年記念事業に関すること、もう一つは、歴史教育のあり方についてであった。

 第一の点について、私は質問の中で次のように述べた。「今年は、戦後五十年に当たり、県として記念行事を計画しておりますが、私はこの五十年を振り返るということは、大変大きな意義のあることだと思います。五十年余の昔、日本人が経験した戦争、そして敗戦は、日本の運命を決めた大きな出来事でした。この戦いで無数の尊い命が失われ、町や村は瓦礫と化したのであります。

 敗戦を契機として作られた日本国憲法を基盤としてその後の日本の発展がなされ、今日の繁栄が実現しました。つまり、この平和で豊かな社会の出発点にあの悲惨な戦争と敗戦があるわけであります。

 ところで、五十年を経た今日、あの戦争も次第に風化してきたと言われます。戦争を知らない世代が多くなり、また、戦争を経験した人の記憶からも生々しさが消えて、時々思い出すだけの遠い過去の出来事になりつつあります。しかし、戦争の悲惨さを知らなければ、平和の尊さも分からない、また、食べる物もなく、住む家もなかった頃の貧しさを知らなければ豊かさの価値も分からない、ということであります。更に大切なことは、あの戦争は果たして何だったのか、何百万という国民は何のために尊い命を失ったのか、ということであります。戦争に至る過程と戦争の歴史的意味を正しく理解しなければ、そこから正しい教訓を学びとることはできないのであります。正しい教訓を得ることができなければ、犠牲となった何百万という方々の死は生かされぬことになるし、今後の日本の発展も望めないのであります。今日、私たちは、時代の大変革期にあって、新しい時代を作ってゆくという大事な局面に立っていますが、将来の展望を開くためにも、五十年前の戦争を見詰める意義は大きいと思うのであります。

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2009年12月 4日 (金)

議員日記・人生フル回転「本会議の質問から。八ッ場、獣害、アマゾン群馬の森」

◇八ッ場ダムにつき、村岡県議は知事の決意を聞きたいと迫った。これに対し大澤知事は、次のように述べた。「八ッ場は、国のプロジェクトとして始まった。そして、国と関係都県の共同事業である。これは、政権が変わっても変わらない。地元住民がこれ以上辛い思いをしないように国に強く働きかけていく」

◇有害獣の被害と対策が複数の県議によって取り上げられた。イノシシ、クマ、ニホンカモシカ、ニホンザルなどの被害が甚大なのだ。20年度の捕獲数は、イノシシ3794頭、クマ160頭、ニホンカモシカ2507頭、これらを中心とした獣による被害額は9億7千万円に達する。

 イノシシとシカが大変増えているらしい。時々赤城南麓の林道を走ると道の両側の土が掘り返されているのを見る。イノシシが、土の下にいるミミズをラッパのような鼻で吸い込んでいるのだという。ミミズはイノシシの好物らしい。ミミズは良質のタンパク質で人間の食物にもなるといわれるから彼らにとってごちそうなのだろう。イノシシは多産であるから母親の後をゾロゾロと子どもがついていく姿はほほえましい。しかし、一夜にして、イモ畑を掘り起こし大半を食い荒らすというからかわいそうだが情をかけるわけにはいかないのだ。

 赤城山のしらかば牧場の牧草をシカが食べてしまうことが指摘された。私も一度、数十頭の鹿の群れを見たことがある。一瞬、シカの牧場かと思った程である。人間と山の動物の住み分けが難しくなっている。いっそのこと赤城山全体を動物保護区にして、動物園にしてしまえば楽しいことだがと空想をめぐらした。

◇農業問題の中で、大林県議は再びミツバチの問題を取り上げた。アメリカを始めとした各国でミツバチの群れが突然姿を消すというミステリアスな事件が続いている。蜂群崩壊症候群(CCD)といって、ミツバチの授粉に頼る農作物が大打撃を受け大騒ぎになった。日本では、CCDの発生は確認されていないが各地の養蜂家からミツバチの失踪が報告されていた。本県では、養蜂家と園芸家の間でミツバチの供給につき借り入れ方式による対応策が作られたことが明らかにされた。

◇民主党政権の下で文化関係の予算までが削減される中で、群馬交響楽団に対する補助が減らされる事態が心配されている。

また、群響の活動に影響を与えるものに、新型インフルエンザがある。群響の移動音楽教室が新型インフルのため計6日間中止となり収入に3000万円もの打撃を与えた。

◇久保田議員が「アマゾン群馬の森」を続けて欲しいと訴える姿が印象的だった。父親の県議が中心となって540ヘクタールの森を買って作ったこの事業に対して、県の支援が細くなるのを心配しているのだ。「群馬の山が守れないのにブラジルどころではない」と知事がどこかで語ったという話も引き合いに出していた。議場は、声援もなく静かだった。(読者に感謝)

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2009年12月 3日 (木)

議員日記・人生フル回転「必殺仕分人の事、二つの凶悪事件のこと」

◇県議会一般質問で政権交替にからむ重要な質疑が交わされた。その1つは事業仕分に関するもの。無駄な事業をチェックする手法として有効と評価しつつも、あのような短時間の作業で重要な政策が切られていく事に対する強い批判が語られた。又、国の安全保障に関することなどは、仕分けの対象に適さないという意見も出た。そして、大澤知事は、地方の実情を無視した仕分けの実施が地方にツケを回すことになるのは困ると発言していた。

◇治安に関する質問の中で、最近の2つの凶悪事件の名があがった。前橋市の小学生が切られた事件と高崎市の女性殺害事件である。それぞれ今日の日本の犯罪状況を代表するようなものである。

◇駒形小2年生の男児を下校時に襲って刃物でほおやこめかみを切った34歳の男は、「子どもなら殺せると思った」と供述している。

 恨みとか物とりが目的ではなく、動機が不可解で誰でもよいから殺したいという事件が増加している。秋葉原の連続殺傷事件もそうだった。背景には生きるのが難しい今日の社会状況や様々な社会の病理があると思うが、そういう状況にはまっている人が突発的に先行する事件の模倣に走る危険性がある。

 逮捕された無職の男は10年以上前から自宅に引きこもりがちだったという。この男も模倣班の可能性があるし、更に、この男を模倣する者が現れることを恐れる。対策は地域の力を復活させることだ。

◇吉井町牛伏山の梅林で女性の遺体が発見されたのは11月23日のこと。ドラマのような事件は急な展開をみせた。

 解剖の結果、後ろの首筋にタトウという入れ墨を入れ、茶髪で足の爪にはペディキュアをした小柄な若い女性と判明。この種のタトウは若者の間に流行し、酒井法子も身体のどこかにこのような入れ墨をしているといわれたのを思い出し、私は“へえ”という気持ちで関心をもっていた。県警は彫り師を回って情報を集めていたというがやがて、被害者は新宿の風俗店で働く31歳の女性と確認され、交際相手の妻子ある36歳の男が逮捕された。

 男は、中学・高校を吉井町で過ごした。勉強もスポーツも出来、目鼻立ちが整ったクラスの人気者だったと同級生は語る。

 県警は押収した携帯電話の記録の解析を進めている。詳しい事はやがて分かるだろうが、今のところ、別れ話がこじれて首をしめたと報じられている。容疑者の妻と子も哀れだ。

 現代社会には、至る所に欲望の罠(わな)があり、人は簡単にそれにはまる。この種の事件が余りにも多い。簡単に人を殺して埋める事件は跡を絶たない。

◇風俗店で働く女性たちが労働組合をつくる動きが報じられている。不当労働行為やセクハラから守ることを目的としている。時代は変わったものだ。女性が事件にまきこまれる事を防ぐ役にも立つだろうか。(読者に感謝)

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2009年12月 2日 (水)

議員日記・人生フル回転、「子どもの暴力の深淵、その先に秋葉原が」

◇「小中高の暴力、最悪6万件」、こんな大きな見出しが紙面に躍る。子どもたちの世界で、何が起きているのか。文科省の発表によれば、全国の小中高が08年度に確認した生徒の暴力行為は約6万件に達し過去最多であった。暴力行為の発生件数は小・中学校で急増、特に中学校における増加が目立つ(前年度より5、951件増加)。

◇暴力の相手として注目されるのは、教師に対するもの、8、120件(前年度比1、161件増、生徒間のもの、32、445件(前年度比4、049件増)等である。

 今年度は、暴力の被害者が病院で治療した件数を初めて調査した。それによると、対教師暴力で1、806件、生徒間暴力では8、329件であった。

◇生徒千人当たりの暴力行為の発生件数が最も多いのは、神奈川県(10.2)、次いで奈良県(10.1)香川県(9.9)となっており群馬県は1.3で低い方である。最も低い方に並ぶのは、福島県(0.4)、福井県(0.8)、秋田県(0.8)である。

◇群馬県の暴力行為数は、このように全国的に少ない方であるが、主な特色として、対教師暴力23件(前年度比17件減少)、生徒間暴力133件(前年度比8件増加)等があげられる。なお、加害生徒で何らかの措置がとられたのは、中学校で43人いるが、その中には、掃除中遊んでいて注意した教師に殴りかかって補導された前橋市内の中学3年男子の例がある。

◇昔、70年代後半から80年代にかけて全国で校内暴力が吹き荒れたことがあった。当時の校内暴力は番長を中心に集団となって行動する点に特色があり彼らは普通の子とは一線を画していた。

 ところが現在の暴力行為は普通の子がある時突然キレル例が多いのだという。人が集まるところには必ずトラブルが生ずる。子どもの小さな社会でも同じことだ。今の子どもは、トラブルを処理する術を知らない。昔は、きょうだい喧嘩の中で、あるいは地域の子ども仲間の日常的なトラブルの中で、自ずと喧嘩のやり方やトラブル処理の方法を身につけたものだ。ところが、今の子は、そういう事を誰にも教えてもらう機会をもたない。気の毒で可愛そうだ。そういう状態の中で成長し、刺激と欲望と競争が渦巻く社会に放り出されていく。弱肉強食の生存競争の社会で若者が抱え込む悩みや苦しみは、子どもの頃の比ではない。彼らは、それを処理する力を持たないのだ。

 文科省の今回の調査結果が示すことの意味は不気味である。普通の子がものに憑かれたようにキレル姿は、最近の秋葉原の連続殺傷事件につながっているように思えてならない。誰でもよいから殺したかったというような殺人事件が増えている。現場の教師は不気味な黒い深淵をのぞき込む思いに違いない。今回の調査をどのように受け止めるかは日本の将来がかかった重大なことである。(読者に感謝)

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2009年12月 1日 (火)

議員日記・人生フル回転、「14億の滞納、ビラ配布に有罪、聖地の大洪水」

◇決算特別委員会の委員長報告が行われ、それに対する賛成討論の中で、大変な額の滞納額が明らかになった。20年度の滞納ワーストワンは、14億7900万円と発表されると、すかさず、「社名公表!」の大きな声が議場からあがった。1社でこの額は突出している。倒産して財産は存在しないという。もし仮に徴税の仕方が甘く、逃げ得というようなことがあれば、県民は真面目に働いて税を納めることを馬鹿馬鹿しく思うに違いない。

 20年度、県税全体の滞納額は84億7400万円だった。県の税務当局は徴税の効果を上げるために真剣に取り組んでいる。例えば滞納者が倒産したという情報を入手すると財産調査を行い財産があれば差し押え処分をする。迅速に行動しなければ財産はあっという間に消えてしまうに違いない。

 財産がない、あるいは滞納者が行方不明などで滞納処分不能の状態が3年続くと滞納処分停止となり欠損として処理される。県税の欠損額は年に大体5~6億円あるという。大不況の中で税収が大幅に落ち込んでいる。一方、医療、福祉、教育など税の必要性は増すばかりである。税の徴収は、公平で平等でなければならない。「社名を公表しろ」という議場の声には、特別の重みが感じられた。

 話が脱線するが、議場のヤジには、一定の効果が伴うものだ。議場のルールには従うべきだが、寸銑人を刺すヤジは時に審議の活性化に役立つ。ここで取り上げたヤジは、未利用地の取得を審議した特別委員会の過程を踏まえたものと受取る人が多かったようだ。

◇政党ビラ配布に関して最高裁の有罪判決が下りた。政治に関わる人、特に選挙活動をする政治家は、5年前の事件に驚き、その推移に関心を寄せてきた。04年12月「チラシ等の投函は固く禁じます」と張り紙されたマンションに入り「都議会報告」をドアポストに入れた男が、逮捕され23日間拘束され起訴された。

 東京地裁は無罪を言い渡したが、東京高裁はそれに対して罰金5万円の有罪判決を下していた。この度、最高裁は、この高裁判決を支持する判決を言い渡した。立ち入り禁止を無視して住居地域に入れば住居侵入罪が成立する。しかし、ビラの配布に刑罰を科するのは、あまりに形式的ではないかという強い批判が存在する。今回の判決は最高裁のものだけに影響は大きい。今後、集合住宅へのビラの配布は、私たちも注意しなくてはならなくなった。

◇サウジアラビアのジッタで25日、突如大洪水が起き106人がおぼれたりして死んだという。1日の雨は年間降水量を超えた。正に異常気象というべきだ。

ジッタはイスラム教の聖地メッカの近くにある。今、イスラム教では大巡礼の期間に当り世界中から約300万人がメッカに集まっている。ジッタはこの巡礼の玄関口に当るのだ。神を求める人々は天の異常をどのように受け止めているだろうか。(読者に感謝)

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