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2009年11月21日 (土)

「すぐれた歴史叙述」

東京大学名誉教授 林 健太郎

元東大総長

 一九九四年に出て大へん好評だった中村紀雄君の『上州の山河と共に』の続編が此度完成した。その原稿を早速一読して、これは前編に劣らぬすぐれた著作であると思った。

 前編は純粋に中村君の自伝であったが、今回は自伝の域を超えた現代という時代全般、そして更に遡って曽ての戦争時代への歴史的考察が展開されている。その意味でこれは一つの歴史書であるが、それがまた単なる歴史一般ではなく、著者が深く結ばれている群馬県とそこに生れた人々の生活との密接な関連の下に書かれていることにおいて、独自の特色と価値を発揮していると言うことができる。

 本書は戦後五十年に当たる昨一九九五年に起った暗い諸事件とそこに漂っている世紀末の憂慮すべき社会相、その中における著者の議会活動、そしてそこでなされた歴史教育に関する質問演説について語るところから、論がおのずから歴史の問題に入って行く。それは昭和二年に行われた普通選挙に基づく最初の県議選から始まり、その頃から始まった経済不況の有様が議会議事録や上毛新聞の記事などによって生々と描かれる。この頃頻発した要人テロの実行組織血盟団は茨城県にあったが、その盟主井上日召は群馬県生まれで前中(現前橋高校)の出身者であった。

 一九三一年九月十八日に始まる満州事変とその後の日本の状況も、県議会の議事や当時の新聞記事を通じて、群馬県の実情が生々しく活寫されている。その事変の主導者石原莞爾中佐(後中将)は山形県の人であるが、この石原の下で満州への開拓移民の計画の実行に大きな力を果たした東宮鉄男大尉(後大佐)は群馬県の出身者で且つ著者の夫人の縁者に当たる人である。そこでこの満州開拓移民の経緯と実情が、群馬県人でそれに参加した人々の記録、現在著者の友人である中国人留学生の談話、そして著者自身が中国残留帰国者協会の人々と共に行った最近の中国旅行の県聞などを通じて詳細に語られることになる。特に本書の後半の大きな部分を費やして述べられている松井かづ女(帰国女性で現在前橋の前記協会支部長)の体験記は極めて貴重な歴史の史料であると言えよう。

 著者は東大文学部の西洋史学科で本格的な歴史学の研究をした人であるから、その述作は常に確実な史料に基づいて為されており、また広い世界史的な視野に立ちながら細部への眼差しも十分行き亘っている。また過去の事物に対しては理解を似て接しながら、現代の立場からの鋭い批判をも怠らない。そして事物を物語る筆致にはなかなかの文学的才能が認められる。

 ともかく本書は多いに考えさせる内容を持ちながらまた興味深く読める本であり、前編同様、いや更にそれ以上に広く読者を持つようになることを願ってやまない。(林先生の序文)

★土・日・祝日は、中村紀雄著「炎の山河」を連載しています。

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