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2009年11月13日 (金)

「中国の大学で天皇を紹介。即位20年の言葉」

◇9日、曲阜師範大学で講演した時、戦後の日本の歩みの中で、「日本国憲法」及び「天皇」を簡単に紹介した。憲法のところでは、自由と平等を手に入れた国民は貧しさから抜け出すために一生懸命に頑張って復興を成し遂げたことを説明、「天皇」の項では、昭和天皇と平成天皇の姿を映像で紹介した。天皇については極く簡単に触れたが学生たちの視線は大いに興味あることを示していた。

 かつて、ある中国人が「日本には独自の文化がない、皆中国から来た」と言って私と口論になったことがある。連綿と続く皇室こそ日本独自の文化だと、私はその時主張した。

 一種の革命ともいえる激変の中で生れた新憲法の下でも、天皇は、国民統合の象徴として存在していることを中国の学生に知ってもらいたいという思いがあった。そして、私の胸には、帰国後間もなく行われる天皇即位20年記念式典の事があった。

◇即位20年の記者会見で天皇は、いくつかの重要な問題を語られた。私が注目したのは、拉致、大震災、歴史の風化である。拉致については、日本人は、今と違って拉致の事を事実として認識しなかったため多くの被害者が生じたことがかえすがえすも残念だと述べた。この言葉を公安当局はどう受け止めたか。事実をもっと早く国民に知らせることは出来なかったのかと、私は思う。

 阪神大震災については、この地震はその後に大きな教訓を残したこと、そして、人々の間に災害に対する協力の輪が広がったことを語った。天皇の言葉の通りこの大震災は日本の社会に新しい潮流を作った。1975年1月から1年間に延べ約137万人のボランティアが救済に参加し、ボランティアの重要性が大きく認められ、NPO法案がつくられる契機ともなった。そのために、この年はボランティア元年と呼ばれるのである。中国の四川大地震でも、ボランティアの動きがあった。人間の心には共通の助け合う心があるのだろう。日本の特色は、ボランティアの動きを制度をつくってサポートするようにしたことだ。

◇天皇が、過去の歴史が次第に忘れられていくのが心配だと語られたことには重大な意味がある。毎年八月に行なわれる戦没者慰霊祭が空回りして先細りしていくと感じられるのは、戦争が忘れられていくからだと思う。

戦争の体験者が少なくなってきた。彼らの存在は、歴史の生きた証人として貴重である。この人たちが証言し、体験を伝えるタイムリミットは迫りつつある。天国の戦死者は、形だけの慰霊祭を空しく思っているに違いない。

私は、八月十五日の慰霊祭には、若者を大規模に参加させることを工夫すべきだと思う。天皇は慰霊祭でお言葉を述べながら同じことを感じておられるのではなかろうか。象徴天皇が制約される範囲で発言されることの言外の意味を私たちは真摯に受け止めるべきだと思う。(読者に感謝)

☆土・日・祝日は、中村紀雄著「遙かなる白根」を連載しています。

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