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2009年10月14日 (水)

「八ツ場の現場で都議会議員と意見交換」

◇秋の晴天の下、私は、吾妻川に沿った国道を長野原町へ向けて車を走らせた(13日)。稜線を重ねた山々の間を分け入るように国道353は吾妻の奥地へのびる。この道は、私にとっては特別な道である。前方にそびえる山の彼方には、私が書いた「遙かなる白根」がある。それは、人生のハンディを背負った長男周平が学んだ、白根開善学校の世界である。そこへ通じる吾妻渓谷が、今、日本中の注目を集めている。「耶馬溪しのぐ 吾妻峡」と上毛カルタにもうたわれた天下の名勝がダムに沈むことは、個人の心情としては忍び難い気もする。

 この日は、都議会議員が「八ツ場ダム」の調査に訪れていた。八ツ場館に近づくと、新たな観光の名所となったダム建設の現場を見ようとする人々の姿があちこちに見られた。

 午後一時、12名の都議会自民党幹部の人たちと地元の人たちは、八ツ場館で対面して意見交換を行った。町長や町議に交じって、ダム推進議連の県議3人(中村、中沢、萩原)が地元側の席についた。

 この日の会議では、重要な論点が話し合われた。都議からは、ゼロメートル地帯の水害の恐怖、首都機能は水に頼っているのに東京都は渇水に耐える力が弱い、21世紀は水の時代だ、等の意見と共に、八ツ場ダムによる治水、利水の必要性が強く語られた。又、都議会自民党幹事長の川井しげお氏は、八ツ場ダム推進を国民運動として進めていくことが必要だと訴えた。

 私は、群馬県自民党の八ツ場ダム推進議員連盟会長として、挨拶の中で次の点に触れた。まず、「八ツ場ダム」の問題点は主に4つある。それは、第一に地元住民の救済であり、第2は、治水、利水のために八ツ場ダムは必要かということ、第3は、法律に基づいて初めてきたダム事業は中止するにも法律の手続きに従わねばならないこと、第4は、地元の意見も聞かずに作ったマニフェストを金科玉条のように固執することである。そして、力を合わせて国民運動を展開するには、正しい情報を共有し、国民に知らせることが重要だ、国は法の手続きに従っていないのだから、国に対して法的手段に訴える事も考えるべきだ、と。県議会では、八ッ場ダムを集中審議するために特別委員会が設けられることになった。ここで議論された事を有効に使って1都5県が連携を強めなければならない。

◇新型インフルエンザの集団感染が一気に増えた。一週間ごとの集計数が、183人、297人と推移してきて、10月11日発表分は805人となった。私は、ただ事でないと思う。多くは軽症なので深刻に受け止められていないが、全国的には20名の死者も出て、重症例も増えている。弱毒性だが感染力が強い。感染が拡大すればウィルスが変異する可能性も高まる。10月から11月にかけてピークを迎えるという予想の通りになってきた気がする。前橋市も感染者を出した学校等の数は19に達した。(読者に感謝)

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