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2009年10月10日 (土)

遙かなる白根 第129回 子どもたちの叫び

昭和57年度中等部N

― 開善学校に対する不満

N君がこの学校に来たのは前の年の8月27日である。朝6時半に横浜の親戚の家を出て、車に揺られること6時間、変な切り株の門をくぐり、赤い屋根の校舎に辿り着いた。

「俺はとうとうこんな僻地にまで来てしまったのか」とN君はみじめは気持ちになった。そして「俺はこんな学校へは入らないぞ」と思ったのだが、あれよあれよという間に、一年近くも経ってしまった。都会へ帰りたい気持ちとこの山にいたい気持ちとが自分の中で綱引きをしていたような気がする。N君は今でも“体入”が入学を嫌がっている姿を見ると一年前の自分を思い出す。そこには何か納得いかないものがある。この学校の目的というものが今1つ理解できない。このような学校が日本中から注目されること自体、社会がおかしいのかもしれないとN君は考える。N君は、この学校に来て嫌な場面をたくさん見てきたし、嫌な思いもしてきた。弱い者いじめは見飽きる程頻繁だし、物がなくなるのは日常化している。小さいことをあげたら十数冊のノートいっぱいになるだろう。また、これ程人間関係の難しさを見せつけられたのは初めてだ。途方もなく大きな家族の中に放り込まれたようだ。しかも、今までのような我がままも許されない家族である。その中で耐えてゆく自分が不思議なくらいだ。せめてこれが良い体験になればと思う。N君は、この学校が気に入らない。校長先生は偉いことを言っているが、どこまで信用してよいのか分からないし、この学校で何がつかめるのか不安だからだ。それは、この学校を出るまで変わらないと思っている。N君は、この学校にいて、いつも悩む。それは、一日一日がだらだらと過ぎてゆくこと。こんなことをしていてはいけないと自分をせき立てるように努める。授業は進んでいるのか止まっているのか分からない。教科書にも沿わないし、テストもないと言っても過言ではない。

◆土・日・祝日は、中村紀雄著「遙かなる白根」を連載しています。

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