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2009年9月30日 (水)

「八ッ場ダム前橋地裁判決を読む」

◇今月の「ふるさと塾」(26日)のテーマは「政権交代」であったが、民主党政権の八ッ場ダム中止政策について様々な意見が出て議論が盛り上がった。結局、ダムの必要性の有無が一番重要な点だということになった。必要性については、治水(洪水対策)、利水(主に渇水対策)について、相反する主張が対立している。この点に関する前橋地裁の判断は、1つの重要な参考資料である。判決は今年6月26日言渡された。ダムは不要だとする原告の全面敗訴となった。

 前橋地裁の判断のポイントをあげてみる。渇水対策については、平成8年に渇水の影響で大幅な取水制限が行われた事、及び、少雨の年と多雨の年の変動幅が拡大傾向にある事などをあげ、「あり得るべき気候変動の幅なども加味して考えれば、将来的に発生し得る渇水の対策として八ッ場ダムによる水源の確保が必要であるという見解も合理性がある」と判示した。

 次に治水対策については、吾妻川流域は、利根川上流域の全流域面積の4分の1を占め、過去に多くの降雨が発生していること、吾妻川流域には洪水調節機能をもつダムは八ッ場ダム以外にないこと等をあげ、「八ッ場ダムは、カスリン台風と同程度の規模の降雨が利根川上流域、特に吾妻川流域にあった場合に、群馬県を含め利根川流域で生じる水害の発生を防止するためにその必要性も肯定することが出来る」と判示した。

 なお、原告は、カスリン台風の時の雨量を検証して、八ッ場ダムの治水効果はほとんどないと主張していた。しかし、裁判所は、カスリン台風の時は、吾妻川流域は雨量が少なかった、この地域にカスリン台風と同程度の多量の雨が降った場合が問題なのだと指摘し、「昭和22年9月のカスリン台風により大きな損害を被った群馬県として、起こり得る大規模な洪水に万全の備えをするという判断も十分ありうる」と判示した。

◇昭和22年カスリン台風の時、私は小学1年生だった。当時宮城村に住んでいた私は、赤城の南面に毎日すごい雨が降ったことを覚えている。9月のある日、登校途中の2つの川は恐いほどの水量だった。学校は授業を切り上げて生徒を帰宅させた。帰りの川は濁流がゴーゴーと荒れ狂っていた。私が走って渡ったあと、2つの橋は水に呑まれ押し流されてしまった。私の同級生の大崎君の兄が宮城村における水の犠牲者第1号になったことも忘れられない。台風は関東地方にとてつもない惨害をもたらした。台風の去ったあとは、B29の爆撃の跡以上にみじめだった。

 このような台風が再来すれば大変だから、国として対策を立てることは当然である。広大な吾妻川流域には洪水調節機能を持つダムがないということで、八ツ場ダム建設の問題が持ち上がった。地球が狂い出し、その勢いが加速しつつある時だ。八ツ場ダムの現地では、人々と共に工事現場が見捨てないでと訴えている。(読者に感謝)

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2009年9月29日 (火)

「県議会は八ッ場ダムで燃えた。総裁選の行方」

◇河野太郎の地方票が以外に伸びた。まず、群馬県であるが、谷垣5,113票、河野3,942票、西村636票であった。群馬県に配布された持ち票6票をドント方式で分けると谷垣3、河野3、西村0となった。この結果を午後1時党本部に報告した。このようにして全国から地方票が報告され集計される。議員票と地方票の合計は、谷垣300、河野144、西村54で、谷垣禎一氏が自民党新総裁に決まった。重荷を背負ってどん底からはい上がらねばならない谷垣氏の前途は厳しい。

 野党となって攻める立場に立った自民党にとって「八ッ場」は重要な決戦の場である。10月2日、谷垣新総裁は、早速、八ッ場を視察することになった。谷垣氏と合流するために八ッ場ダム推進議連も当日はバスを仕立てて現地に向かう。

◇昨日(28日)の本会議場は、2階の記者席から構えるカメラの数が通常より多かった。八ッ場ダムが狙いであることは明らかであった。

この日の質問者5人中4人が八ッ場ダム問題を取り上げた。この人たちに先立って登壇した私が、八ッ場ダム推進を国に求める意見書の提案説明をしたことも加えると、八ッ場ダムのオンパレードであった。

 注目された点は、大澤知事がダム推進の立場に立って、どの質問者に対しても熱のこもった答弁をしていたことである。知事の主な発言を拾ってみる。「まず、地元住民の声を聞くのが国として、大臣として、最低限の務めではないか、それを、地元に耳を傾けず撤回を明言し、住民の意思を小石のように蹴とばすのは絶対に許せない」、「政党の約束ではない、国との約束だった」、「大臣は、八ッ場は無駄な事業の金看板とすると発言した、金看板にするために国の約束と住民の意思を一瞬の間に踏みにじるのは許せない」、「国は徹底した情報公開をして治水利水の必要性、費用対効果について検証すべきだ」、「地元の意見を聞かず、生活再建の代替案も示さずただ中止というのは独裁的という以外にない」、議場からは、知事の発言に「そうだ」、「その通り」といった声が上がり、また、国交省と同じ立場に立つ関口、石川両議院の発言に対しては激しいヤジが飛んだ。

 吾妻出身で八ッ場ダム推進議連事務局長の荻原渉さんは65分間をすべてダム問題に当てた。萩原さんは、八ッ場ダム住民訴訟につき治水、利水の必要性について司法はどのように判断したかを取り上げた。東京地裁、前橋地裁、水戸地裁は、全て治水利水の点から八ッ場ダムの必要性を認めた判決を下した。萩原さんは、前橋地裁の勝訴判決をあげて、治水、利水、地すべりにつき、判断した裁判の結果を厳粛に受け止めて欲しいと発言した。土葬の遺体は湖面が見える墓地に移したという荻原さんの説明にも心を打たれた。(読者に感謝)

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2009年9月28日 (月)

「自民党の総裁選が。八ッ場推進提案説明を行う」

◇今日(28日)は自民党の総裁選が行われる。大敗した自民党の再生がかかる一歩である。党所属国会議員は一人一票で合計199票。その内訳は、衆院議員118人、参院議員81人だ。国会議員以外の地方の票(党員票)は300票で、本県に配分される票は6である。早朝8時20分、選挙管理委員会の私が開票宣言をし、9時25分には開票を終了する予定。直ちに選挙管理委員会を開き開票結果を確定することになる。

 総裁選の候補者は、谷垣禎一、河野太郎、西村康稔の3氏。谷垣氏が有力視されているが斬新さで河野氏への関心も高い。

鳩山一郎元首相の下で農水相を務めた河野一郎は祖父であり、前衆院議長の河野洋平氏は父である。

◇早朝の開票作業を実施するのは、10時から本会議が行われるからである。本会議の冒頭、私が「意見書」の提案説明を行う。意見書は、国に対して八ッ場ダムを予定通り推進することを求めるもので、本会議に提出されると、提案説明の後、委員会審議を経て本会議で議決されることになる。

 提案説明の様子はGTVで生中継され、NHKも正午のニュースで取り上げるらしい。その文案を紹介しようと思う。「水を治める者は国を治めるという諺が示すように、治水と利水は最も重要な国家事業であります。そして、八ッ場ダムの推進は、下流域の480万人の生命と安全を支える一大事業であります。ところが、政権交代を機に、ダムの推進が危ぶまれる状況になりました。群馬県は、八ッ場ダムの地元県として、この、問題について最も重要な立場にあります。即ち、八ッ場ダムの帰すうは、群馬県がいかなる役割を果たすかにかかっているといっても決して過言ではありません。そして、群馬県の役割を決めるのは、この県議会であります。今こそ、長い間、ダムに苦しんできた地元の人々、そして、下流域にあって、ダムを求めている人々を求めている人々のために、私たちは、一大決心をして行動を起こす時であります。それが、この度の意見書の提出であります。

 私たちは、先日、ダムの地元に入り、いろいろな人々にお会いしました。その時、昔、散弾銃を構えて反対した人の話も聞きました。激しく反対した多くの人々は、下流域の人々のためにと、国に懇願され犠牲になるつもりで受け入れ、以来、協力を続けて歴史を積み重ねてきたのに、今さら中止とは何事かと憤慨しております。治水、利水のために八ッ場ダムは必要です。国は約束通りその責任において事業の推進をはかり、予定通り全事業を完成させることを、私たち県議会は、国に対して強く求めます。200万県民を代表する私たちの強い決意をこめたこの意見書の採択をお願い申し上げ提案説明と致します。」

 マニフェスト、民主主義、地方の時代等の時代のキーワードが八ッ場ダムに結びついている。(読者に感謝)

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2009年9月27日 (日)

遙かなる白根 第126回 子どもたちの叫び

悦理君は、脱走は問題の解決にはならないと考えながらも、それへの理解を次のように示す。

「脱走とは、病人が何はともあれ,自分の周囲、内面に目を向け思考していることの現れであって、この点は認めねばならない」と。自ら脱走の経験者として、彼はその時の心境を振り返っているのかもしれない。

 そして、悦理君は次のように論文を結んでいる。

「開善学校に生徒の欲求を一般的に解決する新たなシステムが誕生しない限り、脱走病は、今後も“自由への願望”をバックボーンにして開善学校に棲息しつづけるであろう」と。悦理君が卒業して10年が過ぎた。白根開善学校は、設備などの環境はすっかり整ったが、今でも時々脱走はある。悦理君の予言のように、自由への願望は永遠のものである以上、脱走病の原因は今でも棲息しつづけているのであろう。

作文と弁論大会にみる彼らの真実

 白根開善学校の主役は、そこで学び生活する子ども達である。いろいろな角度から開善学校を取り上げてきたが、この学校の真の姿を知るためには子どもたちの真の姿を知ることが第一である。私の長男、周平のことを書いてきたが、それは、開善学校で生きる子ども達のほんの一例にすぎない。周平のような子もいれば、いわゆる頭脳優秀な子もいる。親子ともに受験戦争に矛盾を感じ、それに疲れ果て新天地を求めて白根の山に登る子どもも多いのだ。また、いじめから逃れるため、あるいは非行から立ち上がる契機を求めて等々、実に様々な子ども達が全国から集っている。彼らの叫び、彼らの現実の姿は、現代日本の社会の矛盾や病める教育界の一面を象徴しているようにも思える。

 白根開善学校の創立期から続いている恒例の行事に、弁論大会がある。国語の授業の一環として書かせた作文の中から代表者が弁論大会で発表する。学校や先生を批判する内容も、生徒は平気で文章にし堂々と発表する。学校もそれを許している。これはこの学校の懐の深さを示す点でもある。そこでは、生徒の悩みや苦しみや喜びが、ありのままに語られる。

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2009年9月26日 (土)

遙かなる白根 第125回 子どもたちの叫び

 やがて学校の設備や体制が整ってくると、生徒全体が同じように学校に対して不満をもつことは少なくなる。従って、脱走の型も変化する。悦理君は、これは「学校安定化の証といえる」と解説する。脱走の型の変化とは、第一から第二以下の個人型に移ることを意味する。悦理君が、この論文の「はじめに」において、3大病の中で、特に脱走に興味を持つのは、脱走には当事者の生き方、考え方、もって生まれた個性が濃く滲み出るからだといっているが、これは、個人型の脱走についていえることであろう。

 学校の設備などへの不満が少なくなると、生徒は、ようやく自分自身に目を向け、自分の欲望を表に出すようになる。悦理君は、「開善学校でもようやく他の学校なみに、個人の精神的、物質的な欲求が出てくるようになった。問題はこれら欲求への対処が開善学校では脱走となってしまうこと」と分析している。都会なら欲しいものは何でもすぐに手に入るが、山の学校では質素な生活の中で物の不自由さに耐えなければならない。世は物質万能の時代で都会ではあふれるばかりの“物”が子どもたちを刺激している。それなのに、山の学校には何もない。このような物の不自由さが、精神的欲求不満の原因にもなることだろう。

 精神的な問題について、悦理君は、「少数の人間が狭い地域に拘束されている社会から生ずる、一種独特な雰囲気が生徒に圧迫感を与える」、「常に他人の存在を意識しながらの生活で、自分の世界を創り出すのが非常に難しい」という。また、こうした環境の中では脱走は欲求不満の発散として有効な手段なのだが、病気を解決することにはならないと、彼は自分の経験に対する反省もこめて指摘する。それでも脱走は絶えない。なぜか。悦理君は、その原因は、生徒各自の心の奥底に潜んでいる自由への願望と「見返してやりたい」という気持だという。更に彼は言う。「生徒はいつも何者かに規制され管理されている。脱走によって一時的にせよ、一切の束縛から離れられる。またその行為によってつい先頃まで自分を縛っていた諸々の力を見返せる。これらの行為に対する魅力は余りに強烈である」と。先程の“ざまあみろ”の心理が思い出されるところである。

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2009年9月25日 (金)

「八ツ場ダム・地元の人々の叫びを聞く」

◇八ツ場ダム推進議連の議員27人でダムの現場を訪ね地元の人たちと意見の交換会を行った。人々の口を衝(つ)いて出る言葉には苦しい生活体験を経たことを思わせる重みがあった。地域を代表する人たちは、皆、かつてはダムに反対だった。「国が下流の人たちの治水と利水のために伏して頼むというから受け入れた」「国交大臣は、大臣に就任して、2~3時間後にマニフェストにあるから中止すると発言した。無礼だ」、「前原発言は軽い、その1つ1つが私たちの心をさかなでするものだった」、「民主党は国民の声をきくといっているが、私たちの声は聞かない、私たちは国民ではないのか」「選挙の前に、当時の小沢代表に内容証明を出したが無視された、マニフェストをつくるプロセスの違反だ」、「鳩山さんは川原湯に来てほんの一部の反対派の意見だけを聞いた」「天下を取ったらその上でマニフェストの中味を精査して欲しい」、「吾妻川の増水の恐ろしさを知らないのです。平成10年、県庁の駐車場の車が流れたのは吾妻川の増水です」「治水、利水について検証して本当の中味を知って欲しい」。「2人の町長は、マニフェストをつくるに際し全く意見をきかれていない。民主主義の根幹のことをやっていない」このような発言が次々に出された。これらは、長い間の実体験の中で練られ、討論にも耐えて人々の胸にしっかりと根を張った意見に違いないと思った。

 私は、高山町長が前原国交大臣のことを慇懃無礼だといった意味を改めて了解したと感じた。言葉は丁寧でも住民の苦しみを謙虚に受け止めない政治家の態度は無礼なのだ。

 私は、初めと終わりに挨拶に立ったが、終わりの挨拶では統括ということを意識して次のように述べた。「ダムの必要性を治水、利水という面からきちんと検証して理論武装すること、そして、戦術としては、関係都県の知事や議員が一致団結する体制をつくることが必要です」と。その為に、先ず、1都5県の知事と推進議連の議員が、八ッ場に集結することが考えられる。石原都知事、上田埼玉県知事、森田千葉県知事、そして、我らが大澤知事は、それぞれダム推進の固い意志を表明している。これらを中心に団結すれば、国を動かすことが可能であると信じる。今が、このような大きなしかけをする絶好のチャンスだと思った。

◇約束は守らねばならない。ましてや国民と交わした公約(マニフェスト)は重大である。しかし、政権の座というかつて経験した事がない場面に立てば予想していなかった状況が見えてくる事は当然なのだから、公約の修正があっても止むを得ないことだ。公約の目的は国民の幸にあるのだから公約至上主義が国民を苦しめることになっては本末転倒である。本県の7人の民主党の国会議員は、地元の真の声を中央に伝える役割を担うべきだと思う。(読者に感謝)

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2009年9月24日 (木)

「八ッ場の運命・新たな闘いが始まる」

◇午前7時半、朝食会。議会初日の恒例だ(18日)。主な議題は八ッ場ダム対策である。前原国交相が八ッ場ダム中止を明言したことが伝えられるとダム推進派に衝撃が走った。国交相は23日にダム現地に入り住民の声を聞くという。そこは、攻防の最重要場面になるだろう。その対策を練らねばならない。選挙は終わったが、あの選挙以来の緊迫感が朝食会場に流れていた。18日早朝、群馬会館食堂の一コマである。

◇議会運営委員会、議員団総会を経て、本会議が10時に始まると知事が登壇し「提案説明」を行う。その中で、冒頭、新政権に関する発言があったが、とり分け「八ッ場」に関する発言が注目された。

 知事の発言の要点は次のようなものだ。「大きな懸念を抱いているのは八ッ場ダムについてであります。新国土交通大臣は中止する旨発言しました。八ッ場ダムは国と1都5県が法律に基づいて共同で実施している事業であります。これまで半世紀にわたる現地の人々の大変なご苦労の上にようやく建設が決定されました。政権が変わったからという国側の都合だけで中止を決定してよいものでしょうか。国土交通大臣は地元住民の意見、1都5県の意見をよくきいて適切な判断を行っていただきたい。地元の知事として、地域のみんなさんがこれ以上つらい思いをしなくてすむよう、また、水の確保、洪水防止というダムの目的が達成出来るよう関係都県と連携して最善の努力をしてまいりたいと考えております」

◇県議会も八ッ場ダムの建設促進を国に求める意見書を提出することになった。これは、委員会の審議と採決を得て本会議で議決される。委員会の提案説明は私が行うことになる。

◇23日、前原国交相が現地入りし、マスコミの目は一斉に、大臣が入ったダムの現場に注がれた。渓谷にそびえる高い橋脚が受難の十字架のように見える。政治状況が違っていたら希望の象徴となっていたことだろう。

◇地元住民は、前原大臣にあわないことに決めた。それは、大臣が、住民の意見をきく前にダム中止を明言したからである。住民の思いと意見には57年の苦しみの歴史に支えられた重みがある。民主党は、かねて、生活者の視点を重視するといっている。ならば、住民の声に対して謙虚に向き合うべきではないか。住民の意見を聞く前に「中止」を繰り返し明言するのは住民の心を逆なですることであり、地元だけでなく関係都県の多くの住民の気持ちを傷つけることだ。

 前原国土交通大臣は、長いこと地元の住民に御迷惑をかけたことをわびて帰ったが、長野原町の髙山町長は、大臣のことを慇懃無礼と評した。うわべは丁寧だが実は尊大であるという意である。今日(24日)午後、私たちダム推進議連の仲間は八ッ場館に入り地元の人々と意見を交わす。今絶頂期にある民主党は、選挙のために作ったマニフェストによって、自縄自縛の状態に陥っていくかも知れない。自民は敵失を待つのではなく根本からのスタートを実現しなくてはならない。(読者に感謝)

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2009年9月23日 (水)

遙かなる白根 第124回子どもたちの叫び

 翌、昭和54年頃から脱走は散発化し、流行といったことはなくなったが、「脱走ずれ」の傾向が現われ、脱走は日常化してきたという。悦理君流にいえば脱走という病は勢いが小さくなって珍しい病気ではなくなってきたということだろう。そして、この頃から大規模な治療も行われなくなったという。このような変化は、学校の体制が落ち着いてきたことと無関係ではないであろう。

 本吉悦理君によれば、病気の原因は極めて多岐にわたり、断定的な結論を出すことは難しいのだが、彼の知り得る限りの情報から、次の五つに分類できるという。

 〇訴え・反抗型

 〇ホームシック型

 〇都会恋し型

 〇挫折妄想・逃避型

 〇支離滅裂・衝動型

 悦理君の分析によれば、第一の「訴え・反抗型」とそれ以下の4つの型は、異なった特色として大別される。極大ざっぱに言えば、第一は集団型、それ以下は個人型ともいえる脱走の形態で、悦理君流の表現に従えば発病の形態なのだ。“発生の歴史”のところで、昭和53年頃に集団発病が多発し、54年頃から単独の発病に変化していったと分析しているのと対応する。

 悦理君の考察によれば、「訴え・反抗型」には学校側の姿勢や方針などに対して、反対の意志を示す目的が含まれているらしい。学校創設期の混乱につては、前に詳しく触れた通りであるが、一番困ったのは生徒たちであった。学校としての設備も整わず、授業もきちんとは行われない。寮の衛生状態も極端に悪い。こういった学校の環境に対して、生徒が一様に不満を持つのは当然のこと。そこで学校に対する訴えの手段として、集団脱走に出るということになる。

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2009年9月22日 (火)

遙かなる白根 第123回100キロメートル強歩序曲

私が考えるに、「脱走開善型」と「無断外出」を質的に分けるものは、その目的(意思)である。すぐに戻る意志であったか、もう戻らない意志であったかが両者を分ける点であると思う。次に論文は、病気の発生の具体的状況に進むが、それは、以前に私が書いた学校創立期のどうしようもない混乱を、内から「脱走」を通して語るものである。

 脱走の歴史は古い。脱走は開善学校が未認可で授業を行っていた頃から多発する。初めての脱走は、昭和53年5月、4人の生徒が企てる。この時は、「地元の警察、その他の医師団が治療にあたり未遂に終わった」という。悦理君は、警察など地元の人々を「医師団」と呼んでいる。治療とは発生した脱走行為をくい止める行為を指しているのだろう。学校創設の頃は、地域の人々の学校に対する理解も十分でなく、時には誤解もあったらしい。脱走騒ぎは人々の学校に対する疑念を深める要素になったかもしれない。平和な村の出来事だから、医師団も対応がわからず大騒ぎしたのではなかろうか。医師は、身体の内部の病気の原因を知らなければ、適切な治療は行えない。しかし、村の“医師団”の役割は病気の原因には立ち入らず、脱走病を未遂に終わらせることなのである。

 最初の成功例は、同年7月数人が脱走したケース。学校から警察に捜索願が出され、「大々的な治療」が施されたが発見できず、数日間行方不明の後、脱走者の1人の自宅に全員到着し、かなりの期間をおいて帰校したという。学校に帰ることは、「定義」の中に含まれているように必然のことなのだ。正式に手続きを踏んで学校をやめない限り、開善の生徒は他に行くところはない。家に長くいることもできない。だから、学校を飛び出し「医師団の治療」の手を逃れても、遅かれ早かれ学校に戻らねばならないのである。

 この年の冬頃から発病(脱走)は多くなった。発病の型も集団発病から単独の発病に変化し、中には、1人で10回近くも発病した例があったという。脱走病は、一種の流行になっていたらしい。学校創立期には、先生たちの中にも脱走(正規の手続きをして去ってゆくのだが)してゆく者がいたのだから、学園の混乱が生徒の脱走となって現われるのも無理のないことであったろう。

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2009年9月21日 (月)

遙かなる白根 第122回 100キロメートル強歩序曲

本吉悦理君の作品 -不治の病・脱走

「開善生徒不治の病の生態観察と、その消長予測」悦理君が発表した作品の題である。400字詰原稿用紙17枚に及ぶ作品の中で扱われる開善生徒の不治の病の第一は「脱走」のことである。悦理君は、自らの脱走体験にもとづいて、この病の定義、発生の歴史、発病原因、病状類型、今後の推移というようにこの病を分析し考察している。高校生が書いた立派な論文である。私はこの作品を何度も読み返して、これは学園内の生徒によって書かれた、開善学校の生徒の実態を知る上での貴重な資料であると思った。以下、悦理君の論文に立ち入って、開善学校の脱走の実態をみることにしよう。

 悦理君は「はじめに」の中で、脱走、酒タバコ、無断外出の三大病が開善学校から消滅することはない、これらは不治の病である、と嘆く。学校創設期の混乱にふりまわされていた頃のことである。この三大病の中で、彼が、特に「脱走」をとりあげるのは、自らも一度は体験してこれとの関わりが少なくないこと、そして、脱走は、他の二つに比べて当事者の生き方、考え方、それに、持って生まれた個性などが濃く滲み出ていて興味深いからだという。

 まず、開善学校の病である脱走を「脱走開善型」と称して、その「病状定義」を明らかにする。それによれば「脱走開善型」とは、正規の許可なく学校を離れ、病人が、自宅あるいは知人宅などに潜伏した後、一定の期間(その長短は病人によって異なる)をおいて学校に帰ってくる行為である。潜伏期間の長短は病人によって異なると言っているが、この点でもう1つの病である無断外出との区別が問題となる。悦理君はこの点、近くの街に外出し、そこで短時間活動した後、一日の内に学校に帰ってくるのが「無断外出」であって、脱走とは質的に異なるものである、しかし、「無断外出」が途中で「脱走開善型」に変異することがあると分析する。

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2009年9月20日 (日)

遙かなる白根 第121回100キロメートル強歩序曲

白樺46号の「特集 卒業生は今」の中で悦理君はアンケートに次のように答えている。

Q「あなたが開善学校にいた時の事で、一番印象に残ったのは何ですか」

A「混乱の時代であったけれども、自由な生活があって楽しいものでした。つくる楽しみがある時代だったようです。」

Q「今振り返ってみて、開善学校にいたことをどのように感じていますか」

A「質素な寮生活に5年間すっかり慣れ親しんだので、米国での大学生活がむしろ快適なものです」

Q「在校生に一言」

A「留学は有意義だと考えます。しかし、英語の勉強は、想像以上に厳しいことを覚悟しておかれた方がよいと思います」

 多くの卒業生が語るように、開善学校の生活は、後ろから振り返る時、楽しい思い出になっているようだ。試練の伴うことは、その渦中にいる時は苦しさのみが目立つ。後になってその意義が理解できた時に懐かしさもひとしおなものになる。それは、私たちも経験することであ

にる。また、脱走にかり駆り立てたほどの厳しい環境の中に、実は本当の自由があったということも、同じように社会の実現の中で理解されることであろう。悦理君の「自由な生活があって」という表現は、そのことを語っている。「質素な寮生活に慣れ親しんだので、米国での大学生活がむしろ快適」と言っているが、その意味は、言葉の問題、習慣の違いなどもあって外国留学は大変厳しいものであるが、それさえも、白根の寮生活の体験があるので、むしろ快適に感じられるというのである。米国留学で苦しい時、支えになったものは、白根開善学校時代の生活であろう。

 本吉悦理君は、開善学校在学中、開善学校文芸大会に、ある作品を発表した。大変、興味ある中味なのだ。

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2009年9月19日 (土)

遙かなる白根 第120回100キロメートル強歩序曲

第5章 子どもたちの叫び

白樺の林を抜けると、急斜面の道は雪をのせた木々の枝に上空を覆われてトンネルとなっている。トンネルは白一色の中に溶けこむように落ち込んでいる。どこか別の世界に呑みこまれるような恐怖がよぎる。しかし、もう戻ることは出来ない。スキーは加速度をあげ、曲がりくねった入山の坂道を一気に駆け下りる。小倉、尻焼、花敷と。この先には自由な都会がある。スキーは、自由な世界に向かってまっしぐらに走る。

私は、この話を聞いた時、思わず映画「大脱走」の場面を思い出していた。ジョン・スタージェス監督のアメリカ映画だ。第二次大戦中のドイツの捕虜収容所。脱走不可能といわれる収容所から、連合軍兵士はさまざまな手段を使って脱走を企てる。その中でスティーブマックィーン扮する兵士は、オートバイを使って脱走。絵のように美しい山々の麓に広がる草原をスティーブマックィーンは追跡隊を尻目に風を切って疾走する。その姿は、収容所という狭い檻から逃げ出して飛び回る鳥のようだ。白砂川の渓谷に沿った斜面の道を滑る少年の心にも、あのマックィーンに似たものがあったであろう。映画の中のマックィーンは、やがて捕まって収容所に連れ戻された。スキーで脱走した少年もまた、山の学校に連れ戻される宿命であった。

白根開善学校が置かれた環境の特殊性から、“脱走”はやむを得ないことなのかもしれない。特に、学園創立期の混乱した時代には、“脱走”は日常化し、白根開善学校の“不治の病”とまで言われた。

本吉校長の長男、本吉悦理君も脱走体験者の1人である。悦理君は、開善学校の第2回卒業生。彼は白根開善学校から学習院大学法学部に進み、その後更に、アメリカの大学(ペンシルベニア州アルゲニーカレッジ、同州ピッツバーグ大学大学院、それぞれを卒業)に進んだ。

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2009年9月18日 (金)

「酒井法子の保釈・急を告げる八ッ場ダム」

◇鳩山新首相に向けられたカメラの放列もはるかに及ばない。酒井法子を待ち構えた報道陣の凄さだ。マスコミからすれば、こちらの方がニュースバリューがあるのだろう。

 湾岸警察署の奥から現われる酒井はどんなにやつれているかと思って待った(17日午後)。薬物の禁断症状と厳しい取調べに耐えたことが予想されるからだ。現われた彼女は地味なスーツで身をつつみ美しい顔には地獄から生還したあとは見られない。万感の想いを緊張感で抑え、一世一代の演技を行ったのであろう。何百とも知れぬカメラを前にした警察署の正面玄関は、逮捕劇の重要場面を語る格好の舞台であった。「今まで酒井法子を応援して下さり本当に申し訳ありませんでした」彼女はこのように言って深く頭を下げた。

◇暫くの時間をおいて、場所を移して行われた記者会見では涙がほおを伝わって落ちるのが見えた。警察署から離れて心の緊張がゆるんだのか。「社会人として人として手を出してはいけない薬物に自分の弱さから手を出してしまった、決して許されることではない、この罪をつぐない、悔い改めて、2度と薬物に手を染めないことを一生の約束として、心から誓います」酒井法子はこのように語った。10月26日が初公判だという。薬物が一般人の間に急速に広がりつつある中でこの事件は教訓としてどのような効果を果たすのであろうか。

◇前原国交相が八ッ場ダム中止を明言したという事で事態は急に慌しくなった。国交相の発言について、マスコミは、霞が関に激震があったと報じている。大澤知事は、地元住民、1都5県の意見を聞くことなく建設を中止とした事は言語道断でありきわめて遺憾である、1都5県と連携しすみやかに政府に抗議し国と地方の協議の場を早急に設置するよう強く求める、とうコメントを発表した。

 八ッ場ダム推進議員連盟も行動を起こすことになった。18日は9月議会の初日であるが、本会議終了後、八ッ場ダム推進議連の緊急総会を開くことになった。そこでは、この9月議会で、政府に対する意見書の議決、1都5県の推進議連と知事が共同して政府に向け行動を起こすことなどが議論されることになるだろう。なお、24日には、八ッ場ダム推進議員連盟並びに八ッ場ダム推進吾妻住民協議会の役員が意見交換会を開くことになり、会長である私の名前で17日夕刻、各推進議員に連絡を出した。風雲急を告げる事態が進む。

◇昨日のブログで新法相と死刑執行について触れたが、その後千葉法相が死刑の執行命令書にサインするかと聞かれ、人の命に関することなので慎重に扱っていくと述べた事を知った。千葉法相は死刑廃止を推進する議員連盟のメンバーである。この議員連盟の会長を務めるのは金融・郵政担当大臣に就いた亀井静香氏である。民主党政権の下で死刑制度の新たな展開が見られるかも知れない。(読者に感謝)

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2009年9月17日 (木)

「鳩山政権の誕生・歴史をつくる責任は自民も」

◇鳩山政権が発足した。国会の門が開くのを待って多くの新人が国会内に入る姿が写し出された。選挙戦の最中から注目された新人の声が伝えられる。元首相の次男、小泉進次郎氏は、「国会が戦いの場です」、「自民党の国会議員は200になりました。イチローと同じように200で終わりではなく200から出発です」と語っていた。初当選した新人158人中自民党は5人であることを思えば、この言葉に進次郎さんの意気込みが現れていることがうなずける。

 福田、森両元首相に向けられた女刺客たちは、それぞれ次のようにインタビューに答えていた。「あふれる思いと緊張感でいっぱいです。9万票の重みを感じます」(三宅雪子氏)、「政権が交代するこの歴史的な日に議員として参加することを光栄に思います」(田中美絵子氏)。田中氏は、週刊誌でおかしな前歴を暴かれていたのでどんな顔でどんな発言をするかと注目していたが、この日の秋の空のようにからっとして、なかなかしっかりした事を言っていた。

 発表された閣僚の顔ぶれを見て、私には、いくつか注目する点がある。岡田外相は、インド洋の給油や沖縄の基地問題を抱えてアメリカとの関係をどう乗り切っていくのか、国交相の前原氏は、八ッ場ダムをどう解決するのか、舛添さんのあとを継ぐ厚労相の長妻氏は、年金や新型インフルエンザにどう向き合うか、また、法相に就いた千葉さんは、死刑の執行にどういう姿勢を示すのか等である。

 首相の実弟鳩山邦夫氏が法相の時は、異常といわれるペースで死刑を執行した。「友愛」を掲げる民主党政権の下で死刑執行のペースは変化するのか興味あるところだ。

◇鳩山由起夫首相のことを大丈夫だろうかという人が私のまわりにはいる。最近の修羅場で鍛えられた故か顔の表情は鋭くなってきたが、線の細いぼっちゃんの印象は拭えない。週刊誌が、略奪愛とか略奪婚とかいって一斉に書き出した過去のスキャンダルは瑣末(さまつ)なことだと思うが、献金問題は今後発展する可能性がある。

 政治資金収支報告書に故人からの献金が記載されていた。また、実際に寄付していない人に税制優遇を受けるための証明書が交付されていたといわれる。これらは市民団体から告発され受理されているので検察は必ず動き出すといわれる。国民に対する説明責任が求められる。

◇鳩山新首相は、「歴史が変わるという身震いするような感激と歴史を作らねばならないという重い責任を感じる」と語った。

 自民党の細田さんは堂々たる野党を目指すと決意を示した。歴史を変える責任は民主党だけが担うものではない。自民党もその責任を担わねば不可能なことだ。そのために自民党は大きく変わらなければならない。「堂々たる野党」とはこの責任を自覚した自民党である。(読者に感謝)

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2009年9月16日 (水)

「国家が国民に約束した八ッ場ダムの重み。NHKで報じられる。」

Img_1910 ◇八ッ場ダム推進1都5県議員連盟の会議は都議会議事堂内で開かれた(11日)。私の挨拶の様子がこの日の午後のNHK首都圏ニュースで報じられたらしい。私の話のポイントは次のようなものである。

「国家が国民に半世紀以上にわたって約束してきたことを政権が変わったからといって簡単に破っていいものでしょうか。治水と利水は国民の安全と生命にかかわることです。国がそれを侵害しようとし、私たち地方がそれを守ろうとしています。地方の時代といわれますが、これは地方が試される問題です。地方が力をあわせて何が出来るかが問われています」私がこのように訴えると、会場から、「そうだ、そうだ」と声が上がった。

◇この会議では各県の運動状況が報告された。以下主なものも紹介するが、その中で埼玉県の取り組みが注目を集めた。本来民主党支持である上田知事の、「私に一度のヒアリングもない。治水や利水の問題などの現場を見ず、流域の声を聞かないで党の公約にするなんて不見識だ」という見解が紹介された。なお埼玉県では9名の民主党の県会議員が推進議員連盟に名を連ねている。

 東京都庁の担当官は、首都には人口と施設が集中しているから洪水と渇水が起きたら大混乱となる、石原知事は初めからブレていないと説明した。石原知事は、9月5日の記者会見で、あそこまで造ったものを放棄するなんて考えられない、中止なら支出した457億円の返還請求すると述べていた。

 千葉県の担当者は次のように語った。森田知事は地元を視察しダムの必要性と地元の人の思いを理解出来た、仮りに中止になれば覚悟があると言っている、と。

◇民主党の富岡由起夫参議院議員は、県商工会議所議員大会で、八ッ場ダム問題について結論ありきではなく民主党の中で議論していきたいと述べたと伝えられる。政治家として真摯な態度というべきだ。

 八ッ場ダム問題については、もう一つ重要な論点がある。それは、今回の選挙において、八ッ場ダムの地元である群馬5区になぜ民主党は、候補者を立てなかったという事だ。八ッ場ダムが必要か否かを論点として戦うことによってこの点につき地元の有権者の支持がどれだけ得られるかが分かったはずである。それをしないで生活者の視点に立つとか地方重視とか主張してもその声は虚しく響くのである。

◇八ッ場ダムの「中止」を求める県議の会のメンバーの一人は、「ダム中止のマニフェストに民意は賛意を示した」と語っているが果たしてそういえるのか。又、他の一人は、中止の場合、知事から負担金返還の声があることに対し、「役所のやりとりで、国民、都民の財布が傷む話ではない」と述べたといわれる。こんな不見識な話が通用すると思っているのであろうか。15日、この会議で採択したダムの早期完成を求める要望者を、鳩山代表らに提出した。今日鳩山政権が発足する。野党の追及も厳しくなるだろう。(読者に感謝)

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2009年9月15日 (火)

「イチローの快挙、サムライ日本の復活だ」

◇バッターボックスに立つイチローの姿は真剣勝負に臨む武士を連想させる。異国の地で108年ぶりの大記録をつくった。その瞬間敵地のファンは総立ちで拍手。イチローはヘルメットを取りスタンドに向かって挨拶を示した。全米の目がイチローに注がれたであろう。そして彼らはイチローの姿に日本人のイメージを重ねたに違いない。

 報道によれば、試合が行われたダラスに住むイチローファンのある大学生は、刀で切るようなサムライスタイルのスイングに魅せられたと語った。イチローは、日本人と日本文化をアメリカに伝える上で最高の役割を果たしている。イチローは最高の外交官である。

 未知の世界に飛び込んで、厳しい自己鍛錬とたゆまぬ努力で金字塔を打ち建てたイチローは、異国の地から日本人に最高のプレゼントを送った。それは日本人が忘れてしまったチャレンジ精神の体現であり、夢を求めて命をかける冒険の体現である。イチローの偉大な点は、それを地味な努力の積み重ねで実現したことだと思う。

 大リーグでは、ホームランを狙って禁止薬物を使用する例が多くあったらしい。今年に入っても、ロドリゲス・ラミレス等有名な強打者の薬物使用が明らかになった。投手に向かって長刀を一心に振りかざすようなイチローの姿にそのようなごまかしはみじんもない。薬物の使用などはイチローのプライドが受け付けないのだ。アメリカ人はそのことをよく分かっているのだろう。日本人は、そのようなイチローを誇りにすべきである。

◇日本社会の薬物状況を象徴するのが酒井法子の逮捕である。連日、新聞やテレビをさわがしている。週刊誌などには、新聞に書けない信じられないような事が報じられている。酒井法子は500万円の保釈金で保釈が決まったが裁判はこれからである。薬物は恐ろしい、その罰も厳しいことを示さないと、薬物の広がりを抑えられないだろう。酒井法子の例は芸能界では氷山の一角ともいわれる。公共の電波を使う場面に登場する芸能人に甘えは許されない。

◇県が長寿者名簿を発表した(14日)。県内最高齢者は前橋市の中村かす枝さん。108歳。1901年(明治34年)生れだ。すごいなあと思う。明治34年といえば、伊藤博文が首相を務め、田中正造が足尾鉱毒事件で天皇に直訴、現在の新日鉄へとつながる八幡製鉄所がスタートした年である。国際問題では、翌年日英同盟が結ばれ、その2年後に日露戦争が始まる。百歳を超える高齢者の姿に、明治が一段と遠くなったことを感じる。

県内の100歳以上は664人、全国では4万399人である。超高齢社会が進む。各地で敬老会が盛んである。高齢者の知恵と体験を活かすことが社会の活力を生み、高齢者を尊敬することに通じる。「敬老」をかみしめたい。(読者に感謝)

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2009年9月14日 (月)

「自殺急増、3万人超の大台が続く異常さ」

◇県内の自殺者が急増している。6月末で304人に達し前年同期比24人増。過去最多の年間自殺者は平成15年の625人だった。7月も40人以上の自殺者が出ているといわれるからこのまま推移すると大変な事になるかも知れない。これは日本全体の傾向という。

 国内では、毎年3万人を超える自殺者数が続いている。特に今年は最高の状況が続きこのままいくと3万5千人に近づくと心配されている。日本の自殺率は先進国で突出している。アメリカの自殺率は日本の1/2、イギリスは1/3以下である。06年(平成18年)に議長として南米を訪ねたとき県人会の人が豊かな国日本でなぜ自殺が多いのか不思議だと話していたことが改めて思い出される。

 日本の自殺者はバブル崩壊と合わせるように増加した。山一證券が破綻したのが97年(平成9年)、その翌年3月、自殺者は前の月より千人増え、この年初めて年間3万人を超え、その状態は現在まで続いている。

 自殺の原因のひとつにうつ病が深く関わっているといわれる。そして、うつ病者をつくり出す原因として今日の病める社会があるのだと思う。ぎすぎすした競争社会、固定化した格差社会が進んでいる。こういう社会は不公平な社会である。

 先日、テレビで高校生クイズ大会を見て驚いたことは東大などに進学する高校は有名私立校に集中していることだ。教育の分野でも格差が固定化しているのである。かつての身分制社会と違って今日は、建前は平等の社会である。それなのに現実は不平等が固定化しているとすれば国や社会を恨む人が多くなるのは当然だろう。このような努力しても報われない社会で競争に敗れた人の中には生きる希望を失いうつ病になり自ら死を選ぶ者が現われる。一年に3万人の自殺というが、未遂者は10倍はいるといわれる。大変なことだ。日本の社会が崩壊する兆候とも思える。

◇大量な自殺現象の下に不平等な競争社会、そして、ますます広がる格差社会があるとすれば、これは自殺だけの問題ではない。多くの国民は国や社会に対して貢献する気持を持たなくなるだろう。今日、人々の規範意識が薄れ振り込め詐欺などが跡を絶たないのは、このような今日の社会の構造と関係あるに違いないということだ

◇このような社会全体を覆う閉塞感は、政治状況と関係があると思う。政権交代となって自民党が野に下って気付いたことがある。これから永久に民主党の天下が続けば非民主の人々は耐えられないだろう、長く続いた自民党政権の下で、多くの国民は同じような閉塞感を抱いたに違いない、ということだ。

だから健全な二大政党が実現すれば、国民の心の状態は大きく変化するだろう。敗けすぎた自民党は反省して頑張らねばならない。社会の閉塞状態を打開する上で重要なことは地方分権を大きく進めることだ。その先に道州制がある。(読者に感謝)

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2009年9月13日 (日)

第5章 子どもたちの叫び

― 脱走「シャバだぜざまあみろ」 ― “シャバだぜ、ざまあみろ”これは、「白樺」50号に載った、高等部を卒業してゆくある生徒の“一言”である。両親と並んで撮った写真の下にこの言葉がある。逞しそうな少年の姿とこの言葉を、私はしばらくの間見比べていた。白根の山中ではいろいろなことがあったのであろう。厳しい自然、苦しかった人間関係、心の葛藤、そういう様々な試練がこの少年をつくったに違いない。この少年は都会を追われ、都会を逃れてこの山の学校に来たのかもしれない。そして、再び懐かしい都会へ帰ってゆく。心も体も逞しくなった今、時間と空間によって隔てられていた都会が一層輝いてみえる。閉じ込められた別の世界から人間界へ帰ってゆく。都会は正に娑婆なのだ。俺をいじめた奴等に、また、弱くみじめだった、かつての俺に別れを告げるのだ。やり通したという快感と周りの人々を見返してやりたい心理。それが“ざまあみろ”なのだ。脱走をやった仲間もいた。人目を忍んで実行した脱走ではなく、堂々と白樺林を後にして白樺の山を下る少年は、辛かった山の日々を振り返って、万感の思いをこめ「シャバだぜ、ざまあみろ」と心の中で叫びをあげたのだ。この少年もここに辿りつくまでに、長く困難な道のりがあった。それは、白根開善学校で生きる他の子ども達も同様である。白根開善学校には、都会からやってくる子が多い。かつて住んでいたところと白根の山中は、環境があまりに違う。しかも耐えられないような辛いことが多い。その解決のための選択肢の一つが、この山を抜け出すことである。「脱走」という言葉は厳しすぎる表現のようであるが、開善学校では、創立以来、この言葉が使われている。ある意味では、これは一番ふさわしい表現なのかもしれない。冬のある日、雪が1メートル近く積もった白根の山から、1人の少年がスキーで脱走した。 ◆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

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2009年9月12日 (土)

遙かなる白根(第118回)100キロメートル強歩序曲

この問題を討議する席上でも父母たちの中にはタバコを吸っている者があって、そのようなことではいくら子どもたちに止めろと言っても、説得力がないのではないかと他の父母が指摘する場面もあった。

学校は、タバコ問題で、子どもたちにアンケート調査を実施した。その結果、多くの子どもたちはタバコの害を認識していること、吸わない子どもも、同じ部屋で間接喫煙のいやな思いをさせられていること、タバコを買うためにパシリが行われることなど、火災の原因ばかりでない、多くの弊害があることも明らかになってきた。

学校側は、寮内に持ち込める物を厳しく制限している。帰校日には、家から持ってきたバックなど、みな体育館でチェックされる。これは長く続けられている開善学校の習慣である。

「ではなぜ、タバコや酒などが持ち込まれるのですか」

「生徒も、そこは知恵を使うらしいのです。例えば、校舎に入る前に林の中に隠しておくとか。まあ、いろんな方法があって、それも先輩から後輩に伝授されて続いていくらしいですよ」

「中には、親が協力することもあるらしいです。いくら不憫に思っていても、はき違えていますよ。それでは自分の子ばかりか他の子にも害を及ぼすことになります」

 父母たちの熱心な話し合いの中で、いろいろなことが明らかになっていった。

 その中で自分の子を良くするためには、全体がよくならなければならない、また、父母も子どもと一緒に学び良くならなければならない、それが父母立学校の父母のあるべき姿ではないかということなどがどの学年でも認識されていった。叡智寮の火災は、開善学校の実態をえぐり出し、父母、学校、子どもたちが一体となって寮の共同生活を真剣に考える大切な契機となったのである。

◆土・日・祝日は、中村紀雄著「遙かなる白根」を連載しています。

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2009年9月11日 (金)

「八ッ場ダム推進議連の会長になる。笹川さんの辞任」

◇マスコミが連日八ッ場ダムを大きく取り上げている。週刊文春の最新号が見開き2頁を使って写真とその解説を載せている。そこでは「なんで国は私たちが反対しているときに反対してくれないで覚悟を決めて移転してから反対するの?」という地元の声が紹介されている。マスコミの姿勢が変化を始める現われか?

 今日(11日)東京都議会で「八ッ場ダム推進1都5県議員連盟」の会議が行われ。それに備えて本県の「八ッ場ダム議員連盟」の緊急打ち合わせ会議が行われた(10日)。

 同席した茂原副知事は、かつて県職の時、八ッ場ダムの関わった者として次のように話した。「当時の知事は国から意見を求められて地元のことを最大限に考えて欲しいと述べました。そして、地元の人は何百万人の人のためになるのならと犠牲になる気でと受け入れたのです」と。副知事はだから今となって地元住民の立場を最大限考えてやらねばならないとその思いを語っていた。

 この会議は、1都5県の会議で何を訴え協力を求めるかを話し合ったが、途中ちょっとしたハプニングがあった。この議連の会長である田島雄一さんが健康上の理由で突然会長を辞任したいと申し出たのである。それは受理されて何の打ち合わせもなくその場の状況で私が会長を引き受けることになった。今日3時からの都議会議事堂における会議に加わることになった。

◇大澤知事と9月補正予算につき折衝を行った(10日)。重点要望施策19項目の上位に八ッ場ダム事業推進とインフルエンザ対策が並ぶ。八ッ場ダムについては、地元要望を踏まえつつ下流都県と連携し地元の生活再建対策に取り組んでいく、ダム本体工事の推進についても強く働きかけていく等のこと、そして、インフルエンザ対策では、(1)保育園、幼稚園、各種の学校現場での感染防止対策や発生時対応策の周知徹底を図る、(2)県民が感染した場合の行動指針を啓発するためのパンフレットの作成・配布、医師会と連携し重症化のおそれのある患者の診療体制を整備することなどが説明された。

◇正午から県連3Fで県議団総会が行われた(10日)。出席した笹川県連会長に報道陣が一斉にカメラを向けた。笹川さんは、次のように語った。尾身、笹川、谷津の3人が負けた、申し訳ない、人力では何ともし難かった、落ちたのが普通で当選したのは運が良かった、県連も再出発しなければならない、その意味で、本日をもって会長を辞任する、と。

◇県議団総会では、その他総裁選のことが話し合われ、松沢さんの葬儀も話しに出た。総裁選は18日告示、28日投開票、国会議員200票、地方300票、群馬には6票がそれぞれ配布される。情けなくまた淋しいことだが、今のところ総裁選に名乗り出る者はないらしい。

◇松沢さんの密葬は9日行われたが、本葬は10月25日高崎問屋センターで大澤知事を葬儀委員長として行われることになった。斎場にはあの逞しかった頃の魅力的な笑顔が掲げられるだろう。(読者に感謝)

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2009年9月10日 (木)

「千葉、岐阜の職員不正、現金を焼く」

◇千葉県では、職員等が事務用品の架空発注などを繰り返し、5年間で約30億円の不正経理を行っていたという。信じられないと同時にまたかという思いだ。職員が個人的に流用した疑いのある使途不明金が約1億1千万円あるという。千葉県の行政改革監は「ここまでひどいとは思わなかった。組織的と言われても否定できない」と語った。不正経理は県庁の約400ある部署のほほすべてで行われていた。千葉県は、不正に関わった職員について刑事告訴を含め処分する方針だという。

 千葉県のこの事実を聞いて思うことが2つある。1つは、これは千葉県だけのことかということであり、2つ目はなぜ心ある職員は長い間不正に目をつぶっていたのかということである。

◇群馬県もかつて大騒ぎがあった。96年(平成8年)、カラ出張などの巨額の不正経理(2年で7億円余り)が発覚し、当時の小寺知事は長年の「陋習(ろうしゅう)」だと語り、職員から返還は求めないと表明すると、県民の抗議の声が一日中殺到し結局県幹部は返還することになった。

 また、昨年(08年―平成20年)本県は、会計検査院から不適正な経理処理を指摘される出来事が生じた。主なものは、「年度またぎ」といわれるもので2千万円以上あった。12月議会の決算特別委員会の報告では平成8年のカラ出張問題の反省が活かされなかった結果であることが述べられた。

 群馬県のこれらの事もさることながら、またか、という思いを強めたのは岐阜県の不祥事が記憶に新しいからである。それは、06年(平成18年)に発覚した。この事件は、カラ出張、食料品やタクシー代の架空請求などで4億6600万円の裏金を作ったというもので、裏金作りはほぼ全ての課にわたった。呆れたことは、処分に困った約500万円の金を焼いたりゴミに混ぜて捨てたということだ。

 これら一連の出来事を通じて思うことは、チェック機能がきちんと働かないと常に不正が発生するということだ。最大のチェック機関は県議会であると思うと心が重い。県議会は調査能力を高めなければならない。

◇公務員による内部告発にも、このチェック機能の役割があるが、実行するのは難しいことだろう。組織の中で生きる者が組織に矢を向けることには大変な勇気が要る。しかし、全庁的な不正に対してこの勇気を行動に移す人が1人もいないのは不思議だ。それは公務員のモラルが低いことの現れかも知れない。

◇95人(8月24日~30日)、92人(8月31日~9月6日)。新型インフル集団感染者(疑い例含む)の数である。発生場所の多くは学校である。

新学期が始まり、学校から「新型」が大流行する恐れが高まっている。それを最小限にくい止めるために教育委員会は、登校前検温などを徹底させ学校内の感染拡大を図るべきだ。芳賀地区では29日、第4回の研修会を開く。(読者に感謝)

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2009年9月 9日 (水)

「松沢睦先生の死に思うこと」

◇松沢睦さんがお亡くなりになった。78歳、突然のト報に驚いた。健康を害されていたことは聞いていたが、それ程悪くはないと思っていた。先日の衆院選では、1区の尾身さんの情勢を心配されて私に電話をくれた。しっかりした声であった。長年選挙戦の中をくぐって来た人の感で危ないと見ていたのだろう。私に公明党対策をしきりにすすめていた。松沢さんの心配した通りになってしまった。

 老練、百戦練磨、慧眼の人、そんな表現があてはまる人で、自民党の全盛時を統括した人だった。喧嘩上手で策士といわれたが見識と哲学があったから上滑りすることはなかった。時代が大きく変わりつつある観点からすれば、どちらかといえば古いタイプの政治家で、このような人は、二度と現れないであろう。私は、県議会は、松沢さんの退場で一つの時代が終わったと見ていた。

 振り返って、私は松沢さんとはつかず離れずの関係にあったと思う。価値観、政治信条の点では必ずしも相容れないところもあって、近づき難く思っていた私を松沢さんの方も煙たく思っていたかも知れない。

 ある時、松沢さんと語り合って、その内面の基盤をのぞく思いをした事があった。松沢さんがキリスト教と関係があることは聞いていたが、御尊父は救世軍のメンバーであった。松沢さんは、昔、その筋の女がよく逃げ込んできたこと、また、救世軍の山室軍平が松沢家に出入りしていたことなどを語っておられた。

◇救世軍はプロテスタント協会に基礎を置く社会活動の組織である。イギリスのウィルアムブースが創始し、社会の巨悪と戦うために軍隊的組織を採用した。明治時代、日本に上陸した救世軍が始めたことは娼婦の解放運動だった。

 私はかつて群馬の廃娼運動を研究した。楫取県令や二代目県会議長湯浅治郎などが活躍し群馬は日本で最初の廃娼県となった。湯浅治郎がクリスチャンであったことが示すように、廃娼運動にはキリスト教徒が深く関わっていた。救世軍は、そういうキリスト教徒の特別な姿であった。タイコをたたいて遊郭に乗り込み女郎を救う救世軍の戦いは世の注目を集め次第に大きな成果を上げるに至った。

 松沢家が福祉事業を始めたことは、そういう救世軍活動ともつながる社会的弱者を救済するという思想に基づくのではなかろうか。そして、県議時代の松沢さんの強さを支えるバックボーンとなっていたものに、親から受け継いだ救世軍運動の思想があったのではないかと想像する。

 松沢さんがこの世を去ったと知って改めて松沢さんの確かな足取りの大きさを感じる。そして、松沢さんと比べて政治家としての自分の小ささを思う。「棺を覆って事定まる」という諺が松沢さんの姿と重なる。松沢さんは、政権交代時代の県議会を心配していたに違いない。焦るな、雌伏の時は耐えて力を養う時だと松沢さんが天から呼びかけている。松沢さんの死を乗り越えて進もうと思う。偉大な先輩のご冥福を祈る。(読者に感謝)

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2009年9月 8日 (火)

「若者と語る、インド洋の給油はどうなる」

◇ある若者がこんな事を言ってきた。「今度の選挙はサービス合戦みたいでしたね。子ども手当ては2万6千円だから、子どもが2人いれば2年で車が買えるといっている主婦がいましたよ。まるで買収みたいじゃないですか」

 また、この若者はこんな感想も語った。「自民党の国会議員は、北朝鮮の問題とからめて日本の安全保障を強く主張していましたが子ども手当てにはかなわなかったみたいですね」

 今回の選挙は、歴史的な政権選択選挙なのだから、それぞれの党はどういう国をつくるのかという理念を語って欲しかった。その下で生活に密着した問題を約束すべきだったのに国民の耳に甘く響くことばかりが目立った。耳だけではない、目にも強烈にピーアールした。ベテラン候補者に若くて美しい女性の刺客をぶつけた点はそれだ。

◇外交問題、特にインド洋の給油に関することは国家の理念につながる重大事である。それは、国際社会の平和に貢献しつつ日本の存立と国民の安全を守ろうとするものであるからだ。

 日本国憲法の前文には、「日本国民は恒久の平和を念願し(中略)、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼してわれらの安全と生存を保持しようと決意した」という一節がある。テロと戦争の恐怖が存在する世界で、日本が世界の平和に貢献しないで「諸国民の公正と信義に信頼する」というのは虫のいい話しだ。

 日本は、憲法9条の下、少ない軍事費で経済の繁栄を実現してきた。しかもこの繁栄は、全世界と商売を続けることで得られるものである。インド洋の給油は、日本が世界の平和に、世界と連携して取り組む効果的な見せ場である。憲法9条の下で可能な平和的な手段であり、ローコスト・ハイリターンが期待できる。民主党は反対でインド洋の給油を中止すると主張している。

 アメリカとの同盟の絆が揺らぐとき喜ぶのは北朝鮮である。日本人は64年前の戦争の惨禍を忘れ、平和は無償のものと思っている。2万6千円の子ども手当ても国家の安全保障があってのことだ。若者の質問に、私は、このようなことをかみ砕いて話した。若者は、「嵐の中でこのような事は有権者の耳に入らなかったのですね」と言っていた。民主党の外交政策が世界に受け入れられるか、とくにアメリカとの関係が心配である。

◇新型インフルエンザの感染者が、8月24日から30日までで推計14万人に達した。厚労省によれば、1日に4万人以上が入院するような流行のピークが早ければ今月末にもやってくる。民主党はスタートと同時に国民の生命に関わる最大の課題に直面した。民主党は、当面の最重要課題として新型インフルエンザ対策を挙げている。政府は情報をはやく的確に提供し、地方はそれをしっかりと受け止めて行動しなければならない。私の地元では今月末4回目の住民研修会を実施する予定である。(読者に感謝)

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2009年9月 7日 (月)

「二大政党に向けて、マニフェストの重要性」

◇自民党は惨敗したが、これも二大政党に向けた歴史的な一コマである。国民も欧米のような二大政党をのぞんでいると思う。それを実現するためには自民党が再生を果たさねばならない。

 政治と国民との関係で大きく変わったことはマニフェスト政治になったことである。今回の選挙は本格的なマニフェスト選挙といわれたが、マニフェストが重要なのは選挙の時だけではない。国民は普段から公約が守られているかという事に注目し、それが生活にどう関わっているかを考える。これが、国民が政治に参加するための真の基礎となる。

 だから、これからは、政治の透明性、そして、そのための情報の提供が一層重要になる。この点最近の2つの重大な出来事に注目したい。国交省が高速道路無料化の経済効果を調査したデータがあるのに存在しないと主張していた事、及び、東京医科大付属病院の不正請求内部告発者の処分である。

 高速道路無料化の経済効果は民主党に有利ということで国交省は国会における質問に対して存在を再三否定していた(年間2.7兆の効果が生じるというもの)。公表されていれば、我々も違った角度から民主党のこの政策を攻撃していたであろう。

◇企業の不正などを内部告発したものを保護する制度が公益通報者保護法である。これまで多くの食品会社などの不正がこの制度によって明るみに出てきた。この度の事件の問題点は、告発者も不正に関与していたとして東京医科大が停職処分などにしたことである。処分は報復だという批判の声が上がっている。職員は、上司の診療報酬不正請求の指示に反対したが従わざるを得なかったことを悩み責任を感じて内部告発に踏み切ったという。このような、告発者が処分を受けることになれば、それを恐れて内部告発する者はなくなるだろう。それは、結局、法の趣旨に反することになる。

 群馬県では県庁内の不正に関しても、公益通報者を保護する制度を設けている。通報先を庁内に設けることは職員として内部告発しにくいとして、外部の弁護士などを窓口とすることにしたが。まだその例はない。

◇4日、自民党の常任役員会及び補正予算に関する知事折衝があった。両方の会で八ッ場ダム関連の項目があったので私は発言した。それは、「特定多目的ダム法」にあるダム中止に関する手続きのことである。この法律四条四項には、国土交通大臣は、ダムを中止する場合には、関係都道府県知事の意見を聞かなければならない、そして知事が意見を述べる場合には県議会の議会を経なければならないと定められている。

大澤知事は、関係する知事と連絡をとって連携して対応すると述べた。各県の議会の役割が注目されることになる。八ッ場ダム問題は民主党攻撃の主要な目標となる可能性がある。自民党の再生は地方の活力にかかっていることからも、この問題を慎重に研究したい。(読者に感謝)

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2009年9月 6日 (日)

遙かなる白根(第117回)100キロメートル強歩序曲

太陽は西の山に傾き、夕食前の各寮は、白樺の木々に囲まれて静かだった。その時、叡智寮の一角の窓から白い煙が建物の壁面をはうように漏れているのが見られた。煙の勢いは見る間に強くなり、赤い炎が黒煙の中に立ち上がり生き物のように激しく動いた。

「火事だー」

「叡智寮が火事だー」

あちこちの建物から人々が走り出してきた。怒声と悲鳴。静かな白樺林は一変して緊迫した喧騒の場と化した。人々の立ち騒ぐ音にまじって微かにサイレンの音が聞こえてきた。サイレンの音は、入山の麓の深い谷から、また、周りの山々の尾根を越えて、木々を伝い響きあいながら近づいてくる。

 六合村、草津町など近隣の町や村の消防車が駆けつけ、火はようやくしずまった。叡智寮は建物の外形をかろうじて残して中は全て焼失した。他の建物に火が移らなかったこと、怪我人が出なかったことが不幸中の幸であった。

 灰の中から子どもたちの持ち物の残骸がいろいろ出てきた。中には厳しく規制されて持ち込んではならないものもあった。可燃性の器にタバコの吸いがらを突っ込んだものや酒のビンなどもあり、教師を驚かせた。様々な生活用具が炎と水に打ちのめされて半ば炭となり半ば灰となって散乱する様は、これまで寮監の目にも届かなかった子どもたちの生活の実態を雄弁に語るものであった。

 出火の原因は何かということが当然のこととして問題になった。確たる証拠はないものの大方の見方は、タバコの不始末ということになった。子どもたちの“タバコ”もかねてからいろいろ噂され、あるいは指摘されながらも放置されてきた悪しき伝統の一つである。いじめ問題に続いてタバコ問題が、各学年の父母会、父母と先生方との懇談会で討議された。調査したところ、タバコを吸う生徒は例外的存在というのではなく、かなり一般化していること、中には親が黙認している例などもあることが分かってきた。

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2009年9月 5日 (土)

遙かなる白根(第116回)100キロメートル強歩序曲

そういう学校を実現するために、力を合わせて頑張ろうと、この父母たちは全学に叫びかけたのである。

これは、鉄拳のしごきを受けなくても、世の風に耐えて折れない強さを身につけることが十分に出来るのだということを言わんとしている。また、父母たちの発言は、鉄拳の制裁などを、少しはあってもよいではないかと心の片隅で懐かしく思う私のような人種の存在を計算に入れて、それをピシャリと否定しようとしているのである。

このように、緊急提案とそれを受けた父母たちの動きが広がって学校を少しでもよくしようとする様々な試みと努力が重ねられていった。例えば、それぞれの学年の父母研修会、全校父母と学校側の懇談会などが行われ、そこでは、悪しき伝統と呼ばれる他の問題(タバコ、寮内の衛生問題など)も真剣に議論され、対策が論じられた。しかし、それがどのような効果を生むかは、別の難しい問題なのだ。学校創立以来培われ、築かれてきた寮生活の伝統はちょっとやそっとのことでは変えられない地中深く根をはった大木のようなものであろう。この大木も世の風雪にさらされて時には病気にかかり、また時には傷つくこともある。樹木医は適切な手当てを施さなければならない。大木の幹に耳をあてれば、いろいろな内部の音が聞こえてくる。それは、寮の中で生きる子どもたちの生の叫びである。喜びの声もあれば悲鳴に似た声もある。このような父母たちと学校側の努力が続くなかで、寮生活における悪しき伝統を改めることの難しさを示す出来事が、また発生した。

叡智寮火災 -原因はタバコの不始末か

平成6年5月末のこと、白根開善学校は、恒例の韓国への修学旅行を目前にしていた。旅行に出かける5年生(高2)の生徒はほとんどがそれぞれの家に帰り、成田空港へ集合するための準備にかかっていた。

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2009年9月 4日 (金)

「薬をやめますか、人間をやめますか」

◇「薬をやって全てを失った。興味で始めたがとり返しのつかないことになった」芳賀中で薬物の体験者が薬物の恐怖を語ったのは、今年7月17日のことである。体育館に集った全徒たちは身を乗り出すようにして聞いていた。その後8月になって酒井法子が逮捕された。マスコミは連日繰り返し報道している。

芳賀中の生徒たちは、酒井が夢のような世界から地獄に転落した事実を目のあたりに見て体験者が「全てを失った」と語ったことが現実で身近かであることを知ったに違いない。

昨日、大麻は害がない、認めている国もある、ちょっと位ならいい気持ちを体験してみたいと語る若者に接して驚いた。このような人が世界には多いに違いない。

先日、インターネットで薬物を売っていた男が逮捕された。この男は、需要が多くて24時間眠る間もなかったと語った。これは、薬物の蔓延が想像以上に深刻であることを示す事実である。規範意識の欠如や快楽を求める刹那(せつな)主義が広がる病める現代社会そのものがクスリの温床になっていると思える。

◇警察庁によれば、今年上半期、大麻事犯で逮捕、書類送検された人数は過去最多だった。検挙者の年齢別では、少年と20歳代の若年層が63.2%にのぼる。警察庁は、「興味本位で手を出す若者が増えている」、「大麻は抵抗感が薄いこと、常習性がないという誤った知識が背景にある」とみている。

 また覚せい剤の摘発も、今年上半期に増えており、警察庁は「芸能人の覚せい剤事件が示すように根強い需要が背景にある」とみる。

 平成21年7月末の本県の薬物事犯検挙状況は、覚せい剤が138人、大麻17人となっている。薬物依存症になると脳に障害が残り完治は不可能だという。また薬物常習者の死体を焼いた場合、骨は箸でつまもうとするとぐずぐずと崩れ挟めないという。薬物の恐怖は、「薬物をやめますか、それとも人間をやめますか」といって人々に迫っている。

◇新型インフルエンザがますます深刻な状態になってきた。厚労省の担当者は、感染が全国的に広がる傾向が確認された、患者は今後も増えることが予想され医療機関が対応できるかどうか心配と話している。

 これまで感染者の数は沖縄が最多だったが、最近では、東京・北海道・大阪・沖縄の順になった。今後、猛烈な勢いで感染は拡大するだろう。

 現在国内の死者は10人となった。糖尿病などの持病を持つ人は「新型」に罹ると重症化するといわれる。このような持病を持つ人の数は限りなく多い。新型インフルの波はひたひたと、そのような人々の足下に近づきつつある。だから、現在の「新型」でも死者は増えるだろう。ウイルスが変異して強毒性になれば大変なことになる。新政権はどのように対応するのか。(読者に感謝)

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2009年9月 3日 (木)

「選挙を振り返って、今だから話せること」

◇選挙を振り返って今だから話せることがある。公明党との選挙協力のことだ。尾身が危ない、打開の道は公明の票をもらう以外にない、何とかしたほうがいいと、私は、県議OBの柳沢、松沢両先輩からもアドバイスを頂いた。尾身陣営と公明党との間にはすっきりと協力体制を組めない事情があった。娘の朝子さんが参議院の全国区に出て公明党と闘ったことのしこりもあるが、重要な点は1区はコスタリカ方式であるため、今回、尾身陣営は「比例は自民党に」と訴えねばならなかった事である。

 切羽詰った状態で私は永田幹事長と共に公明党の幹部にあった(8月24日の午前)。彼らは、全面的に尾身を応援するかわりに、そちらも見える形の協力をして欲しいと言った。何とかやってみますと答えてその場を離れた私たちは、車中で公明党支持を訴える小集会を密かに実行することに決め、車中から会場を申し込み、8月26日午後6時に使用する予約をした。公明党に連絡をすると、しばらくして、加藤修一参議院議員が出席するといってきた。小集会というわけにはいかないと思った私は、会場を大広間に変更し、25日はほぼ一日をかけて込み入った事情を理解してもらえる同志を募った。満席になるか祈る思いであったが、イスを追加し、外からもイスを持ち込む程盛会となった。

 私は苦しい状況を説明し、比例区は公明党を頼むと訴えた。加藤氏は満足した様子で公明党は全面的に尾身さんを応援しますから、比例の方は公明党を頼みますと語りかけた。

◇その後、公明党の支援の輪が広がっていることを実感することが出来たが、実を結ぶことなく終わったことは誠に残念であった。この秘密工作は、いろいろと配慮して実行したので佐田陣営との信頼関係を傷つけることはなかったと信じる。比例1位の佐田さんは、30日、早々と当選を果たした。

◇2日昼近く携帯が鳴った。尾身さんの声である。「今日まで東京の事務所の整理に追われています。本当にお世話になりました。ありがとうございました。そのうち改めてゆっくり話しましょう」。「身体の方は大丈夫ですか」「もう立ち直りました大丈夫です」。こんな会話が交わされた。その声はつい先日、私の最後の政治生命は皆さんの手のうちにありますと訴えていた同じ人のものとは思えなかった。さわやかで温かみのある声は私の心にしみ込んだ。

私は尾身さんを誤解していたかも知れない。傍若無人と思われる表面の奥に信仰心に似た豊かなものを持っているのだろう。それを分身として体現していた人が和江夫人であった。このことをもうすこし早く理解していればと今にして思う。

今回の選挙の荒れ狂う波は、多くの有為な人材を呑み込んで押し流した。マスコミが批判するのは多くの枝葉の部分に過ぎない。自民党はじっと耐えて再生の力を養わねばならない。(読者に感謝)

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2009年9月 2日 (水)

「八ッ場ダム中止には法の手続きが必要。議会の議決も」

「八ッ場ダム中止には法の手続きが必要。議会の議決も」

◇政権交代の影響が早くも現れた。国交省が八ッ場ダム入札の凍結を打ち出したのだ。地元には動揺が広がり大澤知事はダムを推進するしかないと述べた。先日(8月30日)の政調会で県土整備部の担当官は、八ッ場ダム中止に関して、法治主義なのだから法に従って対応すると発言した。実は、八ッ場ダムの中止については、法の定めが存在する。八ッ場ダムに利害をもつ私たちは、今こそ、この法律を見詰める時である。

 八ッ場ダムの建設現場に行けば息を呑むような壮大な工事が進んでいることに驚く。これは、この工事がいかに多くの人々の利害に関わっているかを物語るものだ。人々の権利と義務に関わることは法の定めに従わねばならない。これは、法治国家の基本原則である。このことは、八ッ場ダムの建設と共に中止についてもあてはまることである。

 その法律とは、「特定多目的ダム法」である。八ッ場ダムは、この特定多目的ダムに当たる。この法律には、ダムの建設と廃止に関して次のような定めがある。

「国土交通大臣は多目的ダムを新築するときは基本計画を作らなければならない(4条一項)

国土交通大臣はこのダムを廃止するときは、基本計画を廃止しなければならず、その場合、知事、ダム使用権の設定予定者の意見を聞かなければならない。そして、知事が意見を述べる時は、県議会の議決を経なければならない(四条四項)」

八ッ場ダムの廃止について県議会は、手をこまねくだけで何も出来ないのかという声が聞かれるが、このように県議会の役割についての明確な定めが存在する。間もなく始まる九月議会で、私は、この事につき発言しようと思う。

◇8月24日から30日までに、県下で確認された新型インフルエンザ患者(疑い患者を含む)は、95名に達した。発生場所は、4つの中学校、3つの高校、そして、保育園と大学が各1つである。患者発生の数字は夏休みが終って本格的な「新型」発生が始まったことを示すものか。

 「新型」に対するワクチンが不足しそうだ。これは、普通のインフルエンザに対するタミフルやリレンザと違うのである。「新型」に対するワクチンは、新型ウィルス株と有精鶏卵から作る。有精卵も普通の養鶏場ではなく特別に管理された養鶏場の卵を使う。だから、ワクチン製造にも限界が生じる。

 このワクチンの製造を始めているが生産量は予定通り進まないという。今年12月までに1300万人から1700万人分作る予定だったが来年3月まで製造を続けても1800万人どまりという。接種の優先順位につき、厚労省は、医療従事者を最優先し、次に持病がある人や妊婦、乳幼児とその両親などとすることを明らかにした。不足分は輸入で補う。タミフル、リレンザは不足しないだろうという。(読者に感謝)

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2009年9月 1日 (火)

「歴史的な選挙を振り返る。新型インフルと修学旅行」

◇「暴風」の衝撃は予想をはるかに超えた。保守王国群馬では閣僚経験の大物3人が枕を並べて討死にした。元首相3人のうち森、福田両氏は辛うじて当選したが海部さんは無念の涙を呑んだ。自民党に対する逆風は当然ながら同盟関係にあった公明党をも痛撃し、太田代表初め小選挙区に出た8人が全員落選した。

 小泉政権誕生の時、自民党は勝ち過ぎたから次が大変だといわれその通りになった。その大変さが予想以上になった原因は自民党の中に積年の弊が限界近くにまで達していたからである。

 そこに、政権交代を揚げて鳩山さんが登場した。鳩山さんと麻生さんを比べると、麻生さんの見劣りは明らかだった。小沢さんが相手であったならかなり違った結果になっていたことだろう。

◇私のある支援者が言った。「今回の選挙はへたなドラマや映画より面白い、深夜まで見た」と。多くの女性候補が出たことも注目点であった。民主党では擁立した46人の女性候補のうち40人が当選した。民主党は大物に対して刺客として美人を差し向けた。美人には当然ながら注目が集る。マスコミがそれを大きくバックアップする。石川2区では名古屋市長の美人秘書だった田中美絵子が森元首相をあとわずかまで追いつめた。東京12区の太田公明党代表は元タレントで参院議員だった青木愛に約1万票の差をつけられ敗れた。また、愛知7区で自民党の鈴木淳司を7万3千票の大差で破った才色兼備の山尾志桜里(34)は東大卒の元検事で、子ども時代にはミュージカルの主役を演じたこともある美貌の人である。さらに長崎2区では久間元防衛相が薬害訴訟の原告福田衣里子にあっさりと敗れた。我が福田元首相もフジテレビ社員の三宅雪子に最後までひやひやの思いをさせられた。

 今回の選挙は、このような美人刺客を向けられた事から、子ども手当ての支給に至るまで、民主党の術策にはまった感がある。民主党がこのような手を打ったことも、時の利を味方にしたからに違いない。自民党は、よほど危機意識をもって頑張らないと次の機会に時の利を呼び寄せることが出来ないと思う。

◇今回の選挙で奇妙な動きをしたのは幸福実現党だ。全国300の選挙区に候補を立てたのはこの党だけだ。前橋でも派手な事務所を設け、本格的な運動をしていたようだから、全国の選挙区でそうだったのだろう。高学歴の候補者を並べ膨大な金を使った。オウム真理教の時より少しは良いのかと思ったが結果は惨めな全敗だった。選挙はそんなに甘くない。

◇9月議会に備えた政調会で新型インフルエンザが話題になった。本格的な流行期、学校再開、修学旅行が重なる。教育長は、私の質問に修学旅行の中止はないと答えていた。生徒の健康調査を十分に行い、業者や旅行先との連携などを密にするという。「新型」は9月議会でも大きなテーマになる。(読者に感謝)

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