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2009年9月23日 (水)

遙かなる白根 第124回子どもたちの叫び

 翌、昭和54年頃から脱走は散発化し、流行といったことはなくなったが、「脱走ずれ」の傾向が現われ、脱走は日常化してきたという。悦理君流にいえば脱走という病は勢いが小さくなって珍しい病気ではなくなってきたということだろう。そして、この頃から大規模な治療も行われなくなったという。このような変化は、学校の体制が落ち着いてきたことと無関係ではないであろう。

 本吉悦理君によれば、病気の原因は極めて多岐にわたり、断定的な結論を出すことは難しいのだが、彼の知り得る限りの情報から、次の五つに分類できるという。

 〇訴え・反抗型

 〇ホームシック型

 〇都会恋し型

 〇挫折妄想・逃避型

 〇支離滅裂・衝動型

 悦理君の分析によれば、第一の「訴え・反抗型」とそれ以下の4つの型は、異なった特色として大別される。極大ざっぱに言えば、第一は集団型、それ以下は個人型ともいえる脱走の形態で、悦理君流の表現に従えば発病の形態なのだ。“発生の歴史”のところで、昭和53年頃に集団発病が多発し、54年頃から単独の発病に変化していったと分析しているのと対応する。

 悦理君の考察によれば、「訴え・反抗型」には学校側の姿勢や方針などに対して、反対の意志を示す目的が含まれているらしい。学校創設期の混乱につては、前に詳しく触れた通りであるが、一番困ったのは生徒たちであった。学校としての設備も整わず、授業もきちんとは行われない。寮の衛生状態も極端に悪い。こういった学校の環境に対して、生徒が一様に不満を持つのは当然のこと。そこで学校に対する訴えの手段として、集団脱走に出るということになる。

◆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

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