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2009年9月20日 (日)

遙かなる白根 第121回100キロメートル強歩序曲

白樺46号の「特集 卒業生は今」の中で悦理君はアンケートに次のように答えている。

Q「あなたが開善学校にいた時の事で、一番印象に残ったのは何ですか」

A「混乱の時代であったけれども、自由な生活があって楽しいものでした。つくる楽しみがある時代だったようです。」

Q「今振り返ってみて、開善学校にいたことをどのように感じていますか」

A「質素な寮生活に5年間すっかり慣れ親しんだので、米国での大学生活がむしろ快適なものです」

Q「在校生に一言」

A「留学は有意義だと考えます。しかし、英語の勉強は、想像以上に厳しいことを覚悟しておかれた方がよいと思います」

 多くの卒業生が語るように、開善学校の生活は、後ろから振り返る時、楽しい思い出になっているようだ。試練の伴うことは、その渦中にいる時は苦しさのみが目立つ。後になってその意義が理解できた時に懐かしさもひとしおなものになる。それは、私たちも経験することであ

にる。また、脱走にかり駆り立てたほどの厳しい環境の中に、実は本当の自由があったということも、同じように社会の実現の中で理解されることであろう。悦理君の「自由な生活があって」という表現は、そのことを語っている。「質素な寮生活に慣れ親しんだので、米国での大学生活がむしろ快適」と言っているが、その意味は、言葉の問題、習慣の違いなどもあって外国留学は大変厳しいものであるが、それさえも、白根の寮生活の体験があるので、むしろ快適に感じられるというのである。米国留学で苦しい時、支えになったものは、白根開善学校時代の生活であろう。

 本吉悦理君は、開善学校在学中、開善学校文芸大会に、ある作品を発表した。大変、興味ある中味なのだ。

◆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

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