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2009年9月19日 (土)

遙かなる白根 第120回100キロメートル強歩序曲

第5章 子どもたちの叫び

白樺の林を抜けると、急斜面の道は雪をのせた木々の枝に上空を覆われてトンネルとなっている。トンネルは白一色の中に溶けこむように落ち込んでいる。どこか別の世界に呑みこまれるような恐怖がよぎる。しかし、もう戻ることは出来ない。スキーは加速度をあげ、曲がりくねった入山の坂道を一気に駆け下りる。小倉、尻焼、花敷と。この先には自由な都会がある。スキーは、自由な世界に向かってまっしぐらに走る。

私は、この話を聞いた時、思わず映画「大脱走」の場面を思い出していた。ジョン・スタージェス監督のアメリカ映画だ。第二次大戦中のドイツの捕虜収容所。脱走不可能といわれる収容所から、連合軍兵士はさまざまな手段を使って脱走を企てる。その中でスティーブマックィーン扮する兵士は、オートバイを使って脱走。絵のように美しい山々の麓に広がる草原をスティーブマックィーンは追跡隊を尻目に風を切って疾走する。その姿は、収容所という狭い檻から逃げ出して飛び回る鳥のようだ。白砂川の渓谷に沿った斜面の道を滑る少年の心にも、あのマックィーンに似たものがあったであろう。映画の中のマックィーンは、やがて捕まって収容所に連れ戻された。スキーで脱走した少年もまた、山の学校に連れ戻される宿命であった。

白根開善学校が置かれた環境の特殊性から、“脱走”はやむを得ないことなのかもしれない。特に、学園創立期の混乱した時代には、“脱走”は日常化し、白根開善学校の“不治の病”とまで言われた。

本吉校長の長男、本吉悦理君も脱走体験者の1人である。悦理君は、開善学校の第2回卒業生。彼は白根開善学校から学習院大学法学部に進み、その後更に、アメリカの大学(ペンシルベニア州アルゲニーカレッジ、同州ピッツバーグ大学大学院、それぞれを卒業)に進んだ。

◆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

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