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2009年8月 5日 (水)

「原爆の日が近づく。原爆予告を聞いた」

◇64年前の8月1日、広島逓信局のある無線係はアメリカ軍が流す空襲予告を聞いてはっとした。いつもと違って妙なことを言っているのだ。「8月5日に特殊爆弾で広島を攻撃するから非戦闘員は広島から逃げていなさい」と。いつも空襲予告は正確だったから今度もデタラメとは思えない。上司に話すと叱られデマをもらすからと外出を禁止された。5日は何もなく過ぎた。6日の朝は良い天気だった。上司はデマにまどわされるとは何事かと叱った。無線係が目を上げると、飛行雲が流れ、その先の飛行機から何か白いものが離れた。これだとひらめいて、ふせるんだと無線係は叫んだ。気絶から覚めて窓の外を見ると五層の城の天守閣が消え失せていた。

 これは、「語りつぐ戦争体験」の中にある実際の話である。日本では「デマ放送」と呼んでいたこの放送はサイパン島から発信され、「こちらはアメリカの声です」で始まりニュースや空襲予告を伝えていた。日本は妨害電波を出して国民に聞かせないようにしていた。「原爆予告」を活かしたら、多くの広島市民をあの惨状から救えたのに、と思う。

 人類史上初の原爆投下は、1945年8月6日午前8時15分広島市に対してなされた。続いて9日には長崎市に原爆が投下された。これらの原爆投下は日本に終戦を決意させることになった。

◇アメリカが原爆実験に成功したのは広島投下の前の月7月16日であった。実験の成功はポツダム会談に臨んでいたトルーマン大統領に直ちに伝えられた。会議でのトルーマンの態度が別人のように変化したといわれる。日本に無条件降伏を求めたポツダム宣言が出されたのは7月26日であった。日本は、受諾か否か意見が対立し争っている間に、日本の意思決定を促すように8月6日、9日と、2発の原爆が投下され、追い詰められた日本は、天皇の裁断により、8月14日ポツダム宣言受諾を決定、翌15日天皇のラジオ放送(玉音放送)がなされ、戦闘は停止された。9月2日、軍艦ミズーリー号上で降伏文書に署名したことにより、正式な終戦となった。8月15日が今年も近づいた。

 日本は、人類で最初に原爆攻撃を受けた国である。核兵器が広がっていることに特別の関心を持つのは当然だ。アジアでは中国が核をもち、北朝鮮が持とうとしている。

◇中国では最近、ウイグル族をめぐるトラブルが続いている。ウイグル族死者は中国の発表と違って10万人を超えるという説もある。

 実は、ウイグル族が住む地域は中国の原爆実験が繰り返し行われ甚大な被害が生じたところである。中国政府は一切公表しないが、46回の核実験が行われ少なくとも19万人以上が死亡したという報告がある。シルクロードにも深刻な放射能汚染をもたらしている筈なのに、NHKはシルクロードを大きく取り上げながらこの問題に触れていない。イギリスの「チャンネル4」が徹底取材して放映し世界の反響を呼んだ。8月は世界の核を考える機会にしたい。(読者に感謝)

★土・日・祝日は、中村紀雄著「遙かなる白根」を連載しています。

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