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2009年8月 7日 (金)

「原爆の朝の平和宣言、一方で核武装論も」

◇目もくらむオレンジ色の閃光と共に生じた火球の表面温度は約30万度だという。その後の爆風はあらゆるものをなぎ倒した。半径500m以内の人はほぼ全員が即死、1.2キロ以内も50%が即死かそれに近い状態で死亡、なんとか死を免れた人も直後の大火災の炎に次々と飲み込まれた。即死を免れて歩く負傷者は皆幽霊のように手を前に突き出していた。熱風を受けた皮膚が爆風のためむけあがり手首のところに垂れ下がっていた。 これは、当時の記録から拾ったものだが、このような地獄の現実を踏まえないと核の脅威とか核の廃絶といっても地に足がつかないのではないか。その意味で被爆の地で行われる広島市長の発言は世界で最も重みのあるものだ。今年も、広島市長の平和宣言が行われた。 ◇アメリカが当時の金で20億ドル(1ドルが4円25銭)の資金をつぎ込んで遂に原爆を完成させたのは1945年(昭和20年)7月16日。ニューメキシコにおける実験は成功だった。原爆はサンフランシスコから船で運ばれ7月26日テニアン島に陸上げされる。原爆搭載機エノラゲイは、8月6日、日本時間午前1時45分テニアン基地を離陸、7時50分四国の上空を通過、8時15分原爆投下。64年前の8月6日の出来事であった。 ◇記念式典では、8時15分平和の鐘が鳴らされ、参列者は1分間の黙とうを捧げた。市長の言葉は、64年前の阿鼻叫喚を想像しながら聞くと胸に迫る。「人類絶滅兵器・原子爆弾が広島市民の上に投下されてから64年、どんな言葉を使っても言い尽くせない被爆者の苦しみは今でも続いています」、「日本国政府は、こんな思いを他の誰にもさせてはならぬという被爆者たちの悲願を実現するため、2020年までの核兵器廃絶運動の旗手として世界をリードすべきです」、「今年4月には、米国のオバマ大統領がプラハで、核兵器を使った唯一の国として、核兵器のない世界実現のために努力する道義的責任があることを明言しました」、「それに応えて私たちには、オバマ大統領を支持し核兵器廃絶のために活動する責任があります」、そして、最後に英語で世界に呼びかけた。訳すと次のようになる。「私たちには力があります。私たちには責任があります。そして、私たちはオバマジョリティーです。力を合わせれば核兵器は廃絶できます。絶対に出来ます」。オバマジョリティーとは、オバマ大統領とマジョリティー(多数派)を合わせた言葉。オバマ大統領と共に「廃絶」は多数派だという意味。この言葉は、これからはやるかも知れない。 ◇6日の夜、原爆ドームの近くホテルで、核武装論を唱える元航空幕僚長・田母神氏の講演があった。850枚のチケットは完売され、200人以上が申し込みを断られた。北朝鮮の脅威に対して核による抑止を考える人が増えているのだ。核武装も一つの選択として考えられると、講演の関係者は言っている。(読者に感謝) ★土・日・祝日は、中村紀雄著「遙かなる白根」を連載しています。

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