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2009年8月 4日 (火)

「裁判員裁判が始まった。その実態と意義は、」

◇裁判員裁判が始まった。ブログで何度もとりあげてきたが遂にその時が来た。多くの国民が不安を抱く新しい制度は無事にスタートし定着していくのか。多くの人が自分が裁判員に選ばれたときのことを想定してこの裁判に注目するに違いない。

 裁判員制度の目的と意義は何か。端的にいえば、裁判に市民の感覚と視線を入れて正しい裁判を実現することである。司法の分野だけは、主権者である国民から離れた所におかれ、それが当然と思われてきた。その結果、捜査から判決に至る過程は法律に従っているとはいえ形式化し、慣例に流れ、改革から取り残されてきた。冤罪もこのような閉ざされた世界の硬直した手続きから生まれたと言えるのではないか。

 今回の裁判員裁判のスタートに当たり気付いた事がある。先ず、6人の裁判員は、2万7千人の候補者名簿から選任されたという事実である。候補者となった人たちは自分が裁判員になった場合を想定して裁判と刑事事件について真剣に考えてきた筈である。現実にスタートした現在、候補者たちは6人の裁判員を自分たちの代表のように見ているに違いない。更にいえば、全国29万5千人の候補者が同じ気持ちでこの裁判を見詰めているのである。そして、裁判員候補者も一般市民から無作為に選ばれたのだから、裁判員の背後には全国民が我が事のように裁判員を見詰め、裁判の行方に注目しているのである。58枚の傍聴券を求めて2382人が列を作ったことは、この事を端的に物語るといえる。

 これが裁判に対する市民参加の実態であると思う。民主憲法の下における民主的な裁判といいながら裁判はプロの手に任されてきた。今、時代の歯車は歴史的に転換し司法の舞台が日の当たる所に出された。日の光こそ一般市民の目線である。新たな事態に、裁判官、検察官、弁護人は、それぞれ、いい加減なことは出来ないという謙虚な気持になっているのではなかろうか。17年ぶりに無期懲役から釈放された菅谷さんの冤罪も裁判員が参加していれば違った結果になったのではと思えてしまう。

 報道によれば、元検察官が、「検察の主張を疑うことも忘れないで欲しい」と話し、またある弁護士は、「市民の目が入ることで、私たちもみっともない弁護は出来ないという意識になっている」と発言している。また、73人の候補者の中で40人が裁判員選任手続きに参加した点も注目される。

◇山口組系暴力団の幹部が振り込め詐欺グループのリーダーだったことが報じられた。逮捕された27歳の男は、詐取金を組の資金源とし、また上部組織に多額の金を上納していたらしい。振り込め詐欺と暴力団の結びつきは構造的な問題のような気がする。とすれば振り込め詐欺対策は暴力団対策でもある。(読者に感謝)

★土・日・祝日は、中村紀雄著「遙かなる白根」を連載しています。

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