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2009年8月31日 (月)

「尾身幸次敗る、その敗戦の弁」

◇午後8時16分、宮崎候補の当確が出た。既に尾身不利の確かな情報を得ていた私はやはりという気持ちで受け止めた。尾身さんは、どのような顔で事務所に現われるのかと私は緊張してその時を待った。
 その間、私は、昨夜の打ち上げ式のことを思い出していた。尾身さんの行動力の凄さは超人的だった。76歳の細い身体のどこにそのエネルギーが潜むのか不思議だった。倒れなければよいがという私たちの心配をよそにマラソンコースを最後まで全力疾走したのだ。
 打上げのセレモニーで尾身さんは語った。最後の政治生命をかけて戦っています。メチャクチャなことをお願いしてきました。私も命がけで戦いました。今、生きてここにいられることを天に感謝します、と。この瞬間、選挙事務所を埋め尽くした人々は勝利を信じたと思う。これ迄の選挙の常識からすれば、このような状態で打ち上げを行う場合必ず良い結果が約束される筈であった。
 8時26分、尾身夫妻が現われた。夫妻は選対幹部1人1人にお世話になりましたと語りかけ握手した。尾身さんは、心配していたようながっくりと気落ちした様子はなく冷静だった。
 尾身さんは用意された壇上に登りマイクを握る。報道陣のカメラは一時間も前からこの場面のために待ち受けていた。会場の人はそれ程多くなく空席もあった。山本、中曽根両国会議員の姿も見られた。
 「人事を尽くして天命を待つというところまで頑張りました。本当に皆様のお陰です。政治の流れもありましたが、私の不徳の致すところです。深くお詫び申し上げます。20数年の政治家の生活は大変有意義でありました。政治家としての尾身幸次は、これで終わりでありますが、日本のため、世界のため、これからもやることがあるので頑張っていきたいと思います。皆さん本当にありがとうございました」
 大きなドラマの終宴の一コマであった。まわりへの配慮に欠けるといわれることもある強引さで強烈な個性と信念を貫いた。科学技術基本法の実現、群大への重粒子線施設の誘致、沖縄の科学技術大学院大学の実現などは尾身さんがいなければ不可能であった。継続は力、そして貫けば世間は認め人はついてくる。この事を私は教えられた。
 時代の大波は、このような多くの人材を押し流してしまった。政治家としての経験が浅い多くの若者が当選した。官僚に支配されない政治といっているが、彼らに官僚を動かすことができるのか。今回の選挙結果について懸念される点である。こういう事態も踏まえた上で回転していくのが時代の歯車なのだろう。
 地方の時代が大きく進む。県議会も変わらなければならない。私たちは、今回の選挙結果を謙虚に受け止め新しいスタートの糧にしなければならない。正午から県議団総会がある。(読者に感謝)

★土・日・祝日は、中村紀雄著「遙かなる白根」を連載しています。

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2009年8月30日 (日)

遙かなる白根(115)100キロメートル強歩序曲

「開善学校には、理由は千差万別ですが心に傷を持ち苦しんだ経験をもつ子どもが多く入学しています。その子どもたちに“だから強くなれ”では一般の学校と何も変わらないと思います。悲しい思い、苦しんだ経験をもつ子どもたちが何故開善学校に来てまで、更に心に傷を負わなければならないのですか」

開善学校には、心に傷を持ち苦しんだ経験をもつ子が多く入学している、というのは事実である。白根開善学校のもつ素晴しい自然環境とすぐれた教育理念、これは一際光る点であり、子どもを持つ親にとって大きな魅力である。しかし、この魅力だけにひかれてこの学校を選ぶ人は少ないのではなかろうか。なぜなら、教育に関する問題は、理想と現実、建前と本音が大きく離れていることが多い。そして、人々はその両方をにらみ、どちらに重点を置くか悩みながら判断せざるを得ないからである。教育の理想や理念をよく理解し、それを強く望みながらも、現実の中にどっぷりとつかっているという事実を否定することは出来ない。学歴社会という潮流はまだまだ衰えていない。その中で生きる世の父母が自分の子に、良い成績、良い学校への進学を望むことは無理のないことである。そして、一般の学校は激しい競争の場であって、そこでは敗者を作り、また傷ついた子どもを作り出している。

そういう現実に耐えられない子どもや父母たちの中で、白根開善学校に一つの理想を見つけ、またそこに逃げ場を見つけ、やむを得ず救いを求めてやってくる、そういう例が「白樺」の中に多く見られる、白根開善学校には、心に傷を持つ多くの子が入学しているというのは、こういう意味でうなづけることであるし、後に触れる子どもたちの生の叫びの中にそれはよく表れている。このことを一番良く知っているのは父母たちである。だから、何故、開善学校に来て更に心に傷を負わなければならないのかという叫びになるのである。そこで、この父母たちは、次のように強く願うのである。

「山の学校で充分に傷を癒した子どもたちは、それだけでしなやかな強さを持って生きてゆけるでしょうし、そういう学校であって欲しいと願います」

◆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

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2009年8月29日 (土)

遙かなる白根(114)100キロメートル強歩序曲

 深夜、開善学校を囲む山や谷も闇の中に姿を隠し、あたりは物音一つせず静かだった。父母会館の窓からもれる淡い明かりが周りの白樺の幹をうっすらと照らしている。熱い議論は午前零時を過ぎても続けられた。結局、上級生が下級生に対して、伝統的に暴力を振るうということは、どんな理由にせよ、許されない、ということで意見の一致を見るに至った。そこで、父母の代表が、自分たちの研修会の意見を、連名で白樺に発表することにしたのである。

次の文は、“父母研修を終えて”の冒頭の一節である。

「皆さん、白樺49号の本文最終ページに掲載された、校長先生、花村父母会前会長の“緊急提案―いじめについてー”を覚えていますか。私は今、高校2年生の父母研修を終えて、あらためてその文章を読んでいます」 

 緊急提案を受け止めて自分たちの考えを全学の人々に伝えたいという意志がここに現れている。父母たちはまず、父母研修の行われている時に、上級生の下級生に対する暴力行為が行われたことを取り上げて強い驚きを示し、事件の重大性を訴えようとする。

「ショックでした。今までうわさに聞いていたことが目の前で起ったのです。しかもこれだけ多勢が参加している父母研修の最中にです」

 この上級生の暴力行為こそ、父母たちがいう悪しき伝統の一例なのだ。旧制中学の寮や昔の男子高校の習慣の中にも、上級生が下級生に気合を入れると称して、殴るなどの行為に及ぶことはよくあった。実は、私の中学時代にもそういう事件は時々あった。そして、私も殴られた経験がある。しかし、時代は変わった。普通の父母たちにすれば、上級生が下級生を殴る、あるいは制裁を加えるということは理解しがたい大変なことなのだ。しかも、父母たちは白根の山奥の特殊な環境に置かれた我が子を、それでなくとも不憫に思っているのである。父母たちの文中、次の部分は白根開善学校の生徒の本質をついている。これは白根の父母に対して初めて語られることと思われる。

◆土・日・祝日は、中村紀雄著「遙かなる白根」を連載しています。

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2009年8月28日 (金)

「歴史的な選挙は大詰めを迎えた」

◇最後の大詰めを迎えた。一刻一刻と時間の密度が高まる。戦は最後の5分で決まると昔の名将が語ったといわれるが、その意味が分かる。差し迫った状況に圧倒されて為す術もなく過ごすのといくつもの企画からぎりぎりの選択をして死力を尽くすのでは天地の差がある。最後の選択を効果的に実行するには経験と組織を有する陣営が有利だ。我が陣営は最後の2日間、持てる力を全て投入する。日本海海戦でゼット旗を掲げ、「皇国の興廃この一戦にあり、各員一層奮励努力せよ」と呼びかけた状況が到来した。

◇自民党青年部と女性部の決起集会が行われた(27日)。ここでは栄養士会の代表が、食育の観点から日本の農業を守らなければならないとして、自由貿易協定を進める民主党に反対、拉致被害者を救う会の代表は、横田めぐみさんを救わなければならない、尾身先生は、救う会のリボンをつけているが、鳩山代表は付けていない、そこに、この問題に対する民主党の性格が現れていると訴えた。

 尾身候補は、日本人が連れ去られることは、主権が侵されることで国の独立が侵されることだ、民主党は北朝鮮に毅然とした態度をとれないでいる、このような政党では日本の国を守ることは出来ないと強く主張した。また、公明党の支援に対しては万感の思いで感謝すると述べた。

◇経翔会の決起集会は大変に盛り上がった。尾身さんを支援する企業の集りで尾身さんが頼りにする組織である。尾身さんは、この会の皆さんが必死で動いてくれれば必ず勝てる、1人20票を必ず掘り起こして欲しい、今回の選挙では、いままで私を支援した人で迷っている人、今度は他を書こうという人が出る可能性がある、そういう人には真心をもって説得して頂きたい、私は日本のためふるさとのために命がけで働く決意である、その基盤をこの選挙で是非とも皆さんの力で与えて下さいと悲痛な様子で訴えていた。

◇この日の経翔会の注目すべき出来事は、公明党の県議が登壇し、公明党は全力で尾身さんを応援している、皆さんも比例区は公明党をお願いしますと挨拶した事である。尾身さんが当落線上にあるとすれば、公明党の確かな票は重要な意味をもつ。

これに対して尾身さんは、自らの口で公明党を頼むといえないのである。コスタリカ方式に立って佐田さんと協力関係にあるからだ。佐田さんは北関東比例区で第一位にあるから当選はほぼ間違いないとはいえ公明をやるといえばこの協力関係にひびが入る。苦しい胸のうちを、尾身さんは、「泣かぬ蛍が身をこがす」という言葉があるが、私は、「泣けぬ蛍が身をこがす」です、ご理解下さいと訴えていた。

◇経翔会の後、新しい政治をつくる会の緊急役員会を行った。残された時間を最大限有効に使うことが話し合われた。運命の時は近づいた。(読者に感謝)

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2009年8月27日 (木)

「終盤の活路・ワクチンの優先順位」

◇残された時間は3日となった。全国の選挙区で最後の力を振り絞った戦いが繰り広げられているに違いない。眠れない候補者もいるだろう。30日には、多くのドラマが生まれるのは必死だ。終局に近づくほど時間の密度が増す。知恵を絞ってぎりぎりの仕掛けをする。500票から1000票が勝敗の別れとすれば、この位の票を上積みすることは不可能ではない。

 昨日(26日)、非常に重要な集会を行った。24日に企画して直ぐに会場を押さえ、100人を超す人々の集会を実行した。会は成功だった。この戦いに勝利が得られるとすれば、その一要素になる集会であったと信ずる。

◇民主、320議席獲得も、という大きな見出しが目に飛び込む。今朝(27日)の新聞である。自民は激減して100前後に落ち込む見通しとも。

記事は1区情勢につき、尾身氏が自民支持層の8割を固め、公明支持層を押さえ、無党派層からも一定の支持を得ていると分析している。これは尾身陣営の中枢にいる私からもいえることだ。今日はグリーンドームで重要な大会がある。この3日間で一気に活路を切り開く決意だ。それは必ず出来ると思う

◇新型インフルの流行が本格化しつつある。感染者が爆発的に増えれば、ワクチンが不足する。必然的に優先順位が問題となる。何を基準にするかをめぐり非常に難しい問題となる。県当局は、爆発的流行を目前にした今の段階で優先順位について検討しておく必要がある。

 県は平成20年に、新型インフルエンザに対する対応のマニュアルを策定した。その中で優先順位についての原則を示している。それによると、社会的パニックを最小にするため医療機関の機能維持と治安等の維持が必須としている。その上で、ワクチン治療投与の順位を次のように定める。1位・新型インフル入院患者(重症者)、2位・死亡リスクの高い患者集団(透析や免疫不全など重篤な基礎疾患のある者、妊婦等)、3位・子供(14歳以下)、老人介護施設入所者、5位・一般外来患者。

 これは、今回の「新型」発生前の想定である。今年4月以来、現実の新型インフルの波にさらされて私たちの社会は様々な体験をした。それを最大限活かした優先順位を早急に検討し市民のコンセンサスを得る必要がある。

 日本小児科学会は26日、ワクチン接種の優先順位につき見解を発表し政府に実施を求めた。それは、「新型」に罹ると重症化の恐れがある小児がん等の基礎疾患を持つ子等を優先させるというもの。

 舛添厚労相は、26日、ワクチン接種の優先対象に妊婦や小児、持病のある人に加え、医療従事者や学校関係者を挙げ10月までに優先順位を決める方針であることを明らかにした。

 群馬県は、医療や福祉関係につき実態調査をし、優先順位が決められた場合、それが活かせるように備えるべきだと思う。(読者に感謝)

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2009年8月26日 (水)

「選挙戦は終盤になだれ込む。新型インフルの深刻化」

◇激しい戦いが大詰めを迎えつつある。相手陣営にはマスコミという味方がついている。全国の選挙区で自民党は同様の苦戦を強いられている。忙しい一日だった(25日)。朝7時に選対会議、尾身、佐田両候補も出席した。私は、これからの5日間は限りなく重要な意味を持つ、勝利を信じ、力を合わせて頑張りぬこうと挨拶した。

 この日(25日)、群馬建設会館で二つの大きな集会があった。午後2時からの建設業者の大会では、民主党政権になると公共工事の予算がますます削られる、必要な社会資本は整備されねばならないという主張がなされた。例として民主党が主張する八ッ場ダムの中止が取り上げられた。

 もう一つの大会は、前橋市新しい政治をつくる会の総決起大会である。新しい政治をつくる会とは、群馬1区のコスタリカ方式の下で、尾身、佐田両後援会が力を合わせるために考え出された組織である。かつて中選挙区制の時、自民党同志が熾烈な戦いを展開した。コスタリカの下では、選挙区、比例区と交互に立候補するから戦う必要はなく協力し合う関係になったのである。だから民主党は、尾身佐田連合軍と戦うのである。

 この大会では、いくつかの分野の市民の代表が挨拶するという趣向がこらされた。農業の代表は貿易自由協定によって日本の農業が崩壊すると訴え、長野原から駆けつけた女性は八ッ場ダム中止が頭にあって人々の笑顔が消えたと語り、高校生の息子を持つ母親は、日の丸を大切にし、国や郷土を愛する心を育てる教育をしてほしいと主張して、それぞれ民主党の政策を批判した。そして尾身候補は火を吐くような舌鋒(ぜっぽう)で政治に対する信念を語り政策を展開した。そして、風に乗って流れる浮草のような浮動票をつなぎとめて欲しいとお願いした。30日にどのような結果が出るまであろうか。大会終了後、公明党幹部と会談した。運命の渦は激しくそして大きく回る。

◇毎週火曜日ごとに、本県の新型インフルの集団感染の状況が、感染症危機管理室から発表される。8月17日から23日迄の患者数は40名であった。このうち、学校関係は、高校と中学の部活動から発生したものが、それぞれ5名、7名ある。次回(24日~30日)の数字には夏休み終了後の状況が現れるかも知れない。

 夏休み中の部活動などで、新型インフルの感染が発生したと見られる学校数は全国で703校、そこでの感染者数は2300人と報じられている。沖縄など、人数を公表していない自治体もあるから感染者は実際はもっと多いであろう。群馬県は、11校、1300人である。

 沖縄と神奈川の両県では計4人の新型インフル重症者が生じた。そのうち神奈川県の40歳代の女性は基礎疾患がないのに肺炎が悪化したという。深刻な事態の前兆であろうか。(読者に感謝)

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2009年8月25日 (火)

「選挙は終盤に入る。新型は恐ろしい状態に入る」

◇選挙もついに終盤に入った。従来の感覚ではベストの結果が出るだけの努力は尽くしている。それなのに今回は目に見えない大きな恐怖を感じて不安である。朝礼で、勝敗は最後の詰めで決まる、勝利を信じて戦い抜こうと挨拶した。

 各地の個人演説や決起集会に出ていらだちを感じることがある。それは、集っているのは固い支持者ばかりと思う時である。こういう人たちは、今まで何度も集会に出て「ガンバロー」と叫んでいる人たちなのだ。集会に顔を出さない何十倍もの人々がカギを握っている。集った人たちが、そういう人々に声をかけてくれるかどうかに勝敗はかかっている。選挙のやり方を一変させる必要性を痛感する。

◇北海道や東北地方で休校や学校閉鎖が相次いでいる。新型インフルの流行が本格化した。その中で夏休みが終わって学校が再開すれば流行は爆発的に広がるだろうといわれているがその予測を実証する状況が北海道や東北で始まったのだ。

 流行が収束するといわれた夏になって「新型」の流行は本格化した。東京都立の学校約300校のうち新型インフルの集団感染が確認された学校は約50校に上った(24日)。特に部活や合宿で感染した例が多い。来月1日から多くの学校で新学期を迎えることから、さらに感染が広がる恐れがあるため、都教育委員会は、始業式で全校生徒が集まる前に、クラスごとに健康確認をすることを呼びかけている。事態はここまで来たのだ。

実は、新型インフルが感染爆発を起こす時は、夏に感染が広がるという例が過去にあった。それは、スペインかぜとアジアかぜである。スペインかぜは、1918年(大正7年)第一次世界大戦の最中に発生した。その時は、夏に感染が広がり、秋以降重症化する患者が増えた。群馬県でも1918年(大正7年)から3年間で4454人の死者が出た。

 群馬県史には次のような記述が見られる。大正8年10月から再び流行し出したので、県当局は予防のためワクチンを北里研究所に注文し、各地に配布して予防注射を勧めた。また、9年1月に日本赤十字社群馬支部は「流行予防注意書」を10万枚作り各戸に配布して予防を呼びかけた。しかし12年4月ごろまで患者の発生は続いた。

 過去の例に見られるように新型ウィルスとの闘いは長期戦になる事を覚悟しなければならない。ある専門家は、2~3年の間に国民の70~80%が感染するだろうと見ている。新型インフルエンザウィルスはこの世に初めて現われるものでほとんどの人は免疫力を持たないからだ。世界の死者は現在2千人を超えた。アメリカでは基礎疾患がない人もなくなっているといわれる。ウィルスがこれ程蔓延すれば毒生に変異が生ずるのは時間の問題だと思う。9月の新学期開始を機に蔓延は加速しウィルスの変化がその中で生ずるに違いない。(読者に感謝)

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2009年8月24日 (月)

「暴風の中の静かな選挙、中盤から終盤に」

◇あるマスコミの人が暴風が吹いていると表現した。この衆院選で吹き荒れる「暴風」のかなりの部分は、テレビや新聞などが作り出していると思う。選挙については、虚像と実像がつきものだ。初めは噂などでつくられる虚像が次第に実体に転化していく。アナウンス効果といわれるものと共通する面がある。いろいろな週刊誌も競輪、競馬の予想屋のように面白く書きたてている。多くの有権者は虚実が入り交じった風に動かされようとしている。民主主義を実現する過程はこれでよいのかと疑問を抱く。

◇私が顧問などを務める文化団体や個人的なつながりのある人々に声をかけて集会を開いた(22日)。市の総合福祉会館はほぼ満席となり、およそ500人の人が参加した。選挙で人を集めることが難しい時代である。まして、8月は暑い。人々はクーラーをつけ窓を閉め高校野球を見ている。選挙カーが近づいてもめったに窓を開けたり、外に飛び出して来ることはしない。そして、遠くの会場に出かけることはなかなか面倒なことである。

 この度の集会は、映像を使ってマニフェストのポイントを説明する画期的なものですと呼びかけた。従来の個人演説会のパターンに、人々は飽きている。女流書道協会、接骨師会の人がそれぞれ開会と主催者代表の挨拶をし、最後は動物愛護協会の女性がガンバローと叫んだ。

 私の持ち時間は20分、大きなスクリーンに大きな文字や映像が現われる。「公共事業の見直し」、「八ッ場ダムの中止」の文字に続いて、「付け替えの国道や橋、代替住宅地」などの映像が紹介される。そして、「インド洋の給油問題」、「ソマリアの海賊対策」、「自由貿易協定と食料自給付」、「道州制と日本の活性化」、「重粒子線と医療の拠点作り」などを取り上げ、私は、いつもの「ふるさと塾」の気分で熱が入った。

 尾身候補が現れて私は自分の話を終えた。尾身候補の姿には鬼気迫るものを感じる。長身そうくを曲げて一人一人に握手する様は強風に押されながら必死に耐える柳の木を思わせる。壇上で発する言葉には一語一語に魂があって聴く人の心に食い入るようであった。マスコミの中にはどのような調査をして記事を書いているのかと思わせるものがある。社会の公器としての使命観と謙虚さをもっているのか。負ける筈はない、頑張らねばならないと私は、決意を固めた。

◇八ッ場ダム水没地区の人に会った。民主党は住民の目線と言っているが逆ではないかと怒りを現していた。全国の人が現地を見にくれば、中止をすることが、どんなに現実無視で、住民の生活無視であるか一目瞭然に分かるとこの人は言った。

 私の頭には現地を視察した時の光景が焼きついている。民主党は中止後の生活再建を訴えるが全てはダムを前提にして進められてきた。「多くの人は高齢で、また振り出しに戻るのは堪えられない」この人は困り切った様子だった。(読者に感謝)

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2009年8月23日 (日)

遙かなる白根(113)100キロメートル強歩序曲

「それは、その通りです。しかし、もう待ったなしですよ。いじめられて恐くて学校がいやだ、やめたいと言って苦しんでいる子が現にいるのですから、この問題は、苦しんでいる子どもの立場から考えてやらなければならないことですよ」

私の子どもが苦しんでいるのですと、この発言者は言わんばかりである。寮で、自分の子どもがどういう状況にあるかによって、父母の考えが微妙に異なり、発言に違いが出るのは当然のことであろう。今まで黙っていた1人の父親がこの発言にうなづいて口を開いた。

「アンケートを見ても、寮の対人関係で悩んでいる子が非常に多いですね。ということは、子どもたちにまかせきりでは解決出来ないということではないですか。父母立学校というのだから、学園をよくするために私たちも積極的に発言した方がよいと思います」

 この発言によって会議に方向性が生まれたのか、慎重論はひっこみ積極的な発言が続いた。

「そうです。今、親も子も、悪しき伝統を断ち切ろうという運気が高まってきています。今まで苦しんできた子どもたちの苦労を無駄にしないために、そして、これから開善学校に入学してくる子どもたちのために、そして何より、今在学している全ての子どもたちのために、私たち、勇気を出しましょうよ。開善学校にタブーはないと信じます」

「子どもたちの中にも秩序はあるようです。しかし秩序をつくっているものの中には、悪しき伝統と呼ばざるを得ないものも多いと思います。子どもたちに自由を与えることは大切ですが、自由というものの意味をもっと考えさせ、教えていかなければいけません」

「そうです。理想と現実のギャップということや、思春期の中にいる子どもたちのSOSをもっと受けとめる場所や人が必要です」

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2009年8月22日 (土)

遙かなる白根(112)100キロメートル強歩序曲

この文は間もなく紹介するように、いじめに関する父母の悩みを訴えるものであるが、父母たちがこの行動に出るについてはいきさつがあった。

 父母研修の時、学園にある事件が起きたのである。この学園でよく行われる父母研修とは、父母が学校に集って授業を観たり、講演を聞いたり、あるいは学校や子どものことを先生たちと話し合ったりしながら父母が学校に協力する大切な機会なのである。時には近くの花敷や草津のホテルに泊まり込んで行われる。

 この父母たちの研修会は、6月17日から19日迄の二泊三日の日程で行われた。研修の参加者は26家族、33名で、研修は和気合い合いの中に行われていた。そんな合宿気分が一度に吹き飛ぶ出来事が発生したのは、18日、金曜日の夜であった。その晩は研修2日目で、花敷温泉において、校長や担任など数人の先生を交えて懇談会がもたれていた。その最中、ある5年生(高2)が上級生に呼び出され暴力を振るわれたという話が伝わった。実は、懇談会に向かう前ある父母は、「上級生に呼び出されている」と数人の生徒から聞かされていたが、まさかという思いであったらしい。いじめが問題となっている時だけに父母たちの驚きは大きかった。懇談会を終えて、父母たちは父母会館に移り、この問題について話し合いを行った。

「うちの子は、親が寮のことに口を出すとおかしなことになるから、口を出さないでくれと言っています。寮監の先生を信用しろ、子どもをもっと信じろと言うんですよ」

「いじめと簡単に言いますが、世間で問題にしているいじめと、この学校で起きていることとは少し違うのじゃないかな。その実態を知ることが先ず大切なことではないですか」

 慎重派らしい二人の父母がそれぞれ発言した。

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2009年8月21日 (金)

「新型の危機は経済の危機以上に深刻だ」

◇後の時代の人はいうだろう。歴史的な天下分け目の選挙戦は新型インフルエンザの流行と重さなった。選挙戦の終盤には夏休みが終わり再開した学校から新型インフルは爆発的に増え集会にも人が集まらず、「新型」の蔓延は選挙の結果に微妙な影響を与えた、と。 今月、25、26日に多くの学校は夏休みを終えその後児童生徒は一斉に登校する。この時期と新型インフルの本格的流行が重なることになった。夏休み中もクラブ活動から集団発生が生じたことを考えれば、全員集合の学校現場から「新型」感染が大きな渦となって広がることは十分に予測できることである。だとすれば、被害を最小限に抑えるための対策を講じなければならない。 ◇県教育委員会は、各県立学校長宛に、新型インフルエンザに対する対策として留意すべき事項を、8月18日付で通知した。そして県教育長は、各市町村教育委員会教育長にあて、同様の事項を送付した。時期を得た対応であると思う。後は、校長や地域社会がいかに受け止め真剣に対応するかにかかっている。 県教委の通知の中味は、これから行われる修学旅行等の学校行事に伴って予想される事態への対応策である。それは、学校行事の実施に当り、児童生徒、教職員の安全を第一に考え、事前、実施中、事後における対応につき確認すべき事を呼びかける。 例えば、事前準備の中には、基礎疾患がある児童生徒の健康相談を行い配慮事項につき主治医の意見を確認しておくとか、訪問先にある保健所と医療機関を確認しておくことなどがある。また、訪問先が新型インフルエンザ集団発生の状況にある時の対応とか、訪問先で参加者が新型インフルエンザに感染した時の対応なども細かく記されている。 ◇厚労省は新型ウィルスに毒性の変異は認められないと言っているが、やがてそれを認める時が来るに違いない。松くい虫が薬に対して強くなっていったようにウィルスもタミフルやリレンザに抵抗して生きのびるために必死で力をつけようとしているのではないか。正に人間とウィルスの戦争なのだ。 事態は深刻である。今月12日から18日までの一週間の間に新型インフルエンザに感染し入院した患者は全国で86人で、このうち、重症化のリスクが高い持病をもつ人は、死亡した3人を含む36人に上る。これとは別に、沖縄県、熊本県、川崎市で、計5人の子どもが新型インフルエンザにより重症になったと報じられている。うち4人は呼吸困難に陥り人工呼吸器を使っている。 高齢社会が進む、生活習慣病が増える、そして、全国の医療機関ではさまざまな病人があふれる、こういった領域に新型インフルはじわじわと迫っている。新型ウィルスの蔓延は人命にかかわるだけに、百年に一度といわれる経済の危機以上の重大な危機ではなかろうか。(読者に感謝) ★土・日・祝日は、中村紀雄著「遙かなる白根」を連載しています。

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2009年8月20日 (木)

「新型インフルは選挙にも影響を」

◇新型インフルが本格化し様々な社会生活に影響が出始めた。まず、衆院選、プロ野球、高校野球などにその例が見られる。神奈川県は、2人の新人、元首相の次男小泉進次郎氏(28)と民主党の横勝仁氏(27)が対決する注目区だが、横氏に39.3度の発熱があり、新型の疑いで16・17日活動を停止し、タミフルで平熱に戻ったという。選対幹部は「公示直前の活動休止は残念」と話している。両陣営は事務所や集会における予防対策に力を入れているといわれる。

 これは他人事ではないと思った。選挙事務所は常に多くの人が出入りする。又、これから連日のように各地で大小の集会が行われる。選挙の集会は、これから要注意の場所になる可能性がある。そして候補者が新型に罹ったら大変なことになる。我が選対としても対策を考えなければならない。

 日本ハムの選手3人が新型インフルと確認された(18日)。テレビではマスクを付けたダルビッシュの姿もみられた。横須賀市は、17日、ラグビーサークルの合宿に参加した60人が新型インフルに感染した疑いがあると発表した。また、早稲田大学応援部員40人が合宿先で集団感染していたことも報じられている。

 農大二高は立正大南に惜敗したが、南の部員5人は新型に感染して出場できなかったらしい。こういうハンディを乗り越えて獲得した勝利によって南高の団結力は高まったといわれる。新型インフルが相手チームを応援する結果となった。

◇舛添厚労相は、「本格的な流行が始まった」と述べた。間もなく夏休みが終わると学校は集団感染の温床となり爆発的に感染者が社会に広がると思われる。

 厚労相は、毒性の異変は認められないと言っているが、いつまでこの状態が続くかは分からない。感染者が限りなく増えれば、ウイルスが変異を起こす可能性は高くなるに違いない。タミフルが大量に使われる中で、それに耐性を持つウィルスが現われることも十分考えられることだ。

◇3人目の新型感染者が亡くなった(19日)。80歳の女性の死因は、入院中新型インフルによって持病を悪化させたものだが、相部屋だった6人も感染の疑いがもたれている。その他児童が重症に陥っている2~3の例も報道されている。

 オランダ・ユトレヒト大の西浦研究員は、冬を待たず日本で感染者が増大する可能性があること、及び、この新型ウィルスは季節性より毒性が高く妊婦や持病のある人が数多く重症化し相当数の死者がでること、を予測している。

 現在ワクチンを製造中だが目標に遠く及ばないという。ワクチンが不足すれば、投与の優先順位が問題となる。治療に当る医師、妊婦、持病をもった人などは納得いくが、その他の順位はきちんと論議しておかないと大変なことになる。(読者に感謝)

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2009年8月19日 (水)

「歴史的な戦いが始まった。新型の恐怖第二波か」

◇歴史的な戦いの火蓋が切られた。長いこと選挙に関わってきたが、初めて選挙らしい選挙を味わう。それは、政権選択の選挙であることから選挙戦が相手のマニフェストを攻撃し自分のマニフェストを主張するという正に政策を闘わせる場になったからである。告示の日(18日)もいくつかの集会でマニフェストが語られた。目の前でうなずきながら熱心に耳を傾けるお婆ちゃんの姿が民主主義を学ぶ教室の模範的な生徒に見えた。

  お婆ちゃんたちが大きく頷いていたのは農業問題である、農協幹部の弁士は、民主党が主張するように、アメリカとの間に貿易自由協定が結ばれるなら、安い農産物がどっと入ってきて、日本の農業は壊滅すると主張した。

 また、同じくこの問題をとりあげた候補者は、アメリカから安い農産物がどっと入るようになれば、食料自給率は現在の40%から12%に低下するとして、民主党の農業政策を厳しく批判していた。食料自給率を上げることは、世界的な食料難が予想される中で、また、安全な食料確保の上で、焦眉の急である。戸別保障をして農家を救済しようとしても小手先の策で終わってしまう。私も、お婆ちゃんに合わせて頷いていた。

◇金大中元韓国大統領の死に衝撃を受けた。信じ難いような不屈な闘志で貫いた波乱の人生を、私は、ふるさと塾でも取り上げた。韓国のある老人が、これほどの人物は今後現れないだろうと語る姿をテレビは伝えた。金大中氏の姿は、韓国の政治レベルと国民のエネルギーを象徴するものであったと思う。

 4度目の挑戦で遂に悲願の大統領に当選するが、そこに至る迄には小説よりも奇なる事実の連続があった。政敵である軍事政権の謀略によって日本のホテルから拉致され殺されかけた事があったし、光州事件に関わったとして軍事法廷で死刑の判決も受けた。 

大統領として初めて北朝鮮を訪ねて金総書記と会談し北に対する宥和政策を進めノーベル平和賞を得た。命をかけた民主運動家金大中の姿に私は明治維新の男たちを重ね合わせることもあった。

◇やはり、新型インフルエンザは気にかかる。夏は新型インフルも減少する筈なのに増えている。第二波の新しい動きなのか。ここ一週間で全国では2千人位増加し、本県でも8月10日からの一週間で新型が疑われる患者が100人出た。

 新型インフルによる死者も2例目が出た。先週15日、沖縄で57歳の男性が死に、この時専門家は、今後日本全国で重症化が多発すると予想した矢先、18日神戸市の70代後半の男性が死んだ。この2人はいずれも基礎疾患を有する患者だった。新型インフル感染者で糖尿病等の基礎疾患を有する者は現在18人いるといわれる。恐怖の影がじわじわと押し寄せていることを感じる。注目を続けねばならない。(読者に感謝)

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2009年8月18日 (火)

「歴史的な戦いが始まった。新型の恐怖再び」

◇遂に歴史的な朝を迎えた。午前8時、同時刻に尾身、佐田両陣営は、それぞれ総社神社、東照宮で必勝祈願祭を行う。神殿で古式にのっとって必勝を祈る時、戦国の武将もこのようにして出陣したのだろうと想像し、選挙が戦いであることを改めて思う。長いこと、群馬一区では負けることを予想しない選挙が続いたが今回は違う。文字通り天下分け目の戦いとなる。私は尾身陣営の選対本部長として総社神社に向う。最善を尽くそうと思う。

◇午前10時からグリーンドームで出陣式が行われる。尾身、佐田両候補者の決意表明には4分が許されるが後は全ての持ち時間が1分である。1分間は短いようで、かなり話せる。中味のある話を1分内で行うことに弁士の力量が問われる。聴衆の中には時間を見ている人もいる。弁士の中には、かなり話して、これでちょうど1分です、と断る人もいる。

 私は、次のような挨拶をしようと思う。かつてない逆風で、最大の試練の時を迎えた、この国のために、私たちの未来のために全力を尽くさねばならない、今、日本は危機にある、こういう時こそ、経験と責任力が求められる、私たち一人一人が候補者になったつもりで、真心をもって有権者に語りかければ、ムードに乗って流れる票を食い止めることが出来る、必勝を信じて最後まで、頑張り抜こう、と。

◇新型インフルエンザが不気味だ。出現する前は、宇宙から未知のウィルスが現われ人類はバタバタと倒れるだろうと恐れられた。しかし、現実は違った。豚からというのも以外だったが弱毒性で大した事はないと分かり一時の空港のパニック状態が嘘だったように社会の感心は一気に醒めた。今、新型インフルといってもほとんどの人は関心を示さない。

 しかし、私は重大な状況が進みつつあるように思えてならない。県議会では早くから新型に警鐘を鳴らしてきた私である。この歴史的な選挙の日に小さな警鐘を鳴らしたい。

 15日、沖縄で、国内初の死者が出た。世界の死者は今月6日で1462人だという。沖縄の人は、57歳の男性で人工透析を受けていた患者だった。このように人工透析を受ける患者は国内で26万人いるといわれる。その他、妊婦、糖尿病、ぜんそく患者も新型にかかると重症化しやすいと言われてきた。弱毒性でも新型が蔓延すれば、持病を持つ人が感染するのは必然で、今回の死者は、今後の予想される事態を暗示するものだ。

 夏なのに、新型は衰えない。現在、冬である南半球の状況は凄い。それは、今年の冬の北半球の姿だ。そして、最も恐れることは、世界的大流行の中でウィルス自体が変異することである。既にタミフルに耐性を持つ新型ウィルスの例が報告されている。地域社会の対応力が問われる時が本当に来ると思う。壮大な予行演習は終わりつつある。それを活かすときが来る。(読者に感謝)

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2009年8月17日 (月)

「戦没者追悼式を活かす道は何か」

◇今年もぐんまアリーナで県戦没者追悼式が行われた。会場の熱気は年々冷めていくように感じられる。戦後64年経った。戦争に参加して20代前半で終戦を迎えた人も90歳近くなる。戦争の体験者は間もなく全てがこの世を去る。その時、太平洋戦争は、日清・日露戦争と共に歴史上の出来事になってしまうのか。そう思うと、今年も型通りの追悼式が行われた事が残念だ。

 来年は、追悼式とは別に、民間有志が力を合わせてグリーンドームなどを使って、戦争の体験者の生の声を若者が聴く大集会を実施したらどうかと思う。私のまわりには、南太平洋、ビルマ、シベリアなどで、死線をさまよって生還した人たちがいる。この人たちは貴重な体験を若者にしっかりと手渡してからこの世を去りたいと考えているにちがいない。私は、今から心がけて、来年は、是非とも実現したいと考える。日に日に衰えていく生還者の姿を見ると一刻の猶予も許されないと思うのだ。

◇今月15日の朝日新聞に、終戦前夜、特攻出動命令を受けた人の記事がある。この人は旧満州で、45年8月12日、「肉薄攻撃隊」に入った。地雷を抱いてソ連軍戦車に突っ込むのである。14日夜に命令が下った。「8月15日8時出動、ソ連軍戦車隊を迎撃せよ」。眠れず泣いて夜を明かし15日の朝を迎えた。午前7時半、正午に重大発表があるから「待機せよ」と再命令。この人は、助かった、その日は忘れられない敗戦の日となったと書いている。

 この人は幸運だったが、終戦の情報が間に合わずに特攻の命令に服して命を捨てた若者は多かったに違いない。このような作戦を企画した軍中枢は後世どのような歴史的評価を受けるのか。

◇今月12日の産経新聞は、神風特攻隊を讃美する記事を載せている。「世界が日本を尊敬する理由の一つに神風特攻隊がある、神風特攻までして死戦死闘した日本民族の勇気と気慨に世界の人々は今も心の奥底で畏怖と尊敬の念を抱き続けている」というもの。

しかし、真実は、そう単純なものではないだろう。教育によってマインドコントロールされ、命令は絶対にというシステムに放り込まれた若者の心は、表層はともかく深層には生きたい逃げたいという思いがいっぱいだったのではないか。

◇日本を救った終戦時の首相・鈴木貫太郎はその自伝で特攻隊を次のように批判している。名将は特攻隊の力は借りない。日露戦争の時の旅順閉塞隊の出撃は人間を救う手段を備えて許可されたし、真珠湾の時の特別攻撃隊も帰途は十分考慮されていた。ところが今度の戦争で生還を期さない自殺戦術であった。このような戦術でなければ戦勢を挽回できないことは明らかに敗けである、と。人間を尊重する民主主義が世界の大勢となった今日、人間を否定する特攻隊を讃える人は世界の一部であるに違いない。(読者に感謝)

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2009年8月16日 (日)

遙かなる白根(111)100キロメートル強歩序曲

若者たちが自らつくりあげたルールの中には、それが継続して動かしがたい伝統となってもいるものもあろう。そういう、表面には見えにくいものが寮生活を支える上で重要な意味をもっているのかも知れない。悪しき伝統といわれるものの中にも、若者たちが築き、そして代々受けついでいる、それなりの意義のあるものもあるのではなかろうか。例えば、夜、花敷や草津まで使いにやらされるという、いわゆるパシリにも、ワクワクさせるような冒険という面があるのかも知れない。もっとも、意に反して強制される場合には、その者にとって、大きな苦痛であり、かつ、いじめ以外の何物でもないといえよう。とにかく、外から一からげに論じられないものがあるのは間違いないことであろう。

 校長の緊急提案に対する父母の反応

 多くの父母がいじめ問題について悩み、あるいは強い関心をもっていたのであろう、校長の緊急提案と花村氏の発言を機に父母たちの間で動きが見られるようになった。

 まず緊急提案の翌年、平成5年のこと、ある学年の部会長篠崎隆一氏は、「白樺51号」(平成5年7月発行)で、いじめの問題を正面からとりあげた。篠崎氏は、“学年部会だより”と題する文中で次のような積極的な発言を行った。

「学校及び寮の運営について父母会として学校にお手伝い出来るものは何かを話し合ってみたい。特に、今年念頭にあるのは、いじめの問題である。これは、校長先生のいう理念の教育をより進めるために捨てておけない問題である。すべての親御さんが、子どもをこの学校に入れて本当に良かったと思えるよう学年部会として微力をつくしたい」

 父母たちのこのような動きは、徐々に広がっていった。篠崎氏の発言が載った白樺51号に続いて、52号が同年12月に発行されたが、それに、高2(5年生)の父母3名が連名で“父母研修を終えて”と題する文を発表した。

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2009年8月15日 (土)

遙かなる白根(110)100キロメートル強歩序曲

“寮の悪しき伝統”という言葉を聞いて、私は、ふと昔の東大駒場寮のことを思い出していた。長く続いてきた寮も最近壊されたと聞くが、私がいた頃は、いろいろなことがあった。一高時代から受け継がれた蛮行・奇習というべきものもあった。例えばストームと呼ばれたものがある。ストームとは本来は“嵐”という意味であるが、元気のよい運動部の連中などが、各寮の廊下を大挙して練り歩くのである。

「これから空手部のストームがあります。皆さん、廊下に出て迎えて下さい」

などと寮内放送が流れると、やがて蛮カラな寮歌などを歌いながら酔った連中が鼻息荒くやってくる。廊下で迎えていないとガラスを割ったり人を殴ったりの暴力をふるう。腕章をつけた寮委員が後ろについていて、どの部屋のガラス何枚などとメモッている。後で損害賠償をさせるためだ。度が過ぎると、寮生総会で謝罪させられたりする。また、インポ合戦とか、寮雨なんていうのもあった。ちなみに、寮雨とは、寮の窓から降る雨で小便のことである。これらは、勉強ばかりやってきた若者が急に違う世界に来て開放感を味わっている姿といえるが、また、寮内の共同生活の中の面倒な人間関係から生ずる欲求不満を解消させようとする姿でもあった。伝統というものは、内から見るのと外から見るのとでは、評価が全く異なる場合がある。外から見て批判されるものも、その中にいる者にはそれなりの意味のあることもある。

 白根開善学校の“悪しき伝統”と呼ばれるものの実態について私にはよく分からないが、想像するに、いろいろなものがあって、一概に非難ばかりで片付けられないものもあるのかもしれない。開善学校には個性的な若者が集っている。中には、傷ついた心を抱いて山に登った者も多い。こういう若者が山奥の閉ざされた世界で共同生活をするということは生易しいことではない。共同生活が継続してゆくためには、秩序が必要である。秩序を支えるために、寮には、守るべき約束事がある。しかし、学園側から課せられる規則だけで、若者の生活秩序がうまく保たれるはずはない。

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2009年8月14日 (金)

「64年前の8月14日の日本」

◇64年前の8月14日の夜、伊勢崎市と高崎市は日本最後の空襲を受けた。記録によれば、伊勢崎市の最終弾投下時刻は0時51分となっている。死者は、それぞれ、21人、14人であった。アメリカの作戦には伊勢崎市がリストアップされ、高崎市はなかった。前橋市は既に8月5日に焼かれ535人の死者が出ていた。8月14日、政府の中枢で何が起きていたかほとんどの国民は知らなかった。

 ポツダム宣言の受諾を決めた御前会議は14日正午少し前に終わり、連合軍に対する通告はこの日の午後11時に発せられた。天皇がマイクの前に立って国民に対するメッセージの録音を始めたのは、その後のことである。翌日放送予定の録音盤は深夜侍従職事務室の金庫に保管された。戦争継続を叫ぶ将兵は、皇居に乱入して、血まなこで録音盤を捜したが発見できなかった。

 日本国民は運命の8月15日の朝を迎えた。ラジオは、早朝から、今日、正午から重大な放送がありますと繰り返していた。やがて新聞が配達される。この日の朝日は、一面で、「戦争終結の大詔渙発さる」の大見出しを揚げ、その下に「国の焦土化忍びず・御前会議に畏き御言葉」、「再生の道は苛烈・決死大試煉に打克たん」などの記事がみられる。

 皇居の二重橋前には、早朝から続々と国民がつめかけ、正午の放送後は人波は一段と増し、悲嘆と興奮と虚脱が渦巻いた。全国民の縮図がここに現れていたのだろう。集った人々は、宮中に向かい玉砂利に手をついて、自分たちの努力が足りなかったことをわびて泣いたとされる。

 外国では、このような場合、暴動が起き大変な悲劇が起きる。日本人の特質、長い歴史の過程でつちかわれてきた天皇と国民の関係が窮極の場面でこのような形で現われたと思う。このような終戦の日の動きを連合軍は冷静にじっと見て分析した筈だ。そして、天皇を利用しなければ日本を統治することは難しいと判断したに違いない。

◇群馬県民も8月15日の朝を迎えた。伊勢崎市と高崎市の市民にとっては、空襲から数時間しか経っていない。早朝、県から各市町村に「正午から重大放送があるから聴くように」との通達が伝えられた。

 県史には、天皇の声を初めてきいた人々のことが記されている。次は、渋川に疎開していたある女性の記述である。「重大な放送があるから聞くようにといわれた。不思議な震え声で何か言っているのを聞いた。これが初めて聞く天皇陛下の声で世にも奇妙な印象だった。なかみはほとんど聞き取れなかったが、日本が全面降伏したらしいことはわかった。その夜、黒い幕をとりはらい電灯をつけたままで居られることがどんなに安らぎを感じたことか」64年後の今日の日本を想像した人はいなかったに違いない。

(読者に感謝)

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2009年8月13日 (木)

「8月に腹を切った2人の日本人」

◇阿南陸相は8月15日の朝、腹を切って自刃した。藤田尚徳の自伝「侍従長の回想」によれば、ポツダム宣言受諾の誓断が下されたとき陸相は、天皇にとりすがるようにして慟哭し、天皇は、これに対し「お前の気持ちは分かっている。しかし、私には国体を護れる確信がある」と語りかけたという。

 国体とは天皇制のことである。阿南は天皇制を守るために本土決戦を主張した。しかし、ひとたび聖断が示されると、なお抗戦を叫ぶ将校たちに、「聖断が下った、不服の者は先ずこの阿南を切れ」と言った。

 鈴木貫太郎自伝には、陸相阿南惟幾が8月14日の夜ふけに挨拶に来たことが書かれている。それはポツダム宣言受諾の通告が連合国に発せられた直後のことである。「阿南氏は総理をたすける立場にありながら反対ばかりしたことをわびた。それから二、三時間後、阿南氏は見事に武人としての最期を飾って自決された」と。

 阿南は、8月15日未明、夜が明けてきたからそろそろはじめると言い、自宅の縁側で皇居のほうを向いて割腹した。58歳だった。このような責任のとり方があったのだと思う。

◇もう1人の男は大西滝治郎である。特攻作戦の生みの親といわれる。自決に際しては、おれは特攻で死んだ連中にわびるために苦しんで死ぬ必要がある、介錯は要らない、命を助けるような医者の手当ても要らないと約束させ軍刀で腹を切り夜半から未明にかけて半日以上苦しんで死んだ。

 特攻といえば知覧基地をすぐに思い出す。各地から集められた隊員の多くは17歳から22歳の若者だった。大西は、二千万人の日本の男を特攻で殺す覚悟をすれば、この戦争に負けないと本気で考えていた。

 敗戦は間違いないという状況下で、若者は特攻機で飛び立っていった。隊員が一番辛らかったのは、飛行機に乗り込むとき地面から足が離れる瞬間と開聞岳が見えなくなった時であったという。彼らは、この世との別れを体で感じたのだろう。

 戦争は国家の存亡と国民一人一人の生存がかかるものだから勝つためには手段を選ばぬことになる。しかし、特攻のような手段は、人権が尊重される国家では、いくら戦争でも考えられないことだ。

◇12日の産経に面白い記事がある。「日本はわれわれが思っている以上に世界の国々、人々から深く親愛され尊重されている。世界が日本を尊敬する理由の一つに神風特攻隊がある」、「この神風特攻隊を組織し指揮したのが大西龍次郎海軍中尉である」、「特攻は玉砕戦とともに米軍を震撼させた。その結果、アメリカは講和条約を緩和、日本は辛うじて亡国から免れた」。この記述には一面の真理があるが大きな錯誤もある。生きたい気持がかなえられなかった特攻隊員の死を無駄にしてはならない。(読者に感謝)

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2009年8月12日 (水)

「御巣鷹から24年、東海地震、酒井法子の薬物事件」

◇日航ジャンボ機が御巣鷹の尾根に落ち世界の航空機史上最大の事故を起こしたのは、24年前の8月12日である。日本航空は、この悲劇を教訓として活かしているのか。日航の施設に遺族の声を展示すること、また日航の現在の安全への取り組みを機関紙「おすたか」に初めて掲載することが伝えられている。死者520人、生存者4名、山の現場には、ばらばらになった遺体が散乱し、夏のことでもあり酸鼻を極めた地獄が出現した。幽霊を見たとか、夜、闇の中に動物の光る目が無数に動いたなどの話しも地元の人から伝えられている。

 私は親交のある歯科医・大国勉さんの著書「歯や骨からの個人識別」を読んだ。日航機墜落の現状で遺体の検証に立ち会った歯科医の生々しい体験が語られている。遺体の断片の写真からは死臭が伝わってくるようだ。この書には歯科の科学的知見が遺体の検死に非常に役立つことがくわしく語られている。身元確認が出来ず遺族の焦りが募ったとき、歯のついた骨のかけらがあれば確認の可能性があった。それは、遺体が炭火すると指紋などの組織は失われるが歯はほとんど影響を受けないからだという。その歯のレントゲン検査と生前資料を比較してまっ黒な遺体からも驚く程たくさんの方々の確認が出来た、と大国さんは語っている。

◇昨日の地震は、不幸中の幸と言うべきか、被害が少なかった。しかし、地震関係者の間には強い衝撃が走った。それは、間近いといわれている東海巨大地震の想定域内で起きたからである。駿河湾一帯の地震については陸の岩盤が海の岩盤によって引きずり込まれそれが限界に達してはねるという構造的原因がはっきりしている。ここでは150年も巨大地震がなく地震のエネルギーが蓄積されている。

衝撃の理由は、その東海巨大地震の前兆かと疑われたからである。調査の結果、前兆ではないことが明らかになった。しかし対策協議会の会長が、今回の地震が東海地震の到来を早めることになるか否かは分からない、我々は自然を前にして謙虚にならなければならない、と発言したことが注目される。地震のメカニズムが全て解明し尽くされた分けではないのである。

◇酒井法子事件に関して政府は、影響が大きいから青少年に対して対策を徹底すべきだと表明した。目が醒めるような美人が覚せい剤で逮捕され、芸能人だからと同情する声も聞かれる。極く微量だから起訴猶予かいう声も伝わってくる。

覚せい剤違反の刑を死刑とする国もある。覚せい剤は人間を破壊する恐るべき魔力をもつからだ。日本の刑は軽過ぎるという批判もあるのである。量刑には社会に対する影響も考慮すべきなのだから、0.008グラムという微量にかかわらず厳罰をもって臨むべきである。私たちはこの事件を注目し、教育の場を含め、青少年に対して薬物の恐ろしさを強調すべきである。(読者に感謝)

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2009年8月11日 (火)

「利根川の濁流、酒井法子、静岡の地震」

◇濁流の利根川を見た(10日)。このところ連日、県下で、大雨注意報、大雨警報が発表されている。また各地で鉄砲水、集中豪雨の被害が報じられている。夕方、敷島公園に居る娘から利根川が増水して凄いという情報が入った。どっぷりと暮れた闇の中に白いもやがたちこめそこからゴーゴーという音が響き泥の臭いが漂っていた。目が慣れると、堤防の下まで迫った濁流の波頭が盛り上がっては崩れていくのが見える。圧倒的な川の姿の一端がのぞいていた。異常気象が常態化している時代である。これからは群馬の北部の山間地帯に異常な降雨が多くなり利根川が魔物のようにあばれる時代が到来するのではないか。治水のことも重要なポイントとして進められているのが八ッ場ダムである。民主党は、政権をとったら八ッ場ダムを中止させるという。その時利根の濁流は手に負えぬ程凶暴化するのではなかろうか。

◇人気タレント酒井法子が覚せい剤で逮捕された事件で日本中が大騒ぎだ。彼女は、裁判員制度の政府広報にも使われていた。にっこり笑った顔は清潔そうで美しかった。仮面が一気に剥がされた。衝撃は測り知れない。既に覚せい剤で逮捕された夫からすすめられて使った、ストローが40本以上押収された、覚せい剤で逮捕歴のある弟の存在等が報じられている。また初犯だから一年ちょっとで執行猶予だろう、いやそれでは軽いという見方に対しては全てを失ったという社会的制裁を既に受けているなどと解説する専門家もいる。

 私は、社会的制裁を重視して軽い刑にするとマイナスの影響が大きすぎると思う。「クスリを止めますか人間を止めますか」と言われる程薬物は人間を破壊する。先月中学校で薬物依存症の話しを体験者と共に行ったが全生徒は背筋が寒くなる事実にじっと耳を傾けていた。若者や一般主婦の間に薬物が広がっている。かっこいいとか簡単な動機で手を出して止められなくなる。それを煽る結果になっているのが芸能人である。清純なイメージで全国民をだましていた酒井法子の法的制裁を誤ると大変な事になる。司法はこのことを銘記すべきだ。

◇朝5時7分、原稿に向っていたら、テレビで地震速報のピコピコが鳴った。チャンネルを回すと「非常に大きな」という表現を使うところもあった。静岡県駿河湾あたりは前から巨大な東海地震が近いといわれてきた。フィリピン海プレートとユーラシアプレートの境界型地震であり、マグニチュード8程度になるといわれる。今回の地震はマグニチュードは6,5で震度は6弱であった。このまま治まることを祈る。ほぼ同じ時刻にインド洋、ミャンマー沖、アンダマン諸島で大きな地震が発生したと報じられた。世界的な異常気象、日本中の異常降雨、台風の接近等と地震が重なった。様々な出来事は皆つながっていると思えてしまう。(読者に感謝)

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2009年8月10日 (月)

「教育書道展の会場で終戦を思う」

議員日記8月10日(月)「教育書道展の会場で終戦を思う」 ◇豆粒のような男の子が壇上に上がり一礼して賞状を受取る。名簿に視線を移すと小学一年生である。私は、その子が姿勢を正して筆を握る様を想像して思わず唇がほころぶのを覚えた。第63回の群馬教育書道展の受賞式は9日、市民文化会館で行われた。出品数は、21,332点で、昨年より増加した。私は来賓を代表して次のような挨拶をした。「63回ということは戦後間もなく始めたということです。パソコンの時代にこれだけの人が応募し昨年より増えたとことは意義のあることです。64年前の今日、8月9日、この時間、午前11時頃、長崎に原爆が落とされ、間もなく日本は敗戦となりました。瓦礫の中から立ち上がった日本は世界の経済大国といわれる程豊かになりましたが、日本人の心は貧しくなったと言われます、そういう中で書道展は大きな役割を果たしてきました。書道は伝統文化であり日本人の心をつくる文化です。この書道展を一層発展させることが今求められております。」 ◇市民文化会館の座席は、小学児童から一般人までの多くの書道人で満ちていた。日本の伝統文化を支える人々である。便利な機械が急速に普及し、手で文字を書く必要は減っているのに書道人口が健在なのは頼もしい。県教育委員会は、書道文化を支えることにもっと力を入れるべきだと思う。 ◇受賞式の壇上にあって、次々と登壇する人々の姿を見ながら、私は64年前の暑い日本を想像した。2発の原爆投下と共に日本の運命を決定づけたものはソ連の参戦だった。日本時間で8日の深夜、ソ連は日本に宣戦布告し、9日未明ソ連軍は国境を越えて満州になだれ込んだ。 この頃、政府が決断を迫られていたことは無条件降伏を内容とするポツダム宣言の受諾であった。天皇の地位の保証をめぐってこの期に及んで政府内部では本土決戦を主張する立場と無条件降伏を受け入れる立場の激しい対立は尽きなかった。結局、二度の御前会議に於いて、天皇の裁断によって、ポツダム宣言を受け入れることになった。この最終の裁定は、14日午前10時45分であった。 藤田尚徳の「侍従長の回想」によれば、天皇は次のように述べたとされる。「これ以上戦争を続けることは無理だと考える。自分はいかになろうとも万民の生命を助けたい。この上戦争を続けては結局、我国がまったく焦土となり、万民にこれ以上苦悩をなめさせることは私としては実に忍び難い。日本が全く無くなるという結果に比べて少しでも種子が残りさえすればさらにまた復興という光明も考えられる。この祭私としてはなすべき事があれば何でもいとわない。国民に呼びかけることがよければ私はマイクの前に立つ」そして15日正午のラジオ放送となった。(読者に感謝)

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2009年8月 9日 (日)

遙かなる白根(109)100キロメートル強歩序曲

ここで、本吉校長も、父母会会長も、悪しき伝統を問題にしている。これは何を意味するのか。一つは、上級生下級生の間の上下の関係から生まれるものであろう。パシリということがよく出てくる。これは、前にも触れた通り、

使いはしりをさせることらしい。噂として伝わるところによれば、夜、花敷温泉や草津まで上級生は下級生を使いにやることがあるとか。事実とすれば、これはかなりきついことだ。あの暗い山中、長い距離を真夜中に歩くことは、想像したたけでも身がすくむ。これをさせられた人は、自分が上級生になったとき、今度は、自分の特権のように、下級生にパシリを命令するのかもしれない。このようなことがいつも行われているとは思われないが時には実際にあるのかも知れない。私が前橋市のある知人宅を訪ね、周平が白根で頑張っていることを話すと、もう二十歳を過ぎたと思われる若者と並んで座っていた母親は驚いた顔をして言った。

「この子も体験入学したのよ」

「えっ、本当ですか」

 予期せぬ言葉に驚いた私は、若者と母親の顔を見比べながら、母親の次の言葉を待った。

「すごいことがあったんですって。夜中にね、先輩が、花敷まで買いものに行って来いというんですって。何人かで、この子も加わってまっ暗な山の中を歩いて、帰ってきたら、夜明け近かったというんですよ。それでこの子はこわくなって、結局入学しなかったのです。今から思うと、この子は最初にこわい目をしちゃって。あれだけで白根を判断することは無理よね。運が悪かったのよ」

 その母親は、懐かしそうに、過ぎた日のことを語った。周平が体験入学したとき、同室の者が話していたことは、あるいは、今、母親が語ったことかも知れない。その話の中のパシリをさせられたという子は、目の前の若者のことか。私は、胸の内の驚きを抑えて、若者の顔をそっと見た。

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2009年8月 8日 (土)

遙かなる白根(108)100キロメートル強歩序曲

「どうしたの、何かあったの」

「いや、何もないよ。ただね、ちょっと部屋の者とトラブッて。でも平気だよ」

例えば、こんなちょっとした会話からも、多くの情報が親には伝わってゆく。何度も聞くうちに次第に実態が姿を現してゆく。それは、親同士の情報交換などによって、更にはっきりしていく。父母たちにとって、これは、非常に重大な問題である。父母会が正面から取り上げるのは当然であろう。

 この「白樺No.49」には、右に紹介した本吉校長の文に続いて、父母会会長花村勉氏の次のような文がのった。

「いわゆる開善の悪しき伝統とは一体なんだろうか。パシリ、お金を貸しても戻ってこない。自分の物も人の物も区別がつかない等々風の便りに聞こえてくるが、自分の子どもからは何の事実も入ってこない。学校でおきた悪い事、嫌なことは話さない、話したくない、話してはいけない等々らしい。私達6年の親父連中で、5年の頃、俺達が6年になったらいじめをなくそうとよく話したものです。でも具体的な事実を現認している訳でもなく当然の事ながら良い方策は出ませんでした。でも最近校長先生初め先生方から開善学校の改善が始まりつつあります。この機会に父母会も学校と一体となって悪しき伝統を断ち切りたいものです。そこで提案ですが、父母と寮の先生方との懇談を、寮単位で、臭い物に蓋をしないで、行っていただきたい。何故ならこの種の問題は、種々異なる環境から集った生徒が一緒に生活する寮の中からおこってくると考えるからです。この会合で具体的かつ建設的な方策が出ることを期待しております。人が善くなる過程で時には黒く汚れなければならないことだってあると思います。開善へ入学させたければ、冤罪符にはならないと考えます」

 右の文章の中で、「私達6年生の親父連中」という表現があるが、これは高校3年生の子どもの親という意味である。中高一貫の教育なので、中学から高校に入ったとき4年生となるのである。

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2009年8月 7日 (金)

「原爆の朝の平和宣言、一方で核武装論も」

◇目もくらむオレンジ色の閃光と共に生じた火球の表面温度は約30万度だという。その後の爆風はあらゆるものをなぎ倒した。半径500m以内の人はほぼ全員が即死、1.2キロ以内も50%が即死かそれに近い状態で死亡、なんとか死を免れた人も直後の大火災の炎に次々と飲み込まれた。即死を免れて歩く負傷者は皆幽霊のように手を前に突き出していた。熱風を受けた皮膚が爆風のためむけあがり手首のところに垂れ下がっていた。 これは、当時の記録から拾ったものだが、このような地獄の現実を踏まえないと核の脅威とか核の廃絶といっても地に足がつかないのではないか。その意味で被爆の地で行われる広島市長の発言は世界で最も重みのあるものだ。今年も、広島市長の平和宣言が行われた。 ◇アメリカが当時の金で20億ドル(1ドルが4円25銭)の資金をつぎ込んで遂に原爆を完成させたのは1945年(昭和20年)7月16日。ニューメキシコにおける実験は成功だった。原爆はサンフランシスコから船で運ばれ7月26日テニアン島に陸上げされる。原爆搭載機エノラゲイは、8月6日、日本時間午前1時45分テニアン基地を離陸、7時50分四国の上空を通過、8時15分原爆投下。64年前の8月6日の出来事であった。 ◇記念式典では、8時15分平和の鐘が鳴らされ、参列者は1分間の黙とうを捧げた。市長の言葉は、64年前の阿鼻叫喚を想像しながら聞くと胸に迫る。「人類絶滅兵器・原子爆弾が広島市民の上に投下されてから64年、どんな言葉を使っても言い尽くせない被爆者の苦しみは今でも続いています」、「日本国政府は、こんな思いを他の誰にもさせてはならぬという被爆者たちの悲願を実現するため、2020年までの核兵器廃絶運動の旗手として世界をリードすべきです」、「今年4月には、米国のオバマ大統領がプラハで、核兵器を使った唯一の国として、核兵器のない世界実現のために努力する道義的責任があることを明言しました」、「それに応えて私たちには、オバマ大統領を支持し核兵器廃絶のために活動する責任があります」、そして、最後に英語で世界に呼びかけた。訳すと次のようになる。「私たちには力があります。私たちには責任があります。そして、私たちはオバマジョリティーです。力を合わせれば核兵器は廃絶できます。絶対に出来ます」。オバマジョリティーとは、オバマ大統領とマジョリティー(多数派)を合わせた言葉。オバマ大統領と共に「廃絶」は多数派だという意味。この言葉は、これからはやるかも知れない。 ◇6日の夜、原爆ドームの近くホテルで、核武装論を唱える元航空幕僚長・田母神氏の講演があった。850枚のチケットは完売され、200人以上が申し込みを断られた。北朝鮮の脅威に対して核による抑止を考える人が増えているのだ。核武装も一つの選択として考えられると、講演の関係者は言っている。(読者に感謝) ★土・日・祝日は、中村紀雄著「遙かなる白根」を連載しています。

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2009年8月 6日 (木)

「原爆投下の朝、大空襲を受けた前橋」

◇8月6日午前8時15分、広島市上空のエノラゲイから離れたリトルボーイは地上に向けて落下した。4トン軽くなったエノラゲイ号は空中でジャンプした。エノラゲイとは原爆搭載機B29の名称であり、リトルボーイとは原子爆弾の名称である。リトルボーイは地上580メートルで炸裂。爆心地付近は3千~4千度に熱せられ、半径1キロ以内の瓦の表面があわ状に火ぶくれを生じた。爆発の瞬間半径500メートル以内の人はほぼ即死した。人間がかつて想像した地獄をはるかに超えた本物の地獄が生じたのである。

◇このような核が世界に広がろうとしている。その中で、北朝鮮が核保有国になろうとしている。国民を飢えさせ、外国の航空機を爆破し、主権を侵して外国民を拉致する、正に犯罪国家である。このような国が核を持てば気狂いに刃物である。

 クリントン元大統領が北朝鮮を訪れ、2人の米国人記者は特赦を受けた。クリントンの訪朝が、世界から孤立し窮地に立っていた北朝鮮に結果として大きな点数稼ぎを許したことは残念である。米国は北朝鮮に対してこれ迄のような厳しい態度を継続できるのか。北朝鮮の巧妙な術策に振り回されるアメリカをこれ以上見たくない。

◇上州の宰相は4人であるが、実質的にもう1人を加えるべきという見方がある。終戦処理に当り日本を滅亡から救った鈴木貫太郎である。桃井小から前中へ進みその途中から海軍兵学校へ進んだ。その自伝で、鈴木は、原爆の惨状を知り、終戦以外に道はないとはっきり決意した、また、自己一身の全責任をもって総理として戦争の終決を担当しようと決意したと述べている。また、御前会議が粉糾し結論が出ない状況に至ったとき、自らポツダム宣言受諾を決意し、陛下の意思も承知していた鈴木は、「かくなる上は聖慮をもって本会議の決定と致したいと存じます」と述べ、意義をはさむ余裕を与えず進み出て「聖慮のほどをお伺い申しあげたのである」と述べている。天皇はポツダム宣言受諾の意志を述べ戦争終結の結論は決まった。このように、鈴木貫太郎の決意と機転が天皇の聖断を引き出し戦争終結を導いた。もし本土決戦になっていたら沖縄のような民間人を巻き込んでの血みどろの戦いとなり群馬の上空で原爆が炸裂していたかも知れない。

◇アメリカ軍がラジオで空襲予告を流し、原爆予告もしていたことを書いたが、アメリカ軍は、空襲予告のビラもまいていた。大量の印刷物が投下され、前橋も予告されていた。この予告どおり前橋市は8月5日空襲を受けた。この日の夜の前橋の大空襲は2時間に及ぶ猛爆で前橋市街の大半は灰になった。前橋市の死者は535人、周辺町村でも芳賀村4人、桂萱村74人、元総社町12人と死者が出た。人々は呆然として6日の朝を迎え敗戦を覚悟したに違いない。この朝広島では原爆が投下された。(読者に感謝)

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2009年8月 5日 (水)

「原爆の日が近づく。原爆予告を聞いた」

◇64年前の8月1日、広島逓信局のある無線係はアメリカ軍が流す空襲予告を聞いてはっとした。いつもと違って妙なことを言っているのだ。「8月5日に特殊爆弾で広島を攻撃するから非戦闘員は広島から逃げていなさい」と。いつも空襲予告は正確だったから今度もデタラメとは思えない。上司に話すと叱られデマをもらすからと外出を禁止された。5日は何もなく過ぎた。6日の朝は良い天気だった。上司はデマにまどわされるとは何事かと叱った。無線係が目を上げると、飛行雲が流れ、その先の飛行機から何か白いものが離れた。これだとひらめいて、ふせるんだと無線係は叫んだ。気絶から覚めて窓の外を見ると五層の城の天守閣が消え失せていた。

 これは、「語りつぐ戦争体験」の中にある実際の話である。日本では「デマ放送」と呼んでいたこの放送はサイパン島から発信され、「こちらはアメリカの声です」で始まりニュースや空襲予告を伝えていた。日本は妨害電波を出して国民に聞かせないようにしていた。「原爆予告」を活かしたら、多くの広島市民をあの惨状から救えたのに、と思う。

 人類史上初の原爆投下は、1945年8月6日午前8時15分広島市に対してなされた。続いて9日には長崎市に原爆が投下された。これらの原爆投下は日本に終戦を決意させることになった。

◇アメリカが原爆実験に成功したのは広島投下の前の月7月16日であった。実験の成功はポツダム会談に臨んでいたトルーマン大統領に直ちに伝えられた。会議でのトルーマンの態度が別人のように変化したといわれる。日本に無条件降伏を求めたポツダム宣言が出されたのは7月26日であった。日本は、受諾か否か意見が対立し争っている間に、日本の意思決定を促すように8月6日、9日と、2発の原爆が投下され、追い詰められた日本は、天皇の裁断により、8月14日ポツダム宣言受諾を決定、翌15日天皇のラジオ放送(玉音放送)がなされ、戦闘は停止された。9月2日、軍艦ミズーリー号上で降伏文書に署名したことにより、正式な終戦となった。8月15日が今年も近づいた。

 日本は、人類で最初に原爆攻撃を受けた国である。核兵器が広がっていることに特別の関心を持つのは当然だ。アジアでは中国が核をもち、北朝鮮が持とうとしている。

◇中国では最近、ウイグル族をめぐるトラブルが続いている。ウイグル族死者は中国の発表と違って10万人を超えるという説もある。

 実は、ウイグル族が住む地域は中国の原爆実験が繰り返し行われ甚大な被害が生じたところである。中国政府は一切公表しないが、46回の核実験が行われ少なくとも19万人以上が死亡したという報告がある。シルクロードにも深刻な放射能汚染をもたらしている筈なのに、NHKはシルクロードを大きく取り上げながらこの問題に触れていない。イギリスの「チャンネル4」が徹底取材して放映し世界の反響を呼んだ。8月は世界の核を考える機会にしたい。(読者に感謝)

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2009年8月 4日 (火)

「裁判員裁判が始まった。その実態と意義は、」

◇裁判員裁判が始まった。ブログで何度もとりあげてきたが遂にその時が来た。多くの国民が不安を抱く新しい制度は無事にスタートし定着していくのか。多くの人が自分が裁判員に選ばれたときのことを想定してこの裁判に注目するに違いない。

 裁判員制度の目的と意義は何か。端的にいえば、裁判に市民の感覚と視線を入れて正しい裁判を実現することである。司法の分野だけは、主権者である国民から離れた所におかれ、それが当然と思われてきた。その結果、捜査から判決に至る過程は法律に従っているとはいえ形式化し、慣例に流れ、改革から取り残されてきた。冤罪もこのような閉ざされた世界の硬直した手続きから生まれたと言えるのではないか。

 今回の裁判員裁判のスタートに当たり気付いた事がある。先ず、6人の裁判員は、2万7千人の候補者名簿から選任されたという事実である。候補者となった人たちは自分が裁判員になった場合を想定して裁判と刑事事件について真剣に考えてきた筈である。現実にスタートした現在、候補者たちは6人の裁判員を自分たちの代表のように見ているに違いない。更にいえば、全国29万5千人の候補者が同じ気持ちでこの裁判を見詰めているのである。そして、裁判員候補者も一般市民から無作為に選ばれたのだから、裁判員の背後には全国民が我が事のように裁判員を見詰め、裁判の行方に注目しているのである。58枚の傍聴券を求めて2382人が列を作ったことは、この事を端的に物語るといえる。

 これが裁判に対する市民参加の実態であると思う。民主憲法の下における民主的な裁判といいながら裁判はプロの手に任されてきた。今、時代の歯車は歴史的に転換し司法の舞台が日の当たる所に出された。日の光こそ一般市民の目線である。新たな事態に、裁判官、検察官、弁護人は、それぞれ、いい加減なことは出来ないという謙虚な気持になっているのではなかろうか。17年ぶりに無期懲役から釈放された菅谷さんの冤罪も裁判員が参加していれば違った結果になったのではと思えてしまう。

 報道によれば、元検察官が、「検察の主張を疑うことも忘れないで欲しい」と話し、またある弁護士は、「市民の目が入ることで、私たちもみっともない弁護は出来ないという意識になっている」と発言している。また、73人の候補者の中で40人が裁判員選任手続きに参加した点も注目される。

◇山口組系暴力団の幹部が振り込め詐欺グループのリーダーだったことが報じられた。逮捕された27歳の男は、詐取金を組の資金源とし、また上部組織に多額の金を上納していたらしい。振り込め詐欺と暴力団の結びつきは構造的な問題のような気がする。とすれば振り込め詐欺対策は暴力団対策でもある。(読者に感謝)

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2009年8月 3日 (月)

「出陣式、夏祭りの出来事、裁判員裁判開始」

◇自民党衆議院の出陣式が行われた(1日)。福田前総理、中曽根外相も出席した。私は、「64年前の暑い8月を思い出します」と切り出して挨拶した。福田さんは、「目先きの事ではなく、日本の将来を賭けた選挙です。空気は変わりつつあります」と語りかけた。空気とは、嵐のような民主党の風が微妙に変化しつつあることを言っているのだろう。中曽根外相は、「国民の生命、財産を守れるのはどちらかを問う選挙です」と延べ、クリントン長官からインド洋の給油を感謝され継続を求められたこと、ソマリヤの海賊対策や北朝鮮対策の法案にも民主党は反対したことを指摘した。小渕優子さんはやや目立つお腹を抱えて立ち、地元の八ッ場ダム問題につき民主党は無責任だ、そんな党に日本の将来を化せられないと訴えた。比例の佐田さんを含め6人の候補予定者にタスキが渡された。天下分け目の戦いはこれから本番である。現代の戦いはマスコミを如何に動かすかが重要なポイントになる。竹中半兵衛や諸葛孔明はいないのかと気がかりになる。

◇悪天候の中多くの町内で夏祭りが行われ、22ヵ所に顔を出した(1日)。ほぼ限界の数である。昔は2日がかりで行う町が多かったがそれはほぼ姿を消した。少子化が進む中、ダシを引いたりする小さな子どもたちの姿は祭の花である。また地域の連帯が薄れつつある時、祭りの工夫に、まちの活性化と安全安心なまちづくりがかかる。意外な人に祭りの場で久しぶりに会えるのも参加する楽しみの一つである。

 祭りの近くの支援者が外で牛肉を焼いていた。いい臭いですねと近づいたらこちらの腹の中を見抜いたようにどうぞと分けて下さった。骨は持ち返った。深夜、書斎の窓の下でコリコリと音が響く。秋田犬のナナの骨を噛む音が私には祭りの鼓のように聞こえるのだ。

◇2日も各地の夏祭りを回ったが感銘を受けた会場があった。大手町二丁目自治会館である。道を隔てたカトリック教会に車を置き会場に入ると挨拶の機会を与えられた。私は、この町内で生まれたこと、敗戦の8月の空襲では、カトリック教会の足元までが廃墟になった、幼かった私は県庁裏の防空壕に逃げ込んだ記憶があることなどを話した。当時の事を知る人もいて懐かしく振り返った。

◇また8月がやってきたのだ。前橋の大空襲は8月5日午後10時30分から始まった。92機のB29爆撃機により前橋市街地の大半は焼失し死者は535人が達した。アメリカ軍が撮影した航空写真を見ると、白い教会の建物の横に南北の道路が走り、その東側が瓦礫の原と化している。この惨状が現代日本の原点だったことを改めて思った。

◇今日(3日)から全国初の裁判員裁判が開廷する。日本の社会を変える歴史的出来事である。6日には判決が言い渡される予定。司法は、比較的単純な殺人事件を選びこの制度をソフトランディングしたいのだろう。行方を見守りたい。(読者に感謝)

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2009年8月 2日 (日)

遙かなる白根(107)100キロメートル強歩序曲

世間なみにこの学園にもいじめがあるのかと訝る人が多いかも知れない。しかしその実態をつぶさに見れば、この学園で生きる若者の真の姿が分かるはずである。そして、それは、またいじめなどという通り一遍の言葉で正しく示すことが出来ないものであることも理解されるであろう。まず、校長の文を紹介する。

「TBSで放映された“百キロメートル強歩”を見て、なんと純真で真摯な少年少女であることかという声が聞こえてくる。しかし、この若者達の間で世間なみにいじめの事実がある。無頓着に個人をわが意のままに動かすパシリをはじめとして様々のいじめの行動は、石川五右衛門の話ではないが、世にいじめの種はつきないのかと思わせる。その大きな理由が、伝統的に先輩のいじめ

にさらされてきた者が、攻守所をかえて、先輩となるや、後輩にその“悪しき伝統”を振うということである。人間として、あさましいこととは知りながらもみにくい振る舞いを自ら断ち切ることが出来ない。これは思えば、情けないことだ。悲しく腹立たしかった自分の思いを仲間にさせてはならぬと思うことこそ勇気あること。そこに人間の成長があると考えてはどうだろう。いじめられる人間にも原因があるなどと屁理屈を言わぬことが肝要ではないか。よくよく心がけてほしいと切に願うものである」

 本吉校長はいじめと言っているがいじめと一口に言っても、その中味は様々なものであろう。一般に子どもたちは、帰省した時も、この種の山のことについては、口をつぐんで、親に語りたがらない。このことは周平についても観察されることである。それが表ざたになって誰かが責任を問われることになれば、誰がバラしたのかということになる。バラしたことのリアクションが降りかかるのを恐れるのは当然のことである。また、開善学校の寮生活の歴史の中で実際にそういういろいろなことがあって山の掟、仁義というようなものが暗黙のうちに形成されてきたのであろう。しかし、語らないと言っても、腹にあるものは外に現われる。特に、遠く離れた山奥に子どもを置いて、いつも心配している親は子どもの態度、微妙な変化に敏感である。

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2009年8月 1日 (土)

遙かなる白根(106)100キロメートル強歩序曲

「今の学校教育の歪みは、点数序列による価値判断を教師も又子供も持っていることだと考えます。開善学校の設立は、こうした点数主義のため伸びなやんでいる子どもたちを救いたい親の切なる願いと、それを目標とする本吉校長の志が同じくされて成り立ったものであると信じています。とやかく言いましても、つまるところは、子供の悩みをわかってくださる温かいまなざしの教師によって初めて子供たちは救われると思います。開善学校の教師と父母もこの子供たち11人が良くなってゆきますようお互いに裸になって、この一つの目標をめざしてまいりたいと思います」

 これらを読むと、現在まで脈々と続く父母会に一貫して流れるものの原点がここに示されているようにおもわれる。ここで、点数序列による価値判断ということに触れているが、これは偏差値に象徴される現代の教育がかかえる大きな問題である。下界では偏差値が子どもの価値を示す尺度のように考えられ

受験地獄と呼ばれる深刻な弊害が生まれた。白根開善学校には、この受験地獄から逃れて来る子どもたちも多いのである。

 父母会誌「白樺」は創刊以来今日まで年数回のペースで発行されているが、そこには、学園内の子どもたちや先生の様子、そして、父母たちの、その時々の喜びや悲しみがありのまま語られている。父母たちがつづる短い文章のちょっとした表現も、その背後に、熱いドラマが広がっていることを雄弁に語っている。父母会誌「白樺」は、白根開前学校創立以来の、この学園に関わった多くの人々が集い発言する自由の広場なのである。この広場には、実に様々な出来ごとが持ち出されてきた。

緊急提案―いじめをなくせ

平成4年12月発行の「白樺・№49」には、「緊急提案―いじめについて」と題して校長本吉氏の文がのっている。そこで本吉校長はいじめについて真剣に訴えた。

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