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2009年8月16日 (日)

遙かなる白根(111)100キロメートル強歩序曲

若者たちが自らつくりあげたルールの中には、それが継続して動かしがたい伝統となってもいるものもあろう。そういう、表面には見えにくいものが寮生活を支える上で重要な意味をもっているのかも知れない。悪しき伝統といわれるものの中にも、若者たちが築き、そして代々受けついでいる、それなりの意義のあるものもあるのではなかろうか。例えば、夜、花敷や草津まで使いにやらされるという、いわゆるパシリにも、ワクワクさせるような冒険という面があるのかも知れない。もっとも、意に反して強制される場合には、その者にとって、大きな苦痛であり、かつ、いじめ以外の何物でもないといえよう。とにかく、外から一からげに論じられないものがあるのは間違いないことであろう。

 校長の緊急提案に対する父母の反応

 多くの父母がいじめ問題について悩み、あるいは強い関心をもっていたのであろう、校長の緊急提案と花村氏の発言を機に父母たちの間で動きが見られるようになった。

 まず緊急提案の翌年、平成5年のこと、ある学年の部会長篠崎隆一氏は、「白樺51号」(平成5年7月発行)で、いじめの問題を正面からとりあげた。篠崎氏は、“学年部会だより”と題する文中で次のような積極的な発言を行った。

「学校及び寮の運営について父母会として学校にお手伝い出来るものは何かを話し合ってみたい。特に、今年念頭にあるのは、いじめの問題である。これは、校長先生のいう理念の教育をより進めるために捨てておけない問題である。すべての親御さんが、子どもをこの学校に入れて本当に良かったと思えるよう学年部会として微力をつくしたい」

 父母たちのこのような動きは、徐々に広がっていった。篠崎氏の発言が載った白樺51号に続いて、52号が同年12月に発行されたが、それに、高2(5年生)の父母3名が連名で“父母研修を終えて”と題する文を発表した。

◆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

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