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2009年8月 8日 (土)

遙かなる白根(108)100キロメートル強歩序曲

「どうしたの、何かあったの」

「いや、何もないよ。ただね、ちょっと部屋の者とトラブッて。でも平気だよ」

例えば、こんなちょっとした会話からも、多くの情報が親には伝わってゆく。何度も聞くうちに次第に実態が姿を現してゆく。それは、親同士の情報交換などによって、更にはっきりしていく。父母たちにとって、これは、非常に重大な問題である。父母会が正面から取り上げるのは当然であろう。

 この「白樺No.49」には、右に紹介した本吉校長の文に続いて、父母会会長花村勉氏の次のような文がのった。

「いわゆる開善の悪しき伝統とは一体なんだろうか。パシリ、お金を貸しても戻ってこない。自分の物も人の物も区別がつかない等々風の便りに聞こえてくるが、自分の子どもからは何の事実も入ってこない。学校でおきた悪い事、嫌なことは話さない、話したくない、話してはいけない等々らしい。私達6年の親父連中で、5年の頃、俺達が6年になったらいじめをなくそうとよく話したものです。でも具体的な事実を現認している訳でもなく当然の事ながら良い方策は出ませんでした。でも最近校長先生初め先生方から開善学校の改善が始まりつつあります。この機会に父母会も学校と一体となって悪しき伝統を断ち切りたいものです。そこで提案ですが、父母と寮の先生方との懇談を、寮単位で、臭い物に蓋をしないで、行っていただきたい。何故ならこの種の問題は、種々異なる環境から集った生徒が一緒に生活する寮の中からおこってくると考えるからです。この会合で具体的かつ建設的な方策が出ることを期待しております。人が善くなる過程で時には黒く汚れなければならないことだってあると思います。開善へ入学させたければ、冤罪符にはならないと考えます」

 右の文章の中で、「私達6年生の親父連中」という表現があるが、これは高校3年生の子どもの親という意味である。中高一貫の教育なので、中学から高校に入ったとき4年生となるのである。

★土・日・祝日は、中村紀雄著「遙かなる白根」を連載しています。

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