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2009年7月 3日 (金)

「国宝ハニワ、大魔神が群馬に」

Photo ◇明日(4日)から始まる埴輪展に県は大変な力の入れようである。「群馬県立歴史博物館開館30周年記念展」である。ポスターにその意気込みが現われている。冑(かぶと)を被り腰の刀に静かに手をかけた埴輪像に、「国宝、武人ハニワ、群馬へ帰る!」というタイトルが躍(おど)る。更に、サブタイトルは、「これが最後、東と西の埴輪大集合」となっている。「群馬へ帰る」というのは、現在、東京国立博物館の所蔵となっているが、今回、生まれ故郷の群馬に里帰りするという意味である。太田市の長良神社の境内から土木工事中に発見されたのである。完全武装の東国武人を表現するこの作品は極めて優れたもので、上毛(こうずけ)の名工が作ったものに違いない。埴輪では唯一の国宝である。海外へは一度出陳されたが国内で館外に出されるのは今回が初めてのことだ。

歴史的には、上毛国(群馬県)で埴輪文化が盛んであったこと及び私たちの祖先が高い文化を持っていたことを示すものだ。今日的には、物づくり群馬の原点に置いてもいいだろう。

◇冑の下にのぞく武人の表情は、誠に柔和でまだ少年のように見える。これが魔神になって生きかえる姿を想像すると不気味である。

 かつて映画会社大映が社運を賭けて作った特撮映画「大魔神」の中に登場する穏やかな表情の石像は、今回の武人埴輪をモデルにしたものだといわれる。戦国時代、悪人が民衆を虐げると、静かな優しい表情の石像は悪鬼の表情で甦り巨大化し大魔神となって破壊的な力を発揮する。大魔神シリーズは3作まで続いた。1966年(昭和41年)のことであった。

 武人は、九州の防衛につかされた防人(さきもり)かも知れない。防人は、当初、東国兵士から選ばれるのが慣例であった。武人埴輪は久しぶりに群馬に戻って何を感じるであろうか。世の中の変化にただ仰天するだけか、それとも現代の世相に怒り大魔神に変化してあばれ出すのか。そんな事を想像しながら今日はゆっくりと対面してみたい。午前11時からオープンニングのセレモニーが行われる。

◇認知機能検査の問題を見た。今月1日の特別委員会で総合交通センターを訪ねたのである。年月日、曜日、時間などを回答させたり、あいうえおを示して逆から記入させる問題などがあった。年は、西暦でも平成でもいいですと担当官は説明していたが、2009年とか、平成21年とかがとっさに浮かばない人は高齢者でなくもいるだろうと思った。

今月1日から施行された道交法で75歳以上の人に義務づけられた。県内の対象者は7万1千人。認知能力低下が原因とみられる高速道の逆走も多発。交通事故による県内の死者は念願の百人以下となったが、高齢者はその中で約4割を占める。

認知検査は一つの材料とされる。信号無視などの違反、専門医の診断と合わせて免許取り消しが行われる。車が頼りの高齢者は多い。今後、これは益々大きな問題になるに違いない。(読者に感謝)

★土・日・祝日は、中村紀雄著「遙かなる白根」を連載しています。

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