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2009年7月 5日 (日)

遙かなる白根(98)100キロメートル強歩序曲

かつて理想の教育を求めて山に上った人々がついに訴訟という手段に訴えて学校と争うことになった。理想は、星空に描く美しい絵に過ぎなかったのか。山に残った生徒はどうなるのか。派手なマスコミの報道もあって、世の関心はこの訴訟の行方と山の学校の存亡に集った。

この訴訟は、白根開善学校を産み落とす最後の陣痛であった。落胆して山を下りた人々の失うものは大きかった。寄付金や入学金、この間に費やしたその他の経費など、物質的な痛手以上に、失われた時間、理想の教育に対する失望、かつては見切りをつけたはずの下界の学校へ戻らねばならぬ苦痛など、人々には耐え難いことであった。「なぜか?」その答えの一つを訴訟の場に求めたのも無理はない。

この訴訟は約2年で和解となって終結するが、そこで、請求原因事実として主張されたこと、これに対する被告の答えなどは、当時の学校の混乱を語るよい資料なので、ここで紹介する。

原告は、請求の原因、つまり自分の請求を基礎づける事実として次のようなことをあげた。

    全寮制でその設備は充分ととのっていると言われていたが、現在は大部屋に2段ベッドが並べてあるだけで、冬には零下15度になるというのに暖房設備は全くなく、正に掘立小屋を大きくしただけである。衛生施設も完備されてなく生徒の中には中毒現象を続々起こすありさまであり、寮内での生徒に対する指導は全くなく、酒・タバコをのむ生徒も放置され、盗難が多発している。

    授業は教諭が満足に揃わず、新たに赴任した教諭は学校の施設を見て教育に熱意を失い、極めて短期間で辞めてしまい、残る教師の一部は生徒と共に酒・タバコをのむ状況である。又教諭の一部は生徒からその授業の間違いが指摘される程度の能力しかないものもいた。

◆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

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