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2009年7月19日 (日)

遙かなる白根(102)100キロメートル強歩序曲

長く苦しい道のりであった。それぞれの生徒に、ここに至るまでのドラマがあった。都会の学校でのトラブルを思い出す者もいたし、辛かった親子の葛藤を振り返る者もいた。彼らの姿は、後にこの学校が始める100キロ強歩において、不安と孤独に勝って、完歩を達成した子どもたちのそれに似ていた。高等学校の認可がおりて、白根開善学校は名実ともに中高一貫の学校として動き出す体制が整った。この年、7月14日、白根開善学校高等部の開校式が行われた。前夜の激しい雨もあがり、学校は濃い緑に包まれ、初夏の陽光がまぶしい程にそそぎ、近くの谷から鶯の澄んだ声が響いていた。開校式には、多くの人が参加したが、生徒、父母、教師たちの感激は、ちょうど一年前の中等部の開校式以上に大きかった。誰もが、この一年間を振り返りそれを乗り越えた喜びをかみしめていた。理想の教育を求めて「冒険」を始めた本吉氏は、何度も迷路に踏み込んで危機に遭遇したが、今やっと出口に近い所まで辿りつくことが出来た。山を下りて本吉氏を強く批判する人も、「白根開善学校は必要だ、再生させねばならない」と語っていた。そして、下界では教育の混迷が続いていた。社会の工業化の促進、経済の発展、便利で豊かな生活の進行とあたかも符節するように子どもの環境は悪くなっていた。「自然を取り戻そう、自然の中で子どもを育てよう」 この声は、良い環境を理想として目指すという域をこえて、切実な要求としての叫びに変わりつつあった。 山を下りた人々の中には、「あんな山中で子どもを教育するのは間違いだ」といって本吉氏を非難する者があったが、本吉氏は、その意義を確信していた。 ◆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

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