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2009年7月18日 (土)

遙かなる白根(101)100キロメートル強歩序曲

 人々にとって、群馬県が認可の方向で学校を指導していたことが唯一の救いであった。本吉校長は、一方で、父母や生徒に、認可は近い、間違いない、と懸命に説明すると共に、他方、高等部設置のための課題の解決に必死で取り組んでいた。県学事文書課としては、事の重大性を十分に認識しつつも、これまでの白根開善学校の経緯を考えると簡単に認可を出すわけにはいかなかったのだ。

 昭和54年6月19日、やっと私学審議会が開かれ、同日付で高等部設置を可とする答申が出される。これを受けて、6月22日、県は、5項目の留意事項付きで認可を出したのである。この間4日であった。

「やったー」

「バンザーイ」

 飛び上がる者、廊下を走る者、にわかに信じられないで教師に何度もたずねる者など、山の学校は興奮と喜びに沸いた。

 本吉校長はほとんど眠れぬ一夜を過ごし、翌日県庁で認可証を受とった。この一片の認可証を得るためにいかに多くの人が苦しんだことか。認可証を手にする本吉氏の胸に様々のことが去来した。そして、山の学校でこの日を待っていた一人一人の生徒の顔が浮かんだ。一刻もはやく彼らの所へ帰りたい。本吉氏の心はすでに白根の山にあった。

 本吉校長は、飛ぶように白根開善学校に帰ると、生徒と教師たちの喚声で迎えられた。さっそく夜の高校入学式が開かれる。

「白根開善学校高等部へ入学を許可する」

 本吉校長の声が凛として響くと一斉に拍手が起き、喜びの声が飛びかった。

「バンザーイ」

「おめでとう」

「ついにここまで来ることが出来た。ぼくは高校生になることが出来た」

 18名の生徒はみなそう思った。

◆土・日・祝日は、中村紀雄著「遙かなる白根」を連載しています。

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