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2009年6月28日 (日)

遙かなる白根(96)100キロメートル強歩序曲

また、関連して質問された山川教育長は、「今の教育には、落ちこぼれ、ひずみなどの問題がある。白根開善学校は、公立学校で出来ないことをやろうとしている。だから、あたたかく育てていくべきだろう」と述べた。昭和53年も次第に終わりに近づくころ、開善学校を囲む高い山々の頂には雪が降り、気温は日毎に低くなっていた。冬に対する備えは辛うじて出来ているとはいえ、子どもたちは初めて迎える冬はどんなものかと、不安を抱き緊張感を高めていた。山から遠く離れたところにいる父母たちの不安はまた格別なものであった。巨大な魔物に子どもたちがとりこまれてしまう。遠い群馬の方角をうかがいながら、そんな恐怖感にとらわれる父母たちも多かった。このような厳冬の近づきは、父母たちの学校問題に対する不安を一層かき立てるものであった。一部で、下山した父母たちによる訴訟の動きが伝わるなどして、事態はますます紛糾するように見えた。しかし、この時期、底流において重大な変化が生まれつつあった。そのきっかけをつくったものは、切羽詰った父母たちの必死の行動であった。日本消費者連盟への訴え、県議会や知事に対する働きかけなどがそれである。議会の動きは行政に対する強いインパクトになる。教師の経験のある清水知事は、父母の嘆願に対して、自分もこういう学校の先生をしたかったといい、こういう学校は必要だからうまくゆくように協力してやるようにと執行部に指示した。行政の先端にある人たちが前向きの方向で民間を指導するか、否定の方向でこれを指導するかで、全く違う方向の流れが出来る。議会や知事の働きを敏感にキャッチした、担当課・学校文書課の新たな動きが、このあたりから徐々に始まった。 ◆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

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