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2009年6月 7日 (日)

遙かなる白根(90)100キロメートル強歩序曲

7月22日、開校式が行われた。山頂の学校目指して大勢の人が登ってゆく。それを眺めて、村人たちは目を見張った。正装して集ってくる生徒の家族たちの様子は、村人の目には、都会の裕福で偉い人と映ったのだ。事実、開校当時の父母たちには、医者や学者や事業経営者などが多かった。この日、村の女たちはゾロゾロと学校へ出かけていった。巨人の長島茂雄の奥さんを一目みようというのが目的であった。長男の一茂が開善学校に入学し、長島夫人が、時々山へ来ているらしい、開校式には正装してくるだろう、という話しが伝わっていたのである。

 開校式には六合村の村長をはじめ、群馬県の行政にたずさわる人々、政治家など多数の来賓が参加した。そして、学校建設に尽くした多くの人が本吉校長から感謝状を贈られた。その中には、冬の難工事を敢行した長岡組や、本吉氏を山へ案内し、その後も何かと父母たちの世話をしてきた山口仙十郎さんの姿もあった。

 本吉氏校長は、高鳴る胸を抑えるようにして演壇に立った。

「この学校づくりは、新しい試みであり、冒険でもありました。この学校づくりが、まだ軌道に乗らないときから、多くの父母の皆さんが参加をしてくれました。これら父母の皆さんの努力に支えられて、開校にこぎつけることが出来たのです。まさに、父母立学校の実現であります。明治以来の我が国の教育の中で父母立学校を実現させたのは、これが初めてのことであります。そして、父母の皆さん、私たちは、この学校を、自分の子どものためだけでなく、広く日本の教育の発展のために役立てたいと願って、努力してまいりました。このような父母の皆様の願いと努力が、やがて日本全体に波及して、一人一人の子どもを大切にする新しい教育の潮流となってゆくことを願っております」

 本吉氏の格調高い挨拶を、会場の父母たちは、それぞれの思いで受け止めた。ある人は、その通りだと胸をはって、自分も大きな意義のある事業に参加しているという誇りを抱いて聞いた。しかし又、ある人は、この先、学校はどうなるのだろうか、高等学校は出来るのだろうかと、いくつもの難問を頭に描きながら複雑な気持ちで聞いていた。

◆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

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