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2009年5月30日 (土)

遙かなる白根(87) 100キロメートル強歩序曲

しかし、本吉氏の目指すものと、「ひまわり文庫」の人たちの目指すものとは、完全に一致していたわけではない。徳村氏は、究極には、子どもたちが主人公の共同体の実現を山の学校に求めていた。だから、子どもたちの自由をしばったりしない方がよいと考える。例えば、タバコや酒をやる子どもたちが出てもそれに対する対応の仕方に違いが出てくる。徳村氏のグループは、子どもたち自身に秩序をつくらせた方がよい、そのためには、いちいち上から規制しない方がよいと考えるのである。これは、多数の父母の目には、酒やタバコを是認する態度と映った。

これに対して、本吉氏たちは、子どもたちの自由と自立を尊重し、子どもたちに秩序をつくらせることは理想ではあるが、そこに至るまでは導いてやらねばならない。だから、自由の学園をつくる過程においては厳しくしつけなければならないと考えた。そこで、部屋の中で帽子をかぶってはいけないとか、ラジオは昼聞いてはならないとか、女子の部屋に入ってはならない、といったことを厳しく守らせようとした。

徳村氏たちは、これでは規則づくめではないか、最初の約束と違うではないか、認可を得るために子どもたちの自由を犠牲にするくらいなら、認可は要らないとまで主張するようになった。

父母たちには、このような考えは、非常に過激なものに思えた。だから、一部の人たちが、文庫の人たちを社会主義者の集団のようにとらえたのも無理はない。父母たちは、このような無秩序が続けば、そのために認可は得られなくなると思った。本吉氏としても、資金の問題を中心にして様々な障碍を乗り越えねばならないとき、このような内部の対立は、最も頭を痛める問題であった。

体育館における父母の追及は、このような反主流派の人たちに集中した。

「学校の基礎が全然出来ない中にそんな理想論を持ち出せば混乱するだけです。学校が出来なければ子どもたちはどうなるのですか。そういう理想論を貫きたいのなら、他でやって下さい。そういう先生はおやめになって下さい」

おとなしそうな一人の母親が立ち上がってひきつった表情で叫んだ。

◆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

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