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2009年5月16日 (土)

遙かなる白根(83) 100キロメートル強歩序曲

 主管課の学事文書課が認可を渋っていた大きな理由は、本吉氏の掲げる理念、理想を直ちに理解出来なかった点にある。人里を遠く離れた、厳しい自然の山奥。入学試験はない。学年末の試験もない。学年の壁も取っ払って能力に応じて教える。そんな学校が、この世に存在出来るのだろうか。第一、文部省が認めるだろうか。当事の学事文書課長はこれらを信じることが出来なかった。

 その上、手続きをルールに従って進めていない、指摘したような法律違反をしている、本吉という男には何かうさんくさいところがあるような気がする。学事文書課の人々は、一様にこのような疑念を抱いた。

 私は、かつて塾の教壇にいたとき、生徒たちが楽しそうに歌っていた様子を思い出す。“ゲゲゲの鬼太郎”の歌だ。

「ゲ、ゲ、ゲゲゲのゲ、みんなで歌おうゲゲゲのゲ。夜は墓場で運動会、楽しいな、楽しいな」

と生徒たちは、いかにも楽しそうに歌う。とくに、「試験も何にもなーい」というところがいかにも面白くてしかたがない風であった。

 鬼太郎の歌は、世の受験地獄をあざ笑うように日本中に響いていた。中間試験、期末試験、学外の業者テスト、偏差値、入学試験、そして行く手に山のように立ちはだかる学歴社会、これらは、変えることの出来ない世の中の潮流であって、試験も何にもない学校などは、まさに、妖怪の世界のもの、世の人々には、このように思えたのである。現実とかけ離れた理想の教育を熱っぽく語る本吉氏のことを、県当局の人たちは、初めのうち、迷い出た妖怪のように思ったとしても無理はない。

 5月、白根の山は、最もよい季節を迎える。白樺に青い葉がつき、まわりの山々も、目にしみるような緑につつまれ、山つつじが咲き乱れ、ウグイスの声は谷にこだまする。そして流れる風に乗って子どもたちの喜々とした声が伝わる。この場面だけ取り出して見れば、本吉氏が描いた理想の学園が実現しているかのようであった。

◆土・日・祝日は、中村紀雄著「遥かなる白根」を連載しています。

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